これまでの1チャプターよりも更に長いです。
初っ端から盛大に原作のネタバレがあります。
前話に続き今更過ぎますがご留意ください。
今回もよろしくお願いします。
私は一体、何を見ているんだろう?
有地さんが三味線を弾いている。こんな特技が?
と思ったら、後ろから女性が手を持って指導しているかのような。練習中みたい。なんだか楽しそう。
その女性は、馬庭さんだった。
私は何故、これを見ているんだろう?
有地さんがアルバイトをしている。そんな事されていたかしら?
これは……田心屋? まあ有地さんなら手際よく出来そうな気がします。女性と一緒に、楽しそうにお仕事をされている。
その女性は、小春さんだった。
私は、何時まで見続けるんだろう?
真新しい鵜茅学院の制服に身を包み、とても楽し気に登校する女性。その手に先には、引っ張られながら足早に駆ける有地さんがいた。充実した学院生活を送られていそうです。
その女性は、ムラサメ様だった。
私は何故、この景色に不安を感じているんだろう?
穂織の春祭り。だけど、出ている屋台がこれまでよりも数が多い気がする。人の数も例年より多分多い。
その人の群れを、綿菓子を持ってかき分けていく有地さん。女性と手を繋ぎ、これからの事を楽しみにしているみたい。
その女性は、レナさんだった。
私は何故、この景色に不満を持っているんだろう?
朝武家、浴場。二人お風呂に入られている。ちょっと覗き見の気分……。
男性と女性、なんとけしからん。女性が男性――有地さんに背を預けるような感じ。とてもリラックスされている。
その女性は、茉子だった。
私は何故、私が居ない世界を、有地さんが楽しんでいる光景を見続けているんだろう?
夢、でいいのよね?
おかしな夢を見る事は、分からなくもない。夢ってそういうものだと思う。
でも、本人がいない夢だけってどういう事なの?
私は観察する立場だけなの? 除け者なの? この輪の中に入れないの?
私がいなければ、有地さんはこんな日常を歩めるの?
私の場合の、景色はないの?
ザザッ
ノイズが走った。
今までの夢は、現実と見紛うものだったのに。
場面が変わった景色は、色が薄くて音のノイズも酷い。
朝武家、リビング。
女性が赤ちゃんを両腕に抱いている。
まだ産まれたばかりみたい。三週間くらい? あまり男女に差がない赤ちゃん服を着ている。
顔が見えない。でも何故か「男の子」だと直感で理解した。
髪が銀じゃない。分かりづらいけど、少なくとも白系統じゃない。
つまり、これは私の子でもない可能性が高い。私の子なら女の子のはず。
夢だから、呪いが完全に解けたって希望の夢?
にしてはあまりにも世界の色が薄い。不安を煽る景色。
女性は笑っている。だけど、逆光のように顔が分からない。
今の私よりも低めの位置に括っている髪型の「黒髪」の女性。お母さんに近い髪型だ。
この人もやっぱり私じゃない。じゃあこれは誰? 黒髪のお母さんの幻視?
一体誰がウチにいるの?
その女性が、真向かいにいるらしい誰かに話しかけた。
『私はあなたに似てると思いますけど?』
あなたって誰? この光景を覗き見しているような、私の事?
この声は私に似ている。自分の声って他人が聞くと違うんだっけ。
そう思っていたら、別の声が混じって来た。
『そうか?』
男性の声――聞き覚えがある。
視点が引かれ、男性が視界に入る。でも顔は分からない。
『そうですよ。この辺りとか特に』
『目元はお前に似ている』
『そうですか? 自分ではよくわかりませんが……』
なんなの、このやり取りは。
単なる、新しく父親と母親になった夫婦の、幸せな一場面に過ぎないはず。
なのに……なんでこんなに焦燥に駆られるの?
『さあ、写真を撮るぞ』
『またですか? 毎日50枚くらいは撮っている気がしますが?』
『いくらあってもよい。記録に残さねば。歴史に残る子なのだから』
『とんでもない親バカですね……まあ、あなたの記録なら残さないと』
円満な家庭の幸せな日常会話、のはず。
だけど、この言葉にし難い気配は何?
そう思っていたところで、男性が射影機を構えた。
――射影機?
パシャッ
私の知っている射影機に、フラッシュ機能は付いていない。
けれど、シャッターが切られる音と共に光が放たれ。
その瞬間だけノイズが晴れ、色が世界に戻り。
ピントが合ったかのように、各々の姿がはっきりと見えた。
女性の顔は、私そっくりだった。
ちょっとだけ大人びてたような。お母さんに近い髪型だけど黒髪の私。言い表すなら現代版の朝武の姫様なのかしら? ちょっと涙ぐんでる。
男性の顔は、有地さんだった。
でも今より年を取られている。髭を伸ばされている。別人の印象を受ける。
そして、私に似た人が抱いている、赤ちゃんの顔は――
♢♢♢
「……悪夢にも、限度ってものがあるはずよね」
目覚めは最悪だった。
史上最低と言えそうな夢見だったからでしょう。
あれが、この先に待つ未来の画だと?
射影機に感謝しないといけない。
あの瞬間のお陰で、曖昧さ加減は吹き飛んだのだから。あのまま「幸せそうで何より」だなんて心地で済まさずに済んだ。
絶対に拒否してやります。
いつも見ている天井と、何となく違う。
ウチではあるけど、私の部屋じゃない。
そうか。昨日は皆さんと一緒に客間で寝たんだっけ。
今日は決戦の日。あんな夢に揺さぶられないようにしない、と……?
「なんなの、これは……」
部屋の色付きがおかしい。
薄暗い……だけじゃない。色が薄れて、半分モノクロになっているかのような。
まださっきの夢の続き? まだ眠ってる?
「目覚められましたか、芳乃様。なかなか早起きですね」
そんな疑問はすぐに晴らしてもらえた。
身体を起こそうとするよりも前に、視界の端に安心できる顔。加えて声。
夢で見たばかりだけど、こちらの表情は厳しい。その方が現実感がある。
時刻は……5時前、日の出くらい。普段の私なら滅多にない早起き。
いつもと違うのは、頭から私にしか現れる事がなかった獣耳が出ている事で。
という事は……私も、か。
「おはよう、茉子」
「おはようございます。朝に弱い所を申し訳ありませんが、急いで頭を起こしてください。マズそうです」
「幸いか、悪夢のお陰で頭は起きてるわ。マズそうなのは流石に私も分かるから」
茉子の声は重い。この状況なら当然か。
上体を起こして、と。レナさんと小春さんとムラサメ様を……。
一色、最も目を惹く金の色が視界に映らない。
「…………レナさん、は?」
「残念ながらワタシにも。誰かの物音で起きないはずがないワタシでも、先ほど起きたばかりです。今から周囲の状況を含めて確認をしますから、芳乃様は小春さんとムラサメ様を」
レナさんが、居ない。
楽観的に考えていいものか――そんなわけない。
現代の忍者どころか戦国の隠密までやっていた茉子が、誰かの移動音に気付かないはずがない。一体どこへ、どうやって?
茉子は客室の外へ。廊下の窓から見えた景色は、全体的に白っぽかった。
とにかくお二人を起こしましょう。
「ムラサメ様、起き――」
と言いながら、この光景がおかしいという事を頭が理解する。
ここに居らっしゃるムラサメ様は、綾さんのお身体から再び抜けられた霊体のはず。つまり「横になっているだけ」で、正しくは眠られていない。肉体はリビング、加えて医療機器を付けている状態。
なのに、身体に触れられた。布団も軽く沈んでいる。
「ムラサメ様。ムラサメ様、起きてください」
「…………ぅん、身体が、やけに、重いのう」
「お身体が戻っているようですから」
その一言でムラサメ様が瞬時に覚醒された。
そして自ら身体中を触られ、最後に私の両肩を叩かれて。深くため息を吐かれる。
「……異常事態、だの。この視界の色具合と言い、お主の耳と言い」
「ええ。更にレナさんが居らっしゃいません。今茉子が確認しに行ってくれています。小春さんをお願いしていいですか? 私も周りを見てきますから」
「分かった。芳乃も重々気を付けよ。何があるか分からぬから射影機を持っていくのだぞ」
小春さんをお願いして、私は射影機を持って廊下へ。
その先には、更に分かりやすく異常事態が広がっていた。
「…………霧?」
建実神社の境内が、極めて濃い霧に閉ざされている。
初めてマヨイガを目にした時のホワイトアウト。
それが、窓の外一面に広がっていた。
リビングに移動して。
鳴り響いてくるのは、耳につくピーという電子音。
ムラサメ様のお身体に繋がっていたはずの、医療機械。
周期的な音を発信していたはずの心電図には一本の線のみ、表示されている数字は0。命の鼓動が存在していない事を示すブザーが途切れる事無く鳴り響いていた。
それもそのはず。
「ムラサメ様のお身体が……」
ない。霊体と入れ替わったわけじゃない、と。
布団を捲られた様子もなく、機械から伸びたコードは中に入ったまま。お眠りの状態から、そのまま消えられたような状態だったのだから。或いは私ですら見る事が出来なくなっていると?
夢で死んだらシミになる、というフレーズが頭を過ぎった。
そんなことはない。そう思いたい。
「芳乃様」
玄関の方向から、既に忍び装束に着替えた茉子が。
「お疲れ様。レナさんは?」
「残念ながら。靴はありましたし玄関の鍵も開いていません。ですが、屋内にはいらっしゃいませんでした。ムラサメ様と小春さんはお目覚めに?」
「ムラサメ様に小春さんをお願いしてる。でも、こちらのお身体は……」
「色々考えたい所ですが、こちらのムラサメ様が消えられていないならば、一旦は無事と思うしかありません。射影機をお持ちであるなら、先にお願いしたい事が」
「あっちへの移動ね、見て来ないと」
「はい。神楽殿にいらっしゃるはずの安晴様と玄十郎さんの安否の確認を。射影機ならば、最初のマヨイガの時の様に霧を晴らせる可能性があります。ワタシ一人でも辿り着けるはずですが、念には念を入れさせていただきたく」
「分かったわ。私も直に確認したいから」
屋外は、色以上に音が無かった。
あまりに静か。見えている霧も、雲のように流れる気配はなく、ただそこにあるだけ。気持ち悪い事この上ない。
パシャッ
「配置自体は変わっていないようですね。霧に閉ざされているだけのようです」
〇七式で茉子が指示する方向を撮影していく。
目を瞑っていても玄関から神楽殿まで辿り着ける茉子がそう言うなら、あくまで霧に撒かれているだけみたい。そしてやっぱり、射影機なら霧を数秒間数メートルだけ晴らせる。その先に薄く神楽殿が見えた。
つまり、現世の霧じゃない。
「お父さん?」
「玄十郎さん?」
神楽殿の中は家より色付いていた。
お父さんも玄十郎さんもいた。朧月の射影機も置いてある。背中から見た分には二人とも正座して。お父さんは祈祷を、玄十郎さんはその傍に付かれている――そんな風な。
でも実際には。
「……眠ってる?」
「首を傾かせずに寝るのは難しいんですけどね。揺すって起こすのは危ないですから、ワタシがやります。お待ちを」
正面に回った二人は、目を瞑っていた。
瞑想中のように静止してる。
幸いそこに居るのは間違いない。体温はあるし、息もしてる。
固まっているお父さんの両肩に茉子が手をやり。
グッ
「はっ!? ……茉子、君?」
起きた――よかった。心が温まる。
「お父さん? 大丈夫?」
「芳乃……僕は、眠ってしまっていたのかい?」
「単にお眠りになられていた、とは思えないですけど、ねっ」
「むっ!? ……常陸さん?」
「はい。おはようございます、玄十郎さん。ご無事と言っていいか微妙ですが、こちらにいらっしゃってよかったです」
「それは一体……と、説明してもらう必要もなさそうだね。加えて二人のその獣耳も」
「うん……」
神楽殿の外に広がっているはずの境内は、一切見えない。それだけで状況の把握には十分すぎる情報よね。
「ムラサメ様と小春君、レナ君は?」
「ムラサメ様は……リビングのお身体が消えて、霊体が実体化してる。小春さんは大丈夫だと。でも」
「レナさんが行方不明です。家にはいらっしゃいませんでしたが、外に出られた痕跡も追えませんでした」
「リヒテナウアーさんが? ……そうでございましたか。このような大事に眠ってしまうなど、なんと情けない事か」
「単なる寝坊なら、反省で済むんですけどね……私たちは一旦家に戻った方が良いかしら?」
「そうですね。色付きを見た限り、神楽殿の方が安全な気もします。お二人はこのままお待ちください。ワタシと芳乃様は一度家に。ムラサメ様と小春さんをこちらへ連れてきます」
「分かったよ。すまないけど、よろしくね」
「巫女姫様、これって……」
「よろしくない状況なのは確かですね。おはようございます、小春さん」
「自分の身体が消えておるというのは、気分の良いものではないな」
「計器の表示も音も気になりますが……本当ならエラー表示のはずですから、電源を落しても影響がないとは言い切れませんね。このままにしておきましょう」
家のリビングには目覚められた小春さんとムラサメ様。
よかった。これで小春さんも目覚められなかったら、心が軋みそうでした。
「レナはどうだった?」
「茉子が探しても、痕跡すら見つからなかったそうです。お父さんと玄十郎さんは……なんだか固まっていたかのようでしたけど大丈夫でした」
「お祖父ちゃんたちが……固まっていた?」
「お眠りになった、というよりはほぼ時間停止したかのような状態でしたよ。御三方とも一先ず着替えを。ワタシがこちらに持ってきますから、リビングから出ないように。それと飲食は絶対に避けてください」
「ありがとう、茉子。お願いね」
「お水とかを飲んじゃダメなんですか?」
「そうだの。ご主人の知識に従うなら、止めた方が良い」
黄泉の物を食せば、その者は黄泉の住人になる。この世界の物を食べたらどうなってしまうか。既にあちら側に踏み込み始めているんだろうこの身だけど、この場合は違う気がする。
Prrrrrrrrr……Prrrrrrrrr……Prrrrrrrrr……
この音は――
「……芳乃様の携帯の着信音ですね。取ってきます」
「電話は……使えるんですか? 大丈夫なんでしょうか」
「誰からかかってきておるか、だが」
確かにこんな状況だと不安になる。
けど、持ってきてくれた茉子の表情は暗くはなかった。
それもそのはず、ね。
「大丈夫。一番安心できる人です」
コール音が鳴る私のスマホに表示された文字は「不来方夕莉さん」。
怖がる必要はないですね。
「はい、朝武芳乃です」
『ああよかった。おはようございます、不来方です。そちらは……何か起きていたりしませんか?』
という事は、不来方さんたちもですか。
「神社周辺がマヨイガの時のように霧に巻かれて、視界が全くありません。それから……レナさんの行方が分からなくなっています」
「それと、吾輩の肉体と霊体が入れ替わったようだ。肉体は消え、霊体だった身体が実体化しておる」
『レナさんが……ひとまz「あーもしもし? 雛咲ですけど。今からそっちに向かうから、可能な限り出歩かないように。一か所に集まって。全員射影機の周りに居て」』
少なくとも不来方さんと深羽さんは同じ場所にいるみたい。よかった。深羽さんの「いつも通り」的な雰囲気に、更に安心感がもらえます。
でも、この状態でどうやってこちらに? 射影機で撮影しながら進むのかしら。
「移動が可能そうなんですか?」
『昨日累達が日上山から回収してきた『清めの火』が、『祓いの灯火』という道具として使えるようでな。周囲の立地を把握する視界くらいは確保できる。深羽さんが言った通り、集まって待っていてくれ。それと飲食は絶対避けろ。累、御神水の数はあるな? 「飲用代わりとなると、流石に心許ないですね」』
『ここで私がウォーターサーバーを使わせてもらったら「お母さんが使える時点でヤバイ水な気がするからやめよう?」はい……では馬庭さん、昨日お願いした物を「あれってこんな状態を見越しての準備だったんですか……」』
あちらは全員いらっしゃるみたいですね。良かったです。
飲食はやはり黄泉戸喫の類になる模様。気を付けないと。
スマホ越しでも深紅さんの声が聞けるのは、持っているのが深羽さんだからか今が普通じゃないからか……失礼極まりない思考ですね。
ああっと。
「このお電話は、繋いだままに?」
『恐らく今後も使えると思いますから、バッテリー節約の為に一度切りましょう。何かあればご連絡ください』
「承知しました。神楽殿に居ますので」
『分かりました。では』
ほっ。一旦安心できそうですね。
「ご無事そうですね。流石というかなんというか」
「お姉ちゃんも大丈夫みたいですね。お越しいただいた皆さんと違って心配でしたけど……そういえば深羽さんたちって、幽霊退治のためにお越し頂いていたんですよね? まさか女優さんがそんなお仕事をされているとは思いませんでした」
「最初の頃の吾輩達と同じような感想だの。不来方が呼んでくれたのだよ、以前同じような事に関わったそうでな。曰く「本業ではない」らしいが、体質で否応が無しに巻き込まれてしまうのだろう。難儀というか宿命なのか、だが」
「そのお陰で私たちは助かっていますから。一先ず着替えて神楽殿で待機しましょう」
みづはさんや鞍馬君たちも心配だけど……流石に時間が時間ですか。
先にこちらの支度を進めましょう。仕切り直しどころか出だしから問題だけど、この後に備えないと。
文字数が多くなったので分割します。
次回も楽しんで頂けたら嬉しいです。