こんな世界でも美味いコーヒーが飲みたい   作:yamaneko3

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 最初と比べるとそういう演出かってぐらいに変わってるんだよなあ……
 やっぱりふざけるのは性に合ってなかったんすわ。これからもちゃんとシリアスに書きますね!



彼の幸福な一日はコーヒーと共に

 

 ジリリリリ、ジリリリリ

 

 時計の喧しい音に起こされ、のそのそとベットから起き上がる。重い瞼をこすり、あくびを噛み殺しながらベッドから降りた。

 すぐに寝間着姿から壁にかけてあったロドスの制服に着替え、腰にスカルシュレッダーのガスマスクを提げる。これから戦闘任務、ってわけじゃないからグレネードランチャーは持っていかないが、今も壁に立てかけてあった。ロバートの拳銃は緊急時のために肌身離さず持ち歩いている。

 着替えも終わり眠気も薄れてきたところで、コーヒーを淹れようと棚から道具とコーヒー豆を取り出す。湯が沸くのを待っている間に豆をミルで挽き、着々と準備を進めていく。

 フィルターをセットし、挽き終わった豆を測って入れ、そこにお湯を注ぎ込む。湯気と共にコーヒーの香りを感じる。やがて部屋全体をコーヒーの香りが満たし、それに言いようのない多幸感を覚える。ポツポツと落ちる滴の音だけが鳴り、ほとんど静寂と言ってもいいような静けさだった。

 やがて、コーヒーサーバーは黒に近い茶色をしたコーヒーでいっぱいになった。フィルターを外し、マグカップへと慎重にコーヒーを注いでいく。カップの八割程を満たしたところで注ぐのをやめ、カップを手袋をした手で持ち上げる。

 ドクターに頼んで置いてもらった机にカップを置き、同じく置いてもらった椅子に座る。

 若干重たいカップを口に運び、息を吹きかけある程度冷ましたところで、ようやくコーヒーを口に入れた。

 

「……うまいな」

 

 同時に感じるコーヒーの芳醇な香りと、苦味とその奥にある深い旨み。レユニオンにいたときに飲んでいたコーヒーとは比較にならない旨さに、思わず嘆息する。ほのかに残っていた眠気も吹き飛び、冴えた頭で、ロドスに来たときのことを思い出す。

 

 あの日俺が目覚めてから、既に数日が経っていた。

 

 傷は完治し、今では痛み一つ感じないレベルまで回復していた。書類も書きオペレーターになった後は専用の部屋が用意され、こういう嗜好品に関しても色々と用意してくれたことには、本当に感謝しても仕切れない。

 やがてコーヒーも飲み終わり、道具とカップを洗い終わると、仕事のために部屋から出る。見渡す廊下が殺風景なのは相も変わらず、カツカツと音をたてながら歩き出す。

 戦闘はなくとも、事務仕事や訓練というのはある。今日は事務仕事の日で、事務室に向かっていた。

 しばらく歩いて事務室の扉の前に着いた。扉を開き、部屋に入る。

 

「どうも〜、今日もよろしくお願いしまーーッてドクター!?」

 

 部屋に入って適当に挨拶しながら辺りを見渡すと、机に突っ伏してグッタリしているドクターを見つけた。すぐさま駆け寄り、体をゆすって起こそうとする。

 

「大丈夫かドクター?疲れてんなら休んだ方が……」

【……いや、大丈夫だ。既に三徹目だが、全く問題ない。私はまだ働ける】

「ワーカーホリックかよ……よし、俺も手伝うよ、ドクターの仕事。あんたは一度仮眠を取った方がいい。頑張りすぎても効率が落ちるからな」

 

 そう言ってドクターをソファに寝かせ、自分はさっきまでドクターが座っていた席に座る。改めて認識した書類の山にやる気を削がれながらも、取り敢えず作業に取り掛かる。

 

「えーっと、これは後でドクターのサインを貰うとして……これは俺がやってもいいか。んで次はっと、設備の申請か……これもドクターの権限がないと無理か。やっぱりドクターじゃなきゃできない仕事も多いな……」

 

 権限のない俺では処理できない書類も多く、結果的にそれなりの数の書類を残してしまったが、それでもできる限りのことをやった。そして一気に片付けたこともあり、少しの疲労が体に溜まっている。少し休憩したら、自分の仕事に戻ろう。

 

【すまない……私の仕事なのに手伝わせてしまって】

「なんだ、もう起きたのか?まだそんなに時間経ってないぞ。もう少し寝てても誰も怒りはしねえよ」

【なに、休養は後で取る。納期間近の書類もあるから頑張るよ】

「ああそうかい。じゃ、お互い社畜らしく頑張りますかね……」

 

 ドクターも自分の席につき、お互いの仕事を再開する。休憩はまた後でドクターと一緒に取ろう。俺一人だけ休憩するのは気が引けるし、まだ疲労困憊というわけでもないからな。

 それから幾許かの時間が流れ、やがて時計の針は正午を指した。

 

「そんじゃ、もう昼飯にしますか。俺はこれから食堂行くけど、ドクターはどうする?」

【私はここで適当に食べるよ。君だけで行ってくれ】

「さいですか。じゃあまた」

 

 そう言って俺は事務室を出た。できればドクターにも食堂でしっかり食べてほしいが、無理強いはできない。

 空いた腹をさすりながら、食堂へと歩みを進める。少し歩くと食堂に着き、見渡すと結構な人数が確認できた。それからカウンターに向かい高足羽獣定食とやらを注文する。

 ロドスに来て数日。まともな生活にまともな食事を得られたからこそ、この世界と前世の世界の差を実感している。食べ物に関しても知らない物が多い。だからここ数日口に合う物を模索しているが、味に関しては割と意外性が少なく食事も楽しめているし、本当劇的に良い暮らしになったと思う。

 しばらくして料理を受け取りどこに座ろうかと空いている席を探していると、一人で食事するミーシャを見つけた。前の席が空いているからちょうどいいかと、ミーシャに向かって行く。距離もないためすぐに着いたが、ミーシャは食事に夢中でこちらに気づいていなかった。

 机にお盆を置き、椅子を引いて座りながらミーシャに話しかける。

 

「ようミーシャ。何食べてるんだ?お、俺と同じのか」

「……あ、アッシュ」

 

 ミーシャは話しかけてようやくこちらに気づいたようで、驚きとほのかに喜びを顔に滲ませながら顔を上げた。

 

「アッシュは昼休憩?……ごめんね、アッシュにだけ大変な思いさせて」

「いいってことよ。そもそも、ミーシャを研修扱いにしてもらったのは俺の希望だしな」

「……そのおかげで色んなこと勉強できるし、アッシュには本当感謝してる」

「じゃあ感謝の証でお兄ちゃんと呼んでくれたまえ……もぐもぐ、美味いなこれ」

 

 肉を大口開けて頬張りながら、そう適当に返事を返す。

 まあでも実際、ミーシャは年齢的にも妹みたいなもんだし、俺とミーシャとスカルシュレッダーで三兄妹、なんて未来もあったのかもしれない。もっとも残念ながらそうはならなかったが、今更気にしても仕方ないか。今はスカルシュレッダーの分までミーシャを幸せにして、ついでに俺も幸せになれればそれでいい。

 だから今はこの肉を味わって……

 

「……お兄、ちゃん」

 

「ブッフォッ!ゲホッ、ゲホッ」

「だ、大丈夫!?ほ、ほらお水お水!」

 

 手渡されるコップを掴んで、勢いよく呷る。

 

「はあっ、はあっ……」

 

 ふざけて言ったつもりだったんだが、本当に言ってくれるとは……。思わず衝撃のあまりむせてしまったが、いや実に良かった。

 

「可愛い妹分にお兄ちゃんなんて言われたら、午後の仕事も張り切れるな……」

「そ、そう?それなら良かった……」

「……って、もうこんな時間か。早くしないとドクターに小言を貰いそうだ」

 

 そう言って一口と言うにはいささか大きすぎる一切れを飲み込んで、お盆を持って席から立つ。

 

「じゃ、これで。ミーシャも勉強頑張れよ」

 

 別れの言葉も最低限に済ませ、走るといけないから早歩きでお盆を返しに行った。料理人の人達にも礼をし、今度は走りながら事務室の方へと向かう。

 仕事に対する僅かな憂鬱を胸に、だがどこか満足気でいる自分を感じていた。大変でも充足した時間が、自分を満たしていた。

 

「行っちゃった……」

 

 残されたミーシャは寂しげに呟く。

 

「……お兄ちゃん、か」

 

 彼女もまた、この幸福な日々を噛み締めていた。

 

 

 

 

 

 

「……終わっ、たあ……!」

 

 椅子に体の全体重を預けながら、腕を伸ばしてため息混じりに言う。

 時刻は午後六時半。この世界に労働基準法なんてものはないが、きっちり八時間労働である。

 

「そっちは終わりそうか?ドクター」

【この調子だと今日も徹夜かな……】

「……ご愁傷様」

【でも君が手伝ってくれたおかげで、明日に回す仕事はなさそうだ。ありがとう】

「手伝っても結局は徹夜だろ?そんな調子なら明日も手伝うよ……」

 

 と言っても手伝えるのは俺の振られる仕事が少ない今のうちだけだがな。いつかは俺も忙殺され、手伝われる側に回るのだろうか。

 なら今は、精々定時帰りを堪能するとしよう。

 

「じゃあもう今日は手伝える仕事もないだろうし、これで上がるよ」

【お疲れ様】

「おつかれ、仕事頑張ってな」

 

 特に荷物もなく、机の上を片付けてから事務室を出ていく。部屋までは徒歩数分だ。その帰路をゆっくりと歩いて行く。それでも今日のことを振り返りながら歩けば、部屋に着くのはあっという間だった。

 部屋に入って改めて自分の部屋を見渡す。家具は椅子や机、棚などがあるだけで、私物はまだ少ないな、なんて思う。

 

「もっとも、俺にはこれがあれば十分だがな」

 

 そう言いながらコーヒー豆と諸々の道具を取り出し、湯を沸かし始める。

 いつも通りの動作でコーヒーを淹れる、そんな、変わり映えしない光景。それでも俺にとっては幸福な、永遠に続いて欲しい日常風景。

 しばらくしてコーヒーが淹れ終わり、カップに注いでテーブルに持って行く。机にカップを置いて座り、少し息をつく。

 そしてカップを持ち上げ、コーヒーを口に入れる。朝飲んだ時と同じ、相変わらずの美味さだ。

 

「……ああ、まったく、幸せだな」

 

 ここ数日の平穏な日々は、幸福と言うべき充足したものだった。だから、その分レユニオンの時のことがより際立つように感じる。

 このままでいいのだろうかと、ときどき考える。このままこの幸福を享受していいのか。ミーシャを幸せにする、それは当然だ。彼女には幸せになる権利があるだろうし、俺には幸せにする義務がある。だが、俺はどうだろうか。自らの怠慢で大切な人を二人も殺した、そんな俺に、今更幸せになる権利などあるのだろうか?

 

「……でも、俺は生きたい、この幸福を享受し続けたい」

 

 なら、その分働かなきゃな。

 俺が得た幸福の分、誰かに貢献する。そうすれば、俺は胸張って俺に幸せになっていいって言える。

 だから、俺は今日も誰かのために行動したし、明日だってそうだ。俺は誰かの幸せのために身を粉にする。そしたら俺はこうやって心置きなくコーヒーが飲める。最高に幸せな毎日が送れる。

 俺は、かつてないほど清々しい気持ちで、コーヒーを一息に呷った。

 

 こんな世界でも、コーヒーは美味い。




 これで終わりという訳ではありませんが、一区切りということでここからの投稿は気が向いたらします。アッシュ君も美味いコーヒーを飲めたので。
 書いてほしい話があれば感想にでも。
 では最後に、
ここまで読んでいただきありがとうございました!
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