本文はAI生成物です。
AI生成物に嫌悪感をお持ちの方はお戻り下さい。
明らかな原作改変、独自設定、独自展開を含みます。
原作至上主義の方はお戻り下さい。

以上の点を許容できるという奇特な御方のみ、どうぞご笑覧ください。

グリフィスが女性で、かつ原作単行本8巻『凱旋』~『栄光の瞬間』より分岐しています。
拙作R-18小説「もしグリフィスが女で、生理中のキャスカの代わりに前線に出てガッツと二人きりになったら」(https://syosetu.org/novel/348898/)の後の時間軸になります。

1.ベルセルクのメインヒロインはキャスカではなくグリフィス説を知る
2.グリフィス女体化という概念を知る
3.グリガツCPを知る
4.ジュドキャスCPを知る
5.しかしジュドキャスの供給不足に悩む
6.「誰も書いてないならAIさんに書いてもらえばいいじゃない!」←今ココ

pixivにも同時投稿しています
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【原作単行本8巻『凱旋』~『栄光の瞬間』より】


もしグリフィスが女で、ドルドレイ要塞攻略を成し遂げたら

【Phase-000】

 

 ここのところ、ミッドランド王国の王都ウィンダムは連日お祭り騒ぎが続いている。

 百年にもわたって続いた戦争が、ようやく終わるのだ。待ち望んだ平和が、ようやく訪れるのだ。やっとこれで長い苦難の日々も終わるのだ、という思いが民を熱狂させている。

 その立役者となった鷹の団の宿舎も、せめて一目でも鷹の団の幹部を目にしてみたい、会って言葉を交わしたいという面会希望者は引きも切らず、あるいは、ここぞとばかりにコネを作ろうと皮算用を働かせる商人や貴族も数知れず、あるいは遠征の出立日よりも大勢の人が行き交う大混乱ぶりが朝から晩まで続いていたが、さすがに今夜ばかりはそういった招かれざる客の姿は絶えていた。

 

 その代わりに、宿舎の入り口近くでは鷹の団の団員達が黒山の人だかりを成していた。

 

「ジュドー隊長、ビシッと決まってますね!」

「そうか? ありがとな」

「ピピン隊長、よくその体が入る正装が見つかりましたね? もしかして特注っすか?」

「……」

「コルカス隊長、土産話に期待してますよ?」

「おうっ、任せとけ! 見とけよ、そりゃもうお前らの目玉が飛び出るほどのとんでもねぇ美人を引っ掛けてきてやるからよ!」

「リッケルト隊長、大丈夫っすか? 迷子にならないよう気をつけて下さいよ」

「いや、大丈夫だよ、大丈夫。…もしもの時は、ほら、ピピンが目印になると思うし」

 

 鷹の団でも使う糧食や陣幕用のあれこれを運ぶような無骨で粗末な荷馬車とはそもそもの金のかけ方がまるっきり違う、王城への招待客を乗せるための格式ある立派で豪奢な二頭立ての馬車が、それも二台も宿舎前に停められている。

 御者台に座る御者の服装も、馬車に乗り降りする貴族と並んでも見劣りしないようにと上等かつ高級な仕立てのものだ。

 

「ガッツ隊長、ほら、襟が曲がってますぜ」

「お? すまねぇな、ガストン。…お前、なんか世話焼きの古女房みたいになってるぞ」

「いいんですよ、副長が隊長の世話を焼くのは当然じゃないですか。それにガッツ隊長は目を離すと何するかわからねぇですから、自然とこうもなりますって」

 

 近いうちに王都で仕立屋を開く予定のガストンは、手慣れた様子でガッツの正装の襟元を整える。この調子で客の相手も出来るのなら、すぐに店は繁盛するだろう。何しろ顧客にはこれからはこういった正装の出番も増えるであろう鷹の団の面子が大勢いる。大口の注文が入るのは既に約束されているようなものだ。

 

「これで良し、と。ちゃんとグリフィス団長の相手役を務めて下さいよ、隊長」

「…いや、なんでオレなんだよ」

「何を言ってるんですか。チューダーでも最強と言われてた英雄ボスコーンを討ち取ったガッツ隊長は、今やミッドランドでも押しも押されぬ大英雄です。グリフィス団長の横に立ってても、誰も文句なんざ言えませんって」

「そういう意味じゃねぇんだがなぁ…」

 

 この期に及んで往生際悪くもまだグダグダと言っているガッツを、ガストンを始めとする切り込み隊の猛者達が微笑ましいような表情で生温かく見守っている。

 

「準備は終わったか?」

 

 戦場でもよく通る透き通った美声が響き渡ると、鷹の団の団員達は一斉に口を閉ざし、揃ったように視線を一カ所に集中させた。

 それは彼らがよく訓練され、統率された精兵であることの証明でもあったが、この場にあってはそれが名だたる鷹の団の強者達でなくても同じことであったかもしれない。

 

 宿舎の入り口近くに焚かれた篝火の光を反射する、煌びやかなほどに波打つ豪奢な銀の髪。

 生まれながらの貴族か王族と言われても誰も疑問に思わぬほど堂々と張られた胸元を押し上げる豊満な双丘は高価な絹の布地を窮屈そうに張り詰めさせている。

 細い腰は補正用のコルセットなど不要なほどに括れていて。形良く膨らんだスカートの下に隠されている脚は長く、腰の位置は高い。

 何より丹念に化粧を施された美貌は、さながら美神の如く、古い異教が崇める月の女神さえも嫉妬するほどだろう。

 

「なんだ、どうしたお前たち。返事はどうした?」

 

 誰もが思わず息を飲むほどの美の具現は、一種の暴力にも等しい。ただそこに在るというだけでも有無を言わさず見る者を威圧する。普段からグリフィスの美貌は見慣れているはずの鷹の団の面々も、思わず我を忘れて立ち尽くすほどの圧倒的な美しさだ。

 

「はっ! 申し訳ありません、グリフィス団長!」

 

 声を揃えて一礼し、居並んだ鷹の団の猛者達は瞬時にして貴人を見送る隊列を整然と組む。

 しかし残された幹部達は誰かを探すように周囲を見回し、無言でコルカスに肘打ちをされたジュドーが仕方なく口を開く。

 

「なあグリフィス、キャスカは一緒じゃないのか? まだ着替えに時間がかかるとか?」

 

 問いを受けたグリフィスは小さく首を傾げ、それから何かに気付いたように微かに苦笑して見せる。

 

「キャスカ、むさ苦しい男連中の目が気になるのはわかるが、そろそろ出てきたらどうだ?」

「…いや、でも…」

 

 蚊の鳴くような、とはこのことか。そんなか細い女の声が聞こえてきて、グリフィスの肩越しに幹部達の眼差しがそちらへと集中する。

 グリフィスの背に貼りつくように、ぴったりと引っ付いて小さく身を縮めている女千人長。

 

「ほら、キャスカ」

 

 グリフィスに優しく促されてもなお躊躇う女千人長に、周囲の鷹の団の猛者達が揃って笑顔を向ける。

 

「キャスカ隊長、大丈夫ですよ。みんなわかってますから」

「そうっすよ。だから安心して出て来て下さいって」

「そうそう。それに今更じゃないですか? もうとっくに見られてますって」

 

 口々にかけられる言葉に、キャスカは気後れしたように小さく身を縮めるばかり。

 そんな女千人長の背中を、グリフィスは軽く押し出すようにする。

 

「……あ」

 

 あえなくたたらを踏んで前に出る形になったキャスカは、しかしそれでもまだ往生際悪く身を縮こまらせていた。その仕草はまるで悪戯を見つかって叱られるのを怖がる子供のようだったが、そんな様子も不思議と可愛らしく見えるのだから美人というのは得なものである。

 黒に近い暗色系のドレスを纏ったグリフィスとは対照的に、キャスカは褐色の肌の色が映えるようにか白に近い明るい鈍色系のドレスで、スリットから覗くしなやかな脚線美が蠱惑的だ。

 

「うひょー……やっぱ美人っすねぇ」

 

 誰かが感極まったようにそう呟くと、その誰かの頭を小走りで駆け寄ったガストンが拳で軽く小突き、ジュドーが苦笑し、リッケルトは肩を竦める。

 

「……キャスカ」

 

 そんな周囲の反応にますます身を小さくする女千人長にグリフィスが優しく声をかける。

 

「ほら」

 

 促されてようやく覚悟を決めたのか、おずおずと前に出て恥ずかしげに一礼したキャスカの仕草は鷹の団の猛者達の目にはまるで少女のように初々しく映った。

 

「あ~……そのな、キャスカ」

 

 珍しくも言いよどむジュドーに、しかし女千人長はただ黙って次の言葉を待っていた。

 

「なんだ? お前にしては歯切れが悪いぞ、ジュドー。はっきり言え」

 

 促すようなグリフィスの声に後押しされたのか、ジュドーは大きく息を吸い込んでから口を開いた。

 

「あー、その、なんだ……似合ってる。見違えた」

「ぅ、…ん」

 

 キャスカは何か言いたそうに口を小さく開いたが、結局それ以上は何も言えず、ただジュドーにだけ見えるように小さく微笑んでみせた。

 

「そ、そうか……うん、まぁ、その、なんだ。良かったな、うん」

 

 しどろもどろになりながらもなんとかそう言葉を続けてから、ジュドーは助けを求めるように周囲を見回した。だが誰も助け舟を出す気は無いのか、生温かい眼差しで成り行きを見守るのみだ。

 

「よし、それならジュドー、予定通りキャスカの相手役は頼んだぞ。ガッツはオレと来い。コルカス、ピピン、リッケルトは2台目の馬車だ」

 

 グリフィスの言葉に、鷹の団の団員達は一斉に「はっ!」と声を揃えた。その反応に満足げに頷いたグリフィスはキャスカの肩を抱くようにして馬車へと乗り込む。

 

「ガッツ、お先にどうぞ。なあ、ほら、いい加減に覚悟を決めろって」

「…わかってるよ。あー、クソッ。全く…」

 

 渋るガッツの背中を叩くジュドーの促しに、それはそれは深い溜め息を漏らした切り込み隊長が諦めたように馬車に乗り込む。

 

「リッケルト、先に乗れよ。オレはピピンがつっかえたらケツを蹴り上げて押し込むからよ」

「……」

「あ、うん」

 

 コルカスの声とピピンが無言で手を上げるのを見届けてから、リッケルトが2台目の馬車に足をかけた。小柄な体に続いてピピンが足を踏み台にかけると、それだけで車体が僅かに軋み、傾いた。とはいえ、それだけで持ちこたえたのは流石に上等な馬車だけあると言うべきか。

 最後にコルカスが周囲の団員達に手を振って、歓声を浴びながら気分よく馬車に乗り込む。先に乗っていたグリフィス達はその光景を目にする必要もないほど団員達の反応だけで想像がついたのだろう。馬車の中で苦笑し、顔を見合わせて小さく笑い合うと、御者が出発の合図として鞭を振るう。

 二頭立ての馬車が動き始めれば、宿舎前には見送る団員達の歓声が飛び交う。馬車はミッドランド王国を統治する国王の居城へ向かい、王都ウィンダムの街路を緩やかに滑り出していった。

 

■□■□■□■□■

【Phase-001】

 

 馬車の中は静かなものだった。

 上等な馬車は乗り心地もまた格別で、街路をゆっくりと進む車輪の振動は優しく足元から伝わる。ガッツはぼんやりと窓を流れるミッドランド王国の街並みを眺めていた。

 

「ガッツ、いつまで拗ねてるんだ?」

「…拗ねてねぇよ」

 

 が、グリフィスにそう問われて、ガッツは憮然として言い返す。

 

「ならいいが。……なぁガッツ、オレはな、本当に嬉しいんだ」

「何がだよ」

「お前がこういう晴れ舞台に顔を出してくれる事がさ」

 

 どの口がそんなセリフを言うのか、ガッツはそう言いたかったがグリフィスはそんな心情を百も承知で言っているのだろう。だからガッツは何も言い返さず、ただ憮然とした表情を崩さなかった。

 これが鷹の団を抜けるという決意を今も心の中に思い定めた状態であったなら、煌びやかで堅苦しく、華やかで窮屈な貴族どもの巣窟たる王城であっても、おそらくはこれが二度とない最後の機会だと思えば何とか耐えられもしよう。

 しかし、その決意も今やグリフィスには知られてしまっており、勝手に抜けることも出来ぬよう言質も取られてしまっている。何より、自ら望んだものではないにせよ一度グリフィスと結んでしまった関係はガッツにとって手放しがたいほどに甘美なものであった。今も並んで座るグリフィスの胸の膨らみが、ガッツの逞しい腕に触れている。目の前にジュドーとキャスカが座っているから顔に出すことも出来ないが、グリフィスの温もりを感じていられるこの位置関係はガッツにとって心地良いものであることも否めない。

 そのグリフィスから懇願に近い調子で依頼されれば、自分にとって苦行にしかならぬとわかっていても断れようはずもなかった。

 

「正直、オレとしてもガッツが出席を承知してくれて助かったよ」

 

 その事情を詳しくは知らぬにせよ、一部なりとも悟っているジュドーはあえて軽い調子で話を振る。

 

「まさかオレ一人でグリフィスとキャスカを両手に花と抱えるわけにはいかないからな。嫉妬に狂ったお貴族様に夜道で刺されたくはないもんよ」

「お前が月のない夜道でも誰かにあっさり刺されたりするかよ」

 

 ある意味、二振りの短曲刀と投げナイフを得物にしているジュドーは本職の暗殺者も顔負けの技量を誇っている。音も立てずに闇に溶け込み、一撃で相手を仕留める。実際、そうやって敵の耳目となる先触れの斥候や見張りを始末して鷹の団の奇襲を成功させる場面はガッツも何度も目にしたものだ。

 

「そうか?」

「殺されそうになるのをあっさり返り討ちにして、『いや、実は危ないところだったんだ』とか笑顔でほざくんだろうよ、お前は」

「んー…まぁ、そうかもしれないな。やられた事が無いから断言は出来ないが」

 

 苦笑気味にそう言って肩を竦めるジュドーに、ガッツも小さく笑って頷いて見せる。その二人が笑い合っている様子につられたのかキャスカまでが小さく笑ったのをグリフィスだけが気付いている。

 

「キャスカ、礼儀作法の教本は読んだだろう? ジュドーも横にいるから、貴族どもの揚げ足取りにだけ気をつけて余計なことを言わなければいい。そう緊張するな」

「そうそう、何かあればオレがいるからさ」

 

 グリフィスの助け舟に、ジュドーも軽く請け負って笑ってみせる。緊張に肩を小さくしていたキャスカもそれでようやく少しばかり安堵出来たように頷いた。

 

「すまねぇな、ジュドー。同じことをやれって言われてもオレじゃ無理だしな」

 

 思わずガッツの口から詫びの言葉が口をついたが、すかさずグリフィスが否定する。

 

「違うぞ、ガッツ。そこは礼を言うべきところだ」

「そうかい。ありがとよ、ジュドー」

「どういたしまして」

 

 グリフィスの注意に素直に従うガッツは珍しいが、その珍しさをからかってやろうという気もジュドーには起きない。絶対に口には出せないが、あのガッツも惚れた女の尻に敷かれているようだ、と思えば内心で笑いを堪えたくもなる。グリフィスもグリフィスで、以前のようにどこかガッツを試すようなところがあったのが、今は一切見受けられない。

 いや、以前はむしろ、ガッツを試すというよりは――と、そこまで考えたジュドーは目の前のグリフィスの視線が真っ直ぐ自分に向けられていることに気付き、自分の思考に蓋をする。好奇心は猫をも殺す。迂闊に藪を突いて蛇を出す必要はない。グリフィスとガッツの間の事情に凡俗な野次馬根性で首を突っ込めば、ジュドーといえど命の保証はない。グリフィスの恐ろしさを、ジュドーはよく知っている。

 

「どうした、ジュドー。考え事か?」

「いや、別に。キャスカをどうやってダンスに誘おうか考えてた」

「ジュドー? 私はダンスなんて…それこそ、まだ村にいた頃に小さい子供が遊びで踊るままごとみたいなダンスしか知らないぞ」

「大丈夫、大丈夫。オレに合わせてりゃ何とかなるって。足を踏んでも蹴ってもオレが全部受け止めてやるからさ。何しろ今日の靴は硬い軍靴じゃなくて、そんな柔らかい上等な革の靴だし」

「ジュ、ジュドー。お前な、私はダンスを踊るなんて一言も……」

「いいじゃんか。オレとキャスカの仲だろ?」

「……どんな仲だ。どんな」

 

 呆れて溜め息を漏らすが、それでもキャスカの表情はどこか柔らかい。そんな二人の様子をグリフィスは微笑ましく見守っている。

 馬車は王都の街路をゆっくりと進みながら王城へと近づいていく。その道行きに待ち受けているものを、ジュドーとキャスカはまだ知らない。

 

 

■□■□■□■□■

【Phase-002】

 

 ミッドランド王国の王城は、大陸中にその名を知られる堅牢にして絢爛たる大宮殿である。もとは大陸を制覇した覇王ガイゼリックが居城としていたというその宮殿を模したものだというが、それを知るのは王族と、それを知るほど古くから国を支えてきたごく一部の貴族ぐらいなものである。

 

「こういうでかいだけの城は、正直いけ好かねぇな」

 

 馬車の窓から外を見て、ガッツはそう呟く。

 

「玉座にふんぞり返った王様と、その取り巻きの貴族連中が偉そうな顔してるのはまぁいいさ。けど、オレには息が詰まりそうだ。クソ重苦しいだけの城壁の中に引き篭もりやがって、何が楽しくて生きてやがるんだか」

 

 今のグリフィスは、ガッツの悪態を無知で無教養な傭兵の戯言だと聞き流して良い立場ではない。ミッドランド王国に仕える騎士であり、今や正規の国軍である鷹の団を率いる立場だ。そしてガッツはその鷹の団の幹部なのだ。それがこんなことを口にしていたら叱責や戒告、最低でも指導するべき立場である。

 だがガッツのその言葉を単なる無知蒙昧な放言だとは思わなかったし、まして城内を我が物顔で歩む貴族達への反感の発露だとするなら、それはこの国の民が意識せずとも誰しもが暗黙の裡に共有しているものでさえあるだろう。王族も貴族も気付かぬうちに、静かに降り積もる淡雪のような鬱憤が国中に少しずつ沈殿しているのをガッツは意識せず指摘している。

 もちろん、ガッツ自身にはそこまで深い考えなどありはしないのだろうが、いずれその民の鬱憤が期せずして一斉に雪崩となって国を揺るがすことになるのかもしれない。

 

「お前の言う事もわからなくはないがな、ガッツ」

 

 そんなグリフィスの言葉に、ジュドーが笑って同意する。

 

「ま、オレも同感だな。この城が堅牢なのは大いに結構だけどよ、その分だけ中は息が詰まりそうだぜ。場末の酒場で仲間と安酒でも飲んでる方がよほど気楽だ」

「なんだ、お前らもかよ」

 

 ガッツは意外そうに片眉を跳ね上げたが、すぐに小さく肩を竦めて見せた。

 

「だが、馬車の中ではともかく王城の中に入ったら口を慎めよ、ガッツ」

 

 さもないと――と言わんばかりのグリフィスの視線を向けられれば、ガッツも口を噤むに決まっている。

 御者が丁寧に停めた馬車の扉が開かれ、一行を出迎えた侍従が居並ぶ衛兵達の列を背にうやうやしく礼をした。

 鷹の団を代表してグリフィスが招待状を手渡すと、侍従は芝居がかった仕草でそれを開いて文面を確認。門前に居並ぶ衛兵達に向かって叫んだ。

 

「鷹の団が団長グリフィス様、並びにその随行人の御入来で御座います!」

 

 衛兵達が一斉に敬礼し、王城の壮麗な門がわざわざ人力で開かれる。やたらと儀式めいた一連のやり取りにガッツはうんざりと顔を顰めるが、グリフィスは慣れた様子で歩き出した。

 

「さて、行こうか」

 

 一行を先導して歩き出したグリフィスの傍らに並んで歩くガッツと、その後ろに続くキャスカやジュドー達がくぐる王城と外界とを結ぶ大扉の向こうに広がるのはまさに別世界だ。

 

「こいつはまた……すげぇな」

「…けばい」

 

 思わずコルカスが感嘆の言葉を漏らす。口元を歪めたガッツは隣のグリフィスの耳に届かぬよう口の中だけで呟く。

 ミッドランド王国の威光を示すかのように絢爛豪華な装飾が施された巨大な柱が立ち並び、天井は高く見上げれば首が痛くなるほどだ。床は磨き上げられた大理石が惜しげもなく使われて鏡のように周囲の光景を映している。そしてそんな広々とした空間を大勢の人間達が埋め尽くしていた。

 

「見ろ、鷹の団の一行だ」

「あのドルドレイ要塞を陥とした功労者か」

「ミッドランドを救った英雄達だ」

 

 居並ぶ紳士淑女たちの間に、さざ波のようにそんな会話が広がっていく。そのいずれもが豪華絢爛な盛装で着飾っている貴族か、今日の晴れの席にまで参列することを許されるような王国でも特に富裕な商人達だ。

 

「グリフィス様、どうか今後ともよしなに」

 

 そんな挨拶が方々から投げかけられるが、それもまた型通りの儀礼的なやりとりでしかない。

 

「グリフィス様!」

「失礼いたしますわ、グリフィス様。今宵のご挨拶をさせていただいても?」

「今日の装いも大変麗しいものでいらっしゃいますわ」

 

 そんな中にあって、同性ゆえの気安さからか、うら若い貴族令嬢たちが何人も会場のあちこちから近づいてきてグリフィスと、その横に立つガッツを取り囲む。

 

「これはどうも、御機嫌よう」

 

 鷹揚に頷いてみせるグリフィスはさすがに慣れたものだ。

 だが、これが初めてのガッツはどうにも落ち着かない様子で周囲に視線を泳がせるばかりである。見かねたキャスカやジュドーがそんなガッツの背中を目立たぬように軽く肘で小突く。

 

「ほら、挨拶ぐらいしなよ」

「あ? あ、ああ……」

 

 ガッツは生返事で頷き、居心地悪そうに視線を彷徨わせる。その視線の先には着飾った貴族令嬢たちの姿があり、ガッツの視線に気付いた何人かの令嬢は軽くドレスを持ち上げて礼をしてみせたりするのだが……。

 

「あー……いや、なんだ」

「いや、いいさガッツ。任せておけ。…皆さん、こちらは我が鷹の団の切り込み隊長ガッツ。私が無二の信頼を寄せる、素晴らしい戦士ですよ」

 

 如才なくグリフィスがそう紹介すれば令嬢たちの視線はガッツにも向けられて、そのどこか値踏みするような視線にガッツはどうにも居心地が悪そうに頭を掻く。キャスカやジュドーの苦笑を背中に感じながら、ガッツは「まいったな」と内心でぼやいた。

 

「お初にお目にかかりますわ、ガッツ様。わたくし、エレインと申します」

 

 そう言ってガッツの前に進み出た一人の令嬢はいかにも育ちの良さそうな仕草でドレスの裾を軽く持ち上げると、軽く膝を折って礼をした。年の頃はまだ十代後半か。いかにも良家の子女といった雰囲気を漂わせる少女だ。

 

「あ? あーっと……ああ、どうも……」

 

 どう応じていいかもわからずに曖昧な返事を返したガッツだが、少女はそんな反応など気にもせずに微笑んだまま言葉を続ける。

 

「鷹の団の活躍はかねがね耳にしておりますわ。特に先だってのドルドレイ要塞の攻略においては無双のご活躍をなさったとか」

「私も伺いましたわ。かのボスコーン将軍を一騎打ちで討ち取られたとか。本当ですの?」

 

 エレインと名乗った少女のみならず、口々に令嬢たちが次々とガッツを褒めそやしにかかってくる。その勢いと来たら、グリフィスも苦笑せずにはいられないほどだ。

 しかし当のガッツはと言えば、どうにも居心地が悪そうにしているばかりである。

 

「ああ、いや……まあ、でも、オレは別にそんな大層なことをやったわけじゃあ」

 

 そう言葉を濁して頭を掻いて見せれば、少女達から黄色い歓声が上がった。

 

「ご謙遜なさらなくても! あのドルドレイ要塞を陥落させたのですもの、きっとお強いのでしょう?」

「ボスコーン将軍といえばチューダー帝国のみならず周辺諸国でも最強の剣士と謳われていましたのに、それを討ち取られるなんて!」

 

 エレインと名乗った少女は熱っぽい視線でガッツを見つめ、他の令嬢たちも口々にそうだそうだと相槌を打つ。キャスカやジュドーは呆れ半分で肩を竦めているが、これはもうどうしようもないだろう。

 

「あ、いや……あー……」

 

 これが自分一人のことであれば適当にあしらって逃げ出すことも出来たが、今のガッツの腕はしっかりとグリフィスに捕まえられている。

 

「その……なんだ、オレは」

「まあ、皆さん。ひとまずご挨拶はその辺で。申し訳ないのですが他にもご挨拶をしておきたい方がいらっしゃいまして。もしよろしければ、あちらの千人長達ともお話をどうぞ。いずれもドルドレイ要塞の攻略に欠かせぬ活躍をしてきた鷹の団の猛者達ですよ」

 

 煮え切らない返事でお茶を濁すガッツの横からグリフィスが助け舟を出し、残念そうなそぶりを見せつつも令嬢たちがコルカスやピピン、リッケルトの方へと向かっていくと、ようやく解放されたガッツはほっと溜め息を吐いた。

 

「助かったぜ、グリフィス」

「……まったくな。今日の主役の一人がそんなでどうするんだ、ガッツ。だがまぁ……なんだ。お前のそういう姿も珍しいから見物ではあったがな」

 

 そう苦笑するグリフィスの横では、珍しく疲労困憊した様子のガッツが縋るような目でグリフィスの横顔を見ている。まるで「もう勘弁してくれ」と言わんばかりのガッツの表情に、またキャスカやジュドーが小さく笑いを漏らした。

 

「で、グリフィス。挨拶しておきたい相手ってのは?」

「ああ、向こうにいる。あの二人だ」

 

 ジュドーの促しにグリフィスが再び先導する形で会場を横切っていく。

 

「失礼いたします。ラバン卿、オーウェン卿。ご挨拶をお許しいただけますか?」

「これはこれは、わざわざそちらからご挨拶に来ていただけるとは。こちらから足を運ぶべきところ、申し訳ない」

「これはグリフィス卿。ご機嫌麗しゅう。今日はまた一段とお美しい」

 

 品良く整えた髭を蓄えた貴族風の男はラバン、そしてやや線の細い優男がオーウェンとそれぞれ名乗り、グリフィスとガッツに軽く会釈をする。

 

「今日は私の信頼する腹心をご紹介させていただきたいと存じまして」

 

 壮麗な笑顔を惜しみなく振るまいながら、グリフィスはガッツとキャスカ、ジュドーを二人に紹介する。

 

「ラバン卿は御前会議の際にドルドレイ要塞の攻略を鷹の団が引き受ける上で助力をして下さった御方だ。貴族でありながらも鷹の団を平民風情と見下すことなく、公平に扱って下さった。おそらく、オーウェン卿ともども今後も何かと世話になることだろう」

「いやいや、グリフィス卿にそこまで仰っていただけるとは恐縮ですな。自分は、あの状況では他に手立てがないと判断したまでのこと。それに、鷹の団のご活躍があってこその成功なのですから」

 

 グリフィスの紹介を受けてラバンとオーウェンがにこやかに差し出してきた手を、ガッツとジュドーは儀礼的に軽く握り返した。

 そしてキャスカが差し出した手を取ると、二人とも淑女に対する貴族の礼儀として手の甲に軽く唇を触れさせる。

 

「あちらの他の千人長らとも、近くお二人と顔を合わせる機会を改めて設けたいと思っております。ラバン卿のアークロー騎士団と鷹の団で合同訓練などいかがでしょうか」

「ほう、それは面白そうですな。是非ともお願いしたい」

「私も異存はありません」

「それでは、近日中に使者を送らせていただきます」

 

 グリフィスが会釈してコルカスやピピン、リッケルト達のところへと戻り始めると、三人もそれに倣ってラバン達に一礼し、グリフィスの後に続く。

 

「……ふぅ、まさか真っ先に私達のところに挨拶に来るとは。冷や汗をかいたよ」

「困ったものです。あちらのお歴々が物凄い目でこちらを睨んでおられましたよ。あれは私達もグリフィス卿の党派だと完全に思い込んでおられますな」

 

 ラバンが表情を変えることなく小声で呟くと、オーウェンは誰かに見られぬように口元を手で覆うようにして密やかに苦笑した。

 二人が顔を動かさずに視線だけで会場の隅を眺めやれば、そこには宮廷内でも特に保守派で知られる貴族達が数人ほど集まり、何事かを囁き合っている。

 彼らが苦々しそうに睨んでいるのは、当然ながら大勢の人に取り囲まれている鷹の団の若き英雄達だ。うら若い貴族の令嬢たちに囲まれ、おそらくは世辞も多分に混じってはいるにせよ口々に褒めそやされて機嫌よく笑顔を見せているコルカスは勢い良く舌を回して自らの武勇伝を声高に語っている。

 無口なピピンはそれほど愛想よく返事はしないものの、その大柄な体に触れようとする令嬢たちの手を拒むことも出来ず困り果てた様子だ。

 リッケルトはむしろ幼げな童顔に母性本能をくすぐられた貴族の貴婦人や未亡人らを中心とした一団に囲まれ、頭を撫でられ、あるいはその娘である年少の令嬢たちに手を握られている。

 

 そんな光景を睨みつけている貴族達を、年老いて無能で愚かな貴族が若く優秀で有能な平民出の英雄を嫉妬し、その足を引っ張る機会を虎視眈々と狙っていると断じるのは簡単だ。

 しかし、それはあまりにも一方的で不当に過ぎる誹謗だろう。彼らには彼らの視点があり、彼らなりの根拠と価値観がある。自分達もまた貴族である二人は、それに共感とまでは言わずとも一定の理解はある。

 

 今でこそチューダー帝国は帝位継承を巡る内乱勃発の危機にあり、結果として身動きがとれずドルドレイ要塞の奪還を許してしまった。――が、百年前、ドルドレイ要塞を奪った当時の帝国は大陸の辺土に勃興したばかりで今現在とは比べ物にならないほどの旭日の勢いを誇っていた。

 帝国は覇王ガイゼリックに滅ぼされた古の大国の末裔を称し、覇王に奪われたものを取り戻すという大義を掲げてミッドランド王国に侵攻してきた。それが事実か、それとも単なる戦の口実にしただけの詐称に過ぎないのかは不明だが、それは問題ではない。

 新興国がゆえに失うものもなく、目の前の土地を奪い、作物を略奪し、女と見れば犯し、民を殺戮する獰猛で残忍なチューダー帝国軍の兵らは死を恐れぬ勇猛ぶりで、当時のミッドランドにとっては文字通りに悪夢のような存在だった。

 そうであるがゆえに、ミッドランド王国の王族、貴族、そして民は一丸となって侵略に立ち向かったのだ。多大な犠牲を支払ったのは決して民ばかりではない。

 

 自家の領土を荒らされれば貴族としては死活問題である。兵の先頭に立って戦った貴族達は次々に戦死した。

 祖父を、父を、夫を、息子を、孫を。

 兄を、弟を、叔父を、甥を、従兄を、親戚を、友人を、知人を。

 貴族としての義務に忠実で、国への献身に身を捧げる健気な貴族であればあるほど、真っ先に戦場に赴き、そして死んでいった。

 軍が敗北し、愛する者を殺され、領地を荒らされ、民を庇って身を投げ出し、そして敵兵に身を汚された女達も少なくない。その恥辱に堪えられず自害した者も。

 貴族であれば、そういった一族の苦難を幼い頃から幾度も聞かされている。それらの犠牲の上に今の自分達がいるのだという自覚がある。自分達こそが国を支え、その危機を乗り越えてきたのだという自負がある。

 

 それを、どこの馬の骨とも知れぬぽっと出の平民が時流に乗って大きな面をしている。そして父祖が、一族が、自分達が命懸けで守ってきた国を食い物にしている。少なくとも、彼らの目にはそう見える。

 確かに面白くはないだろう。反感を抱くのも仕方ない。それはわかる。

 

「だからと言って、ああもあからさまに敵視するのではな」

「それに巻き込まれることになると思えば、私達も決して他人事ではありませんがね」

 

 ラバンが思慮深げに腕を組めば、オーウェンは苦笑交じりに肩を竦める。

 

「しかし、グリフィス卿がああも今後は鷹の団の者達を引き立てると周囲に見せつけてくるとは思いませんでした。これまで表舞台に立つのは常にご自分のみでしたから」

「それは……確かに面白くはないだろうな。かと言ってグリフィス卿からすれば他に頼れる者もおらず、自身の股肱の臣を周囲に配置するのは当然ではある。宮廷の勢力図も、おそらくは大きく変わるだろう。あの様子では、グリフィス卿と誼を通じて与力となりたがる者は幾らでも出てくる」

 

 オーウェンの言葉にラバンも小さく溜め息を吐く。だが、そうは言ってもドルドレイ要塞攻略戦において、鷹の団は大きな役割を果たしたのだ。その働きがなければ戦争の終結は望むべくも無かったのは間違いない。

 それを思えば、ここで不用意にグリフィスの不興を買うような真似が出来るはずもないだろう。

 

「ま、何にしても今日のところは顔合わせが出来ただけで良しとするしかありますまい」

「同感だ」

 

 

■□■□■□■□■

【Phase-003】

 

「キャスカ、大丈夫か?」

 

 人だかりに揉まれるように取り囲まれ、ひっきりなしに挨拶と自己紹介を繰り返されたキャスカは、さすがに内心では疲労していたが、こうも衆人環視の状況では素直にそれを表に出せるような立場ではない。少しでも弱みを見せれば食いつかれる。それは戦場でも、そしてここでも変わらないのだ。

 

「大丈夫だ、問題ない」

「そうは見えないから言ってるんだ」

 

 その意味で、隣で気遣ってくれるジュドーの存在は正直ありがたかった。自分が迂闊な失言をしそうになれば、さりげなく話題を逸らしてフォローしてくれる。疲労で口を動かすのも億劫になれば、自分の代わりに会話を引き受けてもくれる。

 

「少し、人酔いをしただけだ。しばらく休めば問題ない」

「ならいい…いや、良くないな。この状況じゃ、休みたくても休めないだろ」

 

 小声で囁き合う二人は傍から見ても親密そうに映るだろう。そのおかげか、気安くダンスに誘ってくる若い貴族の令息達もいるにはいるが、今のキャスカにとっては全て丁重に断るのも難しくはない。パートナーがいるので、と言えばそれ以上しつこく食い下がってくる者もいないからだ。

 今も一人の若い貴族の誘いを断ったばかりのキャスカに向かって、実は内心で機を見計らっていたジュドーはおどけたように一礼してから優雅に手を差し出した。

 

「なあ、キャスカさえ良ければ一曲…一緒にどうだ?」

「え?」

「美しきお嬢様。よろしければ、私と一曲踊っていただけませんか?」

 

 そこまでされては、キャスカもさすがに断ることは出来ない。差し出された手を取りながら、ジュドーにだけ聞こえる声で小さく笑う。

 

「もちろん、喜んで」

「ああ、良かった。断られたらどうしようかと思ったよ」

 

 その笑顔に釣られたのか、あるいは本当に安堵したのか、ジュドーも屈託なく笑ってみせる。さすがにこれからダンスをしようという二人にそれ以上は絡もうとする者もおらず、手を繋いだままホールの中央へと足を進めていく。

 

「驚いたな。お前がまさかこんなことをするとは思わなかった」

「こういうことは柄じゃない、って?」

「ああ。少なくともお前はそんなことはしないだろうと思っていたからな」

 

 キャスカが素直に頷くのを見て、ジュドーは小さく肩を竦めるような仕草をする。その余裕を装う態度も何もかも、今日はいつもより何割か増しに洗練されて見えるのは気のせいだろうか? そんなジュドーを間近で見上げて、キャスカは先ほどとは違った意味で小さな溜め息を吐く。

 間近にある気心の知れた仲間の顔だけを見ていれば良く、周囲に人がいないわけではないが、ひっきりなしに話しかけられる心配がないので今は少なからず気を緩められる。

 

「…でも、正直に言えば助かった。おかげで少しは休める」

「それは何より。でも、キャスカが踊るのに苦労するとはね。剣を振るのに足捌きは基本だろ?」

「そういうお前は随分と手慣れているな」

「まあ、それなりには。オレが昔、旅芸人の一座にいたって話はしたことあったっけ?」

「いや。初耳だ」

 

 キャスカは意外そうに首を振った。これだけ長い付き合いでも、まだお互いに知らない事、話していないことは幾らでも出てくるものだ。

 

「一座で踊りを披露することも少なくなかったよ。まあ、大抵は村や町で収穫のお祭りの時とかに皆で踊るようなものだけど。たまに芝居なんかで貴族様に扮する時はそれっぽく見せる必要があるからって、こういう気取った踊りも練習させられたんだ」

「それで上手いのか?」

「どうだろうな。ただ、こういう場所で無様な踊りは見せられないってことはわかってるからな」

 

 会話の最中も二人は緩やかにステップを踏み続け、演奏されている音楽に合わせて優雅に体を動かしていく。元々器用で心得もあるジュドーが的確にリードしながら、キャスカもそれに遅れることなくついていく。

 

「しかし……なんだ、その、あれだな。お前との相性が良かったのか」

「ん?」

「いや、ダンスのことだよ」

「ああ。うん、そうかもな」

 

 軽く頷いてからジュドーはまた少し体を回してターンを決める。その動きは実に様になっており、まるで最初から知っていたかのように自然と体が動くのだ。そしてそれはキャスカも同じだった。

 

「でもさ、さすがにオレだってこんな場所で踊ったことはないぜ? なんでだろうな。なんかこうするんだよ、ほら」

 

 そんな軽口を叩きながら、キャスカの体をくるりと回しながら自然と一回転させるように誘導して自分の動きに合わせることが出来るのだから大したものだった。周囲の状況や人の流れを把握する能力の高さは生来の資質だろう。

 ふわりと広がったスカートの裾から、そのスリットからキャスカの伸びやかな褐色の脚が覗き、周囲で見物する若い貴族達が男女を問わず興味深げに熱い視線を送るのを感じ取り、ジュドーは内心で苦笑をする。

 

「なんだか妙な気分だ。新鮮というかなんというか」

「ふふっ、確かにな。だが、悪くない。お前と踊るのがこんなに楽だとは知らなかった」

「それは光栄だ」

「ああ、本当だとも」

 

 キャスカも楽しげに笑う。いつもは女千人長として何をしていてもどこか気を張っていて、常に緊張感を解かない張り詰めたような部分があるのだが、心なしか、今は表情も普段より柔らかく見えた。

 そして、そんな表情を見ることが出来るのはきっと自分ぐらいだろうと思うと、ジュドーは少しくすぐったいような気持ちになるのだった。

 

「しかし……なんだ? こうしているとまるで……」

「……ん?」

「いや、なんでもない」

 

 そんな会話を交わしている内に音楽が終わり、二人は優雅に一礼してダンスを終えた。周囲から自然と拍手が湧き起こり、その中心でキャスカはどこか照れくさそうに微笑む。

 

「ありがとう、楽しかったよ」

「こちらこそどうも」

 

 これで少しでもキャスカの気分転換になってくれたのならジュドーにとって言う事はない。再びキャスカの手を取って戻ると、ちょうどミッドランド王国の国王が会場に姿を現すところだった。

 歓声と拍手で出迎える参加者達に手を挙げて応える王は、そのままゆったりとした威厳ある声で言葉を響かせる。

 

「さて、皆の者。本日は良く集まってくれた」

 

 国王がそう切り出すと同時に、人混みを割ってガッツが二人に近付いてくる。

 

「おい、キャスカ。あっちでグリフィスが呼んでるぜ」

「そうか。…私だけか? ジュドーは?」

「オレが言われたのはキャスカだけだな」

「わかった。ジュドー、ちょっと行ってくる」

「ああ。オレはそこら辺にいるからさ」

 

 軽く手を振って人混みに消えていくキャスカの背を見送り、ジュドーはふうと軽く溜め息を吐く。

 

「お疲れ。よくやるな、お前も」

「うん?」

「見てたぜ。キャスカを立派にリードしてたじゃねぇか。オレじゃとてもとても。こう言っちゃなんだが、初めてお前の器用さが羨ましいと思ったぞ」

「なんだ、もしお前もグリフィスと踊ってみたいっていうならオレがコツを教えてやるよ。それこそ投げナイフよりも簡単さ」

 

 ガッツも一流以上の剣士である。向き合った相手との間合いを読み、呼吸を読み、それと合わせるか外すかの違いがあるにせよ、その本質にそれほど差があるわけではない。

 

「ヘッ、そいつは勘弁してくれ。オレじゃグリフィスと踊ろうと抱き合っただけで色々と気が散って集中なんざ出来なくなりそうだ」

「ふぅん…へぇ…ほぉ…?」

「おい、なんだよ、その目は」

「別に」

 

 ジュドーはあえて何も言わなかった。グリフィスと抱き合った時に何がガッツの目に入って、それがどうして気が散る原因になるのかとわざわざ口にして指摘するほど野暮ではない。

 

「ま、それはともかくとしてだ」

「ん?」

「悪い、ジュドー。ちょっと野暮用でな。これからオレは少し席を外す」

「おいおい、ちょっと待てよ。お前、まさかオレ一人でグリフィスとキャスカの面倒を見ろって言うのか?」

「…あー、グリフィスもグリフィスで別の用がある、らしいぞ。だから、お前はとにかくキャスカを見ててくれりゃいいさ。それなら最初の予定と変わらねえだろ?」

 

 ガッツの表情は冗談を言っているようには見えなかったが、かと言って全てを明かしているわけでもない。そもそも野暮用とは何か。国王が挨拶をしている今このタイミングで席を外すほどの大事な用件なのか。

 何もわからぬ状況ではあったが、戦場で敵の情報の全てが明かされるなどありえない。それどころか味方の動きさえ定かではない状況で、常に足りない情報と錯誤に悩まされつつも決断しなければならない。

 

「なら、ガッツ。その野暮用とやらはいつ終わるんだ? オレはキャスカをいつまで宥めていればいいのか、それぐらいは教えてくれたっていいだろ?」

「…あー…」

 

 答えに迷うように言い淀み、語尾を濁すガッツは苦い顔でジュドーの肩に手を置いた。

 

「…そう、だな。明日の朝までには終わってる…と思う。夜が明ける前には、…オレも、宿舎に戻るつもりだ。悪い。オレに言えるのはここまでだ」

「ガッツ? おい、何の話だよ。教えてくれよ」

「悪い、本当はお前にも何も言うわけにはいかなかったんだが、お前にだけは義理を通すのが筋だと思ってな」

 

 どこか苦しげにも見える表情で小さく、低く、そして早口で告げるガッツの顔を見上げ、ジュドーの口から小さな溜め息が漏れた。

 

「…ったく、お前ときたらいつもそうだな。そこまで無理してオレに義理なんか立てなくったって、何か理由があってやってることなんだろ? 別にそれを止めやしないよ」

「悪いな」

「ほら、もう行けよ。キャスカのことなら大丈夫さ。ちゃんとオレが見とく」

「ああ。頼んだぜ」

 

 どこかほっとしたような顔を見せたガッツは、そのままジュドーに背中を向けると足早に立ち去っていく。

 

「キャスカのことなら大丈夫さ、か。……ま、そうでも言っておかないとな」

 

 一人ごちたジュドーは、その自分の言葉に小さな自嘲の笑みを浮かべるのだった。

 

■□■□■□■□■

【Phase-004】

 

「ああ、キャスカ。せっかくジュドーと良い雰囲気だったのに、呼びつけてすまないな」

「え、いや、それは別に…グリフィス、何か急ぎの用でも?」

 

 グリフィスの開口一番の言葉に、キャスカはどこか戸惑った。ジュドーと良い雰囲気だったと言われても、反射的に否定や反発する言葉が口から出てこなかったことに。これがもしガッツやコルカスなどであれば、誰があんな馬鹿と、と憎まれ口の一つも吐き捨てられたのに。実際、二人で踊っている時の自分は気分も穏やかで、ごく近い距離にある相手と囁き合うように話していても気が楽で、何より踊るのが楽しかった。それは認めざるを得ない。

 キャスカにとって、ジュドーは鷹の団に入った時から色々と世話になっている。兵士としての訓練など受けたこともなく、傭兵としての心得も何も知らず、右も左もわからなかった頃の自分に色々と教えてくれた。グリフィスは全体の指揮を執らねばならなかったからいつも忙しそうにしていたし、あまり個人的な質問で手を煩わせるわけにもいかなかったから、余計にそうだった。

 コルカスは少々…というか、かなり性格に癖があるし、酒癖も女癖も良くなく、よく憎まれ口を叩いても来るので、どうしても素直に接するのは難しかった。ピピンも彼なりに気を遣ってくれていたのだと今にして思えばわかるのだが、無口なせいで損をしている部分があるのも事実だ。初めの頃は何をどう話せばいいのかもわからなかった。リッケルトは逆に初対面の頃は自分が助けてやらねばと思ってしまうような、どこか放っておけない弟のような存在だった。今なら頼りにもなる相手ではあるが…。

 だから、ジュドーはキャスカにとって、ある意味では最も親しい異性であるとさえ言える。最も頼りにしている戦友で、最も背中を任せられる相棒でもある。だが、それはあくまでも仲間としての感情だ。そのはずだ。少なくとも、今は。

 

「ああ、陛下の話がもうすぐ終わる。そうなれば乾杯になるだろう? 酒癖の悪いコルカスが飲み過ぎないよう注意して見ておく必要があるんじゃないかと思ってね」

「あ、うん。それはそうだけど…」

 

 内心では拍子抜けしたような心持ちで曖昧に相槌を打つキャスカだった。確かに、こんな大事な晴れ舞台で不祥事を起こすわけにはいかないのはわかる。コルカスが酒に酔っては誰かに絡むのはいつもの事で、それを口うるさく注意するのもキャスカの役回りだったのも事実で、ましてその絡む相手が貴族だったりすれば大事になるから揉め事が起きる前に止めに入るのは当然の話ではある。…あるのだが、だからといってそれをわざわざ自分を呼びつけてまで強調するほどの事なのだろうか。

 いや、それほど自分がジュドーと楽しそうに踊って、それがグリフィスの目には浮かれているように見えたのかもしれない。そう思い直したキャスカは気を引き締めた。

 

「わかった。ジュドーにも言って、注意しておく。他には?」

「ああ、それと…」

 

 グリフィスがそう言いかけた時、国王の声が会場に響き渡った。

 

「…余は、ドルドレイ要塞の攻略に際し多大な軍功を成した鷹の団にミッドランド王国が軍において最高位の称号、『白』の称号を与えることを検討している。おそらく、正式名称は白鳳騎士団とその団長、女伯爵にしてグリフィス将軍。そして鷹の団の千人長諸君には、それぞれ騎士の称号と爵位を与える」

 

 大きなざわめきとどよめきが同時に沸き起こった。その声は津波のように会場をたちまち飲み込み、グリフィスの声など聞こえなくなるほど大きな歓声となって木霊する。

 

「白鳳騎士団!」

「グリフィス様!」

「まさに鷹の団に相応しい!」

「グリフィス卿!」

「白鳳騎士団、万歳!」

「グリフィス将軍、万歳!」

 

 名もなき平民に生まれた女が、寄せ集めの下賤な傭兵達を率いて戦場で軍功を積み重ね続け、遂には大陸でも最も歴史と格式あるミッドランド王国において諸侯の地位と将軍の称号を授かる。まさに英雄譚そのものであり、平民にとってはこれ以上ないほどに羨望と憧憬の対象となるだろう。

 そして、それを貴族達の大半が手放しで認め、口々に歓呼の声でそれを祝福していた。内心はどうあれ、少なくとも表面上はそうする必要があると認めざるを得ないほどに、グリフィスと鷹の団の軍功は絶大なものだった。

 

「グリフィス…」

「ああ。キャスカ、胸を張れ。オレ達は、ここまで来たんだ。ようやく、ここまで」

 

 万感の想いを込めてキャスカが周囲の声に軽く手を挙げて応えるグリフィスの横顔を見つめると、横目で微笑んだグリフィスが小さく囁いた。

 

「そして、これで終わりじゃない。おとぎ話のように、ここで終わったりはしない。…オレは、まだまだ先へ行く。お前たちと共に、この先へ」

 

 子供向けのおとぎ話なら、ここまでで十分な内容だったろう。めでたしめでたしで話は終わっただろう。目を輝かせて話に聞き入っていた子供達は満足しただろう。

 

 ――だが。

 

 グリフィスは、これで満足などしてはいなかった。伯爵? 将軍? なるほど御大層な地位ではあるのだろう。およそ平民に生まれた者が望めるのであれば誰もが夢見るであろう途方もない栄達であり、これ以上を望むなどあまりに身に過ぎた野心だと言われるに違いない。

 

 しかし。

 

『オレは、オレの国を手に入れる』

 

 その神聖な誓いは、今も胸の中にあった。夢や幻などではなく、グリフィスにはその実現のための覚悟も実力もあると自負しているし、それに向かって邁進する覚悟はとっくに完了していた。

 その夢の途上で斃れた無数の敵味方の屍を積み上げ、それを踏みつけ、足場にして駆け上がってきた自分は、ただ進むしかない。前に進み続けるしかないのだ。ただそうすることでしか、自分は彼らに報いることが出来ない。

 

「グリフィス」

 

 キャスカが自分を見ている。その眼差しを受け止めながら、グリフィスは改めて自分の胸に強く誓った。この程度で満足してなどいる暇はないのだと。そして、そのために――。

 

「とはいえ、まずは乾杯しよう。ここで祝杯の一つも掲げるぐらいの贅沢は許されるだろうさ」

 

 そう言って小さく微笑み返したグリフィスに、キャスカは白い歯を覗かせて笑った。

 

「ああ、そうだな」

「――失礼いたします。酒杯をお持ちしました」

 

 二人にかかった声に振り向くと、給仕が銀盆に高価そうな杯を載せ佇んでいた。

 もちろん会場にいる給仕は一人や二人ではなく、他にも多くの給仕が会場に乾杯用の酒杯を配って回っている。

 

「残っているのは一杯だけか?」

 

 そう、二人の目の前の給仕が銀盆に載せている杯は一つだけだった。

 

「これは失礼しました。ただちに新しいものをお持ちいたしします」

「いや、いい。キャスカ、すまないが別の給仕から受け取ってきてもらえるか。オレの分はこれでいい」

「あ、うん。わかった」

「ああ、そのままジュドーのところに戻ってくれても構わないぞ。二人で乾杯しながら、コルカスを見ていてくれ」

 

 グリフィスに言われるがままに別の給仕を求めて一歩、二歩と離れるキャスカは、しかし内心で何がしかの違和感を拭いきれずにいた。

 そう言えば、グリフィスは自分に何を言いかけていたのだろう。何かを言いかけて、それをそのままにして会話を終えてしまうなんて普段のグリフィスらしくもない。戻って改めて尋ねてみるべきだろうか。もし、それが何か大事な用件だったとしたら――そう考えたキャスカは、そこで僅かに苦笑した。

 それこそ、もし本当に大事な話なら、グリフィスがそれをそのままほったらかしにするはずがない。きっと気のせいだ。そう思った。

 

「では、諸君。――乾杯」

 

 主催者である国王が手にした杯を掲げ、乾杯の音頭をとる。

 キャスカは目で給仕を探すが、グリフィスから離れるタイミングが微妙に機を逃してしまったのか、他に酒杯を持っている給仕はすぐには見当たらず。どうしたものかと周囲を見回して――。

 

 何か。妙に胸を騒がせる音が背後で響いた。

 高価な銀の杯が、磨き抜かれた大理石の床に落ちるような音。

 続いて、誰かが床に倒れ伏すような音。

 違う。ようなも何も、それはそれ以外を意味するものではなく。

 そして、キャスカの背後にいるのは。倒れたのは。

 

「…グリフィス?」

 

 ギクシャクと、普段の颯爽とした彼女らしからぬ動きでキャスカは振り返る。その目に映った光景に、キャスカはその黒目がちの双眸を見開く。

 床に広がる銀の髪。力なく伏した美しい容貌は、まるで――まるで、息が絶えてしまって、いるかのよう、で。

 

「グリフィス!?」

 

 キャスカの叫び声が、静まり返った会場に響き渡った。

 一拍を置いて、甲高い悲鳴と、怒号と、無数の叫び声が王城中を騒乱の渦に叩き込んだ。

 

 鷹の団グリフィス、昏倒。

 

 その一報は、王城のみならず城下と、そして鷹の団の宿舎にまで届いて、たちまち王都ウィンダムは蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。

 

■□■□■□■□■

【Phase-005】

 

「キャスカ…」

 

 ジュドーの声にも反応せず、椅子に座り込んだキャスカは呆然と目を見開いたまま動かなかった。

 王城から戻ってもドレス姿のまま、着替え以前に誰の声にも反応しない。座らせられた椅子に座ったまま、動かない。

 幸か不幸か、こういった様子の誰かを見るのはこれが初めてではない。戦火で焼かれた村で、略奪された町で、親しい誰かを殺され、全てを失った者がたまに見せる姿。目の前の現実を受け入れられず、あるいは現実に耐え切れずに心が折れ砕け、半ば魂が抜けかかっているような虚ろな表情。

 

「キャスカ!」

 

 ジュドーは再び声をかける。それでも反応がない。聞こえているかどうかもわからない。自分の声ではキャスカに届かない。唇を噛みしめる。自分の不甲斐なさに、そしてどうすることも出来ない己の無力さに、握りしめた手の爪が皮膚に食い込む。

 もしグリフィスなら、あるいはガッツなら、キャスカは反応してくれただろうか。そう考えて、そこでジュドーは思わずハッとする。そう言えば、この騒ぎの中でガッツは一体どこで何をしているんだ?

 野暮用とやらで具体的に何をしているのかは知らないが、王都中が大騒ぎになっているのを知らないわけじゃないだろう。なのに、どうして戻ってこない?

 

『…あー、グリフィスもグリフィスで別の用がある、らしいぞ。だから、お前はとにかくキャスカを見ててくれりゃいいさ。それなら最初の予定と変わらねえだろ?』

 

 ガッツは何と言っていた?

 

『…そう、だな。明日の朝までには終わってる…と思う。夜が明ける前には、…オレも、宿舎に戻るつもりだ。悪い。オレに言えるのはここまでだ』

 

 ガッツは何を知っていた?

 

『悪い、本当はお前にも何も言うわけにはいかなかったんだが、お前にだけは義理を通すのが筋だと思ってな』

 

 ――まさか。まさか、ガッツは――そして、グリフィスは。

 思考する意識の奥底から浮かび上がる恐ろしい可能性に、ジュドーは反射的に思考を止める。

 それ以上は、考えてはいけない。思い至ってはいけない。知ってはいけない。それは、自分は知るべきではないことだ。

 

 身も凍るような恐怖に襲われたジュドーは、半ば縋りつくようにキャスカを抱き締める。それは無意識の逃避だったのかもしれない。

 

「キャスカ…キャスカ!」

 

 無意識に、あるいは本能的に救いを求めてキャスカの首筋に顔を埋めたジュドーは、その鼻孔に甘い香りを感じる。同時に、ドレスの薄い布地越しにキャスカの体温と鼓動を全身で感じ取る。

 

「キャスカ……」

 

 どこか安心する温かさだった。生きている人間の温かさだ。

 

「……しっかりしろ! 何やってるんだ!」

 

 大きく叫んでも返事はない。だがそれでもなお叫び続けるしかない。そうする他に何も思いつかなかったから。

 

「キャスカ! オレはここにいる…オレはグリフィスじゃないけど、グリフィスにはなれないけど…オレは、オレでしかないけど。キャスカ、オレはここにいるんだ!!」

 

 ジュドーの腕の中で、ほんの少しだけ、ごく僅かに身動ぎする気配があった。

 

「………ジュ、ドー…?」

 

 自分でも信じられなかった。キャスカに、自分の声が届いた。キャスカにとって、自分の存在は意味のあるものだったのだということが。

 

「キャスカ、大丈夫か?」

「ジュドー…グリフィス…グリ、フィス、が…」

 

 紅を乗せた震える唇が、力なく言葉を紡ぐ。

 

「グリ、フィスが、倒れて、それで」

「ああ……ああ! わかってる。大丈夫。大丈夫だ。大丈夫だから、落ち着いてくれ。キャスカ」

「グリフィス……」

 

 ジュドーは、キャスカがうわ言のように繰り返す名前の意味を知っている。その名を呼ぶ時だけ、彼女は少しだけ生気を取り戻すのだ。だから、今はそれでいい。そうするしかないとわかっているから、ジュドーもそれを受け入れるしかない。

 

「グリフィスは…?」

「まだ今は王城にいる。国王陛下が直々に王族御用達の侍医に診察を命じて下さったそうだよ。問題の下手人はグリフィスから紹介されたラバン卿とオーウェン卿が中心になって探して下さってる」

「……そう」

「お前が覚えているかどうかはわからないけど、キャスカがグリフィスに酒杯を渡した給仕の件を証言したから、王城の衛兵達が総出で探し回ってる。オレ達も手伝いを申し出たけど、王城の衛兵達の面子に懸けて、こればかりは譲れないと突っぱねられた。だから、今は鷹の団の宿舎に戻ってきたところだ」

 

 なるべくキャスカに余計な負担をかけぬよう、なるべく冷静に事態の経緯を説明するジュドー。それに耳を傾けるキャスカの瞳から、やがて大粒の涙が溢れ出す。

 

「グリフィス……どうして、あんな……」

「キャスカ」

 

 ジュドーはただ、その小さな背中を抱き締めて頭を撫でることしか出来なかった。そうすることしか出来なかった。それが悔しい。だが、今はそれ以外に何も出来ないのだということもわかっていた。だからせめて、今だけはこうしていたいと願うように、ジュドーはキャスカの細い身体を抱き続けた。

 

「…ジュドー、ごめん…ごめん。でも、でも…」

「いい、わかってる。何も言うな。わかってるから」

 

 キャスカが泣きながら縋りついてくる。こんな場合だというのに、そんなことを考えていられるような状況でも、考えて良いことでもないのに。

 それでも、キャスカが抱きついてきてくれることを心のどこかで喜んでしまっている自分がいる。グリフィスにではない。他の誰にでもない。オレに、キャスカが縋ってきてくれている。頼ってくれている。甘えてくれている。

 

「大丈夫、大丈夫だ、キャスカ。オレはここにいるから…ずっと、お前の傍にいるから」

「ジュドー…ジュドー…!」

 

 泣きむせぶキャスカの体を抱き締めるジュドーは、好きな女を支えられる仄かな喜びと、そんな風に悲しんでいる女を前にしながら卑しい自己満足を感じてしまっている自分自身の醜さとを同時に噛みしめていた。

 

 

■□■□■□■□■

【Phase-006】

 

「…ちょっと、ツラ貸せよ」

 

 ガッツは。そしてグリフィスは。二人は本当に戻ってきた。夜が明ける前に。

 宿舎の入り口の扉を開けて何事もなかったかのように二人が姿を現した時、鷹の団の全員が一瞬ならず呆然と言葉を失い、これが目の錯覚か、自分達が見ている都合の良い夢か幻覚の類いではないかと自らの正気を疑った。

 だが、グリフィスが普段と変わらぬ微笑みを浮かべて手を挙げて見せると、おそらく鷹の団の宿舎のみならず敷地周辺や近隣の家屋にまで届いたであろう大歓声が上がり、消沈していた団員達は十重二十重にグリフィスを取り囲んで無事の帰還を喜び祝った。コルカスも、ピピンも、リッケルトも手放しで喜んでいる。キャスカは真っ先にグリフィスの胸に飛び込み、今は人目もはばからず啜り泣いている。

 それを微笑ましく眺めるガッツは、しかし横からかけられた声にその笑みを引っ込めた。

 

「ジュドー」

「少し付き合ってもらうぜ。まさか嫌とは言わねぇよな?」

 

 ジュドーからの誘いは、しかしいつものような気さくな軽い口調でのものではなく、どこか重々しい響きを伴っているように聞こえた。

 二人は宿舎から出て、扉を閉める。二歩、三歩と先を行くジュドーが立ち止まる。ガッツは扉に背中を預けるように寄りかかり、胸の前で腕を組んだ。

 

「…いつから知ってた?」

 

 開口一番の問いかけに、ガッツは軽く肩を竦めた。

 

「最初っから」

「ああ、そうか。それで十分だ」

 

 ジュドーが拳を握りしめた。

 

「ガッツ。一発、殴らせろ」

 

 その要求自体は構わなかった。むしろ、それだけで済ませてもらえるのだとすれば温情だろう。

 だが、珍しいなとは思った。少なくともガッツが知る限り、ジュドーがここまで怒りを露わにしたことは一度もない。いつも明朗で快活で、仲間の和を何より重んじていたはずなのに。

 

「怒ってるのか、ジュドー」

「これが怒ってないように見えるか?」

「いや、見えねぇな。わからねぇのは、お前が何に怒ってんのかってことだ」

「そうか。この期に及んでもわからないってんなら教えてやる」

 

 据わった目で睨んでくるジュドーはガッツの襟首を掴むと、拳を振り上げた。

 

「惚れた女を泣かせる片棒を担いだ野郎を殴らずにいられるほど、オレは人間が出来てないんだよ!」

 

 そうして、ガッツの左頬に拳が叩きつけられる。ガッツはその勢いに顎を反らすも、踏み止まって再びジュドーに向き合う。その眼差しは怒りに燃えてはいたものの、同時に深い悲しみを湛えているようにも見えて。

 

「キャスカを泣かせる? オレが?」

「そうだ! グリフィスが倒れた後、キャスカがどうなってたと思う。城でもここでも、ずっと呆然として、その後もずっと泣いてたんだぞ!……オレは、オレ達は、そんなキャスカに何も出来なかった。何もしてやれなかった。オレはグリフィスじゃない。グリフィスのようにはなれない。それが悔しくて情けねぇんだよ!」

 

 ああ、そうかとガッツは納得する。それでか、と。だからジュドーはこんなに怒っていたのか、と。そして同時に理解する。自分は本当に馬鹿な男だということを。

 

「……すまねぇ」

「謝りゃいいってもんじゃねぇだろ!」

 

 なおも殴りかからん勢いで激昂するジュドーだが、さすがにそれは思いとどまったらしい。深く息を吸って吐きながら拳を下ろす。

 

「いいのか。もっと殴っても文句は言わねえぞ」

「…一発は一発だ。オレは口にしたことを違えるつもりはないさ」

 

 吐き捨てるように言ったジュドーはガッツの襟首から手を離す。乱れて曲がった襟を直そうともせず、唇の端から伝う血の筋を拭いもせず、ガッツはジュドーを見つめる。そして、もう一度謝罪した。

 

「すまねえ」

 

 ジュドーも、もう一度深呼吸した。

 

「なあ、ガッツ」

 

 軽く拳をガッツの胸板に当てて、ジュドーは疑問を口にした。

 

「お前、グリフィスから口止めされてたんだろ? オレたちには何も知らせるなってさ」

「……」

「なのに、どうしてオレにだけ前もって思わせぶりなことを言ったんだ?」

 

 グリフィスが何を企んでこんな騒ぎを起こしたのかは知らない。しかし、わざわざ信頼する腹心だと紹介しておいて、その腹心にも何も知らせずに仕組んだとは、まさかラバン卿もオーウェン卿も思いもしなかったのだろう。だからこそ、グリフィスは完全な被害者であるという印象に信憑性と説得力が備わる。

 であれば、それを知る者は少なければ少ないほど良い。グリフィスが口止めしたのはキャスカの心情的には残酷だが、謀略において機密を守るという一点においては正しい。何と言ったか、謀は密なるをよしとす、だ。なのに、ガッツは遠回しにではあっても何事かが起きる可能性を示唆した。これでは口止めの意味がない。

 

「ガッツ、何故だ? グリフィスは承知してるのか?」

「…怒られたに決まってんだろ。後でこの埋め合わせをしろとまで言われたよ」

 

 拗ねたように顔を背けるガッツはガシガシと頭を掻き毟った。

 

「オレは…オレは、グリフィスを支えるとかいうガラじゃねぇ。いや、違う。そうじゃねえ。オレは、グリフィスの下につきてえわけじゃねぇんだ」

「…おい」

「オレは、グリフィスの横に並び立ちたい。グリフィスの隣で、グリフィスとは対等でいたい。グリフィスに舐められたくねぇ。オレはグリフィスの剣で…グリフィスにいいように使われる道具で終わりたくねぇんだ」

 

 ジュドーは、何も言えなかった。自分はグリフィスの下につくと決めた。それを後悔したことはない。その選択は正しかったと思う。今、この瞬間でさえも。

 けれどガッツは、そのグリフィスの下から抜けようとしている。いや、そもそも最初の出会いから、ガッツはグリフィスの下につくことを拒んでいたか。

 

「…なあ、もしかしてガッツ。お前、鷹の団を抜けるつもりか?」

「そのつもりだった。だけど、グリフィスに止められた」

 

 それがいつの事かはジュドーにも推察は容易だった。あの崖下に二人で落ちた時の、二人の間の距離の微妙な変化を。あの時はグリフィスに言われて違和感を追及するのは途中で止めたが、ガッツの側からそれを口にするとなれば別だ。

 

「それで? それでも、グリフィスに止められてもお前は出ていくのか?」

「……」

「ガッツ?」

 

 ジュドーが問い質すと、目を逸らしたガッツが顔を赤くしていた。

 

「…グリフィスが、」

「あ?」

「オレに結婚しろ、だと」

 

 ボソッと、ガッツは小声で口にする。

 

「だ」

 

 ……誰と誰が? これは当然の疑問だろう。だが、それがグリフィスから発されたというなら話は別だった。

 

「……おま、え?」

 

 ジュドーの口があんぐりと開いたまま閉じない。いや待て落ち着け。早合点するんじゃないと自分の心に言い聞かせてみても、ガッツが口にした言葉は既にジュドーの記憶野に深く焼き付いているのだ。

 

「オ、オレは…別に、そういうつもりじゃねぇ。そんなつもりで言ったわけじゃねぇんだ。わかるだろ? なあ? お前ならわかるだろ?」

「あ、ああ…ああ、うん。そ、そうだな」

 

 いや、だが、しかし。見方を変えてみれば、そう聞こえなくもない。

 ガッツは、グリフィスの部下ではいたくない。グリフィスの隣にいたい。対等の関係でありたい。

 だったら夫婦であれば良い。鷹の団を、白鳳騎士団を率いる女将軍とその部下の切り込み隊長としてではなく。グリフィスの夫であるガッツと、ガッツの妻であるグリフィスは並び立てる。

 なるほど、きちんと筋は通っている。

 

「逃げるのか?」

「ぐっ」

 

 ジュドーの何気ない確認に、ガッツは短刀で傷口を抉られたような激痛を噛みしめてでもいるような低い呻き声を漏らした。

 

「グリフィスとガッツなら、まあ、うん。色々となんだかんだ言う奴は確かにいるだろうけど…でも、オレはお似合いだと思うけどな」

「くそったれ。…でもな、ジュドー。悪いがお前も道連れだ」

 

 低く悪態をついたガッツが、口元を歪めた。全く似ても似つかぬはずのその顔が、何故かグリフィスの笑みを彷彿とさせてジュドーの背中が寒くなる。

 

「え? オ、オレ?」

「オレとグリフィスがいない間、キャスカの面倒、しっかりと見てくれたみてぇだな」

「え、あ、うん。それが?」

「さっき、言ってたよな。お前、オレを殴る時に」

「げっ」

 

 怒りに任せて口が滑った。いや、募る思いを抑えきれなかった。自分の失言を激しく悔いながらも、ジュドーはせめてこの窮地を脱するための方便を探すが、咄嗟には上手い言い訳も思い浮かばない。

 

「いいか、オレとキャスカとは何もない! お互い何かを言い交わしたこともない!」

「ほぉ? それをオレだけじゃなく、キャスカとグリフィスの目の前でもう一度言ってみろ」

「…っ!」

 

 語るに落ちるとはこの事だ。自分が言うのも何だが、ジュドーもジュドーで実に往生際が悪い。

 

「というわけだ、キャスカ」

「あ?」

 

 ガッツが寄りかかっていた扉から背中を離し、後ろ手に扉を開いていく。そこにいたのは、グリフィスに背後から抱き締められるようにして顔を俯けているキャスカだった。

 

「お、お、お前…!?」

「お前らしくもねえなぁ、ジュドー。オレがここに陣取った時点で気付けよ。この体勢で殴られれば、その音が中にまで響かねえわけがねぇだろ?」

「…ガッツと、ジュドーが見えないって誰かが気付いて、二人が外に出て行ったって、グリフィスが。…そうしたら、音が聞こえて、扉越しに声が、して…」

 

 ぽつぽつとキャスカが言葉を紡ぎ始める。

 

「ジュ、ジュドーが…その、私を…」

「『惚れた女を泣かせる片棒を担いだ野郎』と言うなら、オレは殴らないのか、ジュドー?」

 

 褐色の頬を染めたキャスカが言葉に詰まると、その代わりにグリフィスが言葉を継ぐ。

 

「…え、あ」

「うん? オレは構わないぞ。ジュドーに殴られても。キャスカに心配をかけさせたのは事実だからな」

 

 グリフィスは女で野郎じゃないだろうとか、まさかキャスカの目の前でグリフィスを殴るなんて真似が出来るわけないだろうとか、いろんな思いや考えがジュドーの中で浮かんでは消えた。

 

「さて、どうする? ガッツ」

 

 そう微笑むグリフィスの顔は、あまりにも妖艶で。

 

「こうなったからには、ちゃんと埋め合わせをしてくれるんだろう?」

「うるせぇよ」

 

 その艶やかな流し目を向けられたガッツは、半ば観念したようにも覚悟を決めたようにも見えて。

 

「おい、ジュドー」

「なんだよ」

「さっきも言ったが、オレはグリフィスの下につく気はねぇ。グリフィスの下で、グリフィスを支えるなんてオレのガラじゃなかったんだ」

 

 グリフィスに歩み寄ったガッツが、大きく溜め息を漏らしてからグリフィスの体を引き寄せた。

 

「だけどお前は、自分でそう望んでグリフィスの下についたんだろ? キャスカと一緒に、これからもグリフィスを支えるんだろ?」

 

 これ見よがしにガッツの肩に頬を寄せたグリフィスは、肩越しにジュドーを見た。

 

「と言うわけだ。キャスカを頼むぞ、ジュドー。『これからも』、な」

「…あ、」

 

 完全に、詰め切られた。もはや逃げ場はない。そう悟ったジュドーは、言葉もなくグリフィスとガッツを見比べ、そして二人が宿舎に入っていくのを黙って見送った。

 その途端、宿舎の中から大歓声が再び沸き起こった。これでグリフィスとガッツの仲も鷹の団公認というわけだ。

 

「…ジュドー」

 

 気付けば、キャスカがジュドーのすぐ隣にいた。その、剣を握るには細い指が、手のひらに硬い胼胝が出来てはいても、女らしさを失ってはいない手指が、ジュドーの手にそっと重ねられる。

 

「キャスカ?」

「ありがとう。…私のために、あんなに怒ってくれて。ジュドーがガッツを…あの馬鹿を私の代わりに殴るほど怒ってくれるなんて、思わなかった」

 

 その笑顔は、今までに見たどんな笑顔よりも晴れやかで。その笑顔を見ただけで、もう十分だった。

 

「……ああ、うん」

 

 グリフィスも、ガッツも、キャスカも。そして自分も。きっと、これでいいのだ。そう思えたから、ジュドーもまた心から笑うことが出来た。

 

「あのさ、キャスカ。実はオレ、ずっと前からお前のことが――」

 


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