悪意のヒーロー   作:全智一皆

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第一話「見捨てられた街」

 

■  ■

 世界は何処もかしこも灰色だった。

 地面も、建物も、飲み物も、食べ物も、果ては空すらも。

 其処に存在するありとあらゆる全てが色褪せていて、あまりにも虚しいものだった。

 世界から色が抜け落ちた様な。

 世界から色が消え失せた様な。

 或いは、この世界そのものが―――まるで、誰かに捨てられたかの様にも思えた。

 

「誰も居ねー。水すら灰色ってどうなってんだよ、この世界」

「気味が悪いわね。それに退屈だわ」

 

 色褪せた都市を並んで歩きながら、青年とレジーナは呟いた。

 何もかもが灰色で色褪せているこの都市は、食べ物だけでなく水すらも色褪せていた。

 人とも動物とも出会わず、かれこれ1時間も都市を歩き回っている二人は、遂に退屈に襲われていた。

 

「マジそれな。出会いがないよね、出会いが。異世界でも現地人が居るぞ、或いは動物。今ん所言い訳の仕様もない完全なゴーストタウンなんだけど」

「ごーすとたうん?」

「ありゃ、知らない? ゴーストタウン―――日本語で幽霊都市。何らか理由で都市や村から人が居なくなって、その場所に建物だけが残った状態の事だな。簡単に言うなら、誰も居ない街って意味だよ」

「へぇー。アンタ、記憶喪失なのに物知りなのね」

「っぽいね。もしかして俺、実は頭良かったりするんだろうか?」

「その発言の時点で既にバカっぽいわね」

「なん……だと……!?」

「そこまで驚くの!?」

「俺は天才じゃなかったのか!?」

「知らないわよ!?」

 

 はぁ…と、疲労感から溜め息を吐く。

 この青年と会話すればする程に疲労していく様な気がする。というのも、普段からツッコみなんてする事のない彼女が人生で最多でツッコみをしているのだから、疲労して当然だ。

 逆に言えば、この青年はレジーナにツッコみをさせる程の雰囲気とバカっぽさがあるという事だ。

 馬鹿と天才は紙一重とはまさにこの事か。なんか意味と使い所が若干ズレている様な気がしないでもないが。

 

「映画なら、こういう時にゾンビとかクリーチャーが出たりするんだけどなー。そんで逃げて、誰かに助けられて合流する」

「映画…」

「え、もしかして映画観たことない?」

 

 青年は驚いた様に目を開く。

 だが、それもその筈だ。彼女は、レジーナはジコチューという組織に所属する所謂異世界人であり、そもそもの元がトランプ王国という異世界の王女だったのだ。

 人間の世界に降り立ち、マナ―――彼女にとっての友達とその友人達と出会ったが、実際に彼女達とそういう場所に行ったり遊んだかと言えば、あまりそういった事はしていない。

 だから知らない。彼女は、人が楽しいと思う事をよく知らない。

 

「…ないわよ。なに、悪い?」

「いやいや、悪いとかじゃなくて勿体ないって話。じゃあさ、ゲームとかもした事ないの? マリカーとかさ」

「……ないわよ」

「マジか。じゃあさ、やろうぜ」

「はぁ?」

 

 笑いながらされた提案に、呆気に取られる。

 だが、青年は続ける。

 

「灰色ってのが勿体ないけど、ゲームは出来るし、映画はDVDがあれば何とかなる。まぁ、やってみなきゃ分からんってやつだよ!」

「アンタ…」

「映画を見たことないのも、ゲームをしたことないのも勿体ない! どっちも楽しいし面白いんだぜ?」

「……」

 

 同情ではない。それは、形容し難いというか、そうして当たり前の事というか。

 誰もが観たり、遊んだりした事がある様なものを知らない友人にそれを勧める―――そんな行為には、大した理由なんてものはない。

 一緒に観たい、一緒に遊びたい、同じ話題で盛り上がりたい。そんな単純な気持ちだ。

 青年にとって、既に彼女は友達なのだ。

 

「そりゃ、こういう事やってる場合じゃないって気持ちも分かるぜ? けど、今ん所人っ子一人見えたらなし、敵みたいなのが現れる気配もなし。このまま探索しっぱなしは退屈だろ? 何より俺が疲れた。1時間も歩き続けるのは足に堪える」

「…本音、それじゃないの?」

「無きにしも非ずって感じ。割合で言うなら遊びたいが7割で休みたいが三割」

「どっちも同じじゃない」

「あ、バレた?」

 

 青年は照れくさそうに笑う。

 そんな青年の様子がおかしく、面白く、レジーナもまた小さく吹き出す。

 

 不思議な奴。

 それが、レジーナが自分の隣に立つ青年に対して抱いた評価だった。

 彼女が最も親しく思う相手―――相田マナとはまた異なる感覚だ。

 一人を嫌い、隙あらば普通な話題からそうでない話題で会話しようとする。話していて疲れるのに、不快感はなく寧ろ楽しさを感じ、それが疲労感をすぐに消し飛ばす。

 

「ていっ」

 

 不思議な感覚を覚えるばかりのレジーナは、むずむずする胸の内に起きた小さな苛立ちを青年へ向けて、八つ当たりする様に蹴る。 

 

「痛っ。ちょ、足蹴らないでよ。歩き続けるのは足に堪えるって言ったばかりじゃんか。なに、俺なんかした?」

「別に。無性に蹴りたくなったから蹴っただけよっ」

「えー…すっごい理不尽。そういう事するなら…」

「なによ」

「仕返そうと思ったけど、そんな度胸ないや」

「なにそれ。アンタ、意気地無ひゃっ!?」

「という嘘なんだなーこれが!」

 

 灰色の街に可愛らしい悲鳴が木霊する。

 右手で諦めた様な仕草をして隙を生み、それを突く様に左手をさりげなく背中に回して人差し指で首筋をなぞったらしい。

 ゾワゾワとした感覚がレジーナの身を包み、無意識に先程よりも力の籠もった蹴りが青年の膝に直撃した。

 

「いっっってぇ!? ちょ、力込め過ぎじゃない!?」

「うるさいっ! アンタが悪いのよ!」

「いや、だとしても力強過ぎだろッ! 女の子が出せる威力じゃないぞ!」

「うるさい、うるさいっ! アンタが悪い、アンタだけが悪いの! あたしは何も悪くないのよ!」

 

 顔を真っ赤にしてそう主張するレジーナ。正論とは言い難いが、まぁ彼女がそう言うなら正論だろう。

 女性に変な声を上げさせる・気安く触る。これらを達成した青年が怒られるのは致し方ないというものだ。

 それはそれとして可愛らしい声を出した事は称賛に値する。

 

「なんつー自己中だよ!? 暴論にも程があるぞレジちゃん!」

「誰がレジちゃんよ!」

 

 色褪せた世界の中で、彩りのある二人に。

 

『ランボーグッ!』

 

 影が手を伸ばす。

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