美郷学園レーシングカート部、金髪の織姫(ベガ)   作:三流FLASH職人

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第24話 謎ドリフトの正体

「あ” づ い”」

「扇風機あるの、いいデスネ~」

「決勝レース、バテそうねぇ」

 

 9月10日。四国カートシリーズ第七戦が行われている阿波カートランド、予選を終えての決勝前に昼休み。

 ()()()()()のピットにて、業務用扇風機のぬるい風に当たりながら嘆く美郷学園の三選手に、国分寺高校カート部新部長の斎藤が呆れ顔でツッコミを入れる。

 

「……お前らなぁ」

 

 9月に入って秋めいたかと思いきや、今日は思いっきり戻り残暑、いや戻り猛暑ともいえる熱波が襲っていた。

 現在気温は36℃。レーサーにもカートにも酷な環境の中、国分寺高校はトラックに常備していた二台の業務用扇風機を、ひとつはドライバー用として、そしてもう一台は並べたカートのエンジンを冷ますために全開にして回していた。

 

 そのカートが並んだ先の風のたどり着く場所に、ちゃっかりベガたち三人がお昼のバナナを食べながら風に当たりにお邪魔しているというわけだ。

 

「まーまー、『踊るラーメン』は世界一の美味だし」

「そーそー、おいしいよねー、あれ」

「ワタシもカリフォルニアに帰ったらセンデンしますヨ」

 

「ンなことでごまかされるか! 俺はどんだけチョロいんだよ!」

 

 毒を吐きながらも諦めた感じでチームメイトの元に戻る斎藤。彼は予選の第二ヒートで暑さからエンジンをブローさせており、決勝を待たずにリタイアとなってしまっていた。三年生が引退して部長になり初めてのレースでなんとも不運なものである。

 

 そしてこの暑さは他のチームの予選でも影響を与えていた。彼と同様にエンジンを焼きつかせてしまった者、ブレーキを酷使しすぎてフェードさせてしまった選手、軽い熱中症を引き起こして予選を完走できず、決勝で最後尾に回ってしまった選手もいる。

 

 強豪どころのカートショップ、チームカタツムリも燃調を落としてエンジンの過熱を防ぎ、ペース配分に気を使って走ったせいであまりアドバンテージが取れないでいた。

 

 半面リタイア上等で踏み抜いたのがMSBの選手たちだ。元走り屋が多い荒っぽい彼らは、参加者の半数がリタイア、残り半分が上位独占という極端な結果となった。

 

 つまり、彼らを除けば上位と下位の差があまりつかないでいる、というわけである。

 

 

 美郷学園は星奈が5番手スタート、イルカは9番手、そしてベガも参加23台中12位につけていた。天候が味方したとはいえ、ここなら十分に入賞が見込めるポジションだ。

 

 扇風機で涼を取った後ピットに戻ると、ちょうど一年生の二人がスタッフのバイトを終えて戻ってきた所だった。ちなみに部長の黒木は観客席で、国分寺高校の三年生と一緒にアイスなど食べている、引退組はお気楽なものだ。

 

「あ、おつかれー」

「3人ともいいポジションですよ、特に星奈センパイは優勝も狙えるかも」

「もちろん狙うわよ。でもまぁ、他のチームも決勝じゃガチで来るでしょうし……」

 

 決勝の戦略は各チームやドライバーで様々だ。何せ10周ずつの予選ヒートでさえリタイア続出な今日のレース、決勝の25周のレースはさらに暑い時間帯になる為、全開走行とリタイアのチキンレースになる可能性が高い。

 

「各車、出来るだけエンジンに風を当てることを心掛けて。無駄なスリップには入らずに、前走者とはラインを外す事。あとエンジンから異音がしたらすぐにピットイン、いいね!」

「「ハイッ!」」

 

 黒木コーチのアドバイスに三人が応える。上級者なら走りながらでもキャブのニードル調整でエンジンの負荷を下げる(もちろんペースも落ちる)ことも可能だろう。

 が、まだまだ経験の足りないベガ達にはそこまでは望めない。ベガのホタル号もそうだが、他のカート部所有の二台も大切なカート、やたら攻めて壊すわけにはいかないのだ。

 

 

 レース前の水分補給にとベガが売店にドリンクを買いに行く。その途中で彼女は少しでも日陰を通ろうと、脇にあるトイレの裏側から向かおうとして、そこにいた一人の人物とばったり出会う。

 

「うおっ、確かこないだの……レースクィーンさん? ごめんごめん、お見苦しいものを見せちゃって」

「OH、こちらこそお邪魔シマシタ……シップ貼ってるんデスカ」

 

 その中年男性はレーシングスーツを腰まで下ろし。左の腰骨の所にシップを張ろうとしていた。そこは青あざが浮き上がっており痛々しさを感じさせている。

 カーレースであるカートは、ご多分に漏れず強烈な横Gを受けるので、それを踏ん張っていると体の側面を痛めることはよくあるのだ。

 

「よかったら貼ってあげマショウカ?」

「え……いいのかい? じゃ、頼めるかな?」

 

 シップを受け取ってフィルムをはがし、青くなっている所を中心に、空気が入らないように奇麗に貼っていく。

 

「OK、出来ましたヨ」

「いやぁ、ありがとう助かったよ」

 

 そういってベガに会釈した後、彼は自分のレーシングスーツを引き上げて袖を通す。その背中には、チームの名前が刺繍してあった。それは……

 

「チームカタツムリ! ってそのスーツの色、もしかして……ツバキヤマ選手?」

 

 スーツを羽織ったその後ろ姿には見覚えがあった。7月のレースで黒木部長と首位争いをして、周回遅れのベガと絡んで脱落した後、ベガがその走りを盗もうとして背後につけて……あの『謎ドリフト』を見せた選手だ。

 

「ア、アノ……ひとつ聞いていいデスカ?」

「ん? なんでもいいよ。何かな?」

 

 

 思わぬチャンスにベガの目が輝く。ずっと疑問だったあのテクニックが、まさかの本人から教えてもらえるかもしれないのだ。

 

「ソノ……3コーナーのドリフトって、どーやってるんデスカ?」

 

 椿山選手はその質問にふっ、と笑って、笑顔でこう返した。

 

「よく見てるねー。でも君には無理だよ、止めておきなさい」

「ホワイ? どーしてデスカ?」

 

 なおも食いつくベガに対して、椿山はさっき彼女にシップを貼ってもらった左腰をポンポンと叩いてこう返した。

 

「腰とケツ……あ、失礼。お尻をカートのシートに叩きつけて無理矢理にネジ曲げているんだよ。おかげでこの有様さ」

 腰をくいっ、と横にくねらせながらそう説明する椿山。

 

「人力で……力づくで曲げてる、って事デスカ?」

「そそ。君みたいな女子だと下半身の体重が足りないし、女の子の奇麗なカラダに青あざを作ってまでやることじゃないよ。じゃ、決勝頑張ろうね」

 

 そう言ってピットに帰っていく椿山。それを見送るベガの脳裏に、初めてこのサーキットを訪れた時、ここの社長に言われた言葉を思い出す。

 

(カートはね、お尻で乗るんだよ)

 

 

 ピットに戻ったベガがそれを皆に話すと、全員がそのテクニックに驚きの声を漏らす。

「なんという()()()ドリフト」

「ハンドルでもアクセルでもブレーキでも、体重移動ですらない……体当たりって」

「確かに。あのコーナーはブレーキもアクセルも踏み切らないハーフスロットルのコーナーだ……ならケツをぶつけてケツを出すのも不可能ではない、か」

 

 いずれにせよ、ベガや星奈が真似できるテクニックではなさそうだ。椿山の言う通り体重が足りてないし、体にケガを強いてまでやる事ではない。

 

 

        ◇        ◇        ◇

 

 

 十分な休憩と水分補給を終えた後、いよいよ決勝のスターティンググリッドに付く各ドライバー。ベガも二度目のレースで中団の好位置につけているので、暑い中ではあるがそれでも気合が入っている。

 

 ポールポジションから3番手までは全てカートチームMSBの選手だ。予選から無茶をやって酷使している彼らのマシンは、果たして最後まで持つのだろうか。

 

 チームカタツムリの椿山選手はイルカの目の前の7番手スタート。ちなみに彼のチームメイトの白瀬選手は先月の香川県でのレースで優勝しており、今回からは上級者用のオープンクラスだ。強敵がこうして減っていくのは他の選手にとってはありがたい事だろう。

 

 日の丸が振られ、各車が押し掛けからローリングラップに入っていく。隊列を整えながらも、ベガは、そしてイルカは、前を行く椿山選手のカートを意識せざるを得なかった。

 

 隊列が整い、改めてスタートフラッグが振られる。猛暑の中、23台のカートマシンが一斉に咆哮を上げ、スタートラインを超えていく!

 

 ――グワアァァァァァァーン――

 

 密集の1コーナーを抜け、曲線を描いて2コーナーに向かう。各車とも順位の変動はなく、そのままの順位で隊列を組んで一本の竜となり、這うように2コーナーをクリアしていく。そして……

 

 ギュンッ!

 

 7番手を走っていた椿山選手のカートが、難関の3コーナーの入り口でいきなり横を向く。すぐ後ろを走っていた選手がスピンかと慌ててラインを外れるが、その後ろのイルカは意に介さずに空きスペースに入り、ひとつ順位を上げて椿山の真後ろに付ける。

 

(見た!)

(見マシタ!)

 

 イルカとベガが同時に心で叫ぶ。確かに聞いた通り、椿山は自らの体を、尻を、シートに思いっきり叩きつけて、半ば無理矢理にリアを滑り出させていた。同時にカウンターをピタリと当ててスライドを止め、一本しかないラインを見事に駆け抜けていった。

 

 

 猛暑のレースデイ。ベガとイルカが見たこのテクニックが、お互いをどう昇華していくのか。

 

 それはまだ二人にも、そして誰にも分からない。 

 

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