そのままのタイトル通りです。
ボクの名前は、
そんなボクには、一人だけ……一目惚れした先輩がいる。その先輩の名前は、
どうして、名前を知っているのかって?一度、読書感想文コンクールで金賞を受賞したみたいで、表彰されていたことがあったのだ。そこでボクは初めて、一目惚れした先輩の名前を知ったわけである。
そんな桟乃河先輩は、ボクと同じで放課後に図書室に入り浸るタイプの人だ。放課後、ボクが読書に行くと桟乃河先輩は、必ず窓際にある壁に面した読書テーブルを占領して、表現が難しい純文学の小説や、娯楽小説や、絵本や漫画と言ったジャンルを問わずに、桟乃河先輩は本を読んでいる。
本当は話しかけたりしたいのだけれど、桟乃河先輩の読書を邪魔することは気が引けたので、ボクもボクで読みたい本を読んでいる。
けれど、ある日―――
「……図書室が改修工事。ですか?」
ボクは帰り支度をして図書室に向かおうとしたとき、担任の先生から呼び止められそう言われたのである。
「そうなんだ、前々から壁に備え付けの本棚が老朽化してたり、エアコンから異音がしたりしていたからな……。」
担任の先生の言葉は事実だ。実際、あの図書室のマルゲリータ本棚は、一部分の棚板はひびが入っていたり、割れてしまっているものも多い。一概に老朽化という言葉で片付けはできないだろうけれど、担任の先生が強調した辺り何かしら生徒であるボクに言えない事情でもあるのだろう。
エアコンに関しては言わずもがなであろう、あの業務用のエアコンは誰が見ても古いものだと答えるほどのモノで、一体いつからあの天井に張り付いていたのか分からない。ちなみにそのエアコンつけるとガタンゴトンと音が鳴って、割とうるさい。
「職員会議で教頭先生がついに折れたんで、来週からやることになったんだ。」
「えーっと、じゃあまだ図書室は使えるってことですか?」
ボクがそう聞くと、担任の先生は首を横に振る。
「言っただろう、本棚が老朽化してるって。だから、本を駅前の図書館に預けての改修工事だ。多分、今頃は業者が図書室の本を丁寧に梱包してるんじゃないかな?」
そう言うことか。
「翔太には申し訳ないけれど、しばらくの間は図書室に行かずにまっすぐ家に帰ってくれよ?あとは駅前の図書館に行くのもなしだ。あーちなみに、工事は半年ぐらい続くからなー。」
「はーい。」
「はいを伸ばさない。」
「はい。」
いかにも、生徒と先生らしいやりとりをした後、自分の机の上においてあるバックを手に靴箱のある玄関に向かおうとする。
(……あ。)
ふと、桟乃河先輩の横顔が頭の中をよぎる。
でも、さすがに担任の先生が図書室が改修工事になる事は伝えられているだろうけれど……なんとなく、言った方がいいような気がして、図書室につながる廊下を進み、少し傾いた太陽から差し込む日光に照らされた渡り廊下を通り、少し古い階段を昇って、図書室の前を覗いてみると。
(……あの様子だと、伝えられてないのかな?)
桟乃河先輩が、茫然とした様子で立ち入り禁止と張り紙の書かれた図書室のドアを見ていた。
桟乃河先輩のクラスの先生は、なにをしているのだろうか。少なくとも、自分のクラスの担任の教師のようなタイプではないのだろうなと考えつつも、ボクは意を決して先輩に声をかけた。
「あ、あの……桟乃河先輩!」
「…………?」
桟乃河先輩の、いつもは本に向けられている翡翠色の瞳が、困惑の感情を浮かべながらボクを見つめた。
……いつもは横顔ばかりだった桟乃河先輩の顔をまともに見ると、その綺麗な顔立ちに息をのんだ。少なくとも、ボクの表現力では桟乃河先輩の美しさを言い表すことは難しいだろう。きっと、語彙力をなくしたレポーターのように、同じ単語を繰り返してしまうだろう……けれど、それだとまるで桟乃河先輩の美しさを愚弄することになってしまう。
っと、閑話休題。
今は、桟乃河先輩の美しさを表現する時間じゃないし、そもそも脳内でそんなことを考えるのは失礼のような気がする。頭の中で桟乃河先輩の美しさを表現したがる自分を追い出して、桟乃河先輩に図書室が閉鎖されている理由を説明する。
「えっと、図書室なんですが……どうやら、来週から全体的に改修工事するみたいで、ですね……。それで、今日から業者の人が、駅前の図書館に図書室の本を預けるために作業中みたい……ですよ?」
なんとか、分かりやすく説明できた……と、思う。
正直、好きな人に話しかけた経験は幼稚園の頃から無いので、緊張しっぱなしだ。もし、うまく伝わらなかったらボクは語彙力が無いだけでなく、説明力もないことになってしまう。
頼む……伝わってくれ、と心の中で願っていると……。
「……そう、なんだ。」
鈴声がボクの鼓膜を溶かした。か細くて儚げで、けれど他人に興味がなさそうな少し冷たい声。
声を聴いただけだというのに、ボクの心臓は痛いぐらいに鼓動する。初めて聞いた桟乃河先輩の声、何というかイメージ通りの声だった。ボクの桟乃河先輩の声の予想が当たって嬉しいのと、好きな人の鈴声に感情がちょっと混ざってしまう。
「どれぐらい、工事が続くの?」
「……えっ、あー……その、半年ぐらい……です。」
声がしどろもどろになり、ゴニョゴニョと言いかけそうになるが、頑張って桟乃河先輩が聞きやすく、そして気味悪がられないように声を張る。少し上擦ってしまったかもしれない、もしかしたら桟乃河先輩が聞き取りずらいかも?
「……そう、ありがとう。」
お礼を言われて、幸福感が胸を一杯にする。いくら何でも、チョロすぎないかボク?
でも、悪い気はしないし……むしろ、好きな人にお礼を言われたのだ。今日は普通の一日だと思ったけれど、最高の一日の間違いだった。
「そ、それじゃあボクはこれで……。」
「ねえ、君。」
桟乃河先輩に、図書室の事を伝えたからあとは変えるだけだと思ったのだけれど、その桟乃河先輩に呼び止められるどころか、腕を掴まれた。
心臓がもう持たないぐらい鼓動が早くなる。制服の上からとはいえ、桟乃河先輩の体温が掴まれたところから伝わってくる。
「君も、放課後に図書室をよく利用していたよね。」
「は、はい……?」
平静を装い、何とか桟乃河先輩の質問に答える。
「……少し、付き合ってくれないかしら?」
「ぼ、ボクで良ければ喜んで!」
やっぱり、ボクはチョロいのかもしれない。
~~~~~
「アリガトウゴザイマシターマタノオコシヲー」
少し気だるげな店員の声を聴きながら、ボクと桟乃河先輩は本屋から出る。
本屋のある商店街は、夕食前ということもあり主婦の皆さんが夕方セールを始めた魚屋や精肉屋に八百屋に駆け込んで、少し騒々しい。
カラスの鳴き声は聞こえないものの、商店街の時計は
そんな騒がしい商店街を気にせずに、先輩はボクに視線を送って付いてくるように伝えてくる。
おとなしく先輩についていくと、商店街から出てしばらく歩いた。
そして、たどり着いたのは僕たちの住む町の郊外にあるちょっと大きな一軒家だった。先輩は、その家のドアにカギを差し込み、ボクに入るように促した。
ボクは、先輩の提案を断ることはできずに、大人しく、先輩の家に上がることになった……。
先輩の家に上がり、靴を脱いで整えると、先輩はボクの腕を掴んで階段を昇り始める。ボクは先輩の誘導を受けつつ、先輩についていき……先輩が開けたドアに吸い込まれるように入った。
「……ぁ。」
ふわりと、僅かな古本の匂いと先輩の匂いがした。
先輩に案内された部屋はグレーの大きなソファーと3方向の壁がマルガリータ棚の部屋……一応、ワークデスクも置いてあるけれど、そのワークデスクの上にはブラウン色のコンポが設置されていて使えそうな様子ではない。
「好きな本、読んでいいよ。」
先輩はそれだけ言い、グレーの大きなソファーに深く座り、先ほど商店街の本屋で買った本を読み始めた。
あの本は、最近話題のミステリー小説だったはず。珍しいな、とは思いつつも長く見つめるのは失礼な気がしてマルガリータ棚に収められた本に視線を向ける。
(すごい……純文学の小説から娯楽小説……学術本まである。)
綺麗に並べられている本に見に行っていると、一冊だけ気になる本を見つけてゆっくりと手に取り床に座って本をひら―――
「……ソファーにスペース、あるよ。」
―――いて読もうとすると、桟乃河先輩から声がかかる。確かに桟乃河先輩の座るグレーの大きなソファーにはもう一人分が座れるスペースが存在する。確かに、床に座るよりも柔らかいソファーに座った方が読書にも集中できるし、いいだろう……けれど
「大丈夫です、先輩……。」
片思い中の人と一緒のソファーに座って読書をするという行為は、ヘタレでもあったボクにとってはとっても難易度の高いことだったのだ。先輩はじーっと床に座り顔を逸らすボクを見つめている。
「……ダメ、こっちに来て。」
先輩がむすっとした顔で立ち上がり、ボクの腕を掴んで無理やりに引っ張る。
抵抗しても良かったのだけれど、それで先輩がケガしてしまうことを考えてしまい……ボクは強引な先輩に従ってソファーに座ることにした。
渋々ソファーに座り、せめて邪魔と思われないように身を引き締めていると……先輩はボクの肩に頭を乗せてよりかかってきた。
「せ、せせせっ、せんぱい!?」
「……動かないで。」
慌てたボクに、先輩が囁く。
先輩の鈴声でそんなことをされると、恥ずかしさと嬉しさと……とにかく色々な感情がごちゃまぜになって顔が熱くなってゆく。
桟乃河先輩の方を見れば、先輩のカラスの濡れ羽のような艶やかな黒い長髪と、いつも見ていた先輩の横顔がいつもより近くでこの目に映る。スミレのような匂いと古本の匂いなのかアーモンドのような匂いが、鼻孔をくすぐり、理性を溶かし始める。そして横座りだから、見える黒いストッキングに包まれている脚は心なしか、獲物を狙う蛇のように見えてしまった。
「……ねえ。」
「は、はい!」
唐突に、先輩から声をかけられる。
とても近くで先輩を感じ……思考を先輩に染め上げて油断していたボクは、上擦った声で返事をすると、先輩はジッと翡翠色の瞳をボクに向けていた。
「……私の事、好きでしょ。」
何を言われるのか緊張していると、先輩は蠱惑的な表情を浮かべてそう言った。
ボクは、その言葉にどうやって返答しようか考えるものの、何も思い浮かばず。顔を逸らすことも違うので……頷いた。
「……ずっと、キミが私を見てたの、気付いてたよ。」
先輩はそう言い、ボクの体に手を滑らせる。
お腹から胸……胸から首……そして、首から頬へ……やがてその手は、ボクの頬に優しく触れる。
先輩の柔らかい手を感じながら、どうすればいいのか分からず硬直していると……
「……んっ。」
視界いっぱいに目を閉じた桟乃河先輩の顔が広がり、唇に柔らかい感触が襲う。
一体、ボクは何をされたのだろう。一瞬、そんな能天気な考えが浮かぶが、次の瞬間にはボクは桟乃河先輩にキスをされたのだと気づき、顔から火が出たかの如く熱くなる。
慌てて先輩から離れようとするものの、頬に添えられていた手はいつの間にかボクの後頭部に添えられていて、ググっと押し戻されてしまう。
ちゅっ、ちゅっ……とリップ音が鼓膜に響き、二度三度と離してはまたくっつける。離すたびに、呼吸をしようと息が漏れるが、桟乃河先輩はそれを許してくれずに、何度も何度もキスをしてくる。
空気が足りなくて、段々と頭がボーっとしてくる。けれど、唇から感じる桟乃河先輩の感触で、少しづつ少しづつ……頭の中が桟乃河先輩でいっぱいになってゆく。
やがて、先輩は一度ボクから離れる。もう、終わりなのかな。そう思い、桟乃河先輩を見つめると……ぺろりと舌なめずりをしながら、ボクにまたがってくる。
「……私も、キミのことが好きだよ。名前も分からないけれど……でも私も、キミに一目ぼれしてたんだと思う。」
「せん……ぱいっ。」
先輩が、ボクに体重をかけながらまたキスをしてくる。
思考がままならないけれど、ボクはもう先輩から逃げる気はなかった。先輩から与えられるキスを素直に受け止める。
先輩にされるがままに……けれど、先輩が求めるままにボクは先輩の唇の感触を楽しむ。くっつけて、はなして……またくっつけて、時間を忘れてキスをし続け、ボクはたまらずに桟乃河先輩を抱き寄せる……すると、先輩の柔らかい感触が全身に襲い掛かり、ぐつぐつと煮えていたボクの本能をさらに刺激する。
本能に身をゆだねたくはなるけれど……でもそれだと、桟乃河先輩を傷つけてしまいそうで怖くなる。必死に自分の理性に耐えるように指示しつつ、ひたすらに桟乃河先輩と愛を深め合う。
「……我慢、しなくていいんだよ?」
……先輩の鈴声が、いつの間にか振り出して屋根と天窓を叩く雨音と一緒に聞こえて来た。
雨雲の隙間から落とされる満月の月光に、体を起こした先輩が照らされ……ぺろりと、先輩が舌なめずりをする。
制服に包まれた魅力的な肉体が、いやに目に焼き付いて……先輩は自分から、制服のスカーフを外し―――
はらりと落ちるスカーフをしり目に、ボクは先輩に襲い掛かった。
~~~~~
……屋根と天窓を叩く雨の音が、まだ聞こえてきている。
倦怠感に襲われてソファーに横たわっているボクは、肌に直接伝わる人肌のぬくもりを感じつつ腕の中で眠る愛しい先輩を見る。
いつも、図書室で見ていた憧れの綺麗な先輩。
その先輩と、今こうして抱き合って寝ている……。
きっと、このことを図書室に通う前のボクに話しても信じてもらえないだろうな……。
そんな事を考えつつ、ちょっとだけ肌寒さを感じ、先輩をしっかりと抱きしめて……重くなった目蓋をそのまま瞑るのだった。