作中で過去の出来事として扱われている『聖夜事変』を舞台にした短編です。
まずは本編を読もう!
https://syosetu.org/novel/344081/
上記作品の作者様の判断によっては、予告なく削除する可能性があります。
とりあえず、読む前の簡単なあらすじ。
ゲヘナで最強の個人である空崎ヒナとトリニティで最強の集団である十二使徒の共倒れを狙ってヘルメット団を含む悪党どもが陰謀を企てた結果、クリスマスの夜に両者は激突した。
作戦大成功! 悪党勝利! 無法の未来にレディゴー!
……しようと思ったら真の力に覚醒したヒナと十二使徒が手を取り合って襲い掛かって来たでござるの巻。
――トリニティの十二使徒
彼女達の抱く『正義』に触れたのは、きっとあの時だった。
トリニティとゲヘナの領域境界で起こった、ちょっとした諍い。
犬猿の仲であるトリニティの生徒とゲヘナの生徒が起こした衝突。
それ自体は何の珍しさもない、日常茶飯事と言っていい出来事だった。
ただ、あの時は平等な視点から見てもトリニティ側に非のある状況だった。
友好的だったゲヘナの生徒を、友好的ではなかったトリニティの生徒が一方的な悪意と数の暴力を持って痛めつけた。肉体的にも精神的にも。
服を剥かれ、街灯に吊し上げられたゲヘナ生徒達の有様と、それを嘲笑うトリニティ生徒達の姿を見た時は、さすがの自分も義憤に顔を歪めたものだ。
ゲヘナの生徒達は揃いも揃ってロクデナシばかりである。
秩序を軽視し、何事も暴力で押し通そうとする彼女達の思考には同じゲヘナの生徒でありながらうんざりすることも多い。
しかし、それを加味してもあの時は同情を覚えるほど悲惨な状況だった。
報復も考えた。
風紀委員会の長としての面子からしても、個人の感情的にも、そう行動せざるを得なかった。
その先にある未来――トリニティからの終わりのない報復合戦に発展するとしても。
しかし、そんな最悪の未来は起こらなかった。
自分とほぼ同じタイミングで駆け付けた十二使徒達が悪辣なトリニティ生徒達を一切の容赦なく鎮圧し、十二人全員が謝罪の為に頭を下げたのだ。
その時から既に、彼女達の理性的な行動と良識には驚かされていた。
それだけでは終わらない。
加熱した現場は、事件の当事者達以外も巻き込んで叱責と怒号が飛び交っている。
自分を除く風紀委員会のメンバー達は、トリニティへの敵意を謝罪だけでは到底治めきれず。
トリニティ側も自分達が当然と思う行動を否定され、有力者である十二使徒達が頭を下げる状況に反発する。
互いに相手への敵意を滾らせ、血に渇き、場は燃え上るばかりだ。
だから、十二使徒達は自らの『正義』の為に行動した。
彼女達のリーダーがおもむろに上着を脱ぎ出したことで、全員が呆気にとられた。
「城島ツバメが腹を切ってお詫びいたします」
その言葉に自分を含めた周囲が混乱する中を尻目に、彼女は自らのライフルを腹に押し当てて引き金を引いた。
強靭な彼女の肉体は並の銃弾では傷一つつかない。
しかし、彼女が撃つ銃弾もまた並の威力ではないのだ。
砲弾を腹に叩き込んでいるのではないかと思うような音と衝撃が、何発も彼女の肉体の内側から響いた。
ライフルの全弾を撃ち尽くす頃には、彼女は口から少量の血を吐いていた。
もう誰も、何も言えなかった。トリニティとゲヘナの間にあった敵意と諍いの空気は吹き飛んでいた。
撃ち尽くしたライフルを、儀式を終えた道具を扱うように恭しく地面に置く。
代わりに唯一この場で冷静に佇んだままだった残りの十二使徒達が一斉にライフルを構えた。
その銃口は彼女に向けられていた。
「撃て!」
「待っ……!」
咄嗟に止めようとした自分の言葉は、一切の躊躇なく放たれた銃撃の轟音にかき消される。
一斉射。十一発の砲弾に等しい銃撃を受けたズタボロの腹部を晒しながら、彼女は地面に頭を擦り付けた。
「そちらが納得のいくまで……お詫びいたします」
苦痛を堪えながら、声を絞り出していた。
「何卒、これ以上双方諍いのないよう……!」
再び立ち上がり、銃殺刑にも等しい所業を行おうとする彼女達を、今度こそ自分は本気で止めたのだった。
その場の者たちは全員――トリニティもゲヘナも等しく――異義を唱えなかった。
不満も文句も言いようがなかった。
あの場の誰もが、彼女達十二人の示した覚悟に吞み込まれていたのだ。
あの時自分は――空崎ヒナは、彼女達が秘める苛烈なまでの『正義』に触れたのだ。
◆
だから、きっとこの状況は何かの間違いだ――。
多方向からの銃撃に晒されながら、ヒナは冷静に思った。
クリスマスの聖夜に十二使徒全員と戦うことになった理由を、客観的に疑っていた。
自分の正義と彼女達の正義が対立することなど、本来はないはずなのだ。
彼女達がこんな戦いを望むはずがない。
ボタンの掛け違いのような違和感が拭えない。
ならば、この状況は悪意ある第三者が仕組んだものである――それは間違いない。
それでも尚、闘争を止めることは出来なかった。
――一人対十二人。
常識的に考えて、この状況を『戦闘』と表現する者などいない。
お互いに銃を持っているから何だというのか。
一発撃てば、相手が十二発撃ち返してきて、それで終わりだ。
数の暴力に飲み込まれて蹂躙されるのが現実である。
しかし、ここに例外が存在した。
空崎ヒナ。
彼女だけが、一人一人が人外の戦闘力を持つ十二使徒全員を相手にして尚『戦闘』という拮抗状態を生み出せる。
戦いは市街戦だった。
長大なビル群を始め、複数の建造物が建ち並ぶ街中での戦闘。
しかし、ヒナと十二使徒の前ではそれらは銃撃を妨げる遮蔽物にすらならなかった。
十二使徒の放つライフル弾が分厚いコンクリートを貫いてヒナに襲い掛かり、反撃で機関銃を薙ぎ払うように掃射すれば射線上にあるビルが根本からへし折れた。
降り注ぐ瓦礫は十二使徒を押し潰すどころか動きを阻害すらせず、その大きな翼で埃のように払い除けられるだけである。
彼女達の銃弾を止めることが出来るのは彼女達の肉体だけだった。
一発のライフル弾が、ヒナの側頭部に命中した。
普通の人間ならば即死である。
ヘイローによる加護を持つキヴォトス人でも大ダメージだ。
それが強力な神秘を持つ十二使徒の放つ銃弾であるならば猶更である。
そして、ヒナもまた無視出来ない痛みを感じていた。
今日この日に至るまで、戦闘による痛みやダメージというものをほとんど経験していなかったヒナは何処か新鮮な気持ちで驚いていた。
――十二使徒は、強い。
お互いに常人では捉えることすら出来ないほど高速で動き回っていたが、やはり被弾する回数はヒナの方が圧倒的に多い。
単純に相手の方が手数が多く、またその連携が極めて精巧なのだ。
十二の射線が互いの死角をカバーし合い、リロードの隙を補って間断なく射撃を加えてくる。
遠距離から攻撃する者、接近する者、攻撃を受け止める壁となる者。
十二人が役割を分担し、必要に応じてそれらを巧みに切り替えて襲い掛かってくる。
――強い。そして。
戦場の使い方も見事だった。
瓦礫の山と化した地面を縦横無尽に駆け回り、翼を利用した滑空によって死角となる頭上からも攻撃を仕掛けてくる三次元的な戦闘方法。
月の光を背にして飛来する白い翼を、ヒナは見上げた。
――美しい。
と、ヒナは一瞬思った。
意識を奪われた一瞬の隙に飛来した蹴りを顔面に受けた。
先ほど受けたライフル弾の直撃よりも強烈だった。
とてつもなく美しい。
クリスマスの夜空に天使の白い羽根が舞う。
しなやかな手足が躍動し、ライフル弾の鉄槌が降り注ぐ。
聖夜の街で、天使と戦っている。
ヒナは自分を蹴りつけた天使の足を掴むと、そのまま思い切り地面に叩きつけた。
爆発するような轟音を立てて瓦礫の山の中に沈んだ。
全力で何かを掴んで叩きつける――それはヒナにとって初めての体験だった。
だって、自分の力でそんな真似をすればどんな物でも壊れてしまうから。
空崎ヒナの生きる世界は、何処も彼処も脆弱で窮屈だったから。
だけど、今はほら――。
間髪入れずにヒナは振り向きざま愛銃を構えた。
仲間の凄惨な有様にも動揺一つ挟まず、新たな十二使徒の一人が襲い掛かろうとしていた所だった。
目前に迫り来る彼女の名前は何というのだろう?
さっき叩きつけた彼女の名前は?
――知りたいな。
そんなことを考えながらヒナはビルを薙ぎ倒す威力の銃撃を加えた。
それを自身の翼で弾きながら接近してくる。
なるほど、翼にはそんな使い方もあるのか。
翼を持つ者とは、そんな戦い方が出来るのか。
ヒナは感心しながら懐に潜り込んだ彼女の拳を受けた。
横っ腹が爆弾で吹き飛ばされたような衝撃だった。
全力で殴り返した。
反撃を受けた相手の肉体がビルを崩壊させながら瓦礫の中へ消えていく。
そうか、自分が全力で人を殴るとこういうことが起こるのか。
ヒナは感動していた。
全力で稼働する自身の肉体が、細胞の一つに至るまで歓喜しているのを感じていた。
――私はとんでもないパワーを持っているんだけど、今日やることは机に座って書類の山を片付けることだけだろう。
――明日も、明後日も、この先もずっと時間通りに仕事場に行って夜遅くに家に帰るだけだろう。
――私に必要なのは、無駄に力を込めてペンを握り潰すことや犯罪者を再起不能にすることじゃない。
――沼地に潜む怪物のように、息を潜めて本性を隠しながら生きていくことなんだ。
そうして毎日を過ごしながら学園を卒業する日を漠然と想像していたヒナの人生観を、目の前の十二人との戦いは徹底的に破壊した。
ずっと眠り続けているはずだった力が、ぶつけられる対等の力によって叩き起こされ、全身を駆け巡るのを感じる。
それは感動であり、生の充足だった。
――私、生きてる!
吹き飛ばされた仲間と入れ替わるようにまた一人、果敢に襲い掛かる姿。
人外の力を振るう自分に恐れも怯みも見せはしない、勇ましく美しい天使。
嬉しかった。
愛おしかった。
両手を広げて抱き締めたかった。
――私、もっと動ける!
でも今は敵だから。
これは真剣勝負だから。
代わりに拳を握り締めた。
――私、もっと見える!
全力で殴った。
全力で殴り返された。
全力で蹴った。
全力で蹴り返された。
撃ったり、撃たれたりした。
気づけば、血に濡れた口元は笑っていた。
――私、いっぱいいっぱい生きてるっ!!
頭の何処かで、この戦いはやる必要のないものだと分かっていた。
冷静な部分が、この状況を仕組んだ黒幕と戦うべきだと言っていた。
しかし、ヒナは戦いを止められなかった。
初めて出会った、自分と対等な十二人の存在との暴力を介したやりとりに夢中になっていった。
それまで孤独だった子供が、初めて出来た友達と元気いっぱいに遊ぶように。
ずっと聞き分けのよかった子供が、初めてわがままを言うように。
周囲を破壊しながら、戦闘は際限なく過熱し続けていった。
◆
頬が熱い。
一瞬、意識が飛んだ。
捻りを加えた貫通力抜群のパンチだ。
凄い奥の手を隠し持っていた。
当てるまでのプロセスも凄い。
二人が囮になって、寸前まで自分の肉体を盾にしながら背後に控える三人目の姿を隠していた。
そして、絶妙なタイミングでの狙撃。
自分達が殴り飛ばされて、その場から離れることも計算済みだったのだ。
その一瞬の空白にドリルのような拳を突き刺してきた。
すごい。
本当にみんなすごい。
でもね、知ってる?
私だってすごいんだよ。
一発なら耐えちゃうよ。
あ、嬉しい。
やっぱり知ってるんだね。
ちゃんと私の身体が頑丈だってことを分かってくれてるんだね。
だから、こうしてちゃんと追撃も計算に入れてるんだね。
二発目が反対側の頬に当たった。
ほとんど同時に三発目が鳩尾に潜り込んだ。
四発目はさすがに喰らえないな。
こう……かな?
翼って、こういう風に使うのでしょう?
アナタたちみたいに上手くはまだ動かせないけれど、盾のように使うことは出来る。
そして、もう片方の翼でこう……薙ぎ払う。
うん、上手くいった。
周囲の瓦礫ごと四人を吹き飛ばした。
十二人いるはずの十二使徒は、もう視界には数えるくらいしかいない。
どれだけの時間を戦っていたのかは分からないけれど、もう何人かは戦線復帰出来ないほどやられている。
決着は近い。
ずっと戦っていたい。
でも、楽しい時間はいつか終わるものだから。
だから、行くね。
私の方の奥の手。
ありったけの気持ちを込めて、引き金を引いた。
この時銃弾に込められるものが一体何なのか、私にも分からない。
でも、私のような普通じゃない力を持つ人間が強く念じて撃つと、それは銃弾に宿って普通じゃない威力を発揮することは知っている。
それを思いっきり込めた。
全身全霊で念じながら、撃った。
初めての経験だった。
知らなかったよ。
私が本気で撃つと、銃口からビームが出るんだね。
得体の知れない光を纏った銃弾が無数に飛び出して、射線上の標的を蹂躙した。
タンク役の娘がこれまでのように翼で防御しようとしたけれど、それすら圧し潰した。
全力の一掃射で、視界に映っていた十二使徒達は全員地面に沈んでしまった。
――これで、全員?
十二人全員、私が倒したの?
その一瞬の気の緩みを逃さず、最後の一人が私の懐に飛び込んでいた。
本当に。
本当の本当に彼女達は強い。
いつだって冷静で、私を倒す為の手段を探っていた。
私のことだけを全力で、ずっと考えて戦ってくれていた。
だから、たった一人残された最後の最後には一体何をしてくる?
ゼロ距離での接射?
渾身のあのパンチを打ってくる?
――違う。
私の視界に映ったのは、広げた翼の内側にズラリとぶら下げられた爆発物の数々だった。
ハンドグレネードからランチャー用の榴弾まで。
明らかに個人が携行する量を超えた数を隠し持っていた。
きっと、戦闘中に他の仲間からこっそり集めたんだ。
私に気付かれないように。
最後の瞬間の切り札として。
こうして自爆特攻することを作戦として組み入れて。
大きな翼が私達二人を覆い隠す。
狭い密閉空間を作ることで爆発の威力を増加させるつもりだ。
身体は拘束されている。
両手でしっかりと胴体をホールドされている。
全力で締め上げてくる彼女の力は万力のようで、並の相手ならばそれだけで全身の骨が砕かれるだろう。
だけど、私は。
この拘束から抜け出さないといけないって、分かってるのに。
これが最後だって思うと。
これで戦いが終わると思うと。
私は――。
目の前の天使を抱き締め返した。
「……名前」
もっと。
もっと強く抱き締めて。
私は、こんなことじゃ壊れないから。
「名前を、教えて」
「……イト……」
私も自分の翼を広げて、彼女のそれと重ねるように覆い隠した。
爆発の被害が少しでも小さく収まるように。
彼女が私に向けてくれた全力の覚悟を、少しでも逃さないように。
――そして、私達二人を凄まじい爆炎と衝撃が吞み込んだ。
◆
「……ミサイルでも撃ち合ったような有様だな、こりゃ」
激戦の跡地に足を踏み入れたヘルメット団の一人が、誰にともなく呟いた。
その声色には畏怖を超えて呆れが混ざっている。
ゲヘナで最強の個人とトリニティで最強の戦闘集団がぶつかり合う状況を終始見守っていたが、改めて現場の惨状を眺めれば呆然とするしかなかった。
これがたった十三人で繰り広げた戦闘の跡なのか?
自分達の策謀が引き起こした結果とはいえ、戦争を誘発してしまったような罪悪感が浮かぶ。
辺り一面瓦礫の山であり、ここが先ほどまで市街地だったことを疑うほど動くものの気配がない。
巻き込まれることを恐れた住人は全員逃げ出し、空崎ヒナが率いていた風紀委員会の戦闘メンバーは真っ先に一掃されて未だに復帰する様子もない。
冷え切ったクリスマスの夜。廃墟のような寒々しさが、周囲を満たしていた。
しかし、広々としたこの空間は、訪れたヘルメット団達が抱く僅かな罪悪感をすぐさま爽快感で拭い去った。
作戦通りの完璧な結果だった。
巨大すぎる目の上のタンコブを、いけ好かない上位の存在達を、見事に潰し合わせたのだ。
「へっへっへっ……ざまあみやがれ! 何が風紀委員長だ! 何が十二使徒だ!」
その場の全員に、沸々と喜びが湧き上がっていた。
偵察隊として抜擢された彼女達数名は、当初はこの役割に全く乗り気ではなかった。
作戦通りに空崎ヒナと十二使徒が潰し合うかどうか見届ける役など、一歩間違えて思惑を看破されれば真っ先に矛先を向けられる立場だ。
体のいい捨て駒だと最初は思っていた。
しかし、蓋を開けてみれば予定通りに状況は進み、全員が満遍なく共倒れするという最高の結果に終わった。
戦闘で疲弊していることが予想されるとはいえ、生き残った者を不意打ちで仕留めろなどという無茶ぶりをされることもなくなった。
後に残ったのは、少なくとも倒れ伏したヒナ達が復帰するまでの間好きなように暴れられるという解放感だけだった。
長を失ったとはいえゲヘナ風紀委員会は健在であり、トリニティには正義実現委員会という組織も控えているが、最大の脅威を諸共に排除できたという実績が、元来深く物事を考えない彼女達を更に楽観させていた。
「全員、ヘイローが消えてるのは確認したか?」
偵察隊のリーダーが、比較的冷静に自身の仕事を全うしようとしていた。
「ピクリとも動かねぇよ。完全に気絶してる」
「何発か撃っといた方がいいんじゃね?」
「気絶してるからってあたしらの銃撃が届くかわかんねーぞ。下手したらショックで目を覚ますかも」
「でも、こいつらに散々痛めつけられてきたじゃん。仕返ししたくね?」
「骨の一本や二本は折っておきたいよなぁ」
「何人か瓦礫に埋まってんだけど、掘り起こすの?」
「放っておきゃいいんじゃね?」
「重石のっけといた方が復活遅れて効果的だろ」
「魔王の封印かよ!」
ギャハハハッ、と粗野な笑い声が上がった。
「……うわっ」
「どうした?」
空崎ヒナの状態を確認しようとしたヘルメット団の団員の一人が、気味の悪い物を見たかのように足元を指さした。
「見ろよ、こいつら。手を繋いでやがる」
瓦礫すらも綺麗に吹き飛ばされた爆心地に横たわるヒナと十二使徒の一人。
普通の人間ならば原型すら留めていないだろう破壊の中心にいながら、二人は互いの手を握り合いながら穏やかに目を閉じていたのだった。
「……敵だったよな、こいつら」
「最後派手に自爆したの、一緒に見てただろ」
「何で仲良く手ぇ繋いでんだ?」
「知るかよ、気持ちワリー。頭イカレてんだろ」
理解出来ないといった表情をしながら、団員の一人が顔を背ける。
しかし、もう一人は倒れた二人を――正確にはヒナよりも十二使徒の方を睨みつけていた。
十二使徒は全員が容姿を統一しており、親しい間柄でもなければ個人を見分けることは難しい。
だからこそ、彼女達に恨みを持つ者からすれば全員が自分を痛めつけた憎き敵のように見えてならなかった。
空崎ヒナの方に関りはない。
だが、十二使徒の方には叩きのめされた経験があるのだ。
あの時、容赦なく自分をぶちのめしてきた相手は、ひょっとしたらこいつだったのではないか?
「……なんか、ムカついてきた」
一度思い込むと恨みが湧き上がり、衝動的にハンドガンを撃っていた。
ちょっとした腹いせのつもりだった。
相手の寝顔が苦痛に歪めば少しはスッキリするだろうという程度の考えだった。
しかし、数発の銃声の後、撃った本人は眼を見開いて沈黙した。
「状況は把握出来た。上への報告の為に、そろそろ退散するぞ。……オイ、どうした?」
ヘルメット団の仲間に声をかけられても、動けなかった。
顔は青褪め、身体が震えてガチガチと歯が鳴り始める。
不審に思った仲間が見開いた視線の先を辿って足元を見れば――。
――空崎ヒナが目を覚ましていた。
いつの間にか彼女のヘイローが復活して、禍々しい光を頭上で灯していた。
ハンドガンの向けられた先、いまだに気絶したままの十二使徒を庇うように片手を伸ばしている。
広げた手のひらで、銃弾は全て受け止められていた。
ヘルメット団が状況を理解して悲鳴を上げるより早く、ヒナは起き上がった。
自身の翼を支えにして、不自然な体勢で身体を起こす。
四肢を動かさずにグンッと勢いをつけた動きは、非人間的な印象を与えた。
そして、ヒナの覚醒をきっかけにしたかのように――。
一つ。
音が聞こえた。
また一つ。
音が聞こえた。
重い瓦礫の動く音が聞こえた。
荒れ果てた地面を踏み砕く音が聞こえた。
代わりに、あれほど騒いでいたヘルメット団達の声は消えていた。
ただ、誰もが息を呑むしかなかった。
未だ明けぬ夜の暗闇の中、浮かび上がるヘイローの光が増えていく。
それが意味する現実を、ヘルメット団の者達は一人また一人と理解していく。
理解させられていく。
逃れようのない破滅の絶望と共に。
最後に、ヒナに寄り添うように立ち上がった一人が、自らの復活を示すように翼を広げた。
不死鳥の如く蘇った十二の翼が、いまや恐怖に震え上がるヘルメット団達を圧倒するように周囲で展開されていた。
「ば……化け物……!」
眼前のヘルメット団員が、涙を流しながら震える声で絞り出した言葉をヒナは聞いた。
「……化け物?」
十二使徒達に倣うように、自らも翼を広げる。
彼女達とは正反対の、漆黒の翼。
天使と比喩されるような綺麗な代物じゃない。
だけど死闘の末に、今確かに感じている彼女達との心の繋がりを比喩して。
「違う……私は『悪魔』よ」
空崎ヒナは牙を剝いて笑った。
◆
後年、空崎ヒナは当時のこの発言を少しばかり後悔することになる。
聖夜事変とも呼ばれる十二使徒との死闘と、その後の共闘によって事件の黒幕達を一掃した経験は、彼女の鬱屈としていた人生に新たな道を開くことになるのだが。
新しい自分に目覚めた当時の彼女の精神状態は控えめに言っても『最高にハイ』ってやつであり、そのテンションのままについ普段は言わないようなノリで口走ってしまったのだ。
それ故に『ゲヘナのデーモンロード』などと呼ばれ、これまで以上に恐れられるようになってしまった状況をヒナはちょっぴり悲しく思っていた。
とはいえ、それを失言というにはささやかな原因であるだろう。
誰だって『悪魔』と恐れる以外ないのだ。
十三人の暴力の化身が手を取り合って襲い掛かってくるという地獄の光景に震え上がる犯罪者達からすれば――。