「調子悪そうだねー、銀子ちゃん。身体の」
タイトル戦もあるのにね、別にあんなのにこだわる必要なんてないと思うけど。
「女王なんて辞退しちゃっていいと思うんだけどね、ほら、三段リーグに専念するためって言ってさ」
露骨に表情が歪む、自分でもよくわかっていらっしゃるようで。
「黙りなさい、あんたに何がわかるの」
「銀子ちゃん、読みの力が暴走してるでしょ」
無意識のうちに掛けていたブレーキが過労で切れてしまっている、創多との対局の終盤の指し回しも銀子ちゃんが調子が良ければああいう指し回しにはならない、明らかにスマートすぎる。
「女流タイトルホルダーでもある『白雪姫』様が過労で対局中に倒れましたー!なんてなったらシャレにならないよーとほほ」
冗談めかして言っているが、銀子ちゃんは私の編入試験の時より明らかに調子落ちしている。精神力と棋力が上がっているから取り繕えているだけで。
「うるさい、余計なお世話」
「だーれのおかげで挨拶回りやなんやらかんやらの将棋界の顔としてのお仕事が減ってると思ってるのかなー。銀子ちゃん?」
元々オーバーワーク気質だった銀子ちゃんに時間が出来てしまった。普通の人間なら休養に充てるところを銀子ちゃんは棋力の研鑽に使ったのだろう。創多との対局での飛車成りからの一連の詰み、普段のというかこれまでの銀子ちゃんならおそらく読めてない。指せるとしても偶然……。
まあそれはいいとして。このままの勢いで調子を落とされるとおそらく三段リーグ終了直後、竜王戦が始まる直前辺りに倒れられる可能性がある。八一くんにも確実に影響が出る。勘弁してほしい。
「うるさい、うるさい。だいたい私が負けようが勝とうがあんたに何の関係が……」
「別に銀子ちゃんが負けるにしろ勝つにしろそれはそれで構わないんだけど、倒れられたら八一くんに影響出るからね。私は八一くんのライバルだから困るんだよねー」
癇癪を起こす銀子ちゃんを無視して、言いたい放題言う。
「銀子ちゃんのために言ってるわけじゃないよ、八一くんのために言ってるの。私は何も困らない」
「まあ、頑張るのはいいことだけど。ほどほどにね、八一くんに負担をかけない程度にしてね」
ちなみに……。私がここに来ているのは馬鹿みたいに予定を詰め込まれているせいである。何で関西での対局があるからとついでにとばかりにイベントの司会とかも予定に入れるんですかー?
〜〜〜〜〜〜
銀子ちゃんと天衣ちゃんの女王戦は……
大方の予想を思いっきり外し、銀子ちゃんにミスが多く出て、3戦目には後手番角頭歩が炸裂し。銀子ちゃんの3連敗。タイトル失陥。
内容を見ても中盤にミスが出て劣勢のまま立て直せないまま崩れている。
うーん、これは思ったより良くないなぁ……。
これは三段リーグの間、持たないかも……。
「銀子ちゃん、今暇?」
『……なに?』
不機嫌そうな銀子ちゃんの声、おそらく八一くんがサンドバッグになってそう。
「銀子ちゃん、三段リーグでは振り飛車を試さない?」
『……は?』
「銀子ちゃんが今のままで三段リーグを戦ったら、途中でリタイアしそうだなーって」
『……八一とおんなじこというんだ』
「あ、八一くんもそう言ってたんだ、なら話は早いね。断言するけど今のまま居飛車で指してたら三段リーグは抜けられないよ。実力が足りないとかそういう問題じゃない、体力が持たない」
銀子ちゃんの対局も全て棋譜は頭に入れてある、その上で……
「銀子ちゃんの今の状態はね、私が将棋を辞めさせられそうになって一番追い詰められていた小学生名人戦の頃よりなお悪い」
これは女王戦の棋譜から読み取った厳然たる事実、私と三段編入の対局をした時より棋力は上がっているはずなのにミスが増えている。
「どうせ休めって言っても聞かないんでしょ、じゃあ私から出来ることはせめて三段リーグの間は振り飛車にしたら?ぐらいしか出来ないよ」
『……ありがと』
「……別にいいよ、お礼なんて。私にとって銀子ちゃんがこのまま倒れられると都合が悪いだけだから」
『蘭……さんってもしかして、八一のことがすきなの?』
「私の好みはさ、私より年下で私より将棋が強い人」
『それって』
「安心してよ、銀子ちゃん。私は八一より私の方が今でも強いと思ってるから」
八一くんは多分竜王戦を終えてまた一段強くなったと思う。それは棋譜を見ればわかる。でも……まだ負けるつもりはないかな。