凡ゆるダンジョン攻略にて最も重要な素質は『判断力』と言われている。
戦闘はもとより、行き帰りに持ち込む食糧、工程中に調達する食材の判断、手に入れたアイテムを持ち帰る際の運搬手順、その他諸々。切り捨て、或いは流用し、極限時には責任を誤魔化すことすらホルダーには求められる。
リーダーの資格は金
当然一部の規格外を除いてリーダー役の胃はボロボロである。かつての仲良し身内での初期メンバーは才能差により自然分解し、個々人がプロとなった急造チームはお上から強制的にリーダーが割り振られるのも珍しいことではない。『流れ石に苔つかぬ』はどの世界も慣用句となっていた。
獣人のオルトアルもその悲しきリーダーの一人であった。
「本日の収支です。先ずは討伐モンスターが五十体」
竹馬の友として旗揚げした友人はあっという間に頭角を表して他パーティへ凱旋移動が行われ、今では獣人界の開拓地でブイブイ言わせている。たまに来る連絡は『かえりたい…こうかん』とぶつぶつと音信があるだけだ。
…オルトアルには逆立しても猛りが足りない。彼に出来るのは無事を牙で研ぐ程度であった。一応毎日していると宣言しておく。
「攻撃の割合は
ぶおん。
耳障りな音を出して机の上に浮かび上がる空間映像に現れたのは今回討伐したデフォルメされた魔物の山だ。工人の女性が複雑な指の動かし方をすれば、その人形はバラバラとなって各々の手元へ寄せられた。学のないオルトアルすら理解できるほど、明確な実績の証だった。
「取得アイテム数は延べ百二十三個、レアアイテムは十個になります。とはいえ、私達工人基準なので
「瑠璃嬢。僕は要らないのかい?」
「
苦笑しながら田亀が指を躍らせれば、デフォルメされたオルトアル達が死体の上でポーズを決め、コミカルな動きで武器を金で拭った。オルトアルが拭った紙幣は彼が研師に支払った金額と同額で、田亀の人形は一体にも満たない死体に腰掛けてその数倍はある紙幣の山で焚き火をしていた。
「工人
「焦ってオルト坊やロイド嬢とぬしを比べる必要は無い。僕も二十の若木の時は背の低さに嘆いていた。強さは目的では無いだろう?」
オークラの年輪を感じさせるのんびりした問いかけに田亀はむず痒い顔を晒して机に張り付いた。鍛えてもまともに肉が付かない骨の浮き出た身体は身長も併せて非常に華奢に見える。だが、彼女の恩恵に授かったオルトアル達からすれば、戦闘の貢献など気にならないほどその有能さを味わっていた。
「でも、汗を出さないホルダーは…」
「…拙は」
田亀の発言を遮ってロイドロイトがポツリと呟いた。
「拙はもう背嚢を担いで探索したくない」
「「……」」
「探索で水浴びを控えるのも、体臭を気にして泥を塗り込むのも、血で鼻が狂う最中に成果物を棄てるのも。得られた報酬が端金に変わるのも、ね」
サラダ油をくびぐびと飲みながら彼女は死んだ目で笑った。
「なんだかんだで、ホルダーが求めるのは金が名声よ。拙の傀儡双術に耐性があるなら是が非でもないわ」
「お、おいおい」
オルトアルとオークラの意見を聞かずにロイドロイトは断言した。年齢の分だけそれなりに女性というモノを知っているオークラは動じずに頷くだけだったが、オルトアルは少々狼狽えていた。
「あのな、タガメは『ダイ学生』で訓練中の身だ。これからどんどん成長するだろうし、何より未通の清い身だ。俺達のような草臥れた中年の人生に付き合わすのを決めるのはまだ早いだろう?」
「拙達が見限られたらお終いだといってるのよ!」
「僕らどの世界でもDクラスだからねぇ」
「皆さんDクラスだったんですか!?」
しみじみと頷くオークラに田亀は口元に手を当てた。
ダンジョンホルダー達が評価される基準は
「Cクラスダンジョンを難なく踏破してたのでCはあるかと…」
「ははは。多少力に自信があっても金稼ぎはイマイチでね」
火術専門のオークラに百五十もない小型体躯のロイドロイト、そして不器用ななまくらを振り回すだけのオルトアル。討伐は出来ても実入りが安定しない、典型的なおまぬけパーティが彼らの実情である。
それでも相手の都合を考慮してしまう潔癖さが彼らがどの世界でも受け入れられる利点だった。…どの地域にいても対処できる人材であるとも言えるが。
「俺達は『あにめ』の『飲んだくれパーティ』だからな。うだつの上がらないまま世界中を旅行しているようなものさ」
「近接おわおわりのちんちくりん魔人。火に弱い癖に火術しか使えない森人。そしてリーダーは発気が使えない獣人。うーん、拙達噛ませ役だわ」
「君とかはわわわ言ってリアクション要因になりそうだよねー」
「おう身長申告しろやショタ中年」
「椅子がいらない一四〇センチだよロリおばさん」
「身長の話題は俺にも効くんだが…」
ロイドロイトが最高身長であるこのパーティの主な副収入は引率業だったりする。可愛らしい(なお中身)見てくれは簡単な仕事ほど引っ張りだこになるのだ。
「──世界を、ですか」
スケールの大きな話題に田亀はつい普段の癖で俯いた。
田亀はホルダーになって今までの約十年を運送業、いわゆる
当時の異世界人が存在しない環境で非戦闘を割り振る余裕のある余地は軍隊しか無かった。その軍隊も溢れ出る魔物対策として足切りを行っている。今まで燻ってもホルダーに執着したのは、結局のところ他の道がなかったからだ。
「くひっ」
つまり、初めての高評価に田亀は割と浮かれていた。何故詐欺師が必要でもないのに嘘を身に纏うのか何となく体感した。身の丈以上に評価をもらうのは存外気持ちの良いことである。
「えぅえへへ。せ、せかいじゅうを旅行するのも良いかもしれませんね」
「おっと好感触ぅ?拙、魔人で大人気のダンジョンに次行きたいのだけれど」
「それ工人の龍ノ国を指してる?やめてよあんな毒素だらけの土地。肌が枯れるよー」
「(龍ノ国。元から公害で有名だった国がダンジョンにより
実態は何倍も酷い国であることは知らない田亀はやはり温室育ちであった。ダンジョンという命を賭けて働く環境下における、生活水準の引き上げの価値を理解しきれていない。軍という無駄を嫌う組織が必ず育てているという事実に、彼女は気付いていなかった。
オルトアルとオークラは互いに目配せした。オルトアルの鼻は彼女の隠の気を感じ取っていた。時勢に従って有能な工人の需要は増え続ける。しかし、供給に応えた工人の質が保証されるとは限らない。
具体的には、今後オルトアル達に組まされる工人はこれ以下の者が来る可能性が非常に高い。ロイドロイトは性急だが不必要な行為は好まない。
「世界は広い。獣人界にはスタイルが良くなる果物が沢山あるぞ。君の魅力だって何倍にも引き上がること間違いなしだ」
「魅力…」
「森人界は若返りやメルヘンな風景が沢山あるよー」
「ぺがさす、ようせいさん…」
「風景なら魔界もイチオシよ。砂金で出来た湖や水晶宝石で作られた宝石山とか。拳大の宝石程度ならスーパーの様に売り払われているなぁ」
「や、山のようなキラキラ…!?」
「え、それなら…とりあえず数年間はご一緒に」
「「「イェーイ!」」」
「ひゃわ!」
デレデレとだらしない顔で長期契約を受け入れた田亀は全員から胴上げされる。近くにいる店員は学級会かな?と首を傾げるほど可愛らしい後継だった。
「工人が入れば『パスポート』で他の国にいけるんだろ!
「僕は『運転術』を習いたいなー」
「拙は『危険物取扱者免許』を取得したいわ。これがあればガソリンを直に買えるんでしょう?」
「…うん???」
田亀瑠璃。御年二十一歳。最先端のダンジョン技術により巡るまじく伸びる寿命技術が
世界のDランクダンジョンを渡り歩く色物集団『