どこにでもいるような誰かの、どこにでもあるような人生

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歩かなくちゃ、だめですか。 


 右、左、右、左、ぼくらは歩き続ける。 

 

 目の前に一本の道が伸びている。その先に一体何があるのかは全く分からなくて、歩く意味も全く分からない。 

 隣を見てみるとまた別の道も伸びていて、上を誰かが歩いている。自分とは違う道、その向こう側を覗いてみると、合わせ鏡のように連なる無数の道が伸びている。そしてまた、誰かが歩いている。 

 歩いているといってもみんながみんな、肩を並べて歩いているわけではない。大抵の人は他の人と同じように歩いているけれど、そうではない人もいる。たまにどんどん突き進んで行ってしまう人がいて、そんな人を見ると、こちらは何も悪くないというのに何故だか罪悪感が湧いてきてしまう。頑張らないでいいのに、そんな思いがぽつんと胸に生まれて、勝手に苦しくなってくる。

 ふと後ろを見てみると、遅れてのっそりと歩く人が見える。ぼくが後ろを見ている時、よく他の誰かもその人も見ていて、応援の声を投げつけている。遅れて歩く誰かは応援の声に気づかなかったり、笑みを向けたりするが、ほとんどは一瞬だけ目を合わせたきり、すぐに下をむいてまた黙って歩き続ける。 

 たまにぼくの方にまで遅れる誰かを責める声が響いてくる。ぼくはそんな瞬間を心待ちにしていて、責める誰かに何かを言ってやろうとするも、結局は何にも出来ずに自分の浅ましさを自覚して、また勝手に苦しんでしまう。

 肩を並べて歩く側のぼくらには何もないとかいうとそうでもなくて、歩いていくと段々と、並んで歩く人が減っていく。ぼくらより先にズンズン進んで、いつかは姿が見えなくなるほどに離れてしまう。

 ぼくらは非難する。あいつだけ先に行きやがって、速く歩いても意味なんかないのに、そんな言葉が、ぼくらの間に積み重なっていく。積み重なった言葉は届くことはない。ねばっこい障害物としてぼくらの前にあらわれ、足をとられ、さらに突き離されていく。

 逆に途中からから失速してしまう人もいて、そんな人に対してはぼくらは軽蔑の眼差しを向ける。群れから遅れた無能は不要なものとしてなじり、見下しながら応援してあげる。ぼくはそんなことはしちゃいけないなんて頭で思いながらも、やっぱり心の中では見下している。

 道は一見頑丈だが、ひどく脆い。踏みしめる度にちりが舞い、決して壊れないものではないということを理解する。壊れないように歩いても、いつどの瞬間に壊れても不思議じゃない。道が壊れると、歩いていた人は堕ちていく。後に残るのは残響する悲鳴と、その人がいたというほんの少しの記憶だけだ。ぼくらは足を速めるがすぐに歩をゆるめ、また元通りになってしまう。

 なぜ、こんな思いをしてまで歩くのだろうか、別に誰かに命令されたわけでもないのになぜ歩こうとするのか、この道の先に一体何があるというのか、それとも何もないのか。分からない。それを知るために歩くのだと誰かは言うが、何の慰めにもなりはしない。

 ぼくは思う。歩く意味なんてものは何にもない、あるのはただ歩く意志だけ。人は歩こうとする意志には逆らえない。ぼくらが満たされることなんてありえないのだ。

 歩くことがいくら苦しくても、大抵の人は歩みを止める勇気なんてない。一線を越えられるような勇気があればと、心の裡で自嘲を繰り返す。そんな苦しみも、ぼくらは喰らい尽くさなければならない。こんな世界は苦しいし、恐いし、逃げ出したくもなる。

 

 それでもぼくらは歩き続ける。

 

 

 

 

 




 もし読んでくれた方がいらしましたら、この上なく感謝を申し上げます。これが初めての投稿でありますので、ご感想をいただけると励みになります。それではまたどこかで会いましょう。 
 あなたの道に幸が在らんことを。 

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