夢現境界奇譚   作:堤明文

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序章「始まりの奇蹟と、その結末」

 

 

「奇蹟」が欲しかった。

 

 理屈や筋道や因果関係を無視し、現実的な諸問題を置き去りにして、神の御業のようにもたらされる救いの手。

 

 陳腐で幼稚な物語の中にしかない、お花畑と揶揄されてしまいそうな、甘ったるくて安っぽいご都合展開。

 

 我ながら馬鹿馬鹿しくて呆れてしまうけれど、そんなものが欲しかった。

 

 痛くて、苦しくて、辛かったから。

 

 暗くて、淋しくて、怖かったから。

 

 遠い何処かからやってきた魔法使いみたいな誰かが、不思議な力で暗闇の世界を消し去り、眩しい青空の下に僕を導いてくれる――そんな「奇蹟」を夢想していた。

 

 だからかもしれない。九歳になったばかりの頃、あの場所であの子と出会ったのは。

 

 

 

 

 

 

 そこは、長い「階段」だった。

 

 虹色――いや、玉虫色というのだろうか。様々な色彩が複雑に絡み合った光の「階段」が、果てしない闇の中を真っ直ぐに伸びていた。

 

 確たる存在と呼べるものは、その「階段」以外は何もなかった。周囲の暗闇の中には数えきれないほど多くのものが浮かんでいたが、それらは全てあやふやだった。

 

 机があった。剣があった。卵があった。荷車があった。井戸があった。林檎があった。柱があった。壺があった。蝋燭があった。小舟があった。大岩があった。本があった。鎖があった。機械があった。水晶があった。薔薇があった。扉があった。髑髏があった。

 

 そんな風に、何の共通点もない雑多な存在が無秩序に散らばり、絶えず変化していた。

 

 剣を手に取ると斧になっていたり、木の柱かと思ったら石の柱だったり、卵や壺はいつの間にか割れていたり、透明だった水晶が紫色に染まったり、小舟が数十倍の大きさに膨れ上がったりしていた。

 

 要は、決まった姿形などなかったのだ。これはこういうものだと認識しても、すぐに別の何かに変わってしまう。色も形も大きさも万華鏡のように移ろい続けていて、いかなる観点から見ても定かなものがない。変わらずに在り続けているのは、玉虫色の「階段」だけ。

 

 だから、僕は悟った。これは夢だ。舞台も筋書きもない酷く無秩序な夢を、僕は見ているのだと。

 

 次に浮かんできたのは、「まあいいか」とそれを受け入れる気持ちだった。

 

 楽しい夢ではないけれど、別に不快でもない。軽い散歩の気分でこの混沌とした景色を眺めるのも、気分転換には良いかもしれない。

 

 どうせ夢だ。放っておいてもじきに終わる。目が覚めて現実に戻れば、また苦行のような一日が始まり、心身を磨り減らされる。だからそれまでの間、この無秩序な夢に浸ろう。

 

 そう思い、玉虫色の「階段」を上っていった。

 

 別に立ち止まっていてもよかったし、くるりと反転して下に向かうという選択肢もあったけれど、何となく上に向かいたい気分だった。

 

 あるいは、上の方に「何か」がある気がしたのかもしれない。暗闇の中を漂う不確かな幻影とは違う、明確な「何か」が。

 

 夢の中だからか、いくら上っても疲れはしなかったけれど、道程は思ったより長かった。

 

 我ながら長い夢を見ているなと半ば呆れてしまうくらい、玉虫色の「階段」と闇色の虚空はどこまでも続いていた。

 

 そして、流石にもういいかと思い始めた頃。目の前に、一人の子供が現れた。

 

 当時の僕と同じ年頃――九歳前後くらいの男の子だった。

 

 時代劇などで見る、百年以上古い時代の村人のような服を着ていて、足には草履を履いていた。

 

 そんな子供が、いつの間にか「階段」の上に立っていたのだ。

 

 そこに至るまでに暗闇の中で様々なものを見てきたけれど、人間と出会ったのは初めてだった。

 

「驚いた」

 

 男の子は呟いた。

 

「ここで人と会うなんて、もう永遠にないと思ってたよ。不思議なこともあるんだね」

 

 発言とは裏腹に、驚いている様子は全くなかった。男の子の顔は無表情で、声も淡々としていて、幼い姿には似つかわしくないくらい冷静に見えた。

 

 むしろ僕の方が驚いていた。いくら見返しても、彼の姿が変わらなかったからだ。

 

 女の子になったり大人になったり怪物になったりしない。背丈も服装も変化しない。粗末な服を着た幼い男の子のまま、「階段」の上から僕を見下ろしていた。

 

 どこまでも続く「階段」と同じだ。不確かな幻影が無数に漂う世界の中で、彼は確かな姿を持った存在だった。

 

「きみは……だれ……?」

 

「誰、か……」

 

 僕の問いかけに、男の子は目を細める。

 

 そして少し間を置いてから、どこか淋しげな声で返答した。

 

「誰でもないよ。僕は、君が見てる幻。そういうことでいい」

 

 普通に考えれば、その通りなのだろう。ここは夢の世界なのだから彼は架空の人物で、実体のない幻に他ならない。

 

 でも僕には、その答えが腑に落ちなかった。

 

 こちらを見下ろす小さな男の子には、何故だか不思議な存在感があって、夢や幻の類とは思えなかったのだ。

 

「本当なら、すぐに帰ってもらった方がいいんだけど……いいや。せっかくだから、少し話そう」

 

 男の子はその場に腰を下ろし、自分の隣を手で指し示した。

 

「そこに座って。君のことを教えてほしい」

 

「ぼくの……こと……?」

 

「そう、君のことだ。何でもいいよ。君の生まれた家でも生まれた土地でも、家族でも友達でも、好きなことでも嫌いなことでも、毎日の過ごし方でも将来の夢でも、何だっていい。君のことが知りたい」

 

「そんなこと……言われても……」

 

 僕は戸惑い、口をもごもごと動かした。

 

「なに話したらいいか、わからないし……ぼく、話すのへただし……」

 

「下手でもいいよ。上手に話そうとしてくれなくていいし、面白くなくたって構わない。僕はただ、君と話がしたいだけだから」

 

「……じゃあ、話すけど」

 

 渋々了承して、相手の顔を見上げる。

 

 自分でもよく分からない衝動に駆られ、一つ要求を口にした。

 

「そのかわり……きみのことも教えて」

 

 男の子は一瞬きょとんとした後、少しだけ笑った――ように見えた。

 

「いいよ。僕の話も、きっと面白くないけどね」

 

 それから僕達は「階段」の上に並んで座り、長い会話をした。

 

 僕は自分の生い立ちから現在に至るまでを話した。九歳の僕に話せることなんてそう多くはなかったけれど、それでも思いつく限りのことを言葉にして伝えた。

 

 その拙い話を、男の子は真剣な顔で聞いてくれた。時折質問を挟んだりして、僕のことを深く知ろうともしてくれた。僕にはそれが、少しだけ心地良く感じられた。

 

 男の子の方も、自分のことを話してくれた。彼の話はかなり難しくて、当時の僕には理解出来ないことだらけだったけれど、退屈な話ではなかった。理解出来なくても不思議と引き込まれ、時間を忘れて聞き入ってしまうような話だった。

 

 気付けば僕達二人は、友達同士のようになっていた。夢の世界で出会った男の子と言葉を交わすこの時間を、心のどこかで楽しいと思っている自分がいた。

 

 そして、お互いの話が一段落した頃。

 

「話してくれてありがとう。君のおかげで、人って生き物が少し分かった気がするよ。でも、何て言うのかな……」

 

 男の子は思案げに首を傾げてから、僕の瞳を覗き込んで言った。

 

「人間って、変だね」

 

「え……?」

 

 僕は呆然となる。彼の発言の意味が、当時の僕にはまるで分からなかった。

 

 どういう意味なのかと尋ねようとした矢先、周囲の風景に異変が生じた。

 

 突如、闇色の空間が罅割れたのだ。

 

 それも一箇所ではない。前後左右上下――「階段」を覆う広大な空間の至るところに、「階段」と同じ色の亀裂が深々と刻まれていた。

 

 孵化寸前の卵のように。

 

「時間だ」

 

 男の子は立ち上がる。

 

「場の崩壊が始まってる。どうやらここまでみたいだね」

 

 奇妙な表現になるが、罅割れた箇所は空間自体がぼろぼろと剥落し始めていた。

 

 その下から覗くのは、白い空間。朝日に照らされるカーテンのような、純白の虚無だった。

 

「大丈夫、怖がらないで。君はただ、ここから放り出されるだけ。夢から醒めるだけだから」

 

「……もう、このユメはおわり?」

 

「うん」

 

「ぼくは……いつもの部屋にもどるの?」

 

「そうだよ。また、いつも通りの生活が始まる」

 

「やだな……」

 

 思わず、本音が零れ落ちた。

 

「もどりたくない……あの部屋に、もどりたくないよ……」

 

 男の子は立ったまま、僕の顔を見下ろした。

 

 心の奥底まで見通そうとするような、深く澄んだ眼だった。

 

「……いつも、独りだから?」

 

 問いかけに、こくりと頷く。

 

「独りは、辛い?」

 

「つらいよ。いつも、きえたいって思ってる」

 

 僕は孤独だった。

 

 身の回りの世話をしてくれる人達はいたけれど、その人達は仕事で僕を生かし続けていただけの他人に過ぎず、家族ではなかった。友達もいなかった。

 

 だからこの夢が心地良かった。僕の傍にいてくれて、僕の話を聞いてくれて、僕のことを知ろうとしてくれる「友達」がいたから。

 

 そんな幸せな一時が終わることへの怖れが、胸の奥で芽生え始めていた。

 

 人というのは、何も得ていない時より、何かを得ている時の方が臆病になるのかもしれない。

 

「なら……」

 

 男の子の小さな右手が、そっと差し出される。

 

「君に、これをあげる」

 

 その掌に載っていたのは、奇妙な入れ子構造の球体だった。

 

 一番外側は水晶玉に似た無色透明の球体。その内側に閉じ込められる形で、どこか鳥籠を思わせる格子状の球体があり、そのさらに内側には青白い光を放つ球体が存在していた。

 

 一番内側の眩い光球は極小の恒星のようで、見ているだけで吸い込まれてしまいそうなほど美しく、神秘的だった。

 

「これは……何?」

 

「封印番号七一八八、〈記述者の権能〉」

 

 耳慣れない言葉が、男の子の口から出た。

 

「正確に言っても分からないだろうから、簡単に言うと……そうだね……魔法、みたいなものかな」

 

「まほう……」

 

「これは、持ち主の願いを叶える魔法の力……そう思ってくれていい」

 

 そう説明されても、僕にはまるで理解が及ばなかった。

 

 夢の中で言うのも変だけれど、あまりにも非現実的で、突拍子もない話だったから。

 

「よく……わからないけど……」

 

 戸惑いつつ、掌の上の球体を見つめる。

 

「これをもらえば……ぼくはひとりじゃなくなるの……?」

 

「そうなるとも言えるし、そうならないとも言える」

 

「え……?」

 

「これを君が持ち帰って、君達の世界で使ったらどうなるのか……それは僕にも分からない。これは本当なら、君達の世界に在るべきものじゃないから」

 

 結晶と格子に囲まれた眩い光球は、よく見ると微かに動いていた。

 

 誕生の時を待つ胎児のように。

 

「家族や友達を与えてくれるかもしれないし、与えてくれないかもしれない。君を幸せにするかもしれないし、不幸にするかもしれない。使った後に何が起きて、どんな結果を招くのかは、僕にも分からない。きっと誰にも分からない」

 

 男の子の黒い瞳が、静かな眼差しをこちらに注ぐ。

 

「それでもいいなら、君にあげるよ。どうする?」

 

 選択を迫られたが、深く考える時間はなさそうだった。

 

 空間の罅割れと剥落は進行しており、既に僕達の頭上は真っ白に染まり、「階段」さえも崩れかけていた。

 

 不思議な夢の世界は、まもなく終わる。決めなければいけない。

 

「ぼくは……」

 

 男の子の掌に載る球体に、自分の左手を伸ばす。

 

「ユメでも……ウソでも……なんでもいいから……」

 

 独りが嫌だった。誰もいない場所で過ごす日々が辛かった。

 

 そんな日々がいつまでも続いていくことを、心の底から怖れていた。

 

 この世から消えてしまいたいと思うくらい、淋しくて苦しくてたまらなかったから――魔法使いみたいな誰かに、救ってほしかった。

 

「家族がほしい……友達がほしい……」

 

 球体の表面に触れる。

 

 願いを叶える「魔法」の結晶を、強く握り締める。

 

「ひとりじゃない場所に……ずっといたい」

 

 消えゆく夢の中、心からの願いを口にした。

 

 

 

 

 この出来事は、僕の人生の出発点だった。

 

 夢から醒めた後、僕を取り巻く世界は大きく変わった。僕を引き取ってくれる人が現れて、僕は家と家族を得た。

 

 義理の両親と妹に囲まれながら過ごす生活が始まった。普通に学校に通い、友達も作れるようになった。孤独だった日々が嘘のような、温かで楽しい日々が続いた。

 

 あの子のおかげだと、密かに思った。

 

 夢幻の世界で貰った「魔法」――それがもたらす「奇蹟」が、僕を幸福へと導いたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの不思議な夢を見た日から、五年後。

 

 八月一一日の午前零時。空気が肌に纏わりつくような、蒸し暑い夏の夜。

 

 一四歳の僕は、人気のない広場にいた。辰木島という小さな離島の南側に位置する、小高い丘の上。丈の短い芝に一面を覆われた広場だ。

 

 ある意味でそこは、僕の人生の終着点だった。

 

「何で……」

 

 掠れた声で、僕は呟く。

 

「何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で……」

 

 芝生の上に立ち尽くし、自分の足元に目を落としたまま、呟きを重ねる。

 

 何の意味もないと知りながら、そうせずにはいられなかった。

 

 罅割れていた心を繋ぎ止めていたものが、永遠に失われた後だったから。

 

 どうしてこうなったのか、これからどうすればいいのか、本当に分からなかったから。

 

「何で……何で、こんな……」

 

 僕は頑張った。今までずっと頑張ってきた。

 

 幼い頃の責め苦のような日々に耐えた。痛くて辛くて苦しかったけれど、心を強く持って耐え抜いてきた。

 

 そんな日々が終わってからも、真面目に努力を重ねた。たくさん本を読んで知識を得た。他人の何倍も勉強した。苦手だった人付き合いも克服した。

 

 この島に来て忌まわしい「祭儀」に巻き込まれてからも、必死に頑張った。

 

 怪物のような人間ばかりで怖かったし、逃げ出したくてたまらなかったけれど、勇気を振り絞って戦い抜いてきた。

 

 大切な家族を――妹を守るために。

 

 その結果が、どうしてこうなるのか。

 

 いったい僕は、いつどこで何を間違えたというのか。

 

「やっぱ、こうなっちまったか……ま、当然っちゃ当然だな」

 

 背後から声。振り返ると、広場の端に一人の男が立っていた。

 

 髪を乱雑に伸ばした、三〇代くらいの髭面の男。「祭儀」の参加者の一人だ。

 

 始末したつもりだったが、しぶとく生き永らえていたらしい。

 

 男は僕と目を合わせ、下卑た笑みを浮かべた。

 

「想いってのは、大抵が一方通行だ」

 

 言いながら、ゆっくりとした足取りで僕に歩み寄る。

 

「好いた女に嫌われることもある。対等のダチだと思ってた奴に見下されてることもある。尊敬してる師匠や先輩に全然認めてもらえねえことも、自分を慕ってくれてると信じてた弟子や後輩に陰口を叩かれてることもある。そんなもんさ。どこまで行ったってそんなもんなんだ。ままならねえよなぁ、人間関係ってのは」

 

 しぶとく生き永らえていた男は、死の運命を回避していたわけではなかった。

 

 腹部に無惨な裂け目があり、そこから流れ出た夥しい血で衣服を赤く染めている。

 

 明らかな致命傷だ。放っておいてもすぐに死ぬだろう。

 

 そんな姿でありながら、男は愉快げに語り続ける。僕を嘲るために。

 

「相思相愛? 深い絆? ああ、あるさ。そういうのだって勿論ある。けどな、注意が必要だぜ。それだって見方によっちゃ一方通行だ。同じものを見てるようで実は微妙にズレてたり、愛や絆って言葉の意味が各々で違ってたりもする。互いの気持ちがパズルのピースみてえにかっちり合わさるなんてことは、そうそうねえのさ。残念ながらな」

 

 ずるり、ずるりと近付いてくる。

 

 死にかけの男が、見えない鎖に引き摺られるような動きで、こちらに近付いてくる。

 

「大抵の奴はそれでも仕方ねえなと割り切って、愚痴ったり腐ったりしながら生きてる。だがたまに、相手と自分の気持ちが一緒じゃねえと納得がいかねえって奴もいる」

 

 どす黒い怨念と狂気に塗れた眼が、僕を見る。

 

 心臓を抉り取ろうとするかのように、深く鋭く僕を見据える。

 

「お前さんみたいな奴さ。自分の万能感に酔いしれて、ちょっと頑張れば何でも思い通りになると思ってる、救いようのねえ糞餓鬼だよ」

 

 僕の身体の大部分は、血で赤く染まっていた。

 

 一見したところでは死にかけの男と同じ有様だが、決定的に違う点がある。

 

 この血は、自分の血ではない。

 

 返り血だ。

 

「報われると思ってただろ? 自分は十分すぎるくらい頑張ったから、夢みてえなハッピーエンドに辿り着けるはずだって信じてただろ? 大好きな妹と手を繋いで晴れやかなツラして、眩しい朝日の中に踏み出していく絵面でも想像してただろ? 甘えんだよ間抜け」

 

 男の視線が、僕の足元へと移る。

 

 そこには肉塊があった。

 

 ほんの数分前まで生きた人間だった、無惨な赤い肉塊が。

 

「さんざん殺しまくっといて、報われるわけねえだろうが。他人を騙して利用して、用済みになったら無慈悲に切り捨てていったような奴を、本気で好いて心から信用してる奴が、この世にいるわけねえだろうが。鏡を見ろよ糞餓鬼。小綺麗なツラを返り血で染めた、腹の底まで真っ黒な塵屑が映ってるぜ! ひゃはははははははははははははは!」

 

 興奮を抑えきれなくなったのか、男は哄笑する。

 

 汚らしい髭面を歪め、下品に大口を開け、泥を塗りたくるような視線でこちらの全身を舐め回し、心底から嬉しそうに呪いの言葉を吐き続ける。

 

 それが、この男なりの復讐だったのかもしれない。

 

「似合いの末路だよ! 塵屑! てめえがやってきたことのツケを支払う時が、今ようやく訪れたのさ! 何度も他人を裏切ってきたてめえは、最後の最後にてめえが信じてた奴に裏切られ――がぼっ」

 

 いい加減耳障りだったので、僕は「力」を使った。

 

 男の頭が爆裂し、血と脳漿と眼球が飛び散る。首から上を失った身体はうつ伏せの形で地面に倒れ、そのまま動かなくなった。

 

 死に損ないの敗者は今度こそ死に、広場にいる人間は再び僕一人。

 

 島内をくまなく探せば他にも生き残りがいるのかもしれないが、正直どうでもいい。そんな塵共の生死になど関心が湧かない。

 

 僕が戦う理由――「祭儀」の参加者を殺し尽くさなければならない理由は、既に失われた。

 

 今さらどうにもならないし、何かをする気力自体が残っていない。

 

 僕は「祭儀」の勝者。

 

 十日間に及ぶ殺し合いの中で、力と智謀を用いて全ての敵対者を排除し、「魔法使い」になる資格を掴み取った。

 

 しかしそれでも、僕の願いは叶わない。

 

 夢見た未来は訪れない。

 

「何で……」

 

 妹が好きだった。

 

 一緒に過ごす日々が楽しかったし、これから先も一緒にいたいと思っていた。

 

 悪夢のように凄惨な十日間を乗り越え、二人で笑い合いながら元の生活に戻りたかった。

 

 そんな願いを支えに、力を合わせて頑張ってきたのに――

 

「何で……死んでるんだよ……」

 

 足元の肉塊は、妹の変わり果てた姿だった。

 

 頭から足先までの全ての部位が原型を留めないほど潰れており、骨と臓物を四散させながら血溜まりの中に沈んでいる。

 

 何故そうなったのかは、残酷なほど明白だ。

 

 殺した。

 

 僕が、この手で殺した。

 

 僕が殺した僕が殺した僕が殺した僕が殺した僕が殺した僕が殺した僕が殺した僕が殺した僕が殺した僕が殺した僕が殺した僕が殺した僕が殺した僕が殺した僕が殺した僕が殺した。

 

 目を背けても、深く嘆き悲しんでも、理不尽な運命を呪っても、その事実は覆らない。

 

 未来永劫、絶対に。

 

「違う……こんな……こんなのは、違う……絶対、違う……」

 

 譫言めいた呟きを繰り返し、死体に左手をかざす。

 

 その掌が、白い輝きに包まれる。

 

 僕には「力」がある。あの夢の世界であの子に貰った、不思議な「力」がある。

 

 それを使えば「奇蹟」が起きる。理屈や筋道や因果関係を無視し、不可能を可能にするその「奇蹟」が、僕と妹を幾度となく救ってきた。

 

 だから、今もまた救ってくれるかもしれない。死んだ妹を生き返らせ、平穏な日々を取り戻させてくれるかもしれない。

 

 そんな希望に縋ろうとしたが、現実はどこまでも無慈悲だった。

 

「違う、違う、違う……違うんだ、絶対……」

 

 何秒経っても何分経っても、目の前にあるのはおぞましい死の光景だけ。

 

 肉塊になった妹は、肉塊のまま変わらなかった。

 

 都合の良い「奇蹟」は起きなかった。もう二度と。

 

「う、ああ……あああ……ああああああああああああああああああ」

 

 耐えられなくなり、叫んだ。

 

 重い蓋のような夜空の果てまで、狂った絶叫が轟いた。

 

 それが僕の終着点。まやかしの「奇蹟」に踊らされた道化が行き着いた、救いのない結末だった。

 

 

 

 

 

 

 孤独な絶望の淵で、僕は考えた。

 

 何がいけなかったのだろう。「祭儀」が始まって以降――いや、この島に来て以降のどの時点で、自分は何を間違えたのだろう。

 

 いつどんな選択をして、どんな行動をとっていれば、幸福な結末を得られたのだろう。

 

 七月の末から現在に至るまでの記憶を辿りながら、その答えを探し続けた。

 

 

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