オールマイトが結婚するってさ   作:ドクター・ヴィオラ

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ピース・サイン

 

 

 

 

 花火に気を取られていて、浜辺の男女を誰も知らない。

 俊典は激情を素直に大粒の涙としたのだろうか。仮に涙を流していたとしても、彼の声は花火の音に隠れたはずだった。

 人々はヒーローの背中を見る。その表情を誰も知らない。

 花火が終わるまで俊典が慟哭を続けたのかどうか──それを萌胡だけが知っている。

 

 

 

 

 それはそれとして。

 

「結婚しませんか」

「急ですね」

「……これでも本気なんだけど」

「うーーん」

 

 いっときの感情で言うのではない。そんなふうに誰かを愛するには俊典は歳を取りすぎていた。

 決心したのは今である。しかし、これは一年の交流で培ってきたものであるはずだった。

 

「八木さんならわたしよりも魅力的な女性が周囲にいるんじゃないですか?」

「誰が魅力的かなんて、わたしが決めることだよ。わたしはきみが良いと思ったんだ……こんな歳で言うのもなんだけど」

「ヘンなの」

「ヘンって……」

「ピンキーが言っていたとおりですね」

 

 萌胡はクスクスと笑った。波の音がやさしい。月の光がさきほどの花火よりも素朴だった。

 

「生きるのが下手そうって」

「芦戸くんがそんなことを!?」

「生きられますか」

 

 萌胡が真直に俊典の目を捉えた。大したものだと思う。その目力には並のヒーローでは張りあえそうもない。

 

「みんなのためじゃない。ひとつの生活のために生きられますか」

 

 できる──とは言えなかった。誰かのために生きることを当たりまえと信じていた。それを何十年も続けていたのだ。

 

「努力します!」

 

 だから俊典の最終的な答えはそれだった。

 

「四十点ですね」

「すくなくとも落第ではない?」

「ポジティブ!」

 

 何がおもしろいのだろう。萌胡がケラケラと笑った。

 

「八木さんは本当に……」

 

 かわいらしいな。と萌胡は思った。

 

 

 

 

「そう言うわけで結婚するから」

「そうですか」

「薄いね?」

「性分なんで」

 

 消太がビールを口にする。目元は以前のように不健康そうである。アドバイザーの仕事は教職よりも多忙ではないはずだ。隈が目元にこびりついているのだろうか。

 結婚の先輩に相談に乗ってもらっているので文句を口にするべきではなかった。

 

「オールマイトがね……普通の女と」

「なんだよ」

「意外だと思って……いや……逆にそれっぽいのか。芸能人の女が普通の会社員の男に安心するような」

「なまなましいね!? 否定はしないけど!」

「うまくいきそうですか」

「……問題も多いね」

 

 歳の差は当然として──萌胡の親御さんになんと挨拶するべきなのだろうか。

 五十代です。それからオールマイトです。

 親御さんは引っくりかえるのではないだろうか。

 俊典は平和の象徴に拘っているだけにネーム・バリューには自覚的だった。人々の中で自分が偉大であることを彼は分かっていた。

 

「本当に告白だけしたようなものだからね」

 

 俊典の告白を萌胡は受けいれてくれたけれども、本格的なところは保留することになっていた。婚約するでもない、同棲するでもない。元を辿ると彼の告白があまりに急だったので当たりまえである。

 

 それにしても妙なことだと思う。考えてみれば──根津に貰ったツィーゲがいなければ、自分たちの道が交差することもなかったのだ。それに萌胡のほうでも犬を飼っていなければ。

 動物とは本当に人間のヒーローかもしれないな。と俊典は思った。

 

「巡りあわせだね」

「ふん?」

「ところで相澤くん……アドバイザーの席はないのかな?」

「就職したいんですか? 金はあるでしょうに」

「旦那になるかもしれないのに、仕事がないのもどうかと思って」

「古典的ですね。珍しくないですよ、昨今は主夫なんて。仕事ね……こちらも立てこんでいますから、それが終わったらで良いですか?」

「忙しいのかな?」

「妻が妊娠したんで」

「……マジ!?」

「ジョークじゃないですよ。ジョークですけど」

「名前で韻を踏むんじゃないよ!」

「大丈夫ですよ」

 

 と消太が微笑した。

 

「ウチの女でも強いんですから……八木さんを受けいれられるような女はさらに強いですよ。オールフォーワンよりもね」

「それは強いな」

 

 納得できなくもない。素朴な献身はときに人を殴るよりも強いものだ。俊典はそれをすでに学んでいた。

 

 俊典が顎に手を当てる。酒の席だと言うのに一人で悩みはじめた。

 大きな成長だな。と消太は思った。

 俊典の弟子もそうだったけれども──彼等が躍起に人を助けようとするのは無個性に由来していると言うのが消太の見解だった。

 もちろんそれだけではないのだろう。ふたりの英雄観を消太は知っている。しかし極端な肯定感の低さはときに他者へパーソナリティを求めるものだ。まるで強力な呪いのように、それは英雄たちを縛りあげる。

 尤も多くのヒーローに多少はそんな傾向があるのかもしれなかった。誰かを助けることにしか、自分の価値を見つけられない。そんな人間が稀にいる。

 そんな人種は誰かを助けるよりも、助けないことのほうが遥かにむずかしいものなのだ。

 そして──そんな人種に別の視点を与えるのは。英雄が壊れるまえに手を差しのべるのは。いつでも普通の人間なのかもしれなかった。

 

 

 

 

 消太はテーブルの下で密かに端末を起動した。

 気が早いだろうか。しかし自分の結婚を元生徒たちにバラされたときも大変だったものである。そのしかえしを今にしても良いはずだ。

 元生徒たちがすぐにでも集まってきたら、いかに俊典でも慌てざるを得ないはずである。

 消太は静かな空間が好きだ。しかし、こんなめでたいときには騒がしいのもわるくない。

 手元の端末をチラチラと見ながら、誤字がないようにメッセージを打ちこんだ。

 

 

 

 

××区 居酒屋×× 同席中

オールマイトが結婚するってさ

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