恋に弄ばれる馬鹿共よ   作:肉塊

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桜が降る夜は

 春、四月の七日。私、蓼丸駿は自身が通う私立誠悍学院高校に続く桜で一杯の甘い桃色に包まれた道を歩いていた。桜の花びらの間から溢れる暖かい日光に眼を細めながら、私はこの一年、自身にとって成長出来る・実感できる年にする様に心の中で意気込んでいた。そう!私は成長に成長を重ね、憧れの椰檜田先輩に追いつき、褒められ認められ、あわよくば恋仲になりたいのだ!!!

 

 朝ホームが始まる一時間前、私はグラウンド手前の部室棟一階の陸上部女子が使用している部室を開錠した。年季が入ったロッカーと薄汚れたプラスチック製の長椅子、それ以外に他の部員が忘れたであろう私物が少々乱雑した部屋に浅い溜息を吐いて、背負っていたリュックサックを長椅子に置き、陸上部のトークルームで注意しなければと考えながら私はせっせと体操服に着替え、グラウンドに足早で向かった。向かう最中、トラックで一人走っている男子生徒を確認すると、胸の底から嬉しさが込み上がる感情を燃料に変換して全速力で彼の居る場所へ走った。

 「椰檜田先輩!!ぉハッ!おはようございます!!」

 「はよー!朝から元気だなお前。朝飯ちゃんと食ってきたか?」

 この人は三年生の椰檜田陽翔先輩。陸上部部長で、同じ短距離100mの種目で、いつも直向きに陸上に向き合っている人。明るくて人当たりが良くて背も高い、この学校で一番足が速い選手。そして、私の初恋の人だ。

 「はっはい!!プロテインとシリアルを食べてきました!!」

 「またその組み合わせかよ。飽きねーの?」

 「…今の所はまだ飽きてないですね…、先輩の今日の朝ご飯なんでしたか?」

 「昨日の肉じゃがの残りと大根の味噌汁と玄米!」

 「へー!良いですね!!…肉じゃがとか一年は食べてないや」

 私は先輩との他愛も無い会話に湧き上がる嬉しさを噛み締めながらアップを開始した。そして先輩は水分補給しながら私のアップに不備がないかを確認してくれている。ていうか、やっぱ先輩と喋る時緊張して吃っちゃうの早く治したいなぁ。落ち着いてスムーズに会話したい。

 「蓼丸。脹脛ちょっと張ってない?もしかしてキツイ?」

 「え、まだ張ってます?昨日マッサージした筈なんだけどな」

 先輩、私の事気にかけてくれてる…!!すっごい嬉しい。後輩を気遣ってくれるなんて!なという優しさ!!好き!!スパイク交換して!!

 「お前は女子短距離の期待のエースなんだからさ、自己管理大切だぜ?」

 「はい!気をつけます!!」

 「気負いすぎんなよ〜。そしてあと無理すんな。ところで、今日の朝練メニューは?」

 「スタートダッシュを念入りに取り組もうかと。前回の記録会でスタートダッシュが原因で昇旭高校の多々良に先を越されたので。あれ以降なんかちょっとスタートダッシュに違和感あるし」

 「あー…でも最終的にはギリギリで勝ってなかったっけ?」

 肩甲骨回しを最後にアップを終え、近くのベンチの足元に置かれたスターティングブロックをトラックのスタートラインまで運び、タータンに針を刺した。

 昨日の夜に動画サイトで見た短距離選手のスタートダッシュを思い出しながら前足のセット位置を調整し、フットプレートに足を乗せて前足の脛が地面と水平になるように意識してセットの姿勢に移る。

 「位置について、用意」

 「え、ちょ」

 「ドン!!!」

 先輩の急な号令に身体が反応し、昨日見た動画のフォームを無視してフットプレートを蹴り出してそのまま加速して100m走り抜けてしまった。

 「いやーやっぱ速いな〜、今ので11秒81位かな?でも確かにクラウチングちょいと変な癖ついてね?一瞬ちょっとだけ前足がフットプレートを一回無駄に踏んでた」

 「え!?そこ!?私てっきり腰が低いスタートやってるかなって思って…」

 「そう?そこはそんなに違和感無かったかも。次動画撮ってみるか」

 そこから30分、私達はお互いのフォームを確認しながらこれからホームルームが始まるというのに沢山の汗を流しながら朝練に励んだ。

 

 「おーい陽翔〜!そろそろ行こーぜぇ〜い!!」

 グラウンドの柵の向こう側から同じく朝練をしていたであろうアーチェリー部の誰かが弓を持ちながら、椰檜田先輩に手を振っていた。あの人は確か、先輩の友達の…

 「あ、袈裟丸。てかもうそんな時間か。てかやべー俺多分今日スプレー持ってきてねぇかも。アイツからパクるか」

 「あはは、そこまで先輩の汗の匂い気になりませんよ」

 「俺は気にすんの!!お前は良いよな。女子なのにイケメンで良い匂いで優しくて。はー俺もモテてぇ〜」

 「やさっ…しい??」

 先輩からの不意に頂いた『優しい』というワードにより、頭の中はその単語でいっぱいになってしまった。え、私、先輩に優しい人って思われてるの〜!!??しかも良い匂い!!!!!!これってきっと脈あり!!!!!!じゃない!!!!?????たはー!!柔軟剤コーナー匂い厳選二時間粘って良かったー!!!

 「え…へへ、そ、そんな事は…」

 「あ!!女子にモテてる事気にしてたよな!?ごめん今のノンデリだったわ!!…蓼丸??またボーってしてる……じゃ、じゃあな!ホーム遅れんなよ!!また放課後!!!」

 「へ!?あ、お!お疲れ様でした!!また放課後!」

 そう言って先輩は小走りで袈裟丸先輩の方へと行ってしまった。それを見送った私は先程言われた言葉を脳内リピしながらウキウキで部室棟へ行き、急いで着替え教室へ向かった。

 

 

 校舎に入った途端、他の女子生徒から沢山の熱が入った様な挨拶を頂くが、それを卒なく交わす!!いつもは少したじろんじゃうけど、今日の私は無敵!!かも!!

 「蓼丸様おはよう♡今日もかっこいいね!!」

 「おはよう、田代さん。ありがとう」

 「きゃー♡♡!!!!」

 「…蓼丸って、マジで女子校の王子ポジだよな〜、俺らよりイケメンだしスタイル良いし運動神経良いし」

 「俺の好きな子が、蓼丸にガチ恋してファンクラブの他の女子と殴り合いの喧嘩に発展したらしくてさ…」

 「え辛。今日購買奢るわ」

 聞こえてるよ男子…。てか何それ私の知らない所で争い生んでる…。なんかごめんじゃん。

 気まずさで教室の扉まで駆け足で向かい、扉を開けて席で雑談していた友達の跳琉と帆波の存在を確認し急いで彼女らの足元へ行き屈む。視界には跳琉の綺麗な健脚で一杯になった。

 「おはよう!!」

 「私の脛に挨拶すんな」

 「おは〜、元気良いね。朝練どうだった?」

 「褒められて嬉しくて無敵になった…筈」

 「(いつもの女子の軍団か?)」

 「(いや、それを羨む男子と見たね)…無敵なら脛じゃなくて顔見て挨拶しな。美脚閲覧料取るぞ」

 「こわ。みかじめ料じゃん」

 ゆっくりとその場から立ち上がり、跳琉と帆波の顔を見てちゃんと挨拶をする。

 「おはようございます…」

 「はいおはよ」

 西田跳琉。同じ陸上部で種目は棒高跳び。綺麗な黒髪でいつも後ろに髪を括っている。切れ長な目でスッキリとした顔立ちで、それでいて体の筋肉のつき方に無駄が無くて、跳ぶ時滅茶苦茶カッコよくていつも目を奪われるんだよな…マジでカッコいいんだよな。もう私達二年だけどなんで跳琉年中上ジャージなんだろ…。

 「おはようございます…」

 「う〜いはよ〜⭐︎てか今日提出期限の日本史の春休み用問題集持ってきた?」

 桜庭帆波。彼女もまた陸上部で種目は砲丸投げと槍投げの掛け持ち選手。茶髪の外ハネボブで如何にも女の子っぽい。顔つきもほんわかした垂れ目でアヒル口、丸顔でとても可愛い子で、最初はまるで先程言った競技をしている想像は出来なかったが、セーター萌え袖に可愛らしいリボンの下には固唾を飲み込む程に鍛え上げられた筋肉で盛り上がっており、ギャップで殴るを体現したような人間だ。ん?よくみると涙滲ませてなんかノート書いてるな。

 「え、なんで日本史の?」

 「質問を質問で返すでない!で、持ってる?」

 「去年の自習で終わらせて直ぐに提出したから持ってないよ!」

 「ヘァああ!?何故!?」

 「バーカ。駿は真面目だから直ぐに出すに決まってんだろ。駿、気にすんな。こいつ10ページ余白残して持ってきてんの」

 「え!?あんだけ時間あったのに何してたん!?」

 「ヒィぃ!!理解出来ねぇ良い子が居るゼェ!!クソが!!」

 「お前がクソなの」

 「…だから今日本史のやつ書いてんの?」

 コクコクと青白い表情で頷く帆波に絶句していると、無情にもそこで残酷にチャイムが響き彼女の顔が青から緑へと変色した。私達はそんな彼女を後ろめたさを感じながらも放置し、席に着く。

 「あっしを置いて行くな〜!!!」

 「バーカ」

 「アハハ…」

 教室前方の扉が開き、担任が気怠けな挨拶をしながら入ってくる。帆波の方を見ると小刻みに震えながら課題に一生懸命向き合っていた。わぁ…

 「じゃあ起立。礼」

 「おはようございまーす!」

 そこからはいつも通りの朝の時間が流れていく。先生の昨日あったテニス部に愛用ラケットをパクられた話、近々行われる集会、地域のイベントの広告プリントの配布。課題を進めてる生徒を指摘する先生、泡吹いて死んでゆく帆波。流れてくる勉強会の申し込みプリント。そして、

 「次ー、進路調査の用紙〜。ちゃんと考えろよぉ〜お前らぁ〜」

 進路調査と大きく書かれたプリント。私は頭を真っ白にしながら後ろの谷君に残りのプリントを渡しながら、その用紙を眺めていた。

 「進路…調査…」

 「来年はお前らは就活や受験で忙しくなるぞ〜。あっという間に時間も流れるし、ちゃんと考えろよ〜!期限は一週間後!…因みに去年のとある奴は人間国宝ってやつ居たぜ」

 「せ…先生…それは言わないでくださいよ!!」

 君だったのか後ろの谷君。教室中はそれに皆で笑い、あっという間に朝の時間は終わっていった。進路調査。またこれを考えなくてはならない時期になってしまったか。

 

 私の両親は仕事人で大手メーカーの社員らしくその仕事がとても大好きで誇りを持っていると語っていた。そして小さい時から転勤に転勤を重ね、長い時間共に居られる友達が高校に入るまで居なかった。だから、友達と将来の夢を語る事なんて一度も無かったし、考えてもこなかった。両親は大好きだし尊敬出来る人達だが、残念ながら一緒に居られなかったし、苦しそうに引越しの話を聞く度に労働はクソだという事を痛い程思い知った。家にはいつも一人だった。唯一の夢は、ずっと一緒にいられる友達や家族を作る事。

 そして高校受験前、遂に親の転勤は国内ではなく海外に広がってしまった。流石に最初は両親共に会社に楯突いたそうだ。だが私はこれはチャンスと思い、両親に訴えた。

 「転勤を任せられるのはパパとママの仕事が認められている証拠だよ!それにまたいつ転勤が来て日本に帰ってくるか分からないし、私は英語が苦手だし、日本に居たい。だから此処で二人を待っていたい。一人は慣れてるし、友達とずっと一緒に遊びたい…いざとなったらおじいちゃん達を頼るよ!…大人になるまでに、同じ友達と…遊びたい」

 そう伝えた時の両親の引き攣った顔は、今でも容易く思い出せる。私を家族よりも友達作りを優先してしまった悪い子だと思ったのであろう。何度か話し合いを行った末、両親は私の案を承諾し、海外へと飛び立って行った。両親は泣きながら私に謝罪を繰り返し、最後まで私の事を心配しながら飛行機の中へと消えていった。そんな私も罪悪感に押しつぶされそうになりながらも、今は親からの毎月の大量の仕送りを貰いながら生活中。でも、こうして友達が作れた事にとてつもない幸せを感じているのも事実だ。唯一の夢が叶ったのだから。

 だから、去年初めて進路調査の用紙が来てから戸惑った。何も書けなかったから。当時の担任と向かい合いながら進路を考えたあの放課後の時間は、今までの人生で一番長く苦しんだ。

 

 

 「どーしよ〜〜〜〜〜〜!」

 いつの間にか放課後になり、ユニフォームを着た私はトラック近くの屋根付きのベンチで座り込んでいた。いつもなら野球部やサッカー部、テニス部等の掛け声が響いて賑わっていたグラウンドも、私が悩んでていた所為かビックリする程聞こえなかった。

 「ういういうい〜!どしたんだいネェちゃ〜ん!?」

 「オラオラ〜?何もの思いにふけてんのさ〜」

 すると両隣からドカリと跳琉と帆波がニヤニヤしながら座り込んだ。

 「足、大丈夫?」

 「へ!?足!?」

 「さっき監督が心配した顔でアンタに休憩促してたじゃん。ほんと、アイツ駿にだけは甘いんだから」

 「咲山アイツおっさんの癖にイケメン好きだしね。BL御用達のモブおじ向いてるよね」

 「私女…」

 私がそう突っ込むと二人はニヘラと笑いながら私の肩を組んできた。わぁ何ですか!

 「で、悩みは?」

 「さっきの感じだと陸上ではねぇなぁ〜ネェちゃん!恋か?恋の悩みか??」

 「ヘァ!?」

 「恋か」

 「恋だな」

 違う違うと言っても、二人は面白そうに私に根掘り葉掘り聞こうとしてくる。私も女子だけれど、どうして女子って恋愛が絡むと面倒くさくなっちゃうんだろう!!めっちゃ怖い!!

 「あの陸上馬鹿?まだ好きなん?一途だね〜!」

 「あの人走ることしか興味ないじゃ〜ん!つまんない!」

 「いやっ!先輩優しいじゃん!!それに爽やかだし!!足早いし!!」

 「足早くてもな〜!てかゆうて爽やかか?いつも汗かいて臭くね?」

 「…でも先輩WANIMA聴いてっからな、音楽の趣味は良い」

 そうして強制恋愛相談室は何故かお互いの好きなバンドの話へと発展していった。

 「あ!?おい西田に桜庭!!お前ら休憩長いぞ!!はよ練習戻れ!!」

 監督が驚いた顔で二人を指摘してシッシ!と手を振っていた。おい、二人は犬か。よく見ると、監督の近くに椰檜田先輩が居り、こちらへニコリと微笑み手を振っていた。やば尊い。

 「グゥ!!」

 「監督〜!てかもう部活終了の時間まで5分切ってますけど〜!!時計見てくださ〜い!!」

 「時間超えたらダッツ部員に配布だからなぁ〜!!!」

 二人のブーイングに監督はハッと慌てて「みんなキリいい所で集合ー!!!!」と全体に伝えた。

 「フン、感謝しな」

 ベロを出し中指を突き立てる跳琉に若干の恐怖を覚えつつも、ダッツを逃してしまった事に悔いた私達はベンチから立って監督の近くへ向かった。

 そこからはいつもと同様全体でダウンをした後に監督や先輩方からの今後の練習方針、大会概要、新一年生勧誘についての話を聞いた。とうとう私も先輩かぁ。もし後輩ができたら、ちゃんといろんな事教えられると良いな。

 「それと、ついに今月から国体予選の記録会が始まる。お前ら、選手総なめする勢いで頑張るぞ」

 「はい!!!!お疲れ様でした!!!」

 

 「ハァ〜国体かぁ〜もうそんな時期かね」

 帆波を送る為学校近くの駅まで別々のアイスを食べながらゆっくり向かっていた。なおアイスを買うタイミングで夜ご飯と朝ごはんを調達できたからヨシ!因みに選んだアイスは達磨大福!モチョモチョしてて一番好きなアイス!!

 「桜庭は良いだろ。今年砲丸も槍も全体的に選手少なかったやん」

 「まぁ〜ねん。今回も私がどうせ一番さ」

 「何だテメェ腹立つな。…駿は大変そうだな。短距離ってどこ行っても人多いし」

 「え、あー…どうだろ。確かに人多いけど、…まぁ頑張るよ!!」

 「聞いた感じタイムめっちゃ良いらしいじゃん。二年で11秒台はバケモンだよ」

 「う〜ん。記録は化け物かもだけどさ、昇旭の多々良が怖くてさぁ」

 「あの陸上ジャンキーか。アイツ駿に負けてからヤケに突っかかってくるしな。体見た感じ、練習量アホっぽいし」

 「めちゃくちゃ仕上げてきそうで怖いよ〜!」

 なんて話しているとあっという間に駅に到着してしまい、帆波は勢いよくダッツを口の中にかき込み、キツそうな顔でブンブンと手を振ってさよならした。それを見送った私達は途中まで帰路が一緒の為、またゆっくり歩き出した。

 「駿のお母さん達は今度いつ帰ってくんの?総体の時?」

 「どうだろ、でも夏には帰ってくんじゃないかな」

 帆波と跳琉には私の家庭の事は喋っており、凄い私の事を気にかけてくれる。たまに私の家に来て「余ったから」と言って、絶対に新しく作ったであろうオカズをタッパーに入れて持ってきてくれたりしてくれたり、お泊まりに誘ってくれたりと、私のことを支えてくれている。

 「駿が頑張ってるところ、見せないとな」

 「うん…っ!そうだね!跳琉も棒高跳び、日頃の成果を見せてやろ!!」

 「おー…ギャフンと言わせたらぁ。…そういえばウチの母さんが、今度またご飯食べに来いだって」

 「え!いいの!?跳琉のお母さんのご飯美味しいから大好き!!」

 そういうと跳琉は嬉しそうな顔でニヘッと笑い、「いつでも来ていいから!!」と言ってくれた。

 そして私達は最後の交差点に辿り着き横断歩道の前についた。跳琉と私はこの交差点でお別れである。でも意外とお互いの家同士が近いから別れ毎にあまり寂しい気持ちにならない。そう!!これがが近所さんの友達の強み!!憧れてた奴!!

 「じゃ、また明日」

 「うん!またね!!」

 お互いに手を振り終わった後は、真逆の進行方向を進む。私の進行方向はthe住宅街って感じでずっと奥まで一軒家が続いており所々に小さい公園があって、個人的にとても過ごしやすい場所だと思う。歩道の脇に中位の桜の並木が続いており、立派に花が咲き乱れていて今が夜の8時だから綺麗な夜桜になっていた。私はそんな綺麗な景色を眺めながらボーッと前を歩いていると、10m程先にある歩道の照明に照らされた毛並みが整った黒猫が桜の落ちた花弁の上に座り込んで私の顔を見ていた。

 「…猫だ」

 チカチカと照明が点滅し、その度に見える黒猫はピクリとその場から離れる気配がなく、私は何となく忍足でその猫を居る場所へ歩く。

 「綺麗な猫だね〜。…撫でて欲しいのかにゃ?」

 あっという間に黒猫の正面に立ち、ゆっくりと屈んで猫と視線を合わせる。その黒猫は近くで見れば見るほど艶のある毛並みをしており、シュッとした体型で美しい体つきをしていた。見た感じ飼い猫っぽいけど、首輪を付けてないから野良なのかな。

 「ニャ〜オ…」

 「かわいいな〜」

 猫は綺麗な澄んだ緑色の瞳をしており、まるで宝石の様で、今まで見た猫の瞳で一番綺麗だと思った。見れば見る程に吸い込まれる位綺麗な瞳だ。

 ずっと見つめていると猫は私に飽きたのか、立ち上がり車道の方へ体を向け逃げてしまった。

 「…あ!?猫ちゃん!!そっち車きて危ないよ!!」

 私が猫の進行を止めようと手を伸ばした瞬間、先程猫が居た場所からキーンと金属が落ちる音が聞こえた。するとそのタイミングで車道に軽自動車が法定速度を超えたであろう速さで私と猫の間を通って行った。

 「ちゃんと前見て運転してくださーい!!!」

 私はその車を後ろからブーイングした後、車道をスマホのライトで照らした。猫が轢かれた音が無かったし、見た感じ血痕も無ければ猫も居なかった為きっとあの子は大丈夫だったと思う。

 「怪我してませんように…」

 スマホをスカートのポッケに仕舞い、改めて帰路に着こうと歩き出そうとした時、先程の金属音を思い出して足元を見た。足元には金色に輝く少し汚れた指輪が寂しく落ちていた。見た感じ人間用の指輪だ。さっきまでは確かに無かった。猫の落とし物?私は疑問に思いながら警察署に届けようとまたスマホを取り出し現在地を出そうとした。

 

 「手放さないで」

 

 ふと耳元で、聞いた事のない柔らかな声が聞こえた。私は驚いて直ぐにスマホを持っていない方の手で耳を塞いで周囲を見渡した。が、周囲には誰も居らず、静寂が走っていた。

 「だ、誰ですか!?」

 私の質問に答えるように夜道を照らしていた照明が一気に消え、何故か手元にあった拾った指輪がその分微かに光出した。怖くなった私は震えて手元からスマホを落とし、その場に力無く座り込んだ。震える度に光が少しずつ増す指輪に恐怖心を抱くも、何故か私は「この指輪をはめたらどうなるのだろう」という好奇心が芽生え、何故か私はゆっくりと、その指輪を左手の小指にはめていた。

 指輪をはめた瞬間、不思議と凄い眠気が襲ってきて、同時に全身のスイッチが抜けた様な脱力感が出た。

 「うわ…眠……はやく…家に、帰ら…なきゃ」

 

 

 家には誰も居ないのに?

 

 

 ドサリと体がその場で大きく倒れたのを感じた最後に、私の意識はゆっくりと溶けていった。

 

 

 

 「こんばんわ。お嬢さん」

 目の前に、先程とは目の色が違う黒猫が私に話しかけてきた。ボーッと意識が虚なまま私はコレが夢だと一瞬で理解し、「こんばんは、さっきは怪我無かった?」と返事をした。それに猫は嬉しそうな声色で「心配してくれてありがとう、私は平気よ」と言ってくれた。女の子だったんだ。さっきの声も、この子だったのかも。

 「…ごめんなさい、私、君の忘れ物の指輪、勝手にはめちゃった。今返すね」

 「大丈夫よ、その指輪、貴女が一番似合うもの。貰って頂戴」

 「あ、…ありがとう」

 一瞬猫が微笑んだような気がした。夢だから分かるのかも。

 「…人は皆心に闇を抱えながら…毎日なんとか生きてる。歩みを止めれば、直ぐにバランスを崩してしまうから」

 「え…?」

 急にセンチメンタルな事言ってくるじゃん…指輪やっぱあげたくないんじゃない?凄い申し訳なくなってきた…!

 「なるべく苦痛を感じないように…わざと意識を鈍らせながら…そして、気がつけば時間が流れて…。少しの後悔を抱えながら死んでゆく。私、貴女にそうなってほしくないの」

 「え!?私の話!?」

 「そして…彼らにも」

 「…彼ら?」

 一体この子は何を私に伝えたいのだろう。この子の話を聞くたびに、夢なのに意識がハッキリと覚めていくのを感じる。

 「お願い。彼らを助けてあげて…」

 「一体、何の話をして」

 「みんなが貴女を待っている。また、会いましょう」

 強引な猫ちゃんの別れに戸惑っていると、目の前から鋭い光が私の目を刺激する。私は目を細めて猫ちゃんに「待って!!」と言うが、猫ちゃんは光に溶けて消えてしまった。

…………………………………

………………………

 

 

 「主様…」

 誰か、知らない、優しそうな男の人の声が聞こえる。凄い、声が温かい…、誰だろう。

 「主様、起きてください…」

 背中がフカフカだ…、さっきまで歩道のだったのに、誰かお布団でも敷いてくれたのかな…。ん?布団??一気に焦りで眠気が覚め、目を開いて体を起こした。

 辺りはイギリスを想わせる様な、アンティークな物が沢山詰まった何処かのお屋敷の一室の様だった。背中のモフモフは、赤いフッカフカの椅子でとても高価そうな物だった。

 「よかった。お目覚めになられたのですね。」

 隣から先ほどから聞こえていた優そうな男性の声がそう言った。私は声のする方へ顔をやると、其処には少し個性的な執事服を着た、白髪で少し黒髪混じりの顔立ち整った男性が微笑んでいた。

 「え、えと…え??へ?」

 「初めまして。私達は、貴女をお待ちしておりました。主様」

 「あ、ええと、ん??へ???ある…ええ??」

 混乱する私に、執事っぽい人は微笑みながら膝まついて私の手の甲にキスをした。それにまた驚いて頭に熱が籠り混乱が進む私を面白いと思ったのかクスリと笑った。

 「紹介がまだでしたね。私の名前はベリアン。貴女様、主様に仕える執事でございます。以後、お見知り置きを」

 熱っぽい笑みを浮かべるベリアンと名乗る執事は、私の顔を眺める。一体これは、この状況はどうなっているのだと考えが頭の中をぐるぐると巡る。だが、恥ずかしい話、イケメン執事なるものに多少ばかりの憧れを抱いていた私は、ほんの少しだけこの状況に期待を抱いてしまっている。一体私はどうなってしまうのだろうか。

 




長くなっちゃった。

よろしくお願いしまーす


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