恋に弄ばれる馬鹿共よ 作:肉塊
ロノさんが作ってくれた沢山の美味しいご馳走を食べながら、大勢の初対面である執事さん達と談話する。この景色は私にとって初めての経験で、周囲がまるでキラキラ光っている様な気がした。会話も、食事も、喧騒も、食器の音でさえ、とにかく今は全てが楽しくて、目の端から小さな涙が出るのを感じた。
「失礼致します。主様、もう夜も更けてきましたので、そろそろこのお食事会もお開きに致しましょう」
「え」
ベリアンさんからそう言われて、咄嗟に私は食堂に置かれた時計を確認した。いつの間にか時計の針は21時を指していた。楽しい時間はあっという間に過ぎ去ると言われるけど、こうも早く過ぎると少し悲しい気持ちになっちゃうな。
「…そうですね。ここの片付けもありますし、私は明日も学校だし」
「え〜!!もうお開き〜!?主様ともっとお話したい〜!!」
席を隣に移動してきたラムリさんは私よりもお開きに対して不服そうな顔をしていた。それに私はちょっと嬉しくなって、「またお話しましょうね」とラムリさんに言った。するとラムリさんは満面の笑みで「はい!!た〜っくさん!お話しましょうね!!」と返事をくれた。
「ところで主様。お風呂の用意ができておりますが、元の世界に戻られる前に汗を流されては如何でしょうか」
「え、そんなに至れり尽くれりで良いんですか…?」
「はい。なんと言ったって、貴女様は私達の主様ですからね」
ベリアンさんの眩しい笑顔に私は目が眩みそうになりながら、「じゃあ…」と彼の言葉に甘える事にした。
「では主様。俺が浴室までご案内致しますね」
彼方側に座っていたフェネスさんが、控えめな手の挙げ方をして私の方まで来てくれた。
「はい!案内よろしくお願いします!」
〜〜〜
〜〜
駿が出て行った後、しばらくしてロノ、フルーレ、ベリアン、ルカスが食堂に残った。食堂の空気は重く、この状況を把握していないベリアンだけが頭上にクエスチョンマークを浮かべていた。
「…ふぅ、フェネスさんが主様を食堂から出してくれたお陰で、やぁ〜っと“ヤツ“の相手が出来るぜぇ」
キッチンの扉に向かって拳を鳴らすロノの気迫に、ベリアンは思わず固唾を飲み込む。
「先程主様をお連れした時にも思ったのですが、ろ、ロノくん…それにフルーレくん…。この先のキッチンに一体何が居るというのです…!?も、もしかしてむ」
恐る恐るロノに訊ねるベリアンに、二人は苦しそうな笑みを浮かべた。それにベリアンは自身の嫌いな虫を脳内で連想して一人で勝手に震いだした。
「…ベリアンさん。この先に居るのは、俺にこの傷を負わせた張本人です」
「な、なんですって…!?(人間に危害を与える虫!?)」
「傷と言うか、さっき出来た怪我の事だねぇ」
「とっ!とにかく!折角主様がお風呂に行ったんだから、すぐに決着をつけるよ!」
四人は虫取り網の様なものを構え、キッチンへと消えていった。
〜〜
〜〜〜
「わあ〜〜ッ、極楽です…」
私は情けない声が出るほどに、温かくて気持ちが良い湯船に体を沈めていた。お洒落でちょっと豪華なお風呂だし、凄い綺麗にお手入れされてて、部活帰りの上に謎展開に怒涛な展開が続いてご飯を食べた後だから、この瞬間、いつもの家のお風呂より何百倍も気持ちよく感じた。
「極楽…?」
脱衣所で何か作業をしているであろうフェネスさんが私が言った「極楽」というワードに疑問を思ったのか、復唱していた。
「あ、ええ〜と。私達の世界でいう……穏やかの最終系体みたいな言葉です」
「成程。主様の世界にはそんな言葉があるんですね。……ふふっ、そっか。そう言って頂けるなんて恐悦至極です」
確か極楽浄土の略でインド神話の単語…だっけ。一瞬、天国みたいと言いそうになったけど、天使と戦う人達にとって最悪と捉えられるかもしれないし。字を分解しても「極めて楽」だから合ってるよね。
「さっき、食事をご一緒にさせて頂いた際に、チラッと主様のお話を聞いたんですけど。…なんだか主様の世界って凄いハイテクですよね。さっき光る板をフルーレから聞いた時はビックリしましたよ。他にはどんなものがあるんですか?」
姿は見えないけど、フェネスさんの声に好奇心が上乗せされているのが分かる。なんだか、またドラえもんみたいな気分になっちゃいそう。
「そうですねぇ…。あ。フェネスさんは小説とか物語お好きですか?」
「勿論。自慢みたいな感じになって申し訳無いんですけど、それこそこの館の書庫にある本は大体読破済みです」
「へぇ〜!?すっご!!でも確かに読破してそう」
「へへ。…そんなに読んでそうな感じ出てますか?」
「読んでそうっていうか…単に頭良さそうな印象だったので。私の住む世界はですねぇ、世界中の色んな物語が映像として動くんです。一家に一台テレビっていうさっきの板より大きなモノがあって、それは映像と音声を離れた場所に送って再現する機械なんですけど、定期的に映画っていう世界中の物語を映像にしたモノが流れて。色んな人が簡単に物語に干渉出来るんです」
私なりの説明が終わると、フェネスさんは「だ、誰でも物語を簡単に楽しめるだなんて…凄いですね」と度肝を抜かれたような押し潰された声が出てきた。その反応を聞いた感じ、見下しては無いんだけど、こっちの世界はやっぱり海外の中世って感じの文明具合なんだなと思った。
「…なんだか、夢みたいです。俺たちに主様が来てくれたってだけでも凄い奇跡なのに、主様の世界のお話がまるで夢の様な文明で…聞いてて凄い楽しいです。そりゃああのフルーレも興奮する訳だ。良いなぁ。…俺も、その映画ってモノを見てみたいです」
脱衣所からフェネスさんの物悲しい雰囲気の声が聞こえた。それに私は「あー…」と何か間違えたかなって思って言葉を選んだけど、同時に私も家族と映画を観たいという感情が湧き出てきた。
「…観ましょうよ、映画。多分こっちの世界でも観れますよ。DVDだけしか見れないヤツ持ってきて…画面は小さいかもですけど、私皆さんと一緒に映画観たいです。お菓子に飲み物も用意して…きっと皆さんと観ると物凄い楽しいですよ」
私がそう提案すると、何故か脱衣所のフェネスさんは少し黙って「…とても、素敵ですね」と言ってくれた。
「主様、そろそろ湯船から出ないと逆上せてしまわれますよ。あと、主様のお召し物此方に置かせて頂きますね。髪をお手入れされる時は遠慮無く俺をお呼び下さい。それでは」
「あ、はい。ありがとうございます」
私がお礼をしたあと、脱衣所の扉が閉められた音がした。
「……フェネスさん、何のジャンルが好きなんだろ」
〜〜〜〜
〜〜〜
お風呂から上がり、髪をフェネスさんが綺麗にお手入れしてくれたお陰で、最高にリラックスした状態で私は廊下を歩いていた。髪のお手入れの時に聞いたけど、フェネスさんは基本全てのジャンルが好きだと言ってくれた。余計に観る映画を悩んでしまうと考えながら、適当に足を動かしていた。
「…そろそろ寝ようかn「待ァて黒豚ァアアアアアアァァぁ!!!!」「うわああああああああ!!!!」
ドスの効いたロノさんの声が廊下に響き渡り、私の独り言を掻き消した。私は驚いて声のする方へ振り向くと、先頭に全力で走る黒豚と全力で虫取り網を振り回す般若の顔をしたロノさん。その後ろに顔色が悪いフルーレさんと慌てた顔のベリアンさん。後ろの二人も網を持って走っており、なんだか大変そうだった。何やってんだこの人達。
「!?主様!?!?アッ危ないですよ!!壁に寄ってくださアアアい!!!」
「え、えええ!?」
困惑で一瞬体が固まったけど、なんとなく状況の把握が出来た。多分ロノさん達はあの先頭の黒豚を追ってるんだ。わかった瞬間、私は勢いよく迫り来る黒豚を全力で体全体を使って受け止めた。流石に黒豚の勢いも相まって、少し後ろに倒れてしまったけど、咄嗟に簡単な受け身を取ったお陰で怪我はしていない。気分はまるでラグビー選手。
「ギャッ!?」
「…よ、よし」
ドタバタと黒豚が暴れる胸の中で「離してくださ〜い!」と泣きそうな声が漏れ出る。それに少しの罪悪感を感じながら、「ごめんごめん!!怖く無いから暴れないで!!」と黒豚をあやす。そうしていると、私の目の前にロノさんが苦しそうに肩で大きく呼吸をしながら立っていた。よく見ると汗だくだ。
「ハーッ…ハーッ!!…す、すみません主様……ハーッ…ご迷惑お掛けして……捕獲、ありがとうございます…ォエッ!…食後だから気持ち悪ッ」
「あ、う、うん。…その、私は気にしないから、しゃがんで休憩した方が良いですよ…」
「ず…スミマセン…ッ!」
そう言ってロノさんはドカリと派手に廊下に座って息を吐いていた。後ろの二人も汗だくで、フルーレさんは疲れ切った表情で膝に手を置いて前屈みになって息を整えていたけど、ベリアンさんは苦しそうにしながらも優雅に姿勢良く立っていた。
「ところで、皆さんが追いかけていたこの黒豚。もしかしてですけどロノさんの頭にぶつかったあの喋る黒豚ですよね?なんで追いかけてたんですか?」
私の問いかけにロノさんが答えようとしたけど、まだもう少し息を整えた方が良さそうな感じだったから「ゆっくりで良いですよ」と言った。すると申し訳無さそうな顔で頷いて手を合わせていた。すると胸元から「あ、貴女は夕方に倒れた人ですか?」と黒豚が私に訊ねてきた。私は黒豚を抱えていた腕の力を緩め、覗き込んだ。ムキュリと無理矢理顔を出して、「まず僕は黒豚じゃありません!!猫です!!」と訂正を入れてきた。そう言えば猫って自称していた気がする。それに私とロノさんはハッとしてちょっと申し訳なくなった。
「あ〜…そうだったね。ごめんね!ところで黒猫さん、なんで貴方は執事さん達に追われてたの?」
「え〜っと、…それはですね…」
「…主様が天使狩りに成功して倒れた後、取り敢えず俺は状況を直ぐに他の執事達に報告する為にそのぶ…猫ごと主様をお運び致したんですけど…状況を説明してコイツをどうするかって話になって、誰かが食べるって案を出した途端に脱走して…、よりにもよって厨房に逃げやがって……暴れるし…盗み食いもする訳ですし…」
「わぁ……だから食堂に到着した時に皆さん大騒ぎだったんですね」
「仕方無いじゃ無いですか!!誰だって食べられると思ったら抵抗しますよ!!」
「だからって盗み食いすんな!!」
「それにしても、喋るなんて不思議な猫ちゃんだね。猫ちゃん。キミはどこから来たのかな?」
後ろから、ヌルリとルカスさんの余裕のある声が聞こえてきて、私と猫ちゃんは「わぁああ!?」と情けなく驚いてしまった。
「あ!?ルカスさん!!最初は捕獲作戦に参加してくれてたのにどこに行ってたんですか!?!?」
「えへへ。僕はもう歳だからね。こういう仕事は若手に任せるのが一番だと思ってね。で、どこから来たんだい?」
ルカスさんからの再度の質問に猫ちゃんは戸惑いながら「え、えっと」と言葉を詰まらせていた。
「…空から落ちてきた…みたいですけど…」
「みたい…?自分のことなのに分からないのかい?」
フルーレさんが怪訝そうな顔で猫ちゃんを見つめてそう言った。猫ちゃんの方は困ったような顔をして、嘘をついていない様子だった。
「それが…ここに来る前にことは何も覚えていないんです」
「記憶喪失ってやつかな?」
「た…多分…そうです…」
徐々に自信がなくなる猫ちゃんに、周囲も段々と困った顔をし始めていた。そんな中、フルーレさんだけがずっと怪訝な顔で猫ちゃんを見つめていた。
「…喋るし、空から降ってきたし…。さらに記憶喪失だし…。キミ、怪し過ぎ!!もしかして天使のスパイなんじゃないの?」
急な切れ味のある問いに、猫ちゃんはハッと慌てて「ちッ違います!!僕はスパイなんかじゃありません!!」とフルーレさんに向かって反論した。
「おいおいフルーレ…疑い過ぎだぜ?流石にこんな小さい猫がスパイな訳ねぇだろ?まず天使はスパイを送り込む程の知能なんて持ち合わせて無いだろうし」
可哀想だと思ったのかロノさんの猫ちゃんに対するフォローが入った。それにフルーレさんも顔を歪ませて「う〜ん…」と唸っていた。
「…確かに…。それもそうか…」
フルーレさんがそう納得すると、猫ちゃんは安堵してホッと溜息を吐いた。
「猫さんの事情は分かりましたが…。本当にこれからどうしましょうか?この屋敷で動物を飼うことは出来ませんし…」
「食べようと思ったら暴れ出すし…」
「食べようと思ってるのはロノだけだよ」
「じゃあ、屋敷から追い出すのかい?」
「それは少し可哀想な気がしますね…」
執事さん達が猫ちゃんの今後について話し合っていると、猫ちゃんは私の胸元から元気良く飛び出して執事さん達の会話の輪の中に無理矢理入った。
「あっあのッ!!!僕をここで執事として雇ってください!!!」
まさかの発言に私含め一同驚きで一瞬静寂が走った。
「はぁ!?突然何を言い出してんだこの猫!?」
「け…結構大胆な猫だね…キミ」
二人の当たり前のリアクションに、猫ちゃんはまたも覚悟を見せてくれた。
「ここを追い出されても、行く所も無いですし…。飼うのもダメなら、ここで働かせて欲しいです!!」
「いやいや…、猫が執事って聞いたことねぇぞ」
「でも、猫ちゃんが執事って面白くない?私は賛成だけどなぁ〜」
周囲の人達が動揺する中でルカスさんが適当かつ無責任な事を言う。それに対しフルーレさんは「本気ですかルカスさん!?」と至極真っ当な反応をしてくれた。
しかしそんな反応を軽くあしらって、猫ちゃんの正面に屈んで「猫ちゃん。あなたは何か特技はありますか?」と子供を相手するかのような優しい喋り方でそう尋ねた。すると猫ちゃんは自信満々な顔つきになり、見事な姿勢を保って口を開いた。
「フフン!掃除、洗濯、お料理、お裁縫まで…」
「…おぉ!?」
「やった事ないですけど、頑張ります!!」
「いや、やったこと無いんかい!!」
あまりに綺麗な猫ちゃんの前振りとロノさんの気持ちの良いツッコミに、潔いコントみたいで軽く私はズッコケてしまった。それを一番近くに居たフルーレさんとベリアンさんに見られ、二人に咄嗟に支えられそうになった。ノリが通用しなくてとても恥ずかしい。
「ねぇベリアン、どうかな?この不思議な猫ちゃん、執事として雇ってみない?」
ルカスさんが振り返り、ベリアンさんに変わらぬ態度でそう尋ねた。そんなルカスさんに呆れているのかフルーレさんは溜息混じりに「…完全に楽しんでますね、あれ」とボソリと呟いてた。フルーレさんって苦労人なのかな。
「そうですね…」
ベリアンさんはまた私の顔を見て、直ぐにクスリと微笑んで人差し指を上げた。何だろう、なんか嫌な予感がする。
「では、ここは主様に決めてもらいましょう」
「でぇ!?私!?ですか!!?」
「そうだね。主様が決めたことなら皆納得するだろうし。何より、この屋敷のほぼ全ての決定権は、主様にあるからね」
ルカスさんのその発言により、周囲の目線が私に集まる。そして猫ちゃんが一番私の方を見つめていた。うわぁ、なんかこう周りの人達にジィッと発言待ちされるの落ち着かないなぁ。緊張しちゃう。
「……」
物凄い潤んだ瞳で私を、まるで道端に捨てられて薄汚れてしまった猫ちゃんの様に。
私は無意識に強張ってしまった顔の筋肉を緩ませて、猫ちゃんの正面にまた移動し、猫ちゃんより少し上の視点まで屈んだ。
「………追い出すのは可哀想ですし。人の言葉を喋る猫なんて、ここで保護しなかったらこの先どうなっちゃうか分かりませんし、此処においてあげた方が…良いと思います」
私がそう言った瞬間、正面から「ありがとうございます!!」と猫ちゃんが心の底から嬉しそうな感じで言って私の顔面に飛びついてきた。
「ワッ!?」
それに若干驚いて体勢が少し崩れかけたけど、咄嗟に猫ちゃんの脇に手を入れて無事に猫ちゃんを転ばさずに済んだ。
「ちょッ!」
フルーレさんが声を出した瞬間、若干涙目の猫ちゃんが視界いっぱいに広がっていた。
「ありがとうございます!!一生懸命働きます!!!」
「…うん。よろしくね、猫ちゃん!」
そこで、横からヌゥッと影が入り、私と猫ちゃんは一緒に影が刺した方に視線を移す。其処にはニコニコと笑ったベリアンさんが立っていた。
「主様が優しいお方で良かったですね、猫さん。では、あなたは今、この時をもって。今あなたを抱き抱えてくれている御方が、あなたの主様です。執事になったからには、ちゃんと執事らしい礼儀作法を覚えて貰いますからね」
ベリアンさんがそう言うと、ハッとした表情で私に謝罪を入れつつ、抱えていた手からスルリと抜けて出た。
「了解しました!これからよろしくお願いしますね、主様!!」
ビシッと決めた様子に私は「おぉ…」と感激しながら「こちらこそ、よろしくお願いします」と返事をした。
「フッ。今日からオレの後輩ってわけだな。よろしく頼むぜ、猫」
「はい!よろしくお願いします!」
後輩が入ってきたという状況にロノさんはあからさまに上機嫌になり、猫ちゃんに一声かける。でもなんか、
「う〜ん」
「どうかしましたか?ルカスさん」
「いや、「猫ちゃん」って、なんか他人行儀な気がしてね。折角なら名前をつけて上げた方が良くない?」
ルカスさんが私の言いたい事を言ってくれた。うん!そうだよ!新しいメンバーが増えたなら名前を聞くのは当然!!ニックネームとかも!私がウンウンと頷いていると、フルーレさんは眉を顰めていた。
「そうですか?俺は別に猫のままで良いと思いますけどね…」
鬼か?
「…ん?首輪になんか書いてあるみたいだぞ」
ロノさんが何か気付いたのか、屈んで猫ちゃんの首輪に触れて目を細めた。
「えーっと…、〜〜ッ字ィうっす!!……む…う。……ムー??」
「ムー?もしかしてそれが君の名前なのかい?」
猫ちゃんはヘェーって、ちょっと無関心そうな反応で「なるほど!僕はムーという名前なんですね!」と言った。記憶喪失になんてなった事が無いから分からないけど、意外と自分の情報にドライなんだな。意外と反応ってこんなものなのかな。
「間抜けな響きが愛らしくて良い名前だね」
「鬼か?」
「フフ…おいフルーレ!そ、そんな事言ったらムーが可哀想だろ」
「そう言いながら顔は笑ってますけど…」
フルーレさんて、意外と言葉に棘あるんだな…。
「それではムーちゃん。これからもよろしくね」
「なぁ、フルーレ。こいつに燕尾服を作ってやれよ!」
「はぁ…ロノ…。そんなに簡単に言わないでくれるかい?服を作るって結構大変なんだよ」
「猫の服なんて小せぇんだから簡単だろ?パパパっと作れんじゃねぇのか?」
「ハァ〜ッ!分かってないなぁ!服作りで一番手間がかかるのは最初のデザインなんだよ?俺は衣装作りには一切妥協できないからね。少し頭を使えば分かりそうなものだけどねッ!!」
「な、なんだよ急に噛みついてきて…。相変わらず性格わりーな」
な、なんか。置いてけぼりにされてるな…。ていうかなんか勝手に喧嘩が始まりそうになってる。私が少しキョロリとしようとした瞬間、ルカスさんが二人に声をかけた。
「ほらほら、二人とも。主様の前だよ?喧嘩はやめた方が良いんじゃないかい?」
「ぐぬぬ…ッ」
「ふんっ!」
「あらら」
そうして二人はお互いに顔を背けてしまった。え、ええ!?この人達って私より年上だよね!?そんな子供みたいな喧嘩する!?
…なんか、此処に居る人達って皆個性が強いっていうか…、癖があるなぁ。
〜〜〜〜〜〜
〜〜〜〜〜
〜〜〜〜
なんやかんやあって、私は無事に私の部屋と言われる部屋に到着し、フカフカの素敵なベッドに身を投げる。
部屋に入る前に、一緒に付いて来てくれたベリアンさんに「安眠サポートはいるか」と聞かれたけど、今日はなんかグッスリ眠れそうだし。何より出会ってまだ一日も経ってない男の人にそんなサポート頼みづらいし断った。
「…なんか今日は色々あったなぁ。…お腹もいっぱいで髪からも良い匂いがするのに、まだ夢なんじゃないかなって考えてる」
寝返りを打って、楽な体勢を取る。その時、キラリと光る左手小指にはめられた指輪が視界に入る。
「…夢じゃなきゃ良いな」
段々と視界がうつろうつろになっていくのを感じ、頭もボーッとしてきた。いつでも寝れる。頭も深く考えられなくなるのを感じ、私はいつものスマホのアラーム設定を忘れて、重くなる瞼をゆっくりと閉じた。
あ、指輪…、寝たままつけてたら跡ついちゃうよね…。なんか言われそうだし、取っとこ…。
明日も、…朝練…、椰檜田先輩と………
ゴツン!
遅れました