恋に弄ばれる馬鹿共よ 作:肉塊
一年生の時の現代文の授業で文章内での言葉の意味を探すという事があった。確かそれは新しい著作物に移動した時、毎回行われるもので、私達生徒は配布された辞書を開いてテストに出るであろう単語やことわざを一生懸命検索していたのだった。
①【猿芝居】
②【笑止千万】
③【穴があったら入りたい】
何故今私が去年の現代文のたった一時間の記憶を鮮明に思い出したのか。理由は明白で、今現在周囲から各個人の様々な感情が乗せられた目線の先に私がいるから。痴態を晒したから視線という名のナイフを向けられている。
「あ、あは…は」
私はもう笑うフリをするので精一杯で、指を下に複雑に絡めて、皆さんの顔が見えない様に顔を斜め下に向けた。でもそんな事をしても悲しい事に、気不味い雰囲気が部屋の中で充満するのを感じた。
この苦しい状況を脱出するには、事態を展開してしまった私が勇気を出さなければいけない。立つ鳥跡を濁さずだ。私は一旦深呼吸を二、三回繰り返して、顔を正面に直して何事も無かった様に演じた。
「…コホン!ええーっと!…その、まずはこんにちわ!昨日ぶりです、ね?」
私のその一言にルカスさん以外の人達が、私の勇気を察してくれて、「は、はい!そうですね!」「おかえりなさいませ!」と元気よく返事をしてくれた。なんて優しい人達なんだ。思わず涙目になってしまったじゃないか。
「えぇー…。まずは、昨日の事が夢じゃなくて良かったです。良かったですし、いきなり居なくなってすみません。あと、指輪の能力も、元の世界で色々パニクっちゃって忘れてました…。それもごめんなさい…」
「いえ主様。こちらこそ、大変申し訳ございませんでした。元々お疲れだった身なのにも関わらず、昨日のうちに様々な事を押し付けて、体験して下さいました。今思えば、パンクして忘れてしまうのも仕方ありません。今また再びお会い出来て大変光栄でございます。どうか御身を大切になさって下さい」
私の謝罪に次いで、近くに居たベリアンさんが優しい声色でそう言ってくれた。私の痴態を無かった事にして、あの気不味さMAXの空気から一気に綺麗な空気へと変えてくれた!まるで空気清浄機だ!!
「ベリアンさん…!」
「そーですよ!!主様!!本当に戻ってきてくれて俺嬉しいです!!此処に戻ってきてくれたんですから、もうあの変な土の塊みたいな食べ物食べる生活に戻してやんないですからね!!」
「ロノさん…!!(涙)」
嬉しいけど完全食になんて酷い事言うんだ。
「そ、それに…。今日もきっとお疲れでしょう。暖かい大きな湯船にも浸かってお身体をお休め下さい。俺が全力で補助します」
「フェネスさん…!!!心強過ぎる…!」
チラリと、私は目線を右へと移した。右に居たのは昨日夕食の時にしかお話ししていないお花の人だった。
「え…俺スか?!…ええ〜?……まぁ、外に俺が育てた沢山の花達がいるんで、良かったら是非」
「あは、ありがとうございますアモンさん。変なパス送ってすみません。お花達、後で絶対見に行きますね」
「……へへ。そースか」
「?」
そこでルカスさんがパンと手を叩き、私達の視線を集めた。それにより私慰めリレーは終了した。
「先ずは、主様が此方の世界に帰ってきてくれて良かった。主様が居ないと、我々執事は色々と困ってしまうからね。では次に主様が帰ってきた事をこの場に居ない執事達に連絡をしなきゃね。アモンくんとフネェスくん、任せられるかな?押してる仕事があるなら大丈夫だよ」
「はい。俺は大丈夫です。任せて下さい」
「俺も大丈夫っス。二人で手分けして行ってきまスね〜」
「うんうん。頼もしいね。じゃあ頼んだよ」
そうしてフネェスさんとアモンさんはお辞儀して部屋を出て行った。
「次にロノくん、もう持ち場に戻って大丈夫だよ。色々心配かけたね」
「いえいえ!俺も好きで此処に居ましたから。じゃ、またな主様!今日の飯も気合い入れるから、楽しみにしてて下さいよ!」
「わ、楽しみです!またね!」
ロノさんのニカっと眩しい笑顔でVサインをしながら部屋を出ていった。気に入ってるな、Vサイン。
「…もう、ロノくんったら、また言葉遣いが…」
「ハハハ。まぁ主様が帰って来てくれて嬉しんだろう。敬語とタメ語が混ざって面白かったね」
それにベリアンさんは困った顔から、へにゃりと表情が崩れて、「そうですね」と少し笑みを含んで呟いた。
「さて、主様。先ずはベッドに腰掛けてみてはどうです?ずっと其処に立っておられては、逆に疲れるでしょう」
「え、あ。はい。失礼します」
私は取り敢えずその場に正座し、部屋に残ったルカスさんとベリアンさんを見上げた。
「では先ず、軽く昨日のおさらいをしましょうか」
「はい…」
ルカスさんは椅子から立ち上がり、私の座っているベッドにゆっくりと腰掛けた。しかも大分近い。
「ルカスさん…」
「ははは、ごめんよベリアン。主様、私はこう見えて年寄りでね。失礼するよ」
「あ、私大丈夫です!」
「うん。さすが主様。…ではそうだね。主様、天使は覚えているかい?」
「はい!光る危険な敵ですよね?」
「物凄いザックリだ。まぁ良いでしょう。天使とはこの世界の人々を脅かす謎が多くて大変危険な存在です。見かけたら戦わず執事に申し付け下さい。逆に執事が居なかったら取り敢えず避難して下さい。そんな事ないと思うけど。…そして我々悪魔執事は?(ほぼ答え今言っちゃったけど)」
「天使を倒す為の精鋭部隊みたいな感じでしたよね」
「う〜ん。まぁ、そうだね。 …では我々が何故その天使と対抗できるか、は覚えているかな?」
「確か、…魔導服を着ているから、…後は、悪魔との契約…ですよね?」
私がそう言った瞬間、ルカスさんは「ほぉ…?さすが主様です」と緩い拍手をしてくれた。
「悪魔との契約、というのは我々はまだ教えていない筈ですが、ロノ君から?」
「いえ…。昨日の戦いの時、本を読み上げた瞬間に何でか口からその言葉が出てきて…。それに、悪魔執事と名乗ってらっしゃってるので、まぁ多分そうなんだろうな〜って」
「そうですか…。……主様は我々が怖いですか?」
ルカスさんが私の顔を覗き込む。ベリアンさんも同様で、今までにない視線が向けられている気がした。私の返答次第でこの二人はきっと傷付いてしまうだろう。
「まぁ…、昨日の今日ですからね。私の世界でも悪魔は怖いものとして認識されてますし。…でも、此処に居る皆さんは全然怖くないですよ。優しいでし、一緒に居て楽しいですし!」
私はルカスさんの目を見ながら、正直に話した。きっとこの質問は二人の不安から出たものなんだろう。ベリアンさんは私の言った言葉にいつもの柔らかい雰囲気になった。ルカスさんはというと、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていて、でもそれは一瞬で、咳払いと共にさっきまでの掴みどころのない笑顔に戻った。
「で、では…、主様…いえ、タデマル様はこれから我々の主人として、この世界に半分生活しつつ、天使との戦いに援護という形で前線に立ってもらう事が多くなりますが、それについてはどう思われます?昨日は流された様に貴女様は頷かれましたが」
「それについては〜…、どうかな。学校と部活と大会に出れれば別に…。あ!たまに友達と遊びに行く時があるんで、そこはご容赦頂きたいです!それ以外の時間は極力こっちの世界に居れるように努めます。あと、多分まだ私思春期なんで、変な感じになってたらほったらかしといて下さい。
天使との戦いに関しては…すごい怖いですし、死にたくもないです」
再び猫ちゃんの言葉が頭の中から浮かび上がる。
「でも、助けて欲しいんですよね?なら、全力で皆さんのお力になれる様に頑張ります」
私はルカスさんの前にVサインをして、なるべく気を遣われない様に元気にお気持ち表明をした。対するルカスさんは困った顔で深いため息を吐いた。
「…主様がそう言って頂けるのであれば、大変心強いのですが…。無礼を承知で申し上げますが、主様」
「え、は…はい。何でしょう?…変な事言いました?」
「いえ…。主様は、彼方の世界で都合の良い存在だったりとか、チョロいとか言われてませんか??」
「え」
「ふふふ」
心配そうな顔をするルカスさんとは対称に、ベリアンさんは口元を隠しながらお上品に笑っていた。
「流石主様。主様のその慈悲深さに私は感無量でございます。
では主様。改めて、このベリアン・クライアン。末長く支えさせて頂きますね」
「はい!こちらこそ改めてよろしくお願いします」
「…では私も。不肖ルカス・トンプシー、主様の世界と比べて何かと不便な思いをされるかもしれませんが、その分我ら執事が全力でお世話させて致します。よろしくお願いいたします」
「はい!よろしくお願いします!」
改めて二人と挨拶した後、やっぱり夢ではなかったという喜びと、異世界の館の主人になった事による責任感がじわじわと現実として私の心を震わした。
「そういえば、主様。昨日とは違うお洋服をお召しになっておりますね」
ルカスさんは私の着ている部屋着を不思議そうに見ていた。何の変哲も無いTシャツとハーパンだけれど、そうか。此処は私の住む世界とは別で、中世のイギリスあたりの世界とよく似てる。だからこの服は変に見えるのか。
「へ、へへ。私の部屋着なんです。昨日こちらでパジャマを貸して頂いて、そのままあっちに帰っちゃったから…。あっ!昨日着てた制服と荷物!ここにありますよね!?貴重品しかないので無いと困るんですけど…」
「それについてはご安心下さい。主様の所持品は全て丁重に保管させて頂いております。(主様の世界の服飾事情が少し気になる)」
「良かった〜!!」
「…それともう一つ、よろしいでしょうか主様?」
「?はい。何ですか?」
ルカスさんがニッコリと満面の笑みで私を見つめてそう尋ねた。私はそれについて特に何も思わなかったが、一瞬視界の角に映るベリアンさんの表情は何かを察したのか眉間に皺を寄せていた。
「“ハルトさん“という殿方に好意を寄せているのは分かりましたが、主様のその理想が上乗せされた恋愛観はどうかと。でなければ痛い目に遭いますよ笑」
彼のその一言に、死にたい気持ちが一気に蘇ってきた。
それから完全沈黙した私をルカスさんは笑いながら軽い触診をしてくれた後、笑いながら愉快に部屋を後にした。さっき悪魔執事なんて怖くないと息巻いてしまったけれど、ルカスさんは違う。あの人は完全な悪魔だ。
部屋には私とお馴染みのベリアンさんが残り、ベッドの上で体育座りしていた私を彼はオロオロと心配そうに見守っていた。
「あ、主様…」
「……ハイ」
「ルカスさんには後で注意しておきますから…、大丈夫ですよ…。そ、それと!今日のロノくんのご飯は主様が昨日食べたがっていた煮込み料理だそうです!ですから、あの…気を落とさずに」
ベリアンさんは私を元気付けようと優しく声をかけてくれた。しかしその暖かい優しさは今の私には傷口に塩というか、味の素というか。とにかく段々と恥ずかしさがまた込み上がり、ベリアンさんに笑顔を向けようとするも、彼を困惑させてしまう程顔が引き攣ってしまう。
「いえ…その。ルカスサンガ言ッテタ事ハホボソノ通リダト思ウンデ…。責メナイデアゲテ下サイ」
顎が小刻みに震えるから、唇を窄ませて喋った。けどほとんどカタコトで発音してしまったから、より一層お労しくなってしまった。
「…先程主様は物凄く楽しそうにお芝居されていましたけれど、その殿方と何か良い事があったのでしょうか?よろしければこの私にお聞かせ下さい」
ベリアンさんは私の目線を合わせるために少し屈んで、真っ直に目を見て尋ねてきた。先程のルカスさんとは逆で、真面目な態度で優しく聞いてくる感じ。まるで相談事を優しく受け入れてくれる保健室の先生のような安心感だった。
「…わ、私。昨日ベリアンさんに部活ってものに所属しているって言ったじゃないですか」
「はい。陸上競技の部活でしたよね。主様はとても足がお早いことも覚えております」
「へへへ…。…そこに、一つ年上の男の先輩が居るんです。その人が椰檜田陽翔先輩って方で。それはもう、物凄い、爽やかで。優しくて!面白くて!!足が速くって!!!…笑顔が素敵な人な私の初恋の人なんです。
今日私実は学校お休みしちゃって。それを先輩気付いてくれてたらしくて、友達伝いで私に手紙とお菓子をくれたんです。そんな事今まで無かったし、もしかしたら脈アリかなって思って。飛び跳ねるぐらい嬉しくなっちゃって、ああなっちゃったんです…。お、お恥ずかしい所を見せて本当に申し訳ないです…」
言葉にしていくにつれて、私の心は次第に落ち着いていったが、先輩に対する好きという感情が反比例で大きくなっていくのを感じた。ついつい話し過ぎてしまったけれど、隣に座っているベリアンさんは優しい笑顔のまま相槌を打ってくれていた。
「それは…確かに舞い上がってしまう気持ちは痛い程分かります。私は紅茶が好きですので、…もし紅茶という概念が最高級の紅茶セットを私に送ってくれたと考えると…嬉しさのあまりコーラスしてしまうでしょうね」
「概念が物体を…??」
アソパソマン的な感じなのか…??てかそれじゃなんか私と状況違くないか??
私はそれをロマンチックな物言いで語るベリアンさんがおかしくて、つい笑いだしてしまった。
「ベリアンさんもベリアンさんで…なんかおかしいですね」
「え。そうでしょうか…?」
「そうですよ!その状況謎時空過ぎるし!てか紅茶好き過ぎですし!ははは!!でも素敵ですね!!それ!…じゃあ私もその状況になったらベリアンさんの隣で踊らせてもらいますね!」
私は体育座りを辞めて、脇を開け閉めするだけの軽い動きをベリアンさんに見せた。するとベリアンさんは私の言動に驚いたのか目を開いて口をポカンと開けていたが、すぐに「なんですかその踊り」とクシャリと笑ってくれた。
「フフ…。でも、主様がそこまで言う方なら、きっととても素敵な方なのでしょう。それに貴女様なら、きっとこの恋も実りますよ。応援しております」
「……なーんか、凄いプラスな事言ってくれますね。私の事信頼しすぎじゃないですか?」
「いえいえ。そんな。私の思っている事を言ったまでです。」
「…ンフッ!ンフッフ!!でぇ〜〜〜??そ〜〜ですかねぇ〜〜〜???」
「(と、溶けている…)」
「主様〜!ベリアンさ〜ん!ロノがそろそろ夕食が出来ると言ってたんでって…なんですかその濡れた布の塊みたいなの…。主様帰ってきてくれたんじゃないんですか?」
「フ、フルーレくん…。こ、此方は主様です…。一時的にこうなってしまわれて…」
「え。どういう生態なんですか?」
私はフルーレさんの声を聞いて慌てて体勢を元に戻し、誤魔化しで元気な声で「フルーレさんこんにちわ!」と言った。それにフルーレさんは困惑しながら反射で「え!?こんにちわ!」と返事してくれた。
「へへ。お目汚し失礼致しました」
「いや別に大丈夫ですけど…。とりあえず、おかえりなさいませ主様。また戻って来てくれて安心しました」
「………」
「じゃあベリアンさん!お話聞いてくれてありがとうございました!なんか気が楽になった気がします!一緒に食堂まで行きませんか?」
私はベリアンさんにお辞儀をし、扉近くにいるフルーレさんまで駆け出した。
「い、いえ…。そんな、お礼を頂くほど私は何も……。
食堂までご一緒したい気持ちはあるのですが、まだ私の仕事が残っているのを思い出したので。食堂まではフルーレくんと向かわれて下さい」
「わかりました!ではフルーレさん、一緒に食堂まで行きましょ!」
「は、はい!ではご案内いたしますね(なんだこの服…!?)」
〜〜〜〜〜
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〜〜〜
「…タデマル・シュン様。新しく迎えられた我らの主様。
(……まだまだあどけなく、純粋で、それでいて思慮深いお方だ。…ご自分の身は二の次で危なっかしい。だからこそ、この世界の理不尽さに潰されかねない)
…全身全霊をかけて主様を護らなければ」
〜〜〜
〜〜〜〜
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「ご馳走様でした!!…ハァ〜!ロノさんのご飯とっても美味しかったです!!プロバンス…?煮込み?とりあえず初めて食べました!お肉ってこんなに柔らかくなるんですね!是非また食べたいです!」
空になった食器の前に手を合わせ、ロノさんに食事の感想を言った。今回も暖かくて美味しい料理が沢山テーブルに置かれていて、どれから食べればいいのか分からない程に魅力的だった。食堂の席には私しか座っておらず、後ろにフルーレさんとロノさんだけしか居らず、ちょっとだけ寂しかった。…なんか今は許されてるけど、ちゃんとした場だと食べる順番とか考えないといけないよなぁ。後で検索しよ。
「俺も、料理が主様の口にあって良かったです!それにすっごく美味しそうに食べてくれるから、なんか途中泣きそうになりました…。これからいくらでも作ってあげますからね!…その代わり!もう!あの土の塊食べないでくださいよ!?お腹が空いたら俺に言って下さいね!?」
「は…はい。……肝に命じておきます…」
「フフ。ロノったらお母さんみたいみたいな事言ってる…。あ!そうだ主様!主様が帰って来た事ですし、また昨日みたいに主様の世界の服飾関連のお話を聞きたいです!!あとその服装も!」
「そういうお前は弟みたいなこと言ってら」
「ちょ!うるさいな!」
「ははは」
…そういえば、何かを忘れている。昨日一番この屋敷をカオスに導いた存在を…。
私はロノさんの方へ体を向け、「あの〜。そういえばなんですけど」と喋りかけたそのタイミングだった。
「もう嫌です〜!!!!!!ボクもう限界です〜〜〜〜〜!!!!!!!!」
廊下の方から、元気で悲痛な叫びが私達の体を硬直させた。私が困惑している両脇で、二人は「やれやれ」と呆れた顔でため息を吐いていた。
私達は食堂の扉から三人連なる形で顔を出した。すると向こう側から例の黒い猫が泣き叫びながらこちらに逃げ込んで来た。そしてその後ろから「待てーッ!!」と虫網をブンブン振り回しながら猫を追いかけるハウレスさんの姿があった。
「…また脱走かぁ?」
「まぁ、教育係があの人だからねぇ」
この状況で私は全てを思い出した。ムーちゃんだ。そうだ。昨日ロノさんの頭に落ちてきて、なんやかんやあって猫の執事が爆誕したのをこの目に収めたんだった!!!昨日は裸だったのに執事っぽいおべべまで着てる!!
「ムーちゃん!!」
「うわあああああ!…んぇ?主様!?」
私は直ぐに廊下に飛び出し、此方に走って来るムーちゃんをまるでラグビー競技の如く胸に抱え込み、ちょっと勢いがあって後ろに追いやられたが、無事にムーちゃんを捕獲することに成功した。…猫ってこの質量であってるっけ。
「…こんばんわ、ムーちゃん!」
「っプハァッ!…えへへ。こんばんわ主様!」
腕と胸の間からキュポン!と頭を出すムーちゃんにトキメキながら、正面から疲れた顔をしていたハウレスさんに視線を移す。ムーちゃんはハウレスさんが直ぐそこに来たと分かった瞬間、「ヒィ!」と言って私の胸に体を埋めた。
「あ…、主様。そ、その…お…お帰りなさいませ…。お見苦しい所をお見せしてしまい大変申し訳ございません。…ムーの捕獲を手伝って頂きありがとうございます」
「え?!グルなんですか!?」
胸元からムーちゃんのショックが伝わってくる。そんなつもりは無かったけど。
「いえ…。普通に危ないなって思っただけで。…それにしても、なんでムーちゃん追いかけてたんですか?さっきも叫び声聞こえてたし」
するとまたムーちゃんは顔を出して、私に訴えるように泣き出した。
「ハウレスさんがボクをイジメるんです!!」
「違う!!人聞きの悪い事いうな!!教育だ教育!!」
ハウレスさんはムーちゃんの訴えを全力で否定し、直ぐに我に帰って咳払いをした。
「違いますからね主様。ムーに執事について色々教えていただけです。確かにムーは猫ではありますけどコイツが執事として働かせてくれと言ったから他の執事と同じ説明などをしていて」
「別にハウレスさんの事疑ってないので早口にならなくて大丈夫ですよ…。てかムーちゃん。ダメだよハウレスさんせっかく教えてくれてるのに〜。ね〜?ごめんなさいしよ〜」
「(激甘だ…)」
「(猫としか思ってないだろあの態度…)」
するとムーちゃんはシュンとした顔で私の顔を見て、「違うんです」と言って首を横に振った。
「ハウレスさんが執事として育ててくれているんで、この地獄はしょうがないって割り切ってるんですけど」
「ほう…?地獄だと…?」
怖ッ!
「ただ…ただ食堂からのロノさんが作るご飯の匂いでッ!お腹が空いて仕方ないんですぅ!」
あぁ…。道理でこの質量。食いしん坊と見合った体重してるよ確かに。…あ。ロノさん鼻の下に人差し指置いてる。凄い嬉しそう。責任転嫁されてるのに。
「ええと。お腹が空いて集中出来ないって事で良いんだよね?それで限界がきちゃって抜け出したって事?」
「はいぃ!」
「ムー。何度も言ったが、先に食事が出来るのは主様で、俺達執事はその後だ!当然盗み食いも許されないからな!我慢だ我慢!」
「ガーン!」
ムーちゃんは大きくショックした後に、私の腕からスルリと抜けて廊下の床にバタリと力なく落ちていった。
「…そういえばハウレス。もう主様はお食事を丁度今さっき終わらせてるから、別に今から俺らは飯食って良いんだぜ」
ムーちゃんの耳が、ロノさんの一言でピクリと動いた。
「しかもまだ飯はあったかいぜ。どーする?」
またしてもピクピク動く耳に、ハウレスさんは眉間に皺を寄せながら少し考えた後に深い溜息を吐いてその場にしゃがみ込んだ。
「…だそうだぞ、ムー。良かったな」
優しい声色でハウレスさんはムーちゃんにそう語りかけた。するとムーちゃんの表情は一気に明るくなり、「本当ですか!?ハウレスさん!食べて良いんですね!?」と言って、元気に体を起こした。
「ああ。その代わり食べ終わったらまた勉強だからな。いいか?もう逃げ出すなよ?」
「はい!!ありがとうございますハウレスさん!!」
「良かったね、ムーちゃん。今日のご飯もすっごい美味しかったから、食べ終わったらきっと勉強捗るよ」
「ええ!本当ですか!?わぁ〜!凄い楽しみです!!」
「んじゃムー。今ついでやっから早くこっち来い」
「はい!」
ムーちゃんは上機嫌に尻尾を振りながらロノさんの後ろに着いていった。
「…じゃあ主様!問題は解決した事ですし、お洋服、あの板で見せて下さい!」
「良いけど、スマホ充電無かった気がする…。時間空けて良いなら、また後でで大丈夫ですか?」
「じゅうでん…?」
「主様、先程は本当にご迷惑をおかけ致しました。お陰でなんとか円満に解決できました」
ハウレスさんが申し訳なさそうな顔になってフルーレさんを割り込み、私にまた謝罪をした。私捕獲ぐらいしかしてないけどな。一番場を収めてたのロノさんじゃない??
「いえいえそんな。私は何も。取り敢えず、ハウレスさんもお疲れ様です」
「ありがとうございます。では、俺はこれで失礼致します。…フルーレ、お前は主様を困らせ過ぎるなよ」
「えッ!いや、そんなつもりじゃ」
ハウレスさんは虫籠を持って、お辞儀しながら元の部屋へと帰って行った。ハウレスさんって、多分凄い苦労人なんだろうなぁ。労わらなきゃいけない…。
「(…主様のあの洋服は一体…?主様の世界の流行の服なのか…?それにしても可愛い動物が描いてあったな)」
「では主様。俺達も行きましょうか。お部屋にご案内致します」
「そうですね、じゃあお願いします!」
そうして、私達は食堂前の廊下からもと居た部屋へ向かい歩き出した。さっきハウレスさんに注意されたからか、気を張った顔で案内してくれるフルーレさん。
「…フルーレさん、もし良かったら、スマホを充電している間にちょっとお勉強付き合ってもらえませんか?」
「え…?お勉強ですか…?大丈夫ですけど、俺多分お役に立てませんよ?」
「フフ。…実は私、予習復習用で毎日学校から教科書を持って帰ってまして」
「は、はぁ…?」
「その教科書の中に、私の世界の昔の人達の情報が載ってて。私の国の昔の人の洋服とかなら見れますよ!」
私のその発言を聞いたフルーレさんは、段々と目に光を宿して「本当ですか!?」と食いついてきてくれた。さっきまでムーちゃんの脱走に「やれやれ」してたのに、対して変わんないな…。
「…なんか失礼な事考えてます?」
「へへ。そんな事ないですよ〜」
私達は楽しく話しながら、通路を右に曲がった。右に曲がって奥の方に二階に繋がる階段があって、其処を登ったら直ぐに部屋がある。そこでフルーレさんとお喋りだ!とウキウキで視線を正面に移した瞬間だった。
「あ?」
「へッ」
階段手前の扉が開かれ、大量の蒸気と一緒に、濡れた長髪の腰に一枚のタオルを巻いたほぼ裸の男性が出てきた。それに私は衝撃で固まってしまい、それに気付いたフルーレさんは急いで私の目を塞いで「ちょっ!ボスキさん!?何してるんですか!?」と正面の彼の名を呼んだ。
「…見りゃ分かんだろ。サウナ上がりだ」
「いやいや服!!せめて廊下出るなら服着て下さい!!主様いらっしゃるんですから!」
「あぁ?主様ぁ?」
「は、はは…。どうも…」
私が挨拶をするとしばらくして正面から小さな舌打ちが聞こえた。そんな。ごめんじゃん…。
「……すまなかったな主様。直ぐに着替えるから、今のうちに移動してくれ」
ぶっきらぼうな感じで私にそう言って、直ぐに扉が閉まる音が聞こえた。そして直ぐに私の目を塞いでいたフルーレさんの手は緩められ、視界が開かれた。私の目の周りはフルーレさんの手汗で湿っていた。
「あ、主様…。本当にすみません。男所帯だから俺一瞬いつも通り行こうとしてました。それと!目もすみません!何も言わずに塞いじゃって」
「い、いえそんな。は…はは」
初めて父以外の男性の裸を見てしまった。局部は隠されてたけど…。通り間に合ったよいうな気分だ。
「で、では行きましょ!主様!」
「そうですね…。行きましょ…」
私達は若干の気不味さを感じながら、階段まで一言も喋る事なく進んだ。
でもプライベートで気不味いって感情、今まではならなかったけど。そうか、他人がこんなにいるから当たり前か。そんな感情。
「人がいっぱい居るから、か」
「?…何か言われましたか?主様」
「…いや、何も!独り言です!」
「そうですk
フルーレさんがそう返事した瞬間。屋敷中にサイレンの音が大きく響き渡り、私たちの心を騒つかせた。私とフルーレさんは直ぐに階段の壁の方に身を固めて、二人で顔を見合わせた。
「このサイレンって…」
階段の下から扉が大きく開かれた音が聞こえ、視線を其方に移した。階段と壁から、さっきまで裸だったボスキさんがちゃんと服を着た状態で此方を見ていた。
「天使だ」