これほど絶望という言葉が似合う表情があるだろうか。口を開けて愕然としているリヴィンの顔はそうとしか言いようがない。そのままリヴィンはわなわなと震えながら必死にトニオへ訴えかける。
「わっ、わ、私は、私は、……う、生まれてから一度も美味しいと思ったことがない。しょ、食事は! 体に必要な栄養を摂取する行為が目的で、『美味しい』は副次的な結果であり……」
「えーっと……。確認で聞くんスけど、味覚がないとかじゃねーッスよね……?」
「味覚は存在している。……皆が不味いと言うものは、腐敗していく食べ物の味や臭いに色、人体に及ぼす影響などを踏まえれば分かるんだ。……でも、美味しいは違う。生まれや環境によって違いが多くある。ある人の嫌いは美味しいだったりするし、その逆もあるんだ」
主張したいことは分かる。だが、美味しいが分からないだなんてあり得るのだろうか? 誰だって食に好き嫌いはあるし、あの仏頂面で食事をする承太郎にだってあるはずだ。リヴィンのことは変な人だとは思っていたが、より一層『変さ』が極まってきて逆に『そういうもの』に思えてきた。
「リヴィンサン」
「……なっ、なんだい?」
「アナタがどのような暮らしをされてきたのか、聞いてもよろしいですカ?」
トニオからの質問にリヴィンは何度も目を瞬かせた後、眉を顰め唇を噛んで悩み始めた。数十秒の間そうしていただろうか、やがてリヴィンはうなりながらもゆっくりと口を開く。
「私は親がおらず、その……色々あって、1人でただ生きていたんだ。そこからは……、大切な人達に出会えて今になっている」
大分端折られているのを感じたが、込み入った事情があるのも感じ取った。仗助もトニオも深く追求することなく、そのまま話を続けていく。
「つまり、幼い頃から『誰かと一緒に食べること』を経験していなかったのでしょうカ?」
「……そう、だね……? うん。食べるべきものは分かっていたから、1人での……食事は困らなかったよ」
言葉の端々に謎の『含み』を感じたものの、トニオは聞きたいと思っていたのを聞けたらしく、フムと一言おいてから話し始める。
「食事は食べるだけではありまセン。コミュニケーションの場でもあり、心地の良い空間で食べるモノは至福のモノとなるのデス。その経験が幼い頃になかったからこそ、アナタにとっての食事は『生きる為だけの行為』になっていたのではないでしょうカ」
リヴィンはトニオから言われたことを咀嚼するかのように目を瞑った後、静かに頷きを返す。
「……そうかもしれない。他のみんなにはちゃんと『好き』や『嫌い』があって、味わえていたみたいだから……」
リヴィンの言葉から孤独という重みを感じ、仗助が思わず息を呑んでいると、トニオから衝撃の提案がなされた。
「モチロン、他にも原因は考えられマス。……リヴィンサン、ここからは提案デス。時々で構いまセン。ワタシの下でアルバイトをしてもらえませんカ?」
「えーッ!?」
仗助は思わず、しんみりとしていた空気をぶち壊す声を上げた。リヴィン自体は悪い人ではないと分かっているが、アルバイトをさせても大丈夫な人材かと言われると微妙だと言わざるを得ない。どうしたものかと頭を悩ませていると、トニオが鬼気迫る顔で続きを述べていく。
「アナタのような人に出会ったのは初めてデス。そんなアナタにこそ、ワタシの作った料理を心の底から美味しいと言ってもらいたい。そして、真剣に料理に対して悩んでいるアナタを助けたい。このふたつを解決する為に、アルバイトという体裁をとりたいのデス」
「あッ、そーゆー……」
あくまで体裁だけで本当にアルバイトとして働かせる気はないらしい。少しホッとしつつもリヴィンがどう答えるのかと目をやると、リヴィンは目を瞬かせてからゆっくりと言葉を紡いだ。
「……いいのかい? 私にしか得がないように思えるけれど……」
「アナタにワタシの料理を美味しいと言ってもらえるコトは、ワタシにとって重要なコトなのデス。美味しいとは、心の底から良いと思えるものなのだと知ってほしいのデス」
「……その、私の価値観というのは年季が……、とても年季が入っていて美味しいと思うには時間がかかると思う。本当に、それでもいいのかい?」
「Sì. 料理人の誇りにかけて」
トニオから本気の言葉を受け、リヴィンは少し戸惑いを見せながらも深い頷きを返したのだった。