サキュバスとは、人間の性欲を吸い取り、それを自分専用の魔力に変換することで生きている、すごくエッチな女性の魔族である。
サキュバスの見た目は人間とほとんど変わらない。彼女らは現代社会に馴染み、人並みの生活を送りながら、いつもどこかで腹を空かせ次第、人知れずエロ漫画じみた世界観を展開している。しかも、彼女らの寿命は500年近くある。肉体は死に至る瞬間まで永遠に若々しく、なおかつ不死身で、尋常ではなく強靭な膂力も備わっている。まさに人智を超えた存在であるわけだ。
そんなサキュバスと人間女性とを、見た目で判別する方法はただ一つ。サキュバスの下腹部には必ず
……つまりサキュバスと人間女性を見た目で判別するには、ほぼ必ず、相手を脱がせる必要がある。現代社会においてこの方法は、必ずしも現実的とは言えない。
「自然条件的に外社会から隔離されたある村で、性犯罪の発生件数が目に余るようになったとする。そしてそれらの全てはいわゆる逆レイプ事件だった。被害者の男たちは口を揃えて言う。暗くて顔は見えなかったが、相手は重機のようなものすごい腕力の持ち主で、下腹部に淫紋を光らせていた。連続逆レイプ事件の犯人はサキュバスで間違いない、と。…………ただ、その村にまともな倫理観が根付いている場合、ここで一つ問題が起きる。そもそも村にいる女性のうち、誰がサキュバスで誰が人間なのか、的確に判別する手段がないという問題だ」
「手段がない? どうして?」
「村の女性を大衆の前で全員脱がせて、この人は人間だ、とするわけにはいかないだろう。しかしそうしなければ、公に人間であることの証明はできない。このシチュエーションの村で現代社会に劣らない精度の戸籍管理が徹底されているなら話は別だけれど、今はそういう線は考えないものとしてくれ」
「……なるほどね。素性の知れないサキュバスが指名手配になっている時点で、「サキュバスは人間とセックスしなければ生きていけないのだから、全てのサキュバスには、彼女がサキュバスであることを知る男がセットで居る」という考えは成立しなくなるんだ?」
「その通り。だからもしもそういうシチュエーションに陥った場合、村の住人たちはどちらかを選ばなければならなくなる。誰が人間で誰がサキュバスなのか、公にかつ完全にははっきりとしないまま、ダメ元で捜査を続けるのか。それとも…………魔女狩りを行うのか」
「魔女狩りって、言っても脱がせるだけでしょう? 火あぶりにするわけじゃあるまいし」
「公の場に裸を晒されるのは、心の殺人だよ。火あぶりと大差ない」
「それを言ったら、逆レイプの被害者たちはすでに炙られた後の気がするけど……。
……それで? 何の意味がある話なのこれは?」
「うん、ここからが本題だ。
……今の話を踏まえて、もしも「脱がせることなく、サキュバスと人間を完璧に見分けられる人」がいたとしたら、それはすごいことだと思わないか」
「はぁ。まぁ、今の話を踏まえなくても、それは普通にすごいと思うけど」
「だろう。で、それを可能にしている男が、この大学内に一人いる」
「知ってるよ。A君でしょう? 一部では有名だよね」
「あぁ。……ところでお前をサキュバスと見込んで聞きたいんだが、サキュバス同士ならお互いに同胞か否かの見分けがつくとか、そういうことはあったり?」
「しないね。私たちは、近くにいる相手の性欲を感じ取ることが出来る。だから人間の男とインキュバスを判別するのは簡単だけど、人間の女とサキュバスを判別するのは難しい。人間女性もサキュバスも、ムラムラしてる時はしてるし、してない時はしてない。私が近づいて谷間を見せれば気分が変わるという人は、女性には少ないし」
「ということは、だ。Aの異様に優れたサキュバス判別力について、サキュバスの協力者がいてカンニングしている……という説は否定されるわけだ」
「そうだね」
「じゃあ彼はどうやってそれを判別していると思う?」
「……ものすごく顔が広くて、横の繋がりで誰がサキュバスなのかをあらかじめ知っているとか? ほら、よくサキュバスっていい男をみつけたらシェアしようとするから。横の繋がりは大きいと思うんだよね」
「だが噂では、彼は他県に旅行へ行った際にも、道行く女性をサキュバスだとピンポイントで見抜いてナンパを仕掛け、見事に成功したと聞く。……他県の通行人がたまたま知り合いだったなんて、いくら顔が広くてもそんなことがあり得るか……?」
「あー。だとするともう、誰かから魔法を借りてるとしか思えないね」
「魔法を借りる……?」
「サキュバスはみんな何かしら固有の魔法を使えるんだけど、人に譲渡できる形の魔法を持ってる子がたまにいるんだよ。……たとえば他人を巨根にする魔法があったとして、それをかけられた男自身が魔法を使えるようになるわけじゃない。でも一方でその巨根は、まるで彼が魔法でも使ったかのように三日会わざれば刮目して現れるわけでしょう? 傍から見るとそういう風にややこしく見えるケースは、あり得ない話ではないよ」
「なるほど……。つまり誰かがAに、サキュバスを判別できる効果を持つ魔法をかけたというわけか」
「たぶんね」
「……その魔法の効果とは具体的になんだろう?」
「え?」
「気にならないか? なにしろ、もしそれが「人間とサキュバスを見分けるだけの魔法」だったら、それをAに貸したサキュバスにはいったい何のメリットがあるんだ? という話になる。巨根にする魔法なら、まぁ巨根好きのサキュバスがかけたのだろうと分かる。でもサキュバスを判別できるだけの魔法はそうじゃない」
「あ〜、そうだね確かに。そもそもサキュバスの固有の魔法は、そう何個もポンポンと習得できる物じゃないから。その貴重な習得を、サキュバスを見分けるなんていう超どうでもいいことに費やす理由は確かにないね。私たちはべつに、同胞を見分けられたところで特に嬉しくはないんだから」
「やっぱりそうだよな? だから気になるんだよ。Aが借りた魔法とは、実際はどんな物なのか。彼はきっと何かしらの魔法を応用することで、副産物的に目利きをしているんだ。その大元の魔法が何なのか、すごく気になる」
「本人に聞けば?」
「直接話したこともないのにか? それにもし巨根の魔法のような、他人には話しづらい物だったらどうする」
「話しづらい魔法かぁ……。確かにそれだと、聞き出せないこともあるのかもね。とはいえまずは聞いてみるべきだと思うけど」
「いや、俺はこの話を推理でなんとかしたい」
「はぁ」
「考えてもみてくれ、サキュバスと人間の見た目は確かに似ているが、それ以外の部分に違いがありすぎる。人間とサキュバスはまったくの別種族なんだ。雑多な人間を集めてそれぞれの国籍を言い当てるような「根は同じ生き物の、その先の区分」を目利きする方法を推理しようっていうわけじゃない。それくらいなら、不可能ではないと思わないか」
「じゃあ探偵さんは、A君がどんな魔法を借りていると推理するの?」
「うん。それはずばり、透視だよ」
「透視ね。……下腹部を見るってこと?」
「そう。そうすれば一目瞭然な上、魔法の使い手本人にしか見えていないのだから誰も手品の種には気づかない。どうだ、これだろう」
「残念ながら、その推理はたぶん外れてるかな」
「どうして?」
「私、彼とこの前「乳首当てゲーム」をしたんだけど、その時彼は外してたんだよ」
「おいちょっと待ってくれ。なんでお前とAが乳首当てゲームをやってるんだ」
「いやぁ、なんかノリと流れで」
「ノリと流れで乳首当てゲームが始まるか!? どんな下劣な酒の席に同席したらそうなるんだ」
「いやそうじゃなくて。私とA君は普通にセフレだから」
「はぁ?」
「友達に紹介されたんだよね。いい物件みつけたからおすそ分けにどう?って。……あ、その友達ってもちろんサキュバスね? で、その日のうちに3Pして、気に入ったからその後もちょくちょく一対一で会ってるみたいな」
「マジかよ……。……まぁ、じゃあ分かった、乳首当てゲームだな。確かに、透視能力の持ち主がわざわざ乳首の位置が分からないフリをするとは思えない。というのも、お前はAのセフレかつサキュバスだからな。普通の異性に対してなら、己の社会的地位と好感度を守るために、透視能力の存在を隠すことも頷ける。だがセフレのサキュバス相手に今さらそれを隠す意味は、ちょっとよく分からない。相手に下心があると察知した上であえて近づいて来るような異種族と寝たあとに、その裸を透視していたことを今さら隠して何になるのか」
「ね、私もそう思う。だからきっと彼は透視能力を持ってないんだよ。しかも透視能力って「サキュバスが人間に貸し与えるメリットがない」という意味では、サキュバスを判別するだけの魔法と同じだし」
「あぁ、そうか……。
……いや、本当にそうか? それを貸すことに、メリットはないのか?」
「ないでしょ」
「たとえば何かの犯行の共犯者として、その魔法を貸している可能性は? 透視なら何なりと使えることがありそうだが」
「だったとしたら、彼は変に有名になりすぎてる。それに有名になるだけの期間ずっとその魔法が貸し出されてることもおかしい。そんなに長い間水面下で一大作戦が遂行されてるなんて、陰謀論もいいところだよ」
「た、確かに……。しかし、ではAはいったいどんな魔法を……?」
「いや、だからまずは本人に聞けばいいじゃんって。話したことなくて気まずいなら、私が今度聞いといてあげるよ」
「いや待ってくれ。待ってくれよ。推理で当てたいと思わないのか、お前は」
「思わない」
「サキュバスのくせに男のロマンが分からないやつ……!
……ええとつまり、この推理を進めるには、サキュバスの特徴を見抜きつつ透視能力は否定されるような、何か他の魔法を考えればいいんだろう? サキュバスの特徴といえば、長寿、不死身、怪力、見た目で年齢が分からない、性に寛容かつ奔放、妊娠の有無を意思一つで決められる……」
「多いね」
「あぁ多い。そして、どれも「どうやって人知れず突き止めればいいのか」が分からない。寿命差は長い目で見なければ分からないし、不死身さは怪我を一瞬で治すところでも見なければ分からない。怪力はその披露を見なければ分からず、見た目年齢だって実年齢を知らなければ……。
…………あぁそうか!」
「なに?」
「もしも「他人の年齢を見る魔法」があれば、人間としてはあり得ない年齢の相手がサキュバスだと分かる!」
「……で、それをサキュバスが人間に貸すメリットは?」
「あぁ! そこまで考えてなかった!」
「もうやめときなよヘボ探偵……」
「いや、でも、ちょっといい線は行ってるんじゃないか……?
……そうだ、Aはきっと「物理的ではない物」を見ているんだ。たとえば年齢以外にも、人間には普通見えない「魔力」が見えるようになれば、それを扱っている相手がサキュバスだと判別できるだろうし……」
「でも何を見ていたとしても、それを彼に貸し与える理由がない……でしょ? 実際、サキュバスから魔法を借りている人間の数が少ない理由はそこなんだよ。貸す理由がそうそうないの。そうそうないことを推測で当てようだなんて、無謀だよ」
「…………いや、ちょっと待てよ? 今の「無謀」で思い出したが、さっき話した陰謀論は、あながち陰謀論でもなかったんじゃないか?」
「えぇ?」
「巨根の魔法を例に考え始めてから今まで、魔法を貸し出す側の動機について俺は「本人の個人的なメリット」ばかりを考えていた。だけど巨根の魔法の習得理由はともかく、その使い方に関しては必ずしも本人一人だけのためになるとは限らない。……巨根好きの友達のために使うということがあり得る」
「……つまり?」
「つまりAに魔法を貸したサキュバスは、同胞に得をさせるために、その魔法をAに貸しているんじゃないか? お前がAを紹介されたという話がどうも引っかかる。もしもお前とAの出会いに、Aの借りている魔法が絡んでいるなら、Aだってその方が嬉しいはずだ。相手がサキュバスだと分かった上とはいえ一か八かナンパを仕掛けるよりも、サキュバスの横の繋がりで次々と女を漁れた方が……」
「誰かがAを身内に紹介するために、Aに魔法を貸してるってこと……?」
「そう。それなら話は通る」
「でも、それってどういう状況なの? 紹介したいなら普通にすればいいでしょうに。具体的にどんな魔法があったら、そんな妙なシチュエーションが成立するのよ」
「…………もしかして、読心術か? それかテレパシーか」
「へ? なんで……?」
「いや、これは人間的な価値観の話なんだが……。身内に男を紹介する時、人間が最も恐れることはなんだと思う?」
「え、なんだろう……。その男を取られちゃうこととか?」
「違う。取られて困る男は紹介しない。たぶんそういう時に一番困るのは…………紹介した男と紹介した相手がトラブルことだ」
「あ〜。いや、それはサキュバスも困るよ普通に」
「おぉ。ということはサキュバスにとっても、男を身内に紹介することにはリスクが伴うと言えることになるな。……考えてみればさもありなんだ。紹介される男にとって紹介先のサキュバスが趣味に合う異性であるとは限らないし、その逆の視点もしかりなのだから」
「そこはお互いの写真とかを見せて事前に相談してるんじゃないの?」
「だが写真だけでは分からないこともある。一番いいのは、まず本人たちを軽く顔合わせさせたあとに、お互いの感想を聞いてから良さそうなら改めて正式に紹介することだ。……そしてその感想の収集は、読心術やテレパシーがあると迅速になる。本人の前では言いづらいやり取りも、秘密裏かつリアルタイムに行われるから」
「なるほど……。言われてみれば確かに、あの時の3Pはそれを兼ねてたのかも……? 合わなかった時に手早く解散させる役として、仲介人が同席してたみたいな」
「相手の心を読むだけなら、乳首の詳細な位置までは読み取れなくてもおかしくはないしな。
……ただこの説には一つ問題がある」
「え、どんな?」
「テレパシーでのカンニングは、初めに話した通りそもそもあり得ない。しかしそうすると、読心術でサキュバスを見分けるには「サキュバスにしかない思考」を読み取る必要がある。…………じゃあそれは具体的に何だ? いざセックスを初めてみるとか、せめて性的な話題を投げかけてみれば、何かしら特徴的な心の動きが分かったりするのかもしれないが……。ナンパの話から察するにそういうわけでもないだろう。ナンパに使えるくらい、完全な平場の状態からサキュバスを判別できることを踏まえると、「サキュバスなら四六時中持っている特有の思考」がなければ話が成り立たなくなる。しかしそんな思考が実在するのか……?
……そんな思考は存在しないと今お前から言われれば、この説はボツになる」
「……んー。いや、でも、あるね。A君に関しては、平場のサキュバスから「サキュバスにしかない思考」を絞り出す方法が」
「えっ、いったいなんだそれは」
「彼さ、性欲の量が尋常じゃないんだよ。だからサキュバスならみんな、彼に近づいた瞬間に「おっ」と思うんじゃないかな。私も思ったし」
「じゃあ、その「おっ」を読み取ることで、借り物の読心術でもって彼がサキュバスを判別している可能性は……!」
「あるね。…………マジで正解なんじゃない?」
「やったぁ〜!!」
※登場人物紹介
・A……性欲が無尽蔵な男。それゆえ食料源としてサキュバスによく気に入られる。人懐っこい女性が好みで、ベッドの上で主導権を握ろうとする女性が苦手。
・N……Aの数多いセフレなサキュバスのうちの一人。プレイとして3Pが好きだし、3P好きの男の性欲の味も好き。
・M……テレパシー&読心術の魔法の持ち主。Aという逸材を広く同胞に広めるために、彼に自身の魔法の力を「中継地点」として貸し与えている。Aに近づく他人の心の声がAとM両方に聞こえて、AやMに近づく他人の心に対してMだけがテレパシーを送ることができるのだ。
・X……この話の主人公。推理小説が好き。Yとは小学生の頃からの付き合い。
・Y……わずか22歳の若年サキュバス。半年ほど前にNの紹介でAとセフレになった。Xとは高校生の頃からちょくちょくエッチもしている仲。実はAを紹介された際に初めて自覚したこととして、3Pがちょっとだけ苦手。