わたしは……主様なんて崇められる前の森井孝臣は至って平凡な人間だったと思う。金持ちでもないが、貧乏でもない家庭で育ち、成績は中の下といったラインをキープ。4年間のモラトリアムを楽しむため奨学金を借りて、対して有名でもない大学の文系科に入学し、碌な就活をしていなかったが、何とか地元の中小企業に入社し、惰性で勤続していた。
そういえば奨学金の保証人は兄だったな、まだ200万くらい残っていたはずだ。悪いことをした。何て、今更どうしようもないことが頭に過る。さて、何故こんな生産性のない考えを巡らせているかというと、有体に言ってしまえば暇だからだ。
女神の身体に転生してからというもの、人間の3大欲求が極端に薄まっている。神族とは内包する聖素が生命を維持する大多数を占めており、食事も睡眠も必要が無い。アムちゃん曰く聖素量が多い神族ほどその傾向が強いらしい。逆に言うと内包する聖素が少ない女神ほど、生命維持を行うため食事や睡眠が必要になる――下品であるという認識があるらしく、堂々と行う者はすくないが――。
最高位の聖素を内包する黒の称号を冠するアムちゃんですら3日に一度は1時間ほど眠っているし、一日一回隠れてビスケットのようなものを口にしている。で、わたしはというと伊達に主様なんて讃えられておらず、凝縮した聖素の塊であるらしい。読書?元文系のわたしには魔導書に書いている内容など理解できません。歴史書?ライトノベルは好きでしたが聖書みたいな堅苦しい本は読む気になれません。
兎に角能力に対して頭脳が追い付いておらず、暇に任せて妄想に耽る毎日を送っている。なんだこれ、仕事してないだけで転生前と変わらないじゃないか!
「主様、何やら難しい顔をされておりますが、如何なされましたか?」
「いえ、わたしが送り出した勇者たちは何をしているだろうかと思案していただけです。」
「制圧の終わったエルインスト、コトボですが、勇者キムラ・ホシユキ、勇者サイトウ・マドカは共に
「そうですか。ご報告ありがとうございます。」
チート能力を有して魔王討伐、楽々魔王を討伐して貴族となり領地拡大のスローライフ、ハーレムパーティに堕落しきった異世界俺TUEEEEE生活。わたしの渇望した夢が手の届く場所……否、この手の中にある。全部わたしが与えた
しかしダニエラの闇墜ち具合はやはり気になるな。やはり魔族に裏切る線が濃厚なのか?
「ご報告いたします!勇者ダニエラを監視していた遠視の鏡に認識阻害の魔法が掛けられ、姿を消失させました。」
「やはり裏切ったか!主様、ダニエラの
「もう手遅れでしょう。そもそも裏切りを前提に動かしていたのです。監視を付けず魔族との接触をした時点で消せるよう手筈を整えていなかったのも〝何故彼女は裏切ったのか〟を知るためでしょう?ダニエラを勇者としてカリフに送り込んだのも、1700年前の祖先が果たせなかった【反逆】の理由を知る義務を果たすためと言っていたではありませんか。」
「そうでした、すみません。頭に血が上っていたようで、汗顔の至りにございます。」
「ダニエラを追うことは出来なくなりましたが、カリフを見ることならばできます。しばらく様子をみつめていま……。」
「魔族の襲来だと!?余りにも早すぎる。ダニエラのやつ、いつから魔族と手を組んでいたのだ。おい!アデラ!しっかり観察はしていたのであろうな!」
「アムちゃん、気が動転しているのはわかりますが、今同志にパワハラをしても仕方がありません。今は動向に注目しましょう。」
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中村は今日もポーカーで大勝し、両脇に胸の大きな女性を侍らせ、高価な料理と酒を楽しんでいた。
「ナカムラ様、今日も格好良い勝負だったわ。」
「そうそう国一番の
「アハハ!偶然、偶然。さぁ宵越しの銭は持っていても仕方がない!今日は大いに楽しんでくれ!」
「うふふ、ナカムラ様の財産を宵越しというならば、領土のひとつでも買い取らないと無くならないのではなくて?」
「領地を買い取るか、それもいいな。」
「どこまでスケールの大きいお方なのかしら。流石ですわ。」
中村は上機嫌で酒を呷り歓談していると、耳を
「何だってんだ全く。」
「同志ダニエラよ、長期に渡る諜報任務感謝する。ヘルム族の支配するカリフの地における首都機能、インフラ、工場の場所をよく押さえてくれた。情報に基づき各個破壊していく。飛竜から落とされえないよう気を付けろ。」
「いいえ、わたしは神のため正しき道に進んだにすぎません。……それにしても、この霧は。」
「大変です!突然の濃霧と突風、そして暗雲が発生しております。」
「バカな!?気候予測はしていたはずだ、それに何故突風で霧が晴れない!そんな矛盾した話があるか!」
「しかし事実、濃霧により視界が遮られ、突風により進軍が難しい状況です!こんなこ……!!」
「落雷!?」
「それだけでは無いようだ、下からは矢玉が飛んでくる。時間を掛け過ぎた。」
「あ~、マイクテストマイクテスト。魔族の皆さまこんばんは!ようこそカリフの街へ!」
「男性の声……拡声器を使っているようだな。」
「わたくしはカリフの街でしがないギャンブラーをしている中村というものです!わたしの愛する恋人の中には魔族の女性もおり、無暗にみなさまの命を奪いたくありません。ここはお引き取り願えませんでしょうか?」
「何を馬鹿なことを言っている!ヘルム族は神の聖名を簒奪し暴政を働いた滅ぶべき民族だ!そんなヘルム族と同志が恋仲だと?冗談も大概にしろ!」
「落ち着け、同志ダニエラ。ヘルム族はプライドの高い種族だ、賭け事などに興じない。恐らくはナカムラなる者は人間だろう。」
「人間……まさかわたし以外に
「天変地異ともいえる気象を移し替える能力、霧や雷鳴を自在に操る能力。確かに忌まわしきヘルム族の作り出した〝勇者〟とみて間違いないだろう。」
「聞こえていますか~?返事は?」
「こちらも通信を試みるべきだろう。誰か拡声器を持っていないか?」
「……返事が無いなら全滅でいいか。<
「隕石!?」
「全員!退避行動!」
「ああ、霧で見えないし突風でこっちの声しか聞こえないのか。うっかりしてた。一回霧を晴らしますね!」
霧が晴れ突風が収まり暗雲だけが残る中、都市爆撃を計画していた魔族の隊長は絶句する。部隊の半分が隕石・落雷の餌食となって飛竜は墜落し、もう半分も満身創痍であり、飛ぶのがやっとといった有様だ。そして視界に映るのは見渡す限りの武装したヘルム族たち。360度を包囲されており、逃げ場などない。既に生殺与奪の権限はヘルム族にある。
「さて、改めましてこんばんは。帰ってくれませんか?」
「……帰してくれるのだな?」
「ただし条件があります。え~と……ダニエラという少女がいるはずなので、その子だけ置いていってください。生きた状態でです。」
「誰が貴様の思い通りになどなるか!わたしは死してもヘルム族に魂を売り渡したりなどしない!」
「ああ、君がダニエラさんか。じゃあもういいや。」
次の瞬間、ダニエラは突風によって飛竜から滑落し、包囲していたヘルム族に捕縛された。
「では、わたしの役目は終わったのでおやすみなさい。良い夢を。」
「待て!我々を逃がすという交渉は……。」
包囲の陣が段々と狭まり、中央に押されていく。最早勝敗は決した。こうしてカリフを襲った魔族はマナとなり消滅した。
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「流石は主様のお作りになられた〝勇者〟に御座います!勇者ナカムラの活躍がなければカリフの街は戦略爆撃を受け、想像もできない被害が出ていたでしょう!反逆者ダニエラも捕縛出来ましたし、正に完璧な仕事です!」
おいおい手のひら返しとはこのことよ……。それにしても流石〝運命を操る能力〟、全てがデタラメだ。正直自分で
それにしてもこの後はダニエラに尋問・拷問か、想像したくないな。そういう〝ザマァ〟展開は救いようのないクズ野郎にやるからいいのであって、ただ神様を信じている電波な少女にやっても胸糞が悪いだけだ。
「アムちゃん、反逆者ダニエラについてですが、口伝では拷問にも口を割らなかったとのこと。ならば最初から鞭で痛めつけるのではなく、穏便に心を開いてくれるまで対応いたしましょう。」
「北風ではなく太陽であるべきと仰るのですね。かしこまりました。これからカリフへ赴く尋問官たちへはそのようにお伝えします。」
「ええ、頼みますよ。」
それにしてもダニエラは何を見たのだろう。いつから裏切っていたのだろう。興味のある話だ。