「主様、先日聖剣を下賜された〝勇者〟サイトウマドカが異界コトボで魔族とケリドウェンの魔女の眷属である魔王を一掃し、200年続いた戦争に終止符が打たれました!回収された魔素は想像を超え、主様が復活なさる前の我々からすれば考えられない効率です。」
アムちゃんは興奮冷めやらぬ様子でわたしに報告をした。おお、さすが〝
「そうですか、ではあとは力の暴走がないよう、コトボなる異界において彼女がどのような余生を送るか見守るだけですね。」
「はい……しかしながら懸念もございます。我々は〝魔族と子を成す〟〝魔族と手を組み反逆する〟など禁忌を犯した勇者を抹殺するため義勇軍を持ち合わせておりますが、主様の与える
そういえば〝運命を操る能力〟を与えた〝勇者〟に至っては魔族の討伐すらせず、日々その能力で博打で大金を稼ぎだし、人間・魔族に関係なくハーレムを築き上げているなんて言っていたな。ああ、妬ましい。
「その部隊というのは実際に運用されたことはあるのですか?」
「実際に運用されたのはこの2000年でも十指に数えるほどです。しかし、検討された例は枚挙に
要するに人材不足か。わたしはまだ魔族を直に見たことが無く、異世界の観察業務のため遠視の魔法でみただけだが、男性の比率が神族よりも多く(というか神族の男性はアムちゃん以外みたことない……三毛猫のオスか?)、神族に負けず劣らず眉目秀麗な種族だ。あと神族と違いどこか神秘的な褐色の肌を持っており、女性であれば肉体的にも官能的で、正直元男性として誘惑に負けてしまう気持ちも分かる。というか……。
「〝反逆の罪〟〝堕落の罪〟など、勇者を異界に送る際説明しておりませんよね?」
「当然です!神族に選ばれた勇者なのですから、その程度の常識、説明する必要など御座いません!」
わたしは思わず頭を抱える。神族というのは頭は良いのに変なところで思い込みが激しい。〝人間とは愚かな生き物なのだから説明しないと分からない〟という発想に何故ならない!?恐らくは〝神族は選ばれた種族である〟という選民思想、その神族に選ばれた〝勇者〟なのだから当然こちらの意を酌むはずというプライドからくるものだろう。
しかし説明されていない【罪】なる謎の地雷を踏んで討伐されたという健全な男子諸君には同情を禁じ得ない。散々〝魔素の回収〟なんていうこちらの都合のため命を張らされて、説明されていないハズレを引いたら殺しに来るなんてあまりにもバカげた話ではないか。
「……人材は有効に使うべきですね。〝反逆の罪〟ならまだしも、〝堕落の罪〟については、我々の見る目が無かった。力不足であったと反省し、次に活かしましょう。」
「異を唱える無礼をお許しください。万が一〝勇者〟と魔族の間に子供が生まれ、その子供が
「過去にそのような例はあるのですか?」
「幸いこの2000年で一度も確認されておりませんが、確率が0でない限り留意すべきかと。」
じゃあ0でいいじゃねぇかよ。そんな考えが頭をよぎるが、確かに人間の身体能力を遥かに凌駕し魔法も駆使する魔族が
とはいえわたしは楽観していた。アムちゃんにも秘密にしているが、わたしには
「アムちゃんの進言感謝致します。しかしながら、わたくしは【堕落の罪】をそこまで重く受け止めません。万が一勇者と魔族の子供に
「そうですか。主様がそう仰られるならば。」
「それにしても1度あったという〝反逆の罪〟とはどのような勇者が犯したのですか?」
「今から1700年前になりますので、当事者は既に亡くなっており、口伝となりますがご容赦ください。……〝目に写したあらゆる情報を分析できる能力〟を
なんてこった、1700年前……西暦300年といえば日本はまだ弥生時代~古墳時代で、ローマ帝国が帝政を執っていた頃じゃないか。いや、その反逆者が日本人かどうかは知らないけれど。
「我々は急いで精鋭部隊を結集させホウファーの地へ援軍を送り込み、反逆者を拘束。反逆の理由については拷問にも口を割らず、魔族による洗脳も視野に入れて捜査しておりましたが、牢獄で監視の隙を突いて自殺。蘇生を試みましたが魔族によって鎮魂の術を掛けられており魔素となり遺骨も残らず消滅、成す術がなく、反逆の理由も解き明かせなかった。と伝えられております。実際の反逆者としての遺品さえなく、ホウファーの地が滅んだ今、一部のものが知る歴史として語り継がれるだけとなりました。」
「その者の名前は何というのですか?」
「それが……語り継がれていないのです。〝名を残さないことで反逆者に最大の屈辱を与える〟〝そもそも1700年前の根無し草であり元から名前が無かった〟など様々考察されておりますが、
「なるほど……、他に二つ質問があるのですが、そのホウファーなる異世界は滅んだといいましたが、どのような経緯があったのですか?」
「大変無念なことに、魔族との戦いに敗れ魔族の支配する土地となってしまっていたようですが、魔族同士が南北に別れ内戦を始め、神罰が下ったかのように衰退し、しばらくは無人の荒野と化しておりました。〝唯一反逆者を産んだ土地〟として我々が厳重に管理し、今は少しずつ緑が芽生え、原始的な動物など、新しい命が育まれようとしております。」
「それは素晴らしいことです。二つ目の質問ですが、〝ヘルム族〟という蔑称は何なのですか?」
アムちゃんはピクリと顔を引きつらせる。余程名前を聞くも憚る忌まわしい言葉なのだろう。
「魔族はもちろんのこと、我々神族をよく思わぬ不敬な輩が使う神族への侮辱です。〝ヘルム族〟のヘムルとは奴隷身分を意味する〝ヘム〟から付けられたとも、王侯貴族・支配階級にいた我々を指して〝帽子を王冠と思って被っている愚か者〟という意味から付けられたとも言われておりますが、我らがオリハルオンの地に君臨していた頃から使われていた蔑称であると伝えられています。」
「そうですか、それにしても
……その反逆者は一体何をみたのだろう。〝目に写したあらゆる情報を分析できる能力〟を持って裏切ったというのも気になる。彼女は何を目に写し、何を分析した結果、反逆という大罪を犯したのか。そもそも神々として君臨していた神族が一斉に迫害されるという
様々な疑問が脳裏を過るも、こうして祀り上げられ、ただ玉座に座るだけのわたしに今のところ謎を解明する手段は持たない。少なくとも断言出来るのは、魔族と呼ばれる存在にも相応の正義があるということだ。……まぁ神族と魔族、どちらが正義かなんて知ったことではないが、わたしの種族が今〝神族〟である以上、どちらの味方に付くかは決まっている。申し訳ないが、ケリドウェンの魔女なる存在と魔族の皆さまにはこの世からお引き取り願おう。……倒すのは多分わたしじゃないし、出番はないが。
「アムちゃん、無事オリハルオンを奪還し平和になったならば何をしたいですか?」
「おお!なんと頼もしいお言葉!やはりモリー様こそ神族を導きし一筋の光に御座います!……約束の聖地へ戻ることが叶いましたならば、偽りの信仰に惑わされし蒙昧な民を救い、生活の安寧を護る神族としての役目を全うする次第に御座います。」
「……そうですか、大変良い展望です。」
なんだか漠然としすぎている展望を聞いて、それっぽい言葉を返す。まぁ神族からすれば〝奪われた聖地オリハルオンを奪還する。〟ことが何よりも最優先事項であり、その後のことなど後回しなのだろう。
「主様、魔法陣が光りました。お手数ながら召喚の儀を願えますでしょうか。」
「わかりました……前回聖剣を渡した勇者の試し切りで儀式の間はひどい有様になってしまいましたが、修繕は終わったのですか?」
「はい、同志たちが総動員となり、完璧な修繕が施されております。」
「そうですか、ご苦労様です。」
わたしはニッコリと微笑んで、儀式の間に立つ。淡い光とともに現れたのはデップリと太ったお世辞にも端麗とは言い難い容姿をした……まぁ言葉を選ばずに言えばデブで禿げかけた汗くさい不細工の男性だった。名前は古木裕也、中年にも見えるが、どうやら年は20代後半らしい。死因は脳卒中であり、余程不摂生な生活を送っていたのだろう。
「ようこそお越しくださいました!選ばれし勇者よ!」
わたしはいつもの口上を述べ、悪しき魔女かその眷属を倒してほしいという説明を行う。わたしの説明に古木という男性は一切狼狽する様子もなく、瞳を輝かせていた。これはあれだ……異世界転生がどんなものか分かっている人間の顔だ。それにわたしとアムちゃんに劣情の瞳を向けており、性格的にも随分煩悩に正直な方らしい。羨ましい……何でこのデブがチート能力をもらい異世界無双を果たし、わたしはただ眺めるだけなのだ。理不尽にもほどがあるだろう。
「あなたへ与える
「「……。」」
おい、前回の65536のダメージを与える剣はどうした。またわたしも勇者候補の豚野郎も無言になってしまったではないか。
「そうだな……。フルキ、貴君はゲーム理論というものを知っているか?」
「名前だけは……。高校を中退したあとは引きこもりだったので難しい事はわかりません。」
「例えばそうだな、じゃんけんをするとき、相手がグーを出すと予測した場合、パーを出したいと思うだろう?」
「そうですね。わざと負けたいなら別ですが。」
「この〝相手の手を予測して最適解を考える〟行為を戦略的相互依存関係という。そして互いが勝利に向け最適解を考え行動する、これが均衡だ。貴君の能力は〝相手がどのような最適解を選択するか均衡を超越したうえで、その最適解を上回る能力〟となる。能力を発動している間、貴君の行動は須らくこの世の
なにそれ欲しい。以前の勇者に渡した〝運命を操る能力〟に似ているようだが、機序が違うようだ。あとでアムちゃんに説明してもらおう。
「〝願いが叶う〟ですか!」
古木は目が燦然と煌めく。そりゃそうだ、こんな能力聞かされたら目も輝くさ。
「一応忠告しておくが、貴君の使命は魔族を倒し悪しき魔女の眷属たる魔王を倒す〝勇者〟だ!くれぐれも私利私欲に溺れないように!」
〝運命を操る能力〟を持った勇者の前例もあったのでアムちゃんが深く釘をさす。相変わらず〝こちらが言っておけば相手は従うだろう〟という神族らしい傲慢さが出ている。しかしわたしの目には古木裕也の瞳は既に煩悩にまみれているように思えた。
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「ケリドウェン様、異界コトボにてルール地方がヘルム族に制圧されました。ルール地方に常駐していた同志たちは殲滅され、マナとなり消滅。また建物の被害甚大であり、歴史的建造物のほとんどが灰燼に帰し、さながら荒野となっているとのことです……。」
「エルインストに続き、コトボもか!?エルインストを2日で灰燼に帰したのは強力な熱・冷気・雷を扱う魔術師らしき男と報告を受けたが、今度はどんなバケモノだ、コトボを任せていたルールと言えば四天王にも匹敵する歴戦の魔導剣士だぞ。」
「一本の剣を持った少女です。剣技はお粗末極まりないものでありながら、その一撃は強烈無比。余程強力なオドを宿していたか、剣そのものにカラクリがあったのか……。兎に角今までヘルム族が刺客として送り込んできた異能力を持った人間とは比較にならない、次元の違う存在です。」
「……偶然は二度起こらない、いよいよ〝Q〟が復活したと見るべきか。」
「一度冥府に落ちた魂が2000年の時を経て蘇るなど……ヘルム族が吹聴する安っぽい奇跡ではございませんか。」
「ヘルム族を甘く見るな、その〝安っぽい奇跡〟を実現し続けてきたからこそ己の種族を【神族】などと
「そんな……。」
「そうなる前に……なんとしても〝Q〟の居場所を突き止め、この手で再び殺す必要がある。」