竜と呪いの千回紀   作:稲荷竜

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二章 【変貌】
第12話 現在2


 次に我々夫婦が話し込む時間をとれるようになったのは、学生寮住まいの長女が帰宅した長期休暇の時だった。

 

 彼女はこの夏の予定がすっかり白紙になったことを嘆きながら、まずは母に抱きつき、次に俺に抱きつき、寝ている妹に頬擦りをして無理やり起こし、最後に弟をさらうようにして久々の自室に帰っていった。

 

 我が家の長女はちょっと過剰なスキンシップ癖がある。

 

 今年十三歳になる彼女はだいぶ女性として肉体ができてきており、十歳になった長男にとって、姉の過剰なスキンシップは、色々思うところがあるようなのだった。

 

 我が家の女性たちは『やめろ』と言ってもやめないタイプの、我が強い者が多い。

 

 つまり長女のスキンシップ癖は彼女が飽きるまで続きそうであったし、それはたぶん、長男が腕力で姉を押しのけられるようになるまでは止まらないものと思われた。

 

 さて、竜巻でも現れたかのように忙しなく帰還した長女ではあるのだが、基本的にしっかり者の彼女が家に帰ってくると、親である我々はぐっと楽になる。

 

 中でも二歳児の世話にかんして両親をはるかに超える手腕を発揮する……

 というか、親や兄がなにを言っても一度泣いたら体力が尽きるまで暴れ続ける二歳児は、この姉に命じられるとピタリと泣き止み、大人しくなるのだ。

 

 この夏は友人との旅行を企画していた長女だが、それが白紙になったお陰でそのためにとっておいたスケジュールがすべて真っ白であり、冗談めかして『弟でもいじりながら家でゆっくりするよ』などとつぶやいていて、弟は震えていた。

 

 つまるところ、長女のおかげで我ら夫婦にはまた、話し込む時間の確保ができそうだ、ということだった。

 

 ……いやまあ、長男に助け舟を出す必要性はあるのだが、なんだかんだ、十歳もまだ子供なので、それを見ててもらえるのは助かる、という気持ちが強い。

 

 というわけでうだるように暑いある深夜。

 

 空調の効いたリビングでテーブルを挟んで見つめ合う我々のあいだには、よく冷えた酒とグラスがあった。

 

 こうして酒杯を挟んでのんびりできるのも実に久々で、俺たちは心身にできた余裕から知らずにこぼれる笑みを隠さずに見つめ合い、それから互いの盃にルビー色の酒を注いで、乾杯した。

 

「長男はあなたに似ましたね」

 

 そうね。

 気が弱くて押しが弱くて、自分の意見をなかなか言えないあたりとか、すごくよく似てしまったと思う。

 

「長女は【変貌】を思い出します」

 

 ……俺の中で【静謐】と【躍動】という二例を思い出しただけでも、『始祖竜(オリジン)というのは大変な性格をした連中だなあ』という感想がゆるぎなくなってしまっているのだが……

 

 たしかにまあ、なんていうんだろう。

 

 うちの長女は、始祖竜の中に入れても見劣りしないぐらい、大変な性格のような気がしないでもない。

 

「まあ、あれから始祖竜も人として転生をしたようですし、魂のどこかに性分が混ざっているのかもしれませんね」

 

 その話はまだ思い出せない。

 

 というか転生云々は、なんとなーく概要を思い出せるのだけれど、まだ完全じゃないというか、欠けている思い出が多いような感覚があった。

 

「始祖竜は最終的にすべて滅び、すべて人として転生をしました。もっとも、人としての転生なわけですから、『炉』にくべられ、鋳つぶされ、無垢なる魂として鋳造(ちゅうぞう)され直したので、その性分をまるっと残してはいないでしょうが……」

 

 我が強いので残ってそう。

 

「まあ、はい。……私を除く始祖竜にはおしとやかさとか、つつましさが足りませんからね……妹のことながら、お恥ずかしい限りです」

 

 その時反応に困ってとっさに『酒杯を空にする』という行動をとったのは、我ながらファインプレーだと思った。

 思い切り酒をあおると、自然と天を仰ぐことができて、対面した相手から表情を隠すことができるのだ。

 しかし、

 

「なにか言いたそうですね」

 

 妻には通じなかった。

 

 えーそのーあー……いや、個性が強いのはいいことだと思います。

 

「……まあ、いいでしょう。それにしても……お酒はいい発明ですね。すべての始祖竜の中でもっともかかわりたくない性格をしているのは【変貌】ですが、こればかりは、彼女に感謝しなければなりません」

 

 どうにも、【変貌】が何回目かの目覚めの時に酒を生み出したらしかった。

 正しくは『酒』ではなく、『発酵』や『腐敗』の概念を生み出した、というべきか。

 ……それら科学的な現象は『竜が生み出すまで存在しなかった』というのだから、現代にまで始祖竜が生きていたら、学者たちは頭を抱えただろう。

 

 竜のいないこの時代には、魔法も魔術も存在しない。

 

 俺たちは科学という新しい力を得て生きている。

 

 ……それは始祖竜により世界に発現した様々な現象を、人がその頭でわかるように読み解いただけのもの……

 ようするに始祖竜の遺産なのだが、そんな主張など、たぶん始祖竜教徒ぐらいしか抱いていないだろう。

 

 そもそも、始祖竜教徒というのも、現存するかどうか、わからない。少なくとも世界三大宗教の中に、始祖竜を祀るものはなかった。

 

 というか『長女は【変貌】に似ている』と言っておいて、『【変貌】はもっともかかわりたくない性格をしている』とも言うのはどうなんでしょう。

 

 長女が聞いたらグレるぞ。

 

「我々の発言など、彼女になんの影響も与えませんよ。彼女は確固たるものですからね」

 

 酒瓶がすでに二本ほど空になっており、その大半は妻の胃におさまっていた。

 

 だからだろう、妻の語る『彼女』が、【変貌】のことなのか、長女のことなのか、いまいち、まぎらわしい。

 

 けれど、

 

「【変貌】は、もっともかかわり合いになりたくなく、そして……もっとも、素敵(・・)な妹でした」

 

 なら、いいか。

 

 変人だの関わり合いになりたくないだのが、親しさから発せられる言葉であれば、さすがにめくじらを立てることもないだろう。

 

 ただ、十三歳になる長女は微妙な年齢なので、本人の前では言わないように。

 

「子供の前で始祖竜の話などしませんよ……というか、あなたにしか、しません」

 

 それもそうだ。

 

 俺たちの話は現代の価値観で言うと『妄想』とか『創作』であり、両親がさも現実にあったことですみたいに始祖竜の話をしているのは、子供に見られたくない姿ではある。

 

 俺たちにとって、たしかに『現実にあったこと』でも。

 

 今を生きる俺たちが直接体験したこととは言いがたく、なにより、俺たちには世間体もあるのだ。

 

 だから俺は、彼女の話を『物語』だと思って聞くことにしよう。

 

 どうしようもない体感とか、経験とか、臨場感がありつつも。

 それはあくまでも俺には関係ない誰かの話なのだと、そう思って、耳を傾けよう。

 

 これは、俺が愛を思い出すまでの物語だ。

 

 その二番目となる『変貌の時代』……

 

 それを語るには、時代が始まる少し前まで、時をさかのぼる必要があるらしかった。

 

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