竜と呪いの千回紀   作:稲荷竜

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第19話 対災厄軍結成

 特別な誰かの、特別な誰かになりたかった。

 

 自分が愛するあの人に、自分も愛されたかった。

 

 ……たぶん、愛なんてものはわかっていなかったけれど。

 

 ()には、()がなにをしたって、ずっと隣にいてくれて、手を握ってくれて、抱きしめてくれる人が必要だった。

 

 誰でもいい、わけじゃない。

 

 ()が愛した人でなければ、ダメだ。それ以外は全部、妥協だ。

 

 妥協なんか、したくない。

 

 でも。

 

 彼女は竜で、()は、人だった。

 

 

 ……その当時の【求愛】の衝動が胸に焼き付くようによぎるのは、なんとなく、俺が過去に『災厄』になったことがあるからかな、と思う。

 

 始祖竜同士が記憶を共有するように、災厄同士はある程度の感情を共有するのかもしれない。

 

 そのある程度(・・・・)でさえ、どうしようもないほどの渇きだった。

 

「人類が俺だけになったら、あなたは俺だけを愛してくれますか?」

 

 ほんの十五年の人生だ。

 最底辺身分として生まれた。親の顔も知らない。

 もちろん優しくされたことなんかなかった。空腹で、疲れ果てていて、でも、そんなのおかまいなしに連れて行かれて、重労働を強いられる。

 相手の気分がよければ施しをもらえることもある。でも、失敗するとムチで打たれる。蹴られる。殴られる。踏みつけられる。

 

 そうやって始まって、それだけで終わっていくと思っていた人生。

 

 そこにある日、彼女(・・)が現れた。

 

 汚物まみれの黒い地面に膝をついて、汚れ一つない真っ白い手を差し伸べてくれた。

 戸惑う()に微笑みかけて、手をとって起こしてくれた。

 もちろん()自身だって、地面と同じかそれ以上に汚れている。にもかかわらず、綺麗なその人は、頭を撫でてくれた。

 

 ……その思い出が一生の宝にならないはずなんか、ないだろう。

 

 でも、多くのやつらは、ただ、『昔拾った綺麗な石』みたいに、その思い出をどこかにしまいこんで、満足してしまえるのだ。

 

 だからたぶん()…………彼は……第三災厄【求愛】は、俺たちの誰よりも【変貌】に近い場所にいたせいで、その人生を狂わせたのだろう。

 

 ……込み上げる感情に呑まれて、俺と彼を混同しそうになる。

 

 けれどこれはあくまで、彼の物語だ。

 

 俺は最初から最後まで、この顛末(てんまつ)の重要な部分にはかかわれなかったことを、忘れてはならない。

 

 第三災厄【求愛】の問いかけに、【変貌】は胸をおさえて苦しむあまり、答えられなかった。

 

 災厄を前にすると、始祖竜(オリジン)はその権能の大部分を封じられる。

 それは苦しみや痛みとなって始祖竜をさいなむようだった。

 

 だから、【変貌】は、【求愛】に敵意ある視線を向けることで応じた。

 

 その視線に、【求愛】は酷く傷ついたようによろめいた。

 

「……なんでだよ。俺は、こんなにあなたを愛しているのに……なんでだよ! なんで、あなたはっ……あなたは……!」

 

【求愛】は木の幹のようになった腕を横薙ぎにした。

 

「逃げなさい! これは、『災厄』━━」

 

 思いやりと博愛で無理矢理に【変貌】は声を絞り出した。

 

【求愛】がその長く太く、樹化した腕で真っ先に狙ったのは、同じ災厄軍でいっしょに戦ってきた、俺たちだったのだ。

 ……たぶん、『近かったから』とか、そんな程度の理由だろう。

 

 俺たちの反応は三つに分かれた。

 

 状況がわからず混乱してフリーズしていた連中は、花の咲き誇る木の幹と化した【求愛】の腕に殴られ、ひしゃげ、吹き飛び、死んだ。

 

 反射的に【変貌】の命令に従うことができた者たちは、足が速い者は難を逃れたが、遅い者は長く太くなった【求愛】の腕から逃れられなかった。

 

 俺たちは、盾で【求愛】の腕を受け止め、踏ん張れずに吹き飛ばされながらも、どうにか大怪我はまぬがれた。

 

 そして、腕に残るしびれと、青銅の剣さえも通さない木の盾が砕けたことにより、災厄の恐ろしさを肌で感じ、愕然(がくぜん)とし、動けなくなった。

 

 が。

 

「聞け!」

 

 静かで、涼やかで、それでいてよく響く、中性的な声が発せられた。

 

 自然とそちらに視線を吸い寄せられる。

 

 そこには、金髪碧眼の美少年━━のちに『勇者』と呼ばれることになる男がいる。

 

 彼はその場にいるすべての者(【求愛】さえも視線を向け、言葉を待つように動きを止めていた)を見回したあと、

 

「我ら、対災厄のための軍。そして、目の前には、始祖竜もそう認めた『災厄』がいる。━━我らが倒すべき『真の敵』が、そこに出現した」

 

 恐慌しかけていた空気が、一瞬で引き締まった。

 

 躍動軍たちが手持ちの武器を抜き放ち、隊列を整えていく。

 

 俺も━━俺たち災厄軍も、立てる者は立ち、声の聞こえる範囲にいた者は戻り、隊列を整えた。

 

『勇者』は俺に笑いかけ、

 

「敵を倒せ。始祖竜を救え。我らが剣をとり、災厄を祓うのだ!」

 

 全軍、彼に呑まれた。

 

 もはや仮初の敵対関係などなかったかのように、俺たちは一様に『災厄』をにらみつけ、武器を構える。

 

 こうして『対災厄』のため、人類の誇るたった二つの軍隊は一つになった。

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