竜と呪いの千回紀   作:稲荷竜

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第24話 おしまい2

「大人のように愛してほしければ、大人になるしかないのですよ」

 

 というのは元始祖竜(オリジン)【静謐】だった彼女が、三本目の酒瓶を空にして、赤ら顔で語る教訓である。

 

 たぶん第三災厄【求愛】の行動について言っているのだろう。

 

 うん、わかる。わかるよ、言いたいことは。

 

【求愛】は大人のような愛を【変貌】に求めたが、ただ一方的に愛して欲しいと叫ぶだけで、相手を思いやることがなかった。

 

 いや、思いやり方を知らなかった。

 

 彼が『戦争』で精力的に戦ったのも、厳しい鍛錬をたゆまず続けたのも、頭を使ったのも、全部全部、【変貌】のためにやったことなのだ。

 

 でも、それは伝わらなかった。

 

 なにせ【変貌】の目はどうしようもなく人類全体の生存に向いていた。さらに言うなら平等に向いていた。

 

 彼女は……

 

 自分の思う『正しい人類の姿』を押し付けようと、人類の運営に介入してしまったのだ。

 

 結果として災厄が生まれ、命を落とし……いや、落としたのかな、アレは。

 

「無機物化なのでまあ、ほぼ死では」

 

 世界最古の無機物化ヒロインか……

 

「人の妹をそういう感じで言うのやめてほしいんですけど……」

 

 ともあれ、俺の『記憶を持ったままの転生』はまた叶いそうもなく、始祖竜【静謐】の恨めしげな視線が感じられる……

 

 っていうか、始祖竜は記憶を共有するんだよな?

 

「まあ、はい」

 

 じゃあ、そもそも『躍動の時代』の段階で、お前ががんばって起きて【躍動】に伝言を頼むことなくない?

 

「『他者の記憶を知る』のと『自分で体感するの』とは、また違うものでしょう? ただ共有されただけの情報は『記録』でしかなく、それに着目してもらうには、別途、根回しが必要なのですよ」

 

 それはたしかにそうだ。

 

 どれほどの臨場感があろうが、どれほど我が事のようであろうが、やはり他者の記憶は他者の記憶にしかすぎない。

 趣味や性質が色濃く出るというのか、根底にある哲学が違うというのか……

『俺』が印象深く思うことを他者も同じように寸分の違いもなく印象深く思うか? という話なのだった。

 

「まあそれはそれとして、以降もずっと起きてます。あなたを監視するために……」

 

 えっ……

 俺が記憶を取り戻す現代まで起きてたってこと?

 

「まあ他の始祖竜が目覚めるたび、彼女らの権能で起きててもつらくないように改造してもらってましたし、実際には途中で死にましたけど。当時の私は町娘相当の無力さで、あなたを遠方から監視することぐらいしかできなかったので」

 

 ……その、見られてたのか、全部。

 

「私が見てるのにすでに二回も結婚して、合計で七人、他の女との子がいますよね」

 

 ……謝った方がいい?

 

「まだ早い」

 

 今後も俺は無事に子孫を残すらしかった。酔っ払った妻が怖い。

 

 まあさすがに前世なのでそれで浮気とか言い出さないでください……

 

「さすがにね。そこまでね。狭量じゃあないですけど? 狭量じゃあ、ないんですけどぉ? ……理性が納得しても、感情はまた別ですよねえ?」

 

 すっかりへべれけ(・・・・)な彼女の、酔漢特有の奇妙な圧力と熱っぽさは、俺の身をすくませて『券を二枚進呈します』という降参を引き出すのに充分だった。

 

 ここで言う『券』とは我が家で発行され我が家のみで使用可能な『代役券』であり、これを使用することで風呂掃除当番を代わってもらったり、料理当番を代わってもらったりと、そういうことができる。

 

 もちろんそこまで杓子定規(しゃくしじょうぎ)ではないので『券がないなら絶対に役割は代わらない』というほどでもないが、券を所持していると代役を頼む心理的ハードルと、受ける心理的ハードルがいちじるしく下がる効果は無視できない。

 

 かくしてなんだか知らないが俺が敗北していると、リビングに入ってくる足音があった。

 

「あ! お酒飲んでる!」

 

 我が家の元気な長女は、どうやら弟妹をいじり倒し彼らをダウンさせたあとも、こうして元気いっぱいに家を徘徊していたらしかった。

 

 口ぶりからすれば俺たちの酒盛りに気づいたのはたった今のようだが、さっきまでの話を聞かれていないか、ちょっとヒヤリとした。

 あの会話はいろんな意味で子供には聞かせられない。

 

 長女は当たり前のように席につくと、俺たちがつまみとして用意したチーズを頬張り、「他には?」と新たな食料を求めて冷蔵庫へと向かった。

 

 食べ盛り、育ち盛り。ただし『太るぞ』は禁句。

 

 冷蔵庫に顔を突っ込む娘の尻を凝視していても仕方ないので妻へと視線を戻し、ふと、娘がテーブルに戻るまでに聞けそうなことを思い出した。

 

【変貌】と娘が似てるとか言ってたけど、そんなに似てるか?

 

 すると妻は「ほへへへへへ……」と笑いなんだかなんなんだかわからない声をあげてから、

 

「ボディタッチ多めでさぞや同級生を勘違いさせてそうなところとか、すごく似てると思いません?」

 

 ああ……

 うん……

 

 娘は十二歳。今年十三歳になる。

 

 そのぐらいの年齢の男なんて、女の子の一挙手一投足で『ひょっとして俺のこと好きなんじゃ?』と思うものだ。

 昔十三歳の男子だったことのある俺にも覚えがある。

 

 ただし娘に誰かが求愛するとして、彼女が嫌がっているならば、その時こそ俺はどれほど絶望的な戦いであっても奮起し、最後まで戦い抜くことができるだろう。

 

 まあ、そんな戦いの時など、来ないのが一番いいのだが。

 

「ねー! 冷蔵庫のハム食べていいー!?」

 

「それは明日のおつまみよ」

 

「じゃあ明日食べるね! 私も!」

 

 ……どうにも娘は色気より食い気で、まだまだ誰かの求愛を受ける心配はなさそうだ。

 

 しかし、彼女が寮生活に戻るまで、俺の前世についての話はきっとできないだろう。

 

 しばらくは、またせわしない日常が続く。

 

 木の根に刺さった剣、十三家、勇者、始祖竜教……

 未来に続くであろうさまざまな要素がこれからどうなるかは気になるところだが、いつまでも昔話に熱を上げてもいられない。

 

 普通に生活するというのは、今も昔も、なかなか大変なのだから。

 

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