竜と呪いの千回紀   作:稲荷竜

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第29話 『聖跡』

「まあしかし、始祖竜(オリジン)は目立つからね。二人きりになれる場所以外では、私は姿を隠していようか」

 

 言うや否や師匠は瞬時にその姿を消した。

 

 俺はおどろかない。

 とはいえ、当時の俺は師匠がどんな高度なことをしていたのか、理解していたわけではなかった。

 俺は魔術を一定以上修めたという認定を受けはしたが、そもそも、人の基準で『修めた』としても、竜の基準で同じように言えるわけがないのだ。

 

 だから俺には、この師匠がなにをしたって『まあ師匠だしな』で済ます覚悟があっただけなのだった。

 

 ……現代風に解釈すればそれは、空気の密度を操作して光の屈折率を操っての透明化のようには思うのだが、竜の魔術を現代科学で読み解こうという試みが、そもそも間違っている気もする。

 

 そんなふうに傍目には一人旅、実際には二人旅は開始された。

 

 魔術による補助で足取りも軽やかな俺は順調な旅程で帰郷を進めていった。

 

 この時代はまだまだ街道の整備も未熟で、そもそも俺と師匠が過ごした場所は人類未踏領域……つまり十三家の領地の外側も外側だったこともあって、野生の道が数多く俺たちの旅を阻んだ。

 

 しかし魔導士となった俺にとっては大した試練ではない。

 

 第一災厄【虚栄】の遺産たる魔物どもを蹴散らし、道なき道を切り拓き、時には断崖絶壁さえも風に舞って踏破した。

 

 人類未到領域には濃い自然が広がっていた。

 

 現代の感覚から言うと『濃い自然』を『緑豊かで癒される』と思ってしまうかもしれないが、当時の野生のままの、人になびかない自然は、ほとんど肉食獣と変わらない脅威だ。

 

 開拓が遅々として進まない理由を三つ挙げろと言われれば……

 

 一つは『【虚栄】の遺産である魔物ども』。

 一つは『土木技術の未達による拠点構築・街道整備の未熟さ』。

 最後の一つには『いちいち切り拓かないと危険なほどに濃い野生の自然』が挙がる。

 

 つまり自然というのは本来、ちょっと油断しただけで人を殺すほどのものなのだった。

 これに相対して勝利し続けることができるというのは、今まで実感を伴っていなかった魔術という力の強さを確かに感じさせ、それに費やした時間は無駄ではなかったのだと俺を明るい気持ちにさせた。

 

 いや、比較対象が始祖竜しかいない状況だったのだから、無理もない。

 はるかな格上しかそばにいないというのは、なかなか、自信の捻出が難しいのである。

 

 そうして歩いていくと自然が(・・・)減って(・・・)きたのがわかる。

 つまり人類の領域が近いのだ。

 

 隣を歩いていた師匠はいつの間にか消えていた。

 ただしそばにはいるようで、

 

「ちょっと進むと面白いものがあるよ」

 

 と、イタズラっぽく言うのだ。

 

 経験則から始祖竜【解析】の面白がるものにろくなものはないとわかっていた俺は、旅のお供である杖を握りしめ、【解析】の髪を縫い込んだローブの襟を正し、ゆったりと木々の隙間から向こうをうかがった。

 

「なんだいその警戒……いや、危険はもう(・・)ないよ。本当に」

 

 かつてはあったらしい。

 

 だがまあ、竜の共通点だが、彼女らはあいまいな言葉を言ったり、深読みをさせてこちらをからかったり、隠し事をしたりはするものの、嘘だけは言わない。

 

 その始祖竜が『危険はもうない』と言うならば、そこは信じてもいいだろう。

 

 木々の隙間から這い出て、歩いていく。

 

 ……最初、それ(・・)がなにか、わからなかった。

 

 いや、崖かなにかだと思っていたのだ。

 

 けれど崖だとするとあまりにもおかしい。それは整備された街道の真ん中に突然出現した断崖絶壁だ。

 見上げても頂上が見えないほど巨大なそれは、よくよく見れば、木の質感を持ち、幹にまで花をつけていることがわかる。

 

 それは、

 

「これが第三災厄【求愛】の死体さ」

 

 ……観光という娯楽のないこの時代における、ほとんど唯一の『観光地』。

 

 始祖竜教により『聖跡(せいせき)』と定められた、『求愛と変貌』そのものが、俺たちの前にそびえ立っていたのだった。

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