竜と呪いの千回紀   作:稲荷竜

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第35話 死なない勇者の殺し方

「あたしさあ、ずっと勇者の殺し方考えてたんだけど……」

 

 起き抜けにされるには重い話が舞い込んできたのは腕が治った翌朝のことだった。

 

 ローブをブランケット代わりにして隣り合って寝ていた我が弟子がやけに思い詰めた顔をしているので「どうしたんだ」と軽い気持ちで聞いたのを後悔した。

 

 たぶん、運命に分岐点があるなら、この時がそれ(・・)だった。

 

 俺が絶句しているのをいいことに、我が弟子は真っ赤な瞳で真剣にどこかを見ながら、ぽつりぽつりと、一晩かけて考えていたであろうものを開陳していく。

 

「あいつを殺すの……無理では?」

 

 そうだね。

 じゃ、あきらめよう。

 

 ……などというので済むような性分ではないというのは、彼女の『ししょー』をやってきた俺がもっともよく知っている。

 

 彼女の今の発言は『正攻法では無理』という現状確認にすぎず、その白い裸身の力のこもり具合から言えば、たぶん邪道での倒し方で『これは』と思うものをすでに発見してるのだろう。

 

「だからさ、閉じ込めよう。生きたまま」

 

 エグくて引く。

 

「だって、あいつが追いかけてくる限り、いつかあたしは聖剣を渡さないといけなくなるじゃん。そんなのやだよ。せっかく手に入れたのに。あたしの所有物を誰かに渡すしかないなんて、許せない」

 

 ……いちおう確認しておくと、我が弟子は『聖剣』というものに対して、なんの思い入れもない。

 ただ、自分が一度でも所有した物を、渡したくない相手に渡すというのが我慢ならないだけなのだった。

 

 たとえば我が弟子は道端で拾った小石であろうとも、自分が渡したいと思えない相手には決して渡さないだろうし……

 そのために自分の命と相手の命を天秤(てんびん)に載せるような事態になっても構わないのだろう。

 

 彼女は『自分の思い通りにならないこと』すべてに対して命懸けで叛逆(はんぎゃく)する。

 

 その苛烈さにこの当時の俺は『始祖竜(オリジン)【躍動】もこんなような性質だったのかな……』などと思った。

 

 第二災厄【憤怒】との戦いの言い伝えを聞く限り、そして冠する権能の響きから推察する限りにおいて、始祖竜【躍動】はかなり熱いやつ(・・・・)と推測されたのだ。

 実際の【躍動】はものぐさ(・・・・)で面倒くさがりで大雑把の、人類生命どんぶり勘定野郎なのだが、この当時の俺にわかるはずもない。

 

 とまあ俺が現実逃避のように【躍動】に思いを馳せていると、我が弟子はその真っ赤な瞳でしっかりと俺を捉えて、

 

「ししょーとあたしが全力を出しても、あいつを閉じ込めらんないよね」

 

 まあ、無理。

 どういう閉じ込め方かにもよるが、たぶん『永遠に閉じ込めておく』という方法を取りたいのだろうなと推察される。

 

 ということは術者の()に効果が左右される魔術ではなく、もっと物理的な……たとえば石の箱なんかを作って、中に入れるという方法が考えられる。

 

 当然ながら加護持ちの英雄を閉じ込めるのだから、充分な厚みと丈夫さが必要であり、すなわち、すごく重い。

 

 そんなもので六方を囲むまで待ってくれるわけがない。

 

 それ以前になんらかのかたちで拘束しなければならないが、この時代に加護持ちの、しかも一切減衰していない、与えられた当初のままの加護を持つような英雄を拘束する方法もない。

 

 あと、仮に閉じ込められたとして……

 

 外側から『勇者の仲間』が封印を解いてしまう可能性も、かなり高いように思われた。

 

「そう、それ!」

 

 興奮した様子の我が弟子は、どうやら『閉じ込めたとしても、誰かにその成果をひっくり返されるかもしれない』ということが、ひどく我慢ならないらしい。

 

 だから、と彼女はこんな提案をした。

 

「あいつを『世界の敵』にしちゃえば、あいつを助けるやつはいなくなるでしょ。やろうかと思って」

 

 やろうかと思っただけでできたら苦労はない。というか、いちいち発想がエグくて引く。

 

 だが、続く彼女の意見は『魔導士』として一蹴できないものだった。

 

「ししょーみたいな開拓に酷使されてる人たちに魔術を教えて、みんな部下にしちゃおうよ。魔術を広めて、魔術の世界で最強なら、みんなあたしに従うでしょ」

 

 人間には知能とかプライドっていうのがあってぇ……なんていうような苦言を呈そうとこの当時の俺は考えたようなのだが、それは言葉にならずに霧散して、なんだか『そうかあ?』という強烈な反発だけが残った。

 

 幼いころに竜にさらわれたこの当時の俺には『人間』というものについて造詣を深める機会がなく、人間のことを語れるほどには知らなかった。

 また、まさに自分が『自分より強いやつに従っている』状態なので、人間って案外そういうものかもな……と絶望に近い感想を抱きつつあった。

 

 俺は心のどこかで、力なんていうものには左右されない人間の意思とか、煌めきとか、そういうものを信じたがっていた。

 

 それはおそらく、俺自身が始祖竜との力の差をどうしたって埋められないものと思っていて、しかし、力の差だけで互いに深く親しみ合えない状況を悲しんでいたからだ。

 

 だから俺は、力以外のものに大事な価値を見出したかったのだが……

 

 残念なことに現状で『価値ある力以外のもの』は見つけておらず━━あるいは見つけたことに気付いておらず、我が弟子の意見を否定できなかった。

 

 彼女に対しはっきり否定できないというのは、彼女の中で『肯定された』と解釈される。

 

「じゃ、十三家の開拓地をぐるっと回って、開拓事業をやらされてるのが『ムチ打ち』なら魔術を教えつつ解放しよう」

 

 ちなみに『ムチ打ち』は隷属のムチに打たれて無理矢理働かされている実質奴隷のことを指す。

 

 彼女の方針を聞いて、とりあえず必要かなと思って、一個だけ質問する。

 

「もしも、開拓をやらされてるのが『優秀な者』たちだったら?」

 

「ぶっ殺す!」

 

 殺さないように説得するまでまる一日かかった。

 

 始祖竜【解析】に師事していた俺は、生命をあまり減らしすぎるなというような教育を受けていたのだ。

 

 かくして俺たちは、聖剣を追いかけてくる勇者の兵たちから逃れつつ、魔術伝導の旅を始めて……

 

 それは、あまりにも、うまく行きすぎた。

 

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