竜と呪いの千回紀   作:稲荷竜

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第49話 熱意の総量

 三歳ぐらいから本格的に魔術を習い始めた我が妹は、おおよそ一年半で教師役をしていた魔導士を知識・実力双方で追い抜いたらしい。

 

 それからしばらくして家が物理的に潰され王宮あずかりになると、うろうろしていた魔導王が気まぐれに魔術を教えるのをすんなり吸収し、現在では魔導王から『私の次に強い』というお墨付きをもらっているらしい。

 

 実力的にはかように申し分なく、さらに俺の妹ということで政治的にも『どうせ寵子(ちょうじ)の味方だろ』と思われているところがあり、つまり、俺の師匠役としてこの上ない人材が、この五歳児なのだった。

 

 魔術の才能がある者がたいていそう(・・)であるように、我が妹も他の子に比べて成熟が早い。

 

 五歳というのはもっと感情の制御が苦手で、論理的思考も大人ほどではないはずなのだが、この妹は例外だった。

 

「いいですかお兄様。私は、身内でも、甘いことは言わないんですよ。魔導王様にお願いされたので、厳しく指導していきますからね」

 

 大人びている、というレベルではない。

 

 ……まあ、そうは言っても五歳の女児。

 俺と視線を合わせるため台座に乗って胸を張る姿は『微笑ましい』以上の感想を抱くのは難しい。

 

 とはいえ、魔術において間違いなく先達であり、魔導王も認めるほどの実力者でもある。

 俺はその愛くるしい見た目に引っ張られて侮ることがないように強く己を戒め、妹の指導に身を委ねることにした。

 

 ……これを機に、気まずかった……俺が一方的に気まずいと思っていた妹との関係も、少しでも改善方向に向かってくれるならなにより嬉しいという気持ちもあった。

 

 最初、妹の指導には、天才特有の不理解があった。

 

 才能ある者は、才能ない者がつまずく箇所がわからない。

 

 だが、妹は傲慢ではなかった。わからないことを研究し、検証し、俺にもわかるよう噛み砕くまでの速度が早い。

 

 魔術のみならず頭の回転でも俺よりはるか高みにいるこの妹の指導は、たまに狭量な俺が『子供のくせに』という感情を禁じ得ないこともありつつ、それでも感情を抑えて聞けば、たしかにすべて、正しいのだった。

 

 ……そして俺は、天才と凡人の違いについて思い知らされ続けた。

 

 天才と一口に言っても、それは色々なタイプがいるのだろう。

 だから、妹という天才に限って言えば、彼女は『最初から一発ですべてを理解する』というタイプではなかった。

 

 思考することをためらわない、というのか。

 

 失敗に対して真摯(しんし)なのだった。

 失敗したなら原因を検討して、検証して、時にはわざと失敗したりしつつ、『自分がなにを理解できていないのか』を常に探り続けるすさまじい根気が彼女にはあった。

 

 いつ頭を休ませているんだ、と言いたくなるほど、彼女は常に物事を考えていて、研究を怠らず、挑戦をためらわなかった。

 

『解析の時代』━━つまり魔導王がまだ魔導王でなかったころの記憶を持つ俺からすれば、『この当時の俺』の妹の真摯さは、かつての魔導王を思わせるところがある。

 

 二人とも努力型の天才、というのか。

 最初から答えを知っているタイプではなく、一を聞いて十を知るというタイプでもない。

 

 ゼロと一のはざまにある、成果の見えにくい、成功像を思い描きにくい地味で退屈なところで、幾度も試行錯誤し、何度も挑戦することをためらわない者……

 

 彼女らは、魔術を愛する者だった。

 

 そして妹は、かなり早い段階で、俺が別に魔術を愛していないことに気付いた。

 

 ……俺にとって魔術は、護身のための道具にしかすぎないのだ。

 

 たとえば世界の風潮として『魔術はクソ』などと言われていれば、魔術を学ぼうとは思わないだろう。

 それが冷静に検証してどれほど有意義な力だったとしても、『世間が学ぶ必要がないと言ってくれているんだから』と、習得の努力を避けるはずだ。

 

 おそらく、妹や魔術王は、世間がどうなろうが、魔術を学び、修めるだろうと思われた。

 

 彼女らは魔術が好きだ。

 好きなものに対して費やす時間を『努力』などという分類はしない。

 努力と意識せずに誰よりも努力できてしまう。ゆえに、天才。

 

 一方で俺は、正直なところ、そこまでの情熱がなく、魔術に対して考察するなんていう労力をしょいこむのは、できれば避けたいのだった。面倒なので。

 

 これはまったくの怠惰で、魔術の他にやりたいことがあるわけでもなく、ただただ、がんばるということに慣れておらず、がんばることが、きついのだ。

 

 妹はそのあたりを早い段階で見抜いて、最初、俺が『努力と思わず努力できるやり方』を模索したようだった。

 

 だが、そんなものはない。

 

 今さら魔術を好きになるには、俺は歳を取りすぎていた。

 

 魔術を使えないことにより色々あった二十年間は、俺の中に魔術に対する反感を生んでいた。

 これが魔術にちょっとでも興味を惹かれるたびに『そんな程度で(ほだ)されたら、魔術なしで生きてきた二十年間に対する裏切りではないか?』と問いかけてくるのだった。

 

 くだらない。

 でも、捨てられない、プライド。

 

 妹は、もちろん明文化にはいたっていないだろうが、俺の中に『そんな感じのもの』があるのも見抜いたようで、指導の目標を早々に下方修正した。

 

『魔術を好きになってもらい、いつでも魔術のことを考えられるようになってもらおう』から……

 

『魔術を嫌いにならない範囲で、護身程度の魔術を覚えてもらおう』へと、修正したのである。

 

 十五歳下の妹に見抜かれ、気遣われながら、俺は魔術を覚えていった。

 

 妹は俺がなにか一つ魔術的段階を上り詰めるたびに俺を褒めて、魔術を好きになってもらおうとしていたようだけれど、俺はその努力をふいにし続けた。

 

 ……本当に、申し訳ないとは思ってるんだよ。

 

 俺だって、お前みたいに、嬉しそうに魔術について語れたら、どんなにいいだろうって思うんだ。

 

 俺が魔術への愛がない様子を見せるたび、お前が悲しそうな顔をするのは、俺だって、つらいんだ。

 

 でも、どうしても、そこまで魔術を愛せない。

 

 魔術に限らず、なにかにそこまで夢中になるには熱意が必要で、どうにもその『熱意』っていうやつは、生まれつき総量が決まっているような気がするんだ。

 

 俺の『熱意』は生まれつきものすごく少なくて、五年も社会で不慣れな労働をしていただけで、すっかり底をついてしまったようだった。

 

 ……そうして、ギリギリの熱意をどうにか絞り出しつつ、最低限あきらめられない程度には努力もして、三年ほどで、俺は、自分にできる限界まで魔術を修めた。

 

 魔導王や妹の足元にも及ばない。彼女たちの影さえ踏めない。

 戦争があれば隊列の最前方に配置されて、一発、大きめの魔術を撃ったらもうおしまい、という雑兵レベルの魔術師として、俺は仕上がった。

 

「魔導士には至れませんでしたね」

 

 妹は俺の才覚がここらで打ち止めなのがわかったようだ。

 

「まだ鍛える余白はあると思うが?」

 

 魔導王はどうにも『人は、持って生まれた天分の限界までしっかり己を鍛えて当然』というように思っているらしかった。

 

『天分の限界』にいたるためには熱意という原動力が必要になるのだが、それを理解できない様子の彼女は、生まれてこのかた熱意の不足に悩まされたことがないのだろう。

 彼女の真の才覚は『精霊に愛される』ことよりも、『尽きることのない熱意』の方にあるのではないかとこのごろの俺は思っていた。

 

 俺と妹以外に臣下のいない玉座の間で、そうして俺の修行完了報告は終わったのだ。

 

 再建された城は以前よりもひとまわり小さくなっていた。

 

 三年前に【露呈】により風穴を空けられた玉座の間は、その穴を塞がないまま維持された。

 これは魔導王が始祖竜(オリジン)【露呈】に対する怒りを忘れないようそのままでおけと命じたゆえだ。

 防犯上、玉座の間に穴があるのはどうかと思うが、この当時の国家元首は国内最強なので、まあ、問題は感じていないのだろう、たぶん。

 

【露呈】はあれから、顔を出していない。

 

 この当時の俺は【露呈】を『性格最悪の生きているだけで危険な竜』だと認識しており、それをそのまま魔導王にも伝えているので、まあ、来ないのは正解なのだが(問答無用で戦闘になるから)……

 

 人外の美貌のせいなのか、しばらく見ていないと、あの目尻の下がった『ほにゃっ』とした感じの、癒されるような笑みが懐かしくも感じられた。

 

「まあ、いいわ。ともあれ、貴様は護身ができる程度に鍛え上がったものとみなします。では、行きましょう」

 

 相変わらず説明をしない魔導王が不意にそんなことを言うもので、俺は事情を知っているであろう妹の方を見た。

 

 しかし妹も事情を知らないようで、彼女の顔には八歳の少女らしい、目をまんまるにした驚きが浮かんでいた。

 

「あの、どこへ?」

 

 兄としての矜持……なんてものはないが、妹も事情を知らない事態がこれから始まることへの恐怖から、つい、質問が口をついて出た。

 

 すると魔導王は『言ってなかったっけ』みたいな顔をしたあと、

 

「戦争」

 

 ……極めて端的に、行き先ではなく、目的を述べたのだった。

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