竜と呪いの千回紀   作:稲荷竜

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第50話 『軍』

 そういえば妹に鍛えられていた三年間に話を戻すが、その期間はなにも魔術の修行に明け暮れていたわけではなかった。

 というより、俺の熱意総量では『明け暮れる』ことができなかった。

 

 空いた時間に俺がなにをしていたかと言えば、それは、『王宮で寵愛(ちょうあい)を受けている』という誤解を解くための、責任逃れがメインの目的の無駄な活動と……

 

 それから、魔導王の実験の付き合いだった。

 

 この時代、魔導王が主に研究していることは、三つだった。

 

『不変の英雄』を殺す方法。

 なぜ、自分が災厄になったのか━━『災厄』とは、なにか?

 

 そして、始祖竜(オリジン)【解析】からもたらされた、転生術式の解明。

 

 魔導王は俺の魂を、確かに彼女の『ししょー』のものだと見抜いた。

 

 なぜそんなことが可能だったかと言えば、それは、始祖竜【解析】が残した『転生術式』のせいだった。

 

 これは竜にしか使えない、と始祖竜【静謐】から太鼓判を押された術式であり、実際、魔導王は使用できていない。

 

 だが、ある程度は解析を進めており、百年かけてようやく『魂の同定』までは理解が及んだらしかった。

 

「【解析】は私にはこの術が使えないと思って交渉材料によこしたようだけれど、私の才覚を勝手に乏しく見られるのは我慢なりません」

 

 本当に反骨心だけで生きている。

 

 それで実際に、人類には不可能と言われた竜の魔術の一端をものにしてしまうのだから、すさまじいとしか言いようがない。

 

 百年かけての試行錯誤というのもものすごいが、百年かけてようやく術式の端も端、末端の一端をつかめただけ、という進捗速度なのに、全然心が折れていないのも、ものすごい。

 

 俺ならそんな絶望的難易度の問題、数秒であきらめる。

 

 ……それをあきらめる者と、あきらめない者の差が、そのまま天才と凡人を分ける分水嶺(ぶんすいれい)なのかもしれない。

 

 ともあれ『ししょー』の魂を宿す俺は、その記憶を……人格を取り戻せないかと、魔導王にあれこれされたわけである。

 

 本当に『俺』の人格は、彼女にとって興味のないもののようで、魔導王が俺を呼ぶ時には『貴様』とか『入れ物』とか、そんなふうな呼び方をされた。

 

 なにかの実験の時、『ししょー』だった記憶のない俺は、恐れ多くも魔導王に『俺の魂のもとの持ち主は、恋人かなにかだったんですか』とたずねてしまったことがある。

 

 たぶん二日ぐらい徹夜を強いられていたせいで疲れていたのだ。

 

 すると俺より長く起きているはずの(まあ、災厄なので睡眠は必要ないのだけれど)魔導王は、術式の解析を休まず進めながら、こう答えた。

 

「関係性を人にどう定義されるかに興味はない。彼は私のものだ。だから取り戻す。それだけ」

 

 そのスタンスが理解の外すぎて、俺は絶句するしかなかった。

 

 というのも、この時の俺から見て、魔導王の人生には欠けているところなどないように思われたのだ。

 力、権威、富。すべて持っている彼女はしかし、俺の見ている限り、一度だって満たされた顔をしている時がなかった。

 

 ……俺が『自分には才能がない』と早々にあきらめられた理由の一つが、いつだって満たされたところのない魔導王の様子にあったのは、言うまでもないだろう。

 

 俺は、こんなにも渇望し続けられない。

 

 ちょっとした安定を得たら、そこで満足して止まりたいと思ってしまう。

 

 ……悪い癖だと、自分では思う。

 

 いつでも理解の外にある尊いなにかを見せつけられるたびに、俺は『どうして自分がここにいるんだ。ここにはもっと、存在するにふさわしい性質の持ち主がいるべきだろうに』と思ってしまう。

 

 考えれば考えるほど、魔導王のそばというのは、明らかに俺の居場所ではない。

 

 ただし、俺は、自分の居場所について、他にどこか心当たりがあるわけでもないのだ。

 

 ここではない、どこか。

 

 俺はきっとそういう場所を求めていて、その実像については、全然まったく、思い描くとっかかりすら、なかったのだった。

 

 

 さて、魔導王は『戦争』と述べて王宮を出たのだが、国内の魔導王支持率はかつてないほど低く、例の始祖竜【解析】が結んだ『戦争禁止条約』もあって、国内で戦争に呼応する勢力はいないように思われた。

 

 魔導王はこのあたりのことを能天気に捉えるほどアホではない。

 

 だが、彼女は一瞬『ばかじゃないの』と言いそうになるようなことを述べた。

 

「そもそも、戦争をするのに魔術師を動員しなければならないというのが間違いでした。ただ、私が敵地に殺意を持って進むだけで、それは我が国の軍と呼べるのです」

 

 一人で吶喊(とっかん)するらしい。

 

 ちなみに『戦力として数えるのが自分一人』というだけで、俺の身を守るために俺を戦地に連れていくようだった。

 情勢的に、国内においておく方が俺の身が危険という判断のようだ。

 ……ちょっとなに言ってるのかわかんない。

 

 ちなみに俺の妹まで流れでこれに同行することになってしまったので、総計三人の魔導王軍は、一週間分の食料だけ持って勇者の国へ攻め入った。

 

 国内にお触れさえ出していない。

 

 戦争を始めるために必要な、事前の準備もしていない。

 

 だから当然というのか、二国の国境にしてかつての戦の主戦場である『竜の里』まで進んだ時に、勇者の国側の哨戒(しょうかい)兵たちは、まず、ぎょっとした。

 

 そして、魔導王にこうたずねた。

 

「あの、魔導王、恐れながら、訪問の予定についてはうかがっておりませんが……」

 

「黙って道を開けるか、ここで死ぬか選びなさい」

 

 相手はもちろん、意味がわからなかったようで、困惑し、黙り込んだ。

 

 魔導王の最後の慈悲に『首をかしげる』という解答をした兵は、魔術によりあとかたもなく消え去った。

 

 ……あまりにも唐突に、ほぼ百年ぶりの戦争は始まったのだ。

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