竜と呪いの千回紀   作:稲荷竜

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第52話 人為災厄化

「お前、バカなのでしょう? いいわ、答えなくて。聞くまでもないから」

 

 魔導王の目論見通りに現れた始祖竜(オリジン)【露呈】は、出現するなりそんなことを述べた。

 

 背が低く丸顔で目尻が下がっている顔つきのお陰で、たいていなにを言っても柔らかく聞こえる【露呈】ではあったが……

 今、目の前に現れた彼女は、顔立ちや声質だけではどうしようもないほどに、怒り狂っているように思われた。

 

「わたくしがお前を生かしておいてやったのは、こんなことをさせるためじゃないのよ。理解なさい」

 

 この挑発的な発言すべてが魔導王に向けられたものなのだから、魔導王の左側に位置している俺としては、気が気でない。

 

 この時の俺は、始祖竜を向こう回すよりも、魔導王の癇癪(かんしゃく)うっかり(・・・・)に殺される方を危惧していた。

 

 それほどまでに、始祖竜に怒りを向けられた魔導王は静かで……

 だというのに、隠しきれない怒気が、やや後方に立つ俺からでもわかるほどだったのだ。

 

生かして(・・・・)おいて(・・・)やった(・・・)?」

 

 案の定、魔導王の声は怒りのせいで冷え切っていた。

 

 すぅー……と魔導王が次の発言のために深く長く息を吸い込むのが、どう考えても攻撃の予備動作にしか思えなくて、俺も、魔導王の右側にいる妹も、我知らず一歩、魔導王から離れていた。

 

 そしてやっぱり、魔導王は、怒りを爆発させた。

 

「始祖竜の分際(・・)であたしの命を所有した気でいるのか! そういうのは、全部、あたしに勝ってから言え!」

 

「あらあ? 古い災厄の分際(・・)で、わたくしによくもそんなふうに言えたものね? お前、面白いわ。いえ、はっきり言うと、つまらないわ。とても不愉快よ。死になさい(・・・・・)

 

 始祖竜【露呈】がフッと息を吐くと、その吐息は光線となって魔導王に迫った。

 王宮の壁をやすやす貫通する一撃である。

 しかも、魔導王にして第四災厄【守護】を前にしても、いっさいの弱体化をしていない一撃だ。

 

 光線は文字通り光の速度で迫っていて、俺たちが認識した時にはすでに、魔導王に命中していた。

 

 けれどそれだけでは魔導王は死なないことが証明されている。

 

 魔導王は光線でその腹部に風穴を空けるも、それを瞬時に直し(・・)、始祖竜【露呈】に向けて複数の魔術を同時に放った。

 

 だが、始祖竜が片手を軽く振ると、すべての魔術は光に呑まれてあとかたもなく消え去ってしまう。

 

 ……目の前で一瞬で行われた攻防が、あまりにも次元違いすぎて、俺たちはただ、その場に突っ立っているしかできない。

 

 しかもその攻防はほんの小手調べでしかないのだ。

 

 魔導王は不遜に言う。

 

「命じます。聖剣を私に献上しなさい。そうすれば苦しめずに殺してあげますよ」

 

 始祖竜は『ふにゃり』ともともと下がっていた目尻をさらに下げて笑う。

 

「どうしてわたくしが、お前を殺さないでおいてあげたか、理解する知能ぐらいあると思っていたのだけれどね? 期待外れよ。いえ、想定通りと言おうかしら。お前はしょせん、その程度だと思ってはいたわ」

 

「言い間違いの訂正を許します。『殺さなかった』ではなく『殺せなかった』でしょう? 私が多くの生命を背負っているから、生命を減らしたくない始祖竜は私を殺せなかった。それだけでは?」

 

「それをわかっていながら、(みずか)ら自分が殺されない理由を手放すというのは、やっぱり愚かね」

 

 話しているうちに、始祖竜の後方から上がる土煙に気付いた。

 

 ……勇者軍が、いよいよ俺たちのところに迫っているのだ。

 

 彼らは魔導王を敵に回した時点で精霊に見向きもされず……

 また、侵略者がたった三名という超小規模かつ目撃者をほぼ皆殺しにしているという点でこちらの位置把握に苦労しつつも、どうにか、ようやく、こちらの位置を特定したようだ。

 

 それか、始祖竜【露呈】が位置を教えたのか。

 

 竜は人には想像もつかない方法で事を成す。

【露呈】の(まと)う輝きを思えば、全方位に光を放ってその反射で魔導王を見つけ出した、などのことがありそうにも思えた。

 

【露呈】はわざとらしいため息をついて、

 

「しょうがないから、役者を揃えることにしたわ。第四災厄【守護】はここで討伐するわね。人類の数をいたずらに減らす危険個体なんて、始祖竜的にも、人類的にも生かしておけないでしょう? 本来は【解析】の時代に終わらせておくべき災厄(しごと)なのに、もう、あいつは本当にアホなのだわ」

 

「大丈夫です。ちゃんとあなたの仕事にしてあげますから」

 

 ……その時のびりり(・・・)とした感じがただごとでないのは、当時の俺にもよくわかった。

 

 体が勝手に魔導王からさらに半歩遠ざかるのは、間違いなく怯えからきたものだ。

 

 魔導王は、告げる。

 

精霊とは(・・・・)可視化(・・・)された(・・・)人の(・・)感情(・・)である(・・・)

 

 始祖竜【露呈】は、反応を押し殺した。

 常に癒されるような笑みをたたえている口元が、一瞬、真っ直ぐに伸びたように、俺にも観測されたのだ。

 

 魔導王は始祖竜が取り繕うのを見て、歓喜をふくらませる。

 

「災厄とは、その時代の、人の総意の代弁者である」

 

 ……精霊たちが、渦を巻き、だんだんと魔導王へと集まってくる。

 

「魔術とは、精霊の気を惹いて不自然を起こす技術である」

 

 魔導王は淡々と言葉を続ける。

 

 それは勇者軍の接近を待つための雑談のような調子であった。

 けれど、俺や妹はもちろん、始祖竜さえも口を挟めないほど、断固としたものだった。

 

「先の三つが真であると仮定すれば━━精霊の扱いに長けた者ならば、自らの意思で災厄になることができる」

 

「【解析】のやつ……! ほんと、余計なことだけしたわね!」

 

 人に精霊の見方を教えたのは、【解析】だ。

 人に魔術をもたらしたのも、【解析】だ。

 

 そして、魔導王は【解析】の孫弟子であり……

 

 努力の、天才だ。

 

 疑問があるならばそれを検証し続けることになんのためらいも抱かない。

 何度だって失敗しながら何度だってやり続けて、それをまったく苦にしない。

 

 そんな存在に、百年という猶予を与えてしまった。

 

 魔導王は笑いを堪えるような声で言う。

 

「すべてを【解析】のせいにするというのは、よろしくないのでは? 貴様もずいぶん、私にヒントを与えましたよ。お陰で三十年は停滞していた研究が、ここ三年で一気に進みました。ありがとうございます」

 

「このッ……! お前、本当に……!」

 

【露呈】が膝をついたのは、魔導王に多くの精霊が集まり始めたことと無関係ではないだろう。

 

 第四災厄【守護】の前では弱体化しなかった【露呈】が、たしかに弱体化をしている。

 

「さて、答え合わせをしましょうか。私の『人為災厄化理論』が正しいのか、正しくないのか。……まあ、貴様の今の姿を見れば、検証するまでもないでしょうけれどね」

 

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