竜と呪いの千回紀   作:稲荷竜

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第55話 おしまい4

 そういえば、魔導王のもとに姿を現さなかったあいだ、始祖竜(オリジン)【露呈】はなにをしていたんだろう?

 

 答えが返ってくるとも思えないそんなつぶやきは、たしかに目の前にいる彼女に拾われて、彼女は深いため息のあと、こう答えた。

 

 

「勇者のもとで暮らしていました」

 

 

 ああ、それで最後の時に勇者軍と連携するように現れたのか。

 

 さすがは監視以外のすべての権能を失ったという【静謐】である。

 よもやそちらのチェックをしていたとは思っていなかったが、なるほど、監視以外にできないらしい彼女は、ちゃんと姉妹の動向も見守っていたんだな。

 

 まあ、見守るしかできない状況が歯痒かった時だって、何度もあっただろうけれど。

 

 ちなみにだけれど、【露呈】は勇者のもとでなにをしてたんだ?

 やっぱり魔導王対策とか?

 

 ……と、質問すれば、目の前の彼女は手にしたコップをぎゅっと握り締め、顔を逸らし、消え入りそうな声で、こう述べた。

 

 

「……………………遊んでいました」

 

 

 は?

 

 

「人界を満喫していました」

 

 

 えーっと……

 

 いや。

 

 まあ、その。

 

 ……たしかに、【露呈】的には当時の魔導王なんか脅威でもないし、大自然と人間のバランサーという役割もそう必要な時代とは思えなかったし、やることはなかったのか。

 

 ……いや、そうか?

 

【躍動】の時代より世界は発展していたように思うし、その裏には自然破壊もあったはずなのだが、【露呈】は人類の間引きをしなかったな?

 

 

「バランスの取り方は各竜にだいぶ委ねられるので……その時代の竜が『いい』と思えば、よくなります」

 

 

 早々に人間の間引きを決めた【躍動】、実は仕事熱心?

 

 

「いえ、そのー……

 

 ……パワーバランスが人間側に傾くほど、自然側から発生する問題が増えるんですよね。

 するとその管理が煩雑(はんざつ)になっていくので、早めに自然側に盛り返させるというのは、のちのちの面倒ごとを避ける意味合いが強いと言いますか」

 

 

 ……よし、ポジティブに考えようか。

 

 もしかしてだけど、【露呈】って、かなり人命を大事にしてるタイプの竜だった?

 

 

「それは、そうですね。

 あの子はおそらく、始祖竜の中でもっとも人を愛していたのではないでしょうか?

 

【解析】なんかは人の『向上のための苦しみ』を愛でる性質がありますが、【露呈】は人の『反応』を愛でる性質があると言いますか。

 

【解析】がヒントを与えるだけの存在なら、【露呈】は答えを与えるだけの存在と言いますか……どちらも悪気はないと言いますか……」

 

 

 今日の発言、オール歯切れが悪い状態だけど大丈夫?

 

 

「いちいち姉妹の尻拭いをさせられるのは、けっこうきついですね」

 

 

 ……まあ、全部『終わったこと』だし、もうこの物語は俺とお前だけのものだし、別に今さら始祖竜の好感度なんか気にしないでいいと思うんだけれど。

 

 

「じゃあ好感度を気にしないで言及すれば、始祖竜の『たちの悪さ』ランキングを作るなら、一位がぶっちぎりで【虚無】なのは当然として、二位か三位には【露呈】がランクインします。

 

 彼女があなたに聖剣を与えようとしたのも、『結果』だけ与えてみてその反応を楽しむためという意味合いが大きいですし」

 

 

 まだ出会っていない【虚無】の時代が恐ろしくなってくる。

 

 ちなみに【露呈】と二位三位争いをしてるのは?

 

 

「【解析】ですね。あの二柱は性質が正反対なので、観測者によって最悪度が変わってくるでしょう」

 

 

 ……ちなみに【静謐】は何位?

 

 

「自身のことなのでランキングに入れないこととさせていただきます」

 

 

 よかった。

 質問したあとで思ったけど、何位って言われても反応に困るところだった。

 

 ……ともあれ、あと二柱の竜を残すのみとなったのか。

 

 

「ええ。次が、最後の(・・・)『竜の時代』です」

 

 

 え?

 竜が順繰り目覚めるなら、次の末妹の時代のあとには、長姉である【虚無】の時代が来て、その後に【静謐】の時代にまた巡るのでは?

 

 

「…………」

 

 

 その時妻が浮かべたのは、物語の先を知っている者が後進を見る時特有の、なんとも言えない笑顔だった。

 

 わかった。聞かない。

 うっかり口を滑らせたんだな。

 

 

「……世界には勇者がいなくなり、魔王だけが残りました。

 

 あなたが蘇った記憶の中でこの二者に『勇者』『魔王』という翻訳をあてるというのは、ちょっとした予想外というか、私とは見え方がだいぶ異なるのだなという感じですが……

 

 まあ、たしかに、人間視点では、あちらが『魔王(わるもの)』なのでしょう」

 

 

 ネタバレしないって決めたなら、話の続きをチラチラさせるのをやめろ。

 

 

「あなたをからかうの、好きなので」

 

 

 こいつぅ……

 

 

「まあ続きをチラチラというか、次の話の前説(アバン)ですけれど……

 

 魔王の支配下、暗く沈んだ時代がしばらく続きました。

 

 人類は衰退の一途をたどっていますが、魔王はそのことに頓着(とんちゃく)しません。

 むしろ彼女は、『人類にはある程度減ってもらった方が、「ししょー」の転生先を探すのに手間がかからないで済む』ぐらいに思っていたようですね」

 

 

 ……人口が減っていくと、転生の順番? もなかなか回ってこなさそうではあるけど……

 ほら、材料が余り気味になるっていうか、魂の供給過多になるっていうか……

 

 

「魔王は自分の寿命が尽きることがないと考えていますから、いくらでも待てるのでしょう。

 そしてそれは直感ではなく、きちんと『災厄』というものを解析した上での結論であり、竜の知識からしても、間違いではない予断なのです。

 

 ただし『人類が滅びない限り』という注釈はつきますが、まだまだ『滅びる』というほどには衰退しないのです。

 

 ただ……人の魂は、死ぬといったん集積され、『炉』でリサイクルされ、無垢なる魂として転生します。

 そうして人口そのものが減ると、一つの魂に注ぎ込めるリソースが増え、『強い魂』が生まれやすくなるのです。

 

 ……まあ、そういうシステムがあるからこそ、『記憶を維持したままの転生』は、本来、禁忌なのですけど」

 

 

 ……ええと。

 ああ、転生して状態を維持された魂は、人口が減ろうが増えようが、『魂の強さ』を変えられないからか。

 平均的に魂が弱い時代なら無双できるけど、平均的に魂が強い時代だと比較的に弱くなってしまうんだ。

 

 

「ええ。

【露呈】の時代のあなたが魔術の才能を宿せなかったのは、そういった理由からでした」

 

 

 魂の強さはだいたい人口と反比例するみたいだけど、あの時代って人口少なかったようには思えないんだよな。

 むしろ世界が安定してたし、人口も多くなって、平均的に魂は弱くなっていたのでは?

 

 

「『災厄』の存命、大規模な戦争……そういうものが、人々に強いストレスを与えていましたからね。

 あの時代、たしかに人口は多く、魂一つ一つに費やせるリソースは少なかったのですが、魂の質自体は転生前のストレスのお陰で高かったのです」

 

 

 ……正比例とか反比例とかそういう単純な話で語り尽くせるものじゃないっていうのはわかった。

 

 ちなみに『正しい魔術』っていうのか……

 炎ボーン! とか風バーン! みたいな魔術がもたらされたあとの世代は、だいたい精霊を見る目を備えて生まれてきたようだけど、その理由については?

 

 

「というか、もともと、人類は精霊を見る機能を備えて生まれるんですよ。

 

 ただ、多くの場合、大人から『それは幼年期特有の幻だ』と言われ、次第に見えなくなっていくだけで」

 

 

 つまりこの時代の俺は、人が当たり前に持っている能力がそもそも欠損していて、それを【露呈】の祝福で治してもらった、ということらしい。

 

 それにしても精霊、いわゆるところの『イマジナリー・フレンド』扱いだったのか。

 

 なるほど魔術や精霊なんていうのはそれが受け入れられる下地があって初めて『扱えることは正しい』と認められるもので、たとえば現代の科学文明社会において『精霊が見える』と訴えたら、変な子扱いされるだろう。

 

 才能にはそれを活かすための環境が必要であり、環境は時代に付随して生まれる。

 当時の世界であれば、時代は強者が作る。

 

 

「魔王の作り上げた時代は、その後長く長く続きました。

 

 強い魂が生まれ、これが魔王を倒そうと志すことはあっても、その目的が叶うことはなかったのです。

 

 第四、第五災厄を兼ね、自分に敵対する者の魔術を封じ、さらに竜の魔術にまで手を伸ばす魔王は強すぎました。

 

 だから……

 

 人々の中から魔王を打倒しうるほどの強い魂が生まれ、それを後押しできる程度には人口があるというような時代が来るのを、ずっとずっと、待つ必要があったのです。

 

 そうして、ようやく、『魂の強さ』と『人口』のバランスがギリギリで整った時、最後……始祖竜の末妹である【編纂】は、新たなる勇者のもとへ降り立ったのです、が━━」

 

 

 と、そこで俺たちの耳に届いたのは、玄関の鍵が開かれるガチャガチャ、という音だった。

 

 ……気付けばもう夕暮れ時だ。

 

 部活動に行っていた長男が帰ってきたのだろう。

 

 妻は微笑み、

 

 

「━━夕食の用意をしなければ」

 

 

 話に夢中で、俺もイモの皮剥きを忘れていたのだった。

 

 運動部に所属する長男が腹を減らして帰って来たのだ。親としては出迎えてその空腹を満たしてやらねばならない。

 

 俺たちは話を切り上げてそれぞれの仕事に取り掛かることにした。

 

【静謐】 【虚栄】

【躍動】 【憤怒】

【変貌】 【求愛】

【解析】 【守護】

【露呈】 【執着】

 

 そして第六……第七の始祖竜【編纂】と、第一の始祖竜【虚無】。

 

 もはや竜はほとんど死に絶えた。

 時代は最初から極まっている。

 

 だからきっと、次の話は長くなるのだろう。

 なにせ、妻がうっかり口を滑らせたところによれば、『編纂の時代』こそが最後の『竜の時代』であるらしいのだから。

 

 なんだかんだ、時代の中心すぐそばに俺は生を受け続けたが……

 

 魂の強さ云々の説明によると、魔王を倒せるほどに魂が強くなったその時代、比較すれば俺の魂は弱いということになる。

 

 ぶっちゃけ魂の強さとかいうのがどれほど肉体などのスペックに影響を与えるのか全然つかめていないのだけれど、まあ、今度の時代はさすがに俺はただ生きてただ死ぬだけなのではあるまいか。

 っていうかそもそも、タイミング的に生まれ変わっていない可能性もあるな。

 

 ……これまでの記憶は、蘇るたびに我が事のように感じられた。

『前世、自分はなにをしたのか?』という疑問が解消されていくのは快楽ではあっても、たまにはこう、箸休めというのか、当事者的な感慨に悩まされず、最初から最後まで傍観者視点でいたいなという想いもある。

 

 イモの皮剥きをしているあいだにつらつら考えてはみるものの、どうにも、『さすがに今度は無関係だろうな』と思えば思うほどフラグ臭いというか……

 

『そんなことないぞ』とまだ蘇っていない記憶が訴えかけてくる感じもあった。

 

 うーん、続きが気になる。

 

 しかし我らには家庭があり現実があるので、なかなか二人きりで話こむ時間というのも取りにくい。

 

 ……今度は俺から積極的に時間を作ってみよう。

 

 ひそかにそう決意して、イモを剥く。イモを剥く。イモを剥く。

 

 現代に魔術がないのはわかっているが、こういう地味なところをなんとかしてくれる便利な魔法はほしいなと思った。

 

 ……たぶん、魔術だの精霊だのが消えるようななにか(・・・)があったことは予感しつつ、魔法を願わずにいられないほど、イモを剥くのは大変なのだった。

 まあ、現代は、その代わりに科学があるんだけれども。

 

 ……どうやって、あの時代が現代につながるのか。

 

 うん、やっぱり気になる。どうにかして時間を作ることを誓いつつ、イモを剥き終えて、別な野菜に取り掛かるのだった。

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