竜と呪いの千回紀   作:稲荷竜

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五章 【編纂】
第56話 現代5


 どうにか妻と二人きりで話す時間を作ろうと俺が各所に調整をしているうちに、季節は三つ半ほど巡り、暑くなりかけていた気温は寒い時期へ向けて下り始めていた。

 

 けっきょくのところ行楽シーズンになるまで俺たちのあいだにまとまって話せる時間は作れず、ようやく話す機会を勝ち取るために、俺は両親と子供たちを旅行へ送り出すという大技を使ってしまった。

 

 だいぶ痛い出費ではあるが、家に二人しか残っていない状態を作り出すことには成功したので、今から三日間は話し込む時間もとれる。

 

 

「家に夫婦が二人きりで三日間とか、もっと他にやることがあると思うんですけど」

 

 

 などと言いつつすでに彼女が『始祖竜(オリジン)モード』に入っているのが口調と雰囲気でわかり、彼女もまた、続きを語る機会を待っていたのだとようやく確信できた。

 

 今朝、バタバタと出て行った子供たちの残したあと(・・)をすべて処理し終えた俺たちは、同時にテーブルにつき、同時に安堵の息をついた。

 そのタイミングがあまりにもぴったりで、つい、笑ってしまう。

 

 

「子供がいることを後悔したことはありませんが、やはり、幼児を含む三人……まあ長女は寮生活ですけど……の世話というのは、本当に時間がとれないものですね」

 

 

 俺も似たような感想だった。

 

 だから彼女の言葉に、ほんのちょっとした、嘘とも呼べないような語弊(ごへい)があるのがわかった。

 

 子供がいることを後悔したことはない。

 ……でも、毎日忙殺されていると、ふと魔が差したように、ほんのちょっとだけ、後悔みたいな気持ちがよぎる瞬間がまったくないとまでは、言えない。

 

 事実、大変なのだ。

 

 子供の笑顔一つですべてが報われるだなんて胸を張って言えるほど、俺たちは立派な大人ではない。

 

 それでも、この生活を投げ出そうという気持ちがよぎったことは一度たりとも、一瞬たりともなかった。

 ……年に二回とか、欲を言えば三回ぐらいは、こうやって骨休めの期間がほしいなとは、思うけれど。

 

 

「まあ、その程度の欲ぐらいあるのは前提というか……我々だって人間なので……」

 

 

 人の親には『人の親』以外の生活があり、性質があり、性格があるのだった。

 一つの役割だけを押し付けられて、その軸だけで人の出来・不出来を判断されてはたまらない。

 肉を食いたい日もある。魚を食いたい日もある。『肉が好き』と公言した者が魚を食べたとして、それは肉への裏切りにはならないのだ。

 

 

「なんの話ですか」

 

 

 今日は出前をとろうという話。

 

 というわけで夕食をデリバリーにすることに決めた我々は、とりあえずコーヒーなんか淹れたりして、しばらくぼんやりした。

 

 その時間はこれから始まる長い話のためにエネルギーをチャージするために必要なものだ。

 

 そうやって、時が満ちて━━

 

 すっかり夕食を済ませたあと、俺たちは片付けたテーブルを挟んで向かい合い、互いに互いを真っ直ぐ見つめた。

 

 

「二百年」

 

 

 と、彼女が切り出した。

 

 俺はテーブルに身を乗り出し、コップを両手で包むように持ちながら、始祖竜【静謐】の言葉に耳をかたむける姿勢になった。

 

 

「魔王を倒せる可能性のある『力』を持った魂が肉体を得て……

 なおかつその魂を魔王から時が来るまで隠蔽(いんぺい)し得る程度の人口が残っているという、ギリギリのバランスは、二百年待たないと訪れませんでした。

 

 始祖竜【編纂】はついに活動を開始し、まずは魔王を倒し得る魂の持ち主……ようするに『勇者』を迎えに行ったのです。

 

 たいていの始祖竜ははっきりした目的を持って活動を開始しないものです。

 が、その時代の人口を減らしている原因がはっきりしているので、【編纂】は最初から、その原因を除くためという方針で活動を始めたわけですね。

 

 彼女は魔王討伐のために、自分が加護を与えられる人数の上限を四人と定めました。

 

 これは私……【静謐】が加護を与えた人数と同じであり……

 もっと言うならば、加護の回収が叶った人数と同じなのです。

 

【編纂】はこれまでの時代の記憶を我らと共有した結果、人類に『絶対的な強さを持った個人』は不要だと考えたのです。

 

 なので、魔王を倒したあと、勇者とその一行にも『ただの人』に戻ってもらおうという計画だったのですね」

 

 

 ……始祖竜、考えることもできるんだな。

 

 

「ものすごーく不本意なんですが、『できますよ! 始祖竜をなんだと思っているんですか!?』とは言いにくいんですよね……

 

 始祖竜、力と権能に甘えて対応が行き当たりばったりなところが散見されるので……」

 

 

 まあ、それについて追撃はしないとして……

 

 たしかにこれまでの時代を見るに、『突出した力を持った個人』が結果的に大変なことを起こしてきた傾向は、たしかにある。

 

 もちろんそれは主に魔導王にして魔王のことだが……

 例の自刃した勇者も、あれはあれで時代を変えてしまった。

 

 そのあたりの教訓を、なるほど活かそうとしているようだった。

 

 ……ただまあ、『力』って腕力だけじゃあないんだよな。

 現代社会を例に出すまでもなく、勇者だの魔王だのが出てくる以前に災厄の種をまいていた『力』は、宗教だったり思想だったり、権力だったりしたわけだが。

 

 

「【編纂】にそんな難しいことがわかるわけないでしょう……」

 

 

 ええ……

 どういうやつなんだ、始祖竜【編纂】……

 

 現状出てる話だと、過去の教訓から学んだ上で対策を立てられる、始祖竜にしておくにはもったいないほどの知性と理性を感じるんだけど……

 

 

「あなた、始祖竜に対してあたりがきついですよね……

 

 もしかして『全部』思い出してます?」

 

 

 たぶん『全部』は思い出してないんだけど、思い出してたら納得するような『あたりのきつさ』なのか……

 

 

「まあ、あなたが始祖竜の成しように対して否定的になるのが、私の視点からも納得できるぐらいのことは起こるとして……

 

 ともあれ、【編纂】は活動を開始しましたが……

 

 人が竜の思惑に乗るとは、限らないのです。

 

 時代がそう求めても、世界で唯一偉業を成す才覚を持っていても……

 

 現状がどうしようもなく詰んで(・・・)いて、自分だけが世界の悲劇的な命運を救えるのだとしても……

 

 そんなものに、必ず人が従うとは、限らないのでした」

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