竜と呪いの千回紀   作:稲荷竜

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第58話 『勇者』?

「っていうか君たち、始祖竜(オリジン)をなんだと思っているの!?」

 

 そう問われて明確な答えを返せなかった俺は、とりあえず、魔王が言ったと言われていることを、そのまま返した。

 

 (いわ)く━━

 

 始祖竜とは、『竜の魔術』と呼ばれる、俺たちのよく知る魔術とはまったくことなる技術系統の魔術を用いる存在だ。

 魔王はこの『竜の魔術』を数百年間ずっと研究しており、その術式を人の魔術で再現するのを生涯の悲願としているらしかった。

 

 ただ、その研究は遅々として進まない。

 

 ゆえに、こうお触れを出した。

 

『始祖竜を見つけたら私に報告なさい』。

 

「たぶん解体とかすると思う」

 

「解体!? 始祖竜を解体!? ……始祖竜を解体!?」

 

 始祖竜は全然受け入れられない様子だった。

 まあなんとなく察していたとはいえ、本当に人とそう変わらない姿をしているし、これを解体というのは、なかなか、覚悟がいるかなとは思う。

 

 始祖竜はひとしきり『解体!?』と繰り返してから、

 

「この時代、狂ってるよ! やっぱり滅ぼすべきだ!」

 

「え、それは困る。俺たちにも生活があるんだ」

 

「君たちのために魔王を倒すべきだって言ってるんだよ! 魔王のせいで人口は減る一方! このままじゃ滅びるよ君たち! 立ち上がろうよ! っていうか、あの子に立ち上がるように説得してよ!」

 

 初対面なのに遠慮というものが全然ないせいで、俺の方も緊張がだんだん解けてきた気がする。

 

 始祖竜というのはこれまでに見たことがないほどに美しい生き物だったので、緊張していたのだ。

 

 片目を隠すように垂れさせた真っ黒い髪には夜空のように星が瞬いていて、体を覆う真っ黒いドレスは吸い込まれそうな深みがあって、対照的に真っ白い肌を見ていると、目がチカチカして、頭がクラクラしてくる。

 

 ほんの十歳かそこらという程度のサイズだというのに奇妙な色香さえまとっているのも、おそらく、始祖竜ゆえの特別さなんだろう。

 

 そういう『人に語れる要素』にも事欠かないが……

 その『すごさ』の本質は、どれだけ言葉を尽くしても全然語り尽くせる気がしない、頭に直接叩きつけられるような『美しい』という衝撃だろう。

 

『始祖竜は見ればそれとわかる』とは魔王の言葉だが、たしかに、見ればわかる。

 これが始祖竜でなくてなんなんだ、というぐらい、『すごい』。

 

 ただ同時に、見ないとこのすごさはわからない。

 伝聞では話者の表現力という制限がかかる。人類の表現力で始祖竜のことを語り尽くせるようには、とても思えなかった。

 

 これにお願いされるとついついうなずきたくなってしまう。

 

 だが……

 どうしようもない願いを請け負えるほど、俺は無責任ではない。

 

 吐き捨てるように、こう言うしかなかった。

 

「あいつは無理だよ。やる気がないんだから」

 

「そこをどうにかしないと人類が滅ぶんだってば!」

 

「人類の最後の一人になっても、あいつはあのままだと思う。本当にやる気がないんだよ。憎々しいぐらいに……あれだけ才能に恵まれたやつがさ、全然、なにかを成そうって気持ちがないんだ。いらないならその才能は俺が欲しいぐらいだよ」

 

「…………あー、君、そうか、君、アレ(・・)だったのか。なんていう運命だ。こんな出会い方した姉妹、他にいないよ……」

 

「?」

 

「いい、いい。【静謐】【躍動】【変貌】【解析】までで君にできることは全部終わってるし。ゆえに【編纂】は君になにもしません。【解析】の言葉の意味も、記憶の共有がなくってわからないしね」

 

「なんなんだよ」

 

「なんでもない。忘れて。とにかく、【編纂】はとても困っているのです。っていうか勇者って言われて舞い上がったりしないの? なんで?」

 

「…………『勇者』って言われて舞い上がる? なんで?」

 

「ええ……? 【編纂】、知ってるんだよ。勇者ってあの魔王に最後まで殺されなかった超英雄なんだよ。君は知らないの? あの勇者の活躍を」

 

「…………そもそもさ」

 

「うん?」

 

「『勇者』ってなに?」

 

「は?」

 

【編纂】のおどろきもむべなるかな。

 

 彼女は、彼女が本格的に活動をするまでの世界の細かな流れを知らなかった。

 

 つまり━━『勇者』という言葉が魔王に忌まれ、嫌われ、その存在をすっかり消してしまうぐらい、誰も口にしなくなったのだという歴史を、全然認識していないのだった。

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