竜と呪いの千回紀   作:稲荷竜

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第62話 期日

「才能、才能って君は言うけれど、私から見れば、君にだってすごい才能があるんだよ」

 

 幼馴染の口調はあながち気休めの嘘とも思えなかった。

 けれど、うまくできていなかった俺は、彼女にこう答えた。

 

「俺に才能があったとして、その才能は、俺が欲しいものじゃない。俺は魔術研究者になりたいんだ」

 

「どうして?」

 

「それは━━」

 

 ……それは。

 

 なぜ、なんだろう。

 

 

 約束の日には大雨が降っていた。

 

 視界が白く煙るほどの雨は体を芯から冷やす。ずぶ濡れになった服はすっかり足取りを重くしていた。

 

 この日には研究成果をまとめたものを持っていくつもりでいたのに、俺の手にはなにもなかった。なに一つ、幼馴染に示せるようなものは完成しなかった。

 

 とぼとぼ歩く俺の頭の中には『どうやって始祖竜(オリジン)をあずかる期日を延ばしてもらおうか』ということしかなかった。

 

 ……いや、他のこともちょっとはあった。

 ずるずると期限を延ばしてもらおうとする思考を卑しいと感じる自分ももちろんあって、でもそいつは『この研究で成果さえ出せれば研究者になれる。人生がかかってるんだぞ』という大きな声にかき消される程度の強さしかなかった。

 

 一方で冷静な自分もいて、そいつはこんなふうに訴えかけてくる。

 

『期日が延びたからって、お前(おれ)に成せることなんかあるのか?』

 

 ……時間の問題ではないのだと、冷静な俺は思っている。

 

 才能を持つ者は、一目見て『これだ』と思わせるような気配を放っていると広く信じられている。

 俺はそんなことないと思っていた。だって、遅咲きでことを成す人だって、この長い世界の歴史に、一人もいなかっただなんて、ありえないだろう。

 

 でも、そうじゃないんだ。

 

 遅咲きで才能を芽吹かせる人だっているだろう。

 俺がそうかもしれない。

 

 でも。

 

 才能が花開くまで、いったい誰が、俺の生活を世話するというのか。

 

 ……自分でやればいい。それはそうだ。

 でも、生活っていうのは本当に大変で、社会に属していないとできないんだ。

 社会っていうのは本当に狭量で、少しでも『違う』やつには厳しいんだ。

 

 嫁をもらって。畑を世話して。子供ができて。それを養いながら、魔術研究を続ける?

 可能か、不可能かという二択ならば、きっと可能なのだろう。

 

 でも、応援されないどころか『まだあきらめないのか』と後ろ指を指され続けて、隠れ潜むようにやらざるを得ない環境で、『ふつうの大人』みたいな人付き合いをしながら、それでも研究に余剰時間の全部を、休みもせずに費やせるかと言われると……

 

 俺は、そこまで自分を信じられない。

 

 ……ああ、うん。ようやくわかった。

 

 俺は、『すごいこと』をしたかっただけだった。

 

 魔術に興味なんかなかった。ただ、魔術っていうのがこの世界で唯一の『すごい』と言われることだから、それを目指していただけだ。

 

 やる気のない連中を━━現実的な(・・・・)連中を内心で小馬鹿にしていたのだって、『自分は他のやつらと違う』と思いたかったからにすぎない。

 

 報われなくてもいいからとにかく魔術の深奥に辿り着きたい、だなんて純粋な気持ちはなかった。

 

 あるのはただの、承認欲求。

 

 …………幼馴染の住む家にたどり着いてしまった。

 

 始祖竜のあずかり期日を延ばしてもらうための言い訳なんか思いつくはずがなかった。

 あとちょっとでなにかがつかめそうなんだ! ……なんていう、白々しいことを言う気にはなれない。だって、なんにもつかめそうにないんだから。

 

 俺は嘘をつかずに認められたいと思っていた。

 

 将来的に嘘でなくなるかもしれないけれど、自分の中でまったく見込みのないことを『見込みはあるんだ』なんて語りたくなかったんだ。

 

「うわ、こんな日に来たの!?」

 

 扉の前で立ち尽くしていると、幼馴染が気配に気付いたのか家から出てきて、ぎょっとした。

 

 ……たしかにそうだ。

 

 いくら期日とはいえ、こんな、先も見えないような雨の日にわざわざ順守するほどの約束じゃあなかった。

 三ヶ月と言ったって、それは、一日たりともずれてはいけないというような、厳格な契約じゃない。

 

 俺と彼女の、ただの約束。

 

 そこにはある程度の融通性があって、その柔らかさは互いへの信頼に比例する。

 俺たちは互いに五歳ぐらいのころからずっと付き合いがあって、そこにはたしかに、信頼と呼んでいいものがあると、言える。

 それはどのぐらいか、明確には言えない。でも、雨がやむぐらいまでは、待ってもらえる関係性はあったはずだった。

 

 それでも来たのは、

 

「……たぶん、今日、雨を理由にここに来ないと、明日雨がやんでも、なにか理由をつけて、来るのを先延ばしにすると思って」

 

 俺が、弱いからだった。

 

 都合の悪いものから目を逸らしていたい気持ちぐらい、誰にだってあるだろう。

 始祖竜を放り出す期日までに俺がなんの成果もあげられなかったことは、まさしく目を逸らしたいことなのだった。

 

『竜をあずかってくれてありがとう』と言うためにここに来てしまえば、それはもう、俺がなにも成せないことを、幼馴染に認めるのと、まったくおんなじなのだ。

 

 それが、嫌で、きっと、ここに来るのを避け続けてしまう。

 

 ……そうやって避けるのだけは嫌だった。

 だって、あまりにも情けないから。

 

「とにかく入りなって!」

 

 幼馴染に手を引かれて室内に入る。

 

 俺はちょっとだけ抵抗を試みたけれど、すっかり気力がなえていて、『もう、いいか』というふうに、抵抗の力を抜いた。

 

 中は外とまるで気温の違う空間だった。というか、空気が違う。

 ここは濃い雨のにおいがない。溺れるような湿度もない。

 

 魔術。

 

 魔王に許可されないと扱えないはずのその術を、幼馴染は使える。

 世界で一番精霊に愛された魔王の『自分と自分が許可を出した者にしか力を貸すな』という命令なんか知らんぷりして、この家の中にだけは、精霊がいる。

 幼馴染を気に入って、彼女にだけ力を貸す、精霊が。

 

 あまたの生物の標本を蒐集(しゅうしゅう)している幼馴染は、その管理のため、魔術で部屋の環境を一定にたもっているのだった。

 

 この家の中に入るのがしばらくぶりであることを思い出す。

 …………その理由も。思い出してしまった。

 

 これが、『才能あるやつ』の世界だから、なのだった。

 

 俺が住んでいる、枯れて行くだけの農村とは、別な、世界なのだった。

 

 部屋に入るだけでその事実を思い知らされるから、俺は目を逸らしていたの、だった。

 

「……やっぱ、お前は研究者にならないんだよな」

 

 部屋の中は俺にとって煌びやかすぎた。

 この才能を使おうとしない……いや。この才能で誰かに認められたがらない幼馴染は、あまりにまぶしく、あまりに遠い存在だった。

 

 幼馴染は布で俺の髪を拭きながら(いつのまにか、俺たちには結構な身長差があって、幼馴染は背伸びしていた)、

 

「君こそ、どうして研究なんかしたがるのさ」

 

 いつかもされた問いかけだった。

 当時は答えを持たなかったけれど、今なら、答えられる。

 

「俺は、みんなに『すごい』って言われたかったんだ」

 

「そんなものが、いったいなんの役に立つっていうんだい」

 

「…………嬉しい、とかかな」

 

「他のことで嬉しくなるのじゃ、だめなのかな」

 

「……わからない。きっと、誰にもできないことだから、価値があるんだ」

 

「君にできることは、魔王にはみんなできるよ」

 

「…………ああ、そう、だな」

 

 そりゃ、そうだった。

 

 たとえば一つの発想で魔王に認められたとして、たぶん、俺のその発想の価値は、これまで魔王が数百年で数えきれないほど思いついたうちの一つ程度でしかない。

 

 俺にできることは、魔王ならもっとうまくできる。

 

 ……だから俺は。

 

 将来だとか、夢を見るなだとか、現実的でつまらないことを言う……『この村の連中』の鼻を明かすことしか、考えていなかったんだろう。

 俺が認識できる世界の大きさは、そんな程度でしかなかったんだ。

 

「……そういえば、始祖竜は?」

 

 部屋の中にあの騒がしい黒いのがいないことにようやく気付いた。

 

 幼馴染は「疲れるから自分でやってよ」と布をようやく俺にゆだねて、

 

「朝、気付いたらいなかったよ。あんまりにも私が『勇者』に興味を持たないし、期日だし、どこか知らないところに行ったのかも」

 

「そっか」

 

 正直なところ、自ら去ってくれたのはありがたかった。

 

 たぶん視界内にいたら、どうやって引き止めようかを考えてしまうと思うから。

 

 ……ああ、うん。ここまで、だな。

 

 ありがとう、始祖竜【編纂】。

 

 とびっきりの夢を見る機会をもらってよかった。

 

 おかげで、自分がどれだけ『普通』か、思い知らされた。

 

「……なあ、お前さ、前に言ってたじゃん。俺にもあるっていう才能。それって、なんなんだ?」

 

「そりゃあもちろん、『普通に生きる才能』だよ」

 

「……才能か、それ?」

 

「私にはできなかったから」

 

 ここで初めて、幼馴染は俺に身の上を語った。

 

 彼女は生まれつき目が見えて、耳が聞こえた。

 精霊たちも彼女には寄ってきたし、そのお願いによく応えてくれた。……そう、生まれつき、精霊の声が聞こえたのだ。

 その助けもあり、生後二ヶ月もすれば言葉を覚えたし、両親の会話の意味だって理解できた。

 

 そしてたいていの子供がそうであるように、彼女は両親のことが好きで、両親の希望を叶えようと、持って生まれた力を行使した。

 

 その結果、忌まれた。

 

 ……魔王の一存以外で魔術が使えなくなったこの世界には、魔術を伝聞でしか知らない人も多い。

 

 彼女の両親はそういった『魔術を体感していない人』であったらしい。

 

 もちろん、自分たちの娘が使うのが『魔術』であることは、なんとなく察した。

 それが世界に求められている力であることもわかったし、彼女の両親のいる村の人々は、天才の誕生を大いに喜んだのだが━━

 

私たちは(・・・・)普通の子が(・・・・・)よかった(・・・・)━━って言われた気持ちがわかる?」

 

 ……ここで俺の悪い癖が発動しそうになり、『この年齢でまじめに魔術をやってたり、行くなと言われている外れの家(・・・・)に通っている俺だって、「まったく、あんたはもっと普通にしなさい」って言われたことぐらいあるぞ』と、いらんマウントをとりそうになった。

 

 さすがに、そういうことじゃないのは、わかる。

 

 今されている話は、素行の問題ではなく、才覚の問題だ。

 

 幼馴染は眠たげな顔にかずかな笑みを浮かべて、

 

「だから、三歳の時に家出しちゃった」

 

「……どうして?」

 

 普通に意味わかんなすぎて目が点になった。

 そこは『普通』のような振る舞いを志そうとかするところではないのか?

 

 三歳で家出って。

 おまけに彼女、どう考えても他の村からここに移り住んできたという感じなのだ。

 村の外には第一災厄の遺産とかいう魔物がはびこっていて、だから『流れ者』なんかは『村には、いらないやつ』が選ばれるぐらいなのに……

 

「深い考えはなかったなあ。『いらない』って言うから『じゃあ、消えます』って感じ」

 

「両親に愛されるために普通に振る舞おうとかそういう発想は?」

 

「………………なるほどぉ〜」

 

 なかったらしい。

 

 幼馴染は慌てて付け加えた。

 

「いや、だってさ、人間、一度思い込んだら二度と思い直さないでしょ」

 

「んんん? なにが?」

 

「一度いらないって思われたら、『やっぱいります』とはならなくない?」

 

「そもそも『普通の子がよかった』発言が、魔がさしたっていうか、気の迷いっていうか、ついこぼしちゃった本心じゃない発言の可能性はない?」

 

「………………あぁ〜」

 

「どうした? 俺、お前のこと、才能もあって頭もいい、かなりすごいやつだと思ってたんだけど……付き合って十年でいきなりアホになるのやめてもらっていい?」

 

「いや、だからさ。私はそういうの(・・・・・)がわからないんだよ。だからうまくできないんだ」

 

「……なるほど。でも、なんで急にこの話を?」

 

「今の君なら、こういうふうに、怒らず聞いてくれそうだったから。ほら、なにがなんでも研究者になりたい君に、君の持ってる『普通になれる才能』について語ったって、怒らせるだけじゃない」

 

「……そういうのは、わかるのか」

 

「君のことなら、わかるよ。十年も見てるから」

 

 ……こいつの『わかる』怖いなあ。

 どこまでわかられてるんだろう、俺……

 

 幼馴染は意味深に笑い、それからふと真剣な顔になった。

 

「あの、さ。……もしかして、今なら、私が魔術研究で君の上を行っても、君は怒って私との付き合いをやめたりしない?」

 

 それは、俺との関係が彼女にとって唯一の大事なものなんじゃないかと錯覚してしまうほど、追い詰められた、真剣な声音だった。

 

 けれど俺は、気付いてしまったので、彼女の真摯な想いに感じ入ることができず……

 言葉に詰まり、大きく息をついてから、

 

「…………待ってくれ。理解したのでキレるね」

 

「どういうこと!?」

 

「お、お、お前! もしかしてお前が研究に熱心じゃなかったの、俺への遠慮かよ!? そりゃあキレるだろ! なにしてんだお前!」

 

「だって、君、楽しそうだったから……邪魔したくなかったんだよ。ほら、君の興味持ったこと先回りして答えを出したら嫌でしょ? 私の両親も、私が彼らの希望を先んじて叶えるのを不気味がってたふしがあるし」

 

「うっわ……自分が同じ分野で同じことしたら絶対に上を行くっていうナチュラルな自信、マジ……」

 

「でも、事実だし」

 

 十年ごしに俺は、幼馴染がかなりいい性格(・・・・)をしていたことを知った。

 

 ……同時に。

 

 こいつがどれだけ人付き合いに怯えていて、不器用で、俺を気遣っていて……

 

 俺がどれだけこいつに気遣わせていたのか。

 

 こいつが俺との関係をどれだけ重要視していたのか。

 

 ……そんなことまで一気にあびせかけられて、もう色々限界で、なにもかも吹き飛ぶような気分にさせられた。

 

 だから、彼女の吐露に応えるように、一つだけ、宣言をするのが、礼儀かな、と思った。

 

「好きにしろよ。俺はなにされたって付き合いをやめたりしないから」

 

「ほんと?」

 

「お前が俺と同じテーマの魔術研究ですごい成果を出しても構わないよ」

 

「ほんと!? いや、興味はあったんだよね。生物の標本蒐集もちょっと頭打ちだし、もう知りたいこともなかったし、あとこの世界に不思議なことがあるとしたら魔術ぐらいじゃない? 世界の大部分は考えるまでもなく簡単なことばっかりだしさ……」

 

「付き合いをやめたりしないけど、気に障ったら怒りはするからな!」

 

「今の発言のなにがいけないの!?」

 

 世の中は不思議だらけだ。

 なにもかも自明の理とばかりに認識するこいつの思考とか。

 

 ……ともあれこの日、俺は夢をあきらめた。

 

 代わりに、友達との関係が一歩深くなった。

 

 そして帰り道で、誘拐された。

 

 なんで?

 

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