竜と呪いの千回紀   作:稲荷竜

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第63話 魔王城での暮らし

 誘拐されて見知らぬ場所に連れて行かれた俺は、『入れ物』という名前で呼ばれるようになった。

 

「貴様の中にある魂は私のものであり、その魂の持ち主は過去現在未来において唯一私を所有しています。そのことを忘れぬよう、入れ物として保全につとめなさい」

 

 なんにもわからん。

 

 ともあれ俺をさらったのが魔王であり……

 

始祖竜(オリジン)(かくま)った(とが)については例外的に許しましょう。今は村一つ滅ぼす程度の時間も惜しい」

 

 始祖竜については、バレていた……まあ、俺をさらう段階でバレたようだった。

 

 そうして俺を王宮に閉じ込めた魔王は、王宮から出さえしなければ特になにをするつもりもなさそうで、俺の行動に制限をかけることもなく、部屋にこもって延々実験みたいなことをしている。

 

 たまに人が連れ込まれていくけれど、そいつらが部屋を出るところは見たことがない。

 ……正義感がわずかに刺激されるけれど、やっぱり俺は、名前も知らない人のために、魔王に挑みかかるほどの勇気もないのだった。

 

「もしかすると、貴様が最後(・・)の魂の入れ物になるかもしれません。その肉体が私の所有者のものとなってもいいように、健康には気遣いなさい」

 

 魔王は時おり部屋から出てきて、一方的に俺に話しかけ、俺の胸をなでて去っていく。

 

 ……俺の胸をなでるその時の顔が、数百年を生きた恐るべき魔術の支配者のものではなく、まるでよく懐いた幼い村娘みたいで、そのギャップに思わずドキリとさせられる。

 

 魔王の美しさは始祖竜と比べても遜色ない。

 

 燃えるような長髪。火の宿った真っ赤な瞳。

 年齢は数百歳のはずが、二十代半ばのようにも見えるし、見ようによっては十代にさえ見えた。

 

 ……しばらくは状況を呑み込めないで困惑していたのだが。

 

 ここでの暮らしは素晴らしいものだった。

 

 贅沢な石造りの建物の中での暮らしは想像さえしたことがないほどのものだった。

 優れた大きな寝具の上で落ちる眠りは、最初こそ緊張でまともに疲れがとれなかったが、その緊張さえ数日ですっかり溶かしてしまった。

 

 ここでの食事は嗜好品だった。

 生きるために細々と栄養を詰め込むのではない。味や食感にまで気を遣われた、心を喜ばせるためのものだ。

 

 運動するのに設けられたスペースもあって、そこでは好きなだけ暴れても白い目で見られたりしないし、誰にならったこともない剣術のまねごとなんかしても、咎められることがなかった。

 

 ふと、ここが魔王城なら、魔術研究のための資料もあるのではないか、ということを思い出した。

 

 ……まあ、なんていうか、暇だったんだ。

 

 満ち足りた生活はいつの間にか『当たり前にあるもの』になってしまい、食事や就寝のたびにいちいち感動していた無垢な自分は七日もするとどこかへ消えてしまった。

 

『当たり前』へと成り下がった『豪華な暮らし』はもはや俺の心を刺激しなかった。だからあらたな刺激を求めて、俺は魔王の書庫をたずねた。

 

 広い城内だが案内は求めなかった。

 探索もまた刺激(ごらく)だという認識だったし、今日たどり着けなくても、どうせ明日もあるんだという気持ちがあった。

 

 ……薄っぺらい俺は、降って湧いたこの暮らしに、あっというまに(ほだ)されたのだ。

 

 帰りたい気持ちがまったく消え去ってしまったわけではない。

 

 ただ、『だって、どうしようもないだろ』という思いの方が強かった。

 

 精霊に満ちた魔王の城。

 精霊に愛された魔術の王のお膝元。

 

 ここから出ない限り天上の暮らしが約束されているが、もしも脱出を志せば、あらゆる魔術を際限なく用いて、魔王が敵に回る。

 

 これを倒して故郷に戻るというのは、まったく現実的ではなかった。

 

 ……でも、あとから思えば、『できない』からって、『やらないでいい』わけじゃあ、なかったんじゃないか?

 

 できない理由ばっかりに目を向けて、『現実的に考えて無理だから、あきらめる』なんて……

 それは、俺が嫌っていた、村の連中そのものじゃ、ないか?

 

 ……でも、きらびやかな生活は、俺の目を徹底的にくもらせていた。

 

 弱い心は唐突に降って湧いた大量の餌ばかりに目を奪われていて、色々理由をつけてこの暮らしを続けたがっていたのだった。

 

『いつか、脱出の時に役立つかもしれない』なんていう名目で、栄養をたくわえ、睡眠をたっぷりとり、適度な運動をして、魔術について造詣(ぞうけい)を深めていった。

 

 たまに村のことや幼馴染の顔も思い出したけれど、それを思い出す時にはどうにも気まずい気持ちが一緒にやってきて、俺は振り払うように『脱出に役立つかもしれないこと』に打ち込んでいった。

 

 ……俺は、俺を認めて欲しくて、長いあいだ、もがいていたはずなのに。

 

 俺がこの天上の暮らしをしている理由は、『俺』にはぜんぜん、関係がないのだ。

 

『魔王の知り合いの魂が俺の中にあるから』。

 

 そんな、現世の努力はぜんぜん関係のない、天運だけで得た暮らし。

 

 ……さらにしばらくすると、罪の意識が強まってくる。

 

 このままではダメだ、と自分の中でなにかが叫んで。

 でもその声は『じゃあ、どうするんだ?』と言われると黙りこくってしまう。

 そうしてまた時間が経ったころに『このままじゃ、とにかくダメなんだ』と弱々しく捨て台詞を吐いて去って行く。

 

 そんなふうに暮らしていき、どのぐらいの期間が経ったかさえも、すでにあいまいなまま生きていき……

 

 ある日のことだ。

 

「あと少しで、あなたを取り戻せる」

 

 魔王が俺の胸を愛おしげになでてそんなことを述べた時、それ(・・)は起こった。

 

 最初、ただの地震としか思われない震動が襲ってきて、次いで、精霊たちが大騒ぎを始めた。

 

 精霊の声を聞き、魔王は舌打ちをして、

 

 ━━勇者。

 

 自分が禁止した言葉を、忌々しげに口からこぼしたのだった。

 

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