竜と呪いの千回紀   作:稲荷竜

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第64話 決戦

 魔王は研究室にいながらにして世界中の情報を持っていた。

 

 精霊と『会話』と言えるレベルにまで自在に言葉を交わすほど精霊についての解像度(・・・)が高い彼女は、各地に放った精霊たちに情報を集めさせ、その報告を聞いていたらしかった。

 

 勇者というものは、そんな彼女の情報網に引っかかっていたらしい。

 

 ただ、その位置が判然としなかった。

 

 魔王が勇者を討伐に行けなかった理由がそれで、どうにも勇者の位置をつかめなかった理由が、始祖竜(オリジン)の邪魔が入ったから、らしい━━

 

 というのがその時に魔王がまくしたてたことを整理した内容なのだが……

 

 当時の俺は、激昂し当たり散らす魔王に巻き込まれないよう、必死に存在感を小さくしているだけで、話の内容なんかほとんど頭に入っていなかった。

 

「勇者! 勇者! 勇者! 勇者! 忌々しい! その称号! その名前! 聞いただけでぶち殺してやりたくなる!」

 

 自分の住処だというのに、魔王の八つ当たりには一切の手加減がなかった。

 

 壁に穴が空き、床が燃え、天井が崩れ落ち、崩れた資材を風でそこらじゅうに飛び散らせ、気まぐれに空に向けて光線を放つ。

 

 その余波は俺には及ばなかった。

 魔王が守ってくれていたようだ。

 

 怒り狂っているように見えても、俺の安全だけは忘れないのは、それだけこの『入れ物』の中身が大事だからか、それともこの八つ当たりをしている彼女は、狂っているように見えて実は冷静なのか……

 

 すっかり青空が見えるようになった室内で、自ら生み出した炎を背負い、魔王は呼吸を整え笑う。

 

「……けれど……ふふ。【静謐】【躍動】【変貌】【解析】【露呈】、そして【編纂】。始祖竜教によれば始祖竜は七柱。そうしてすでに五柱が死んでいる」

 

 これは始祖竜教から搾り取った情報をもとにした発言であり、どうにも、始祖竜教の中で【静謐】までもが死んだことになっているようだった。

 

 だが【静謐】は監視以外のことはできなくなりつつも生きているので、実際に倒れている始祖竜はこの時点で四柱になる。

 

「……なら、あと二つで、あたしの邪魔をするやつも消えるんだ。始祖竜の加護なしに、あたしに勝てるやつなんかいるもんか。それに……」

 

  魔王の赤い目が細められ、俺に向けられた。

 それがあまりに妖艶で、思わず呼吸が止まってしまう。

 

「……それに、もうすぐ、ししょーが帰ってくる。あたしのもの。あたしも、あの人のもの。そしたらもう邪魔な人類なんか生かしておいてやる必要がない……ああ、災厄化を維持するのに必要な数だけ残して、あとは間引いてやる」

 

 どうにもこの時の魔王には、『復活させたししょーも災厄にして永遠の寿命を手に入れさせる』という構想があったようだった。

 

 そして、災厄の法則にも気付いていた━━というか解明していた彼女は、災厄が一つの竜の時代に一つまでしか発生しないルールにも気付いていた。

 

 結果として、この時代にはもう『ししょー』を復活させるつもりだった彼女は、この時代の始祖竜である【編纂】に対して『人為災厄化』という手段をとれなかった。

 ししょーのための災厄化権(・・・・)をここで消費してしまうわけにはいかなかったから。

 

 それがたぶん、このあとの展開を決めてしまったのだろう。

 

 ……魔王のお膝元であるこの城に、彼女が認めた研究者はいる。

 

 だが、魔王が危機にさらされた時にその手足となって戦う兵士は、いっさいいない。

 

 魔王というのは、一人きりの軍勢なのだった。

 

 だから、『勇者』はほとんどまっすぐに(それはたぶん、魔王が八つ当たりで自分の位置をあきらかにしたせいもあるだろうが)、ここまでたどり着いた。

 

 ……この当時の俺はといえば、すでにわかっていておかしくないはずなのに、なぜか、『勇者』の姿を見ておどろいてしまったのだ。

 

 たぶん、始祖竜のことも、村のことも……

『彼女』のことも、ここでの暮らしを満喫していた俺にとっては、なるべく目を逸らしたい、忘れたいことだったから、なのだろうか。

 

「助けに来たよ」

 

『彼女』の顔には、眠たげでどこかやる気のない表情は、もはや、なかった。

 

 三人の仲間とともに剣を構えてそこに立つ『彼女』は、持って生まれた才覚をいかんなく発揮し、己を練り上げ、ぱっちりと青い瞳を開いて、まっすぐに俺を見ていた。

 

『彼女』。

 

 幼馴染の、外れの家(・・・・)に住む、彼女。

 

 ……もしも彼女が大成したって、会いに行くのをやめたりしない。

 

 そんな約束を、本当に今さらになって思い出して、気まずさから、目を逸らしてしまった。

 

 その彼女の影から、なにかがにゅうっと這い出て来る。

 

 それは、黒い始祖竜……【編纂】だった。

 

【編纂】は勇者にしなだれかかるようにしながら、

 

「ここが時代の極点です。……【編纂】の選んだ勇者たちよ、かつて【変貌】姉様に選ばれた十三家の始祖のように、今こそ災厄であり魔王である━━」

 

「かかれ!」

 

【編纂】の言葉を待たず、勇者たちが斬りかかってくる。

 

 魔王は怒りに奮わせた拳を振りかぶり、

 

「死ね!」

 

 ストレートな殺意を魔術にして放った。

 

『最後の竜の時代』の終わりが、近付いていた。

 

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