竜と呪いの千回紀   作:稲荷竜

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第66話 【編纂】

 現代の俺はといえば蘇った記憶の中にあった『自分』の行動に頭を抱えてしまい、立ち直るまでしばらくの時間がかかった。

 

『話し合おう』って。

 

 時代がとうに極まって、魔王と勇者が戦って、激戦の果てに三人が倒れて、今まさに魔王が勇者に最後の一撃を放とうとしていたタイミングなのだ。

 

『話し合おう』って。

 

 現代で目の前にいる【静謐】から、「まあ、状況をどうにか止めたいが取り立てて一枚噛めるほどの力もない者としては、妥当なラインの言動ではないでしょうか」とフォローが入るほどだった。

 

「いや、『話し合おう』って!」

 

 当時━━

 一番いい反応(ツッコミ)をくれたのは、どうにも勇者の影に潜んでいるらしい始祖竜(オリジン)の【編纂】だった。

 

 ちなみにツッコミが入った時にはもう俺も勇者も魔王も地面の無事なところに降りており、先ほどまでの戦場の緊張感は霧散していた。

 

 俺が落ちるので、それを救うため、魔王も勇者も戦いを止めざるを得なかったのだ。

 

 これが地上から叫んだだけならおそらく無視されて戦闘が続いていたことを考えると、当時の俺の無鉄砲な思い切りもそう悪い判断ではなかったのではないかと一応のフォローができる。

 

 かくして微妙な空気で見つめ合うことになってしまった俺、勇者、魔王、始祖竜は、最初この空気を持て余していたが、次第に俺へと視線を集めた。

 俺のせいで戦いが半端に終わってしまったので、妥当だ。

 

 しかしこの当時の俺はノープランで飛び出して行って精一杯の意見を言い終えたばかりなので、これ以上の司会進行ができるほどの絵図がなんにもなく、困ったように視線をさまよわせるだけなのだった。

 

 すると魔王がため息をついて、

 

「とりあえず、勇者は殺す。始祖竜も殺す。それが私の決定です」

 

 これには勇者も魔王をにらみつけて、

 

「魔王を倒して、幼馴染を取り戻す。それが私の旅の終着」

 

 始祖竜も「そうだそうだ」と言っています。

 

 互いの目的が見事に割れていて、ここに歩み寄りはできそうもなかった。

 

 青い瞳の勇者と赤い瞳の魔王が睨み合っているだけで数秒、十数秒と時間が経っていく。

 

 だけれど俺はこの空気ならまだなんとかなると思って、どうにか二人に争いを収めさせるためのアイデアを捻出しようと必死だった。

 

 ようするに、俺の望みは、彼女らに死んでほしくない、ということなのだ。

 

『誰にも死んでほしくない』というのはまあ、人として思いつつも。

 そもそもすでに勇者の仲間たちは死んでいるし、彼らを守るほどの力もなければ義理もない俺としては、死を悼む心は普通にありつつ、『それはもう、終わってしまったことだし』と割り切っていた。

 

 全人類の幸せと生存を理由もなく望むのは、誰だってできる。

 けれど、限られた乏しい力で、『目の前で人が死んでしまったこと』を心の底から悔やんで、それが自分のせいなのだと思い込めるほど、人間ができてはいない。

 

 そうあるべきだという理想的な人間像を、実際に体現してしまうのは、特殊な才能だ。

 

 だから平凡な俺は、目の前の知り合い二人の幸福を祈るぐらいが精一杯だった。

 

 なにが成せるのかは全然まだまだ思いつかないけれど、それでも、祈ったんだ。

 

 幼馴染はもちろんのこと━━

 

 ……俺を『入れ物』と呼ぶ彼女が、俺の中にいるやつをどれほど切望しているかを実感してしまったから。

 前世なんていうものは遠い話で、前世の記憶とか言われてもさっぱり実感できないんだけれど……

 

 本当に、しょうがねぇやつだなぁ、なんて。

 

 俺の中のなにかが、彼女を見て、そんなふうに愛おしく思ってしまっているのだった。

 

 だから、この二人を守りたい。

 

 それこそが、俺の願い━━

 

 ━━だった。

 

 無力な俺は、戦いを止めて、二人の争いをリセットできたと思っていた。

 

 でも、すでに戦いは始まっていて、互いに互いを殺そうと仕掛け(・・・)は終わっていたのだ。

 

「っぐ……!?」

 

 そのうめき声は、魔王の方から聞こえた。

 

 視線を向ければ、彼女は胸をおさえ、体を曲げ、苦しげに顔をしかめていた。

 

 唐突な光景に、俺も、魔王自身も、おどろいているようだった。

 おどろいていないのは、勇者━━ではなく。

 

 始祖竜だけ、だった。

 

「ありがとう。君の決断は勇者(かのじょ)を守った」

 

【編纂】は幼い顔に無邪気な笑みを浮かべ、真っ黒な瞳で俺を見た。

 

 それは心の底からの賞賛なのだった。

 

 けれど俺の耳には、ひどく皮肉的に響いた。

 

「【編纂】の権能(のろい)がようやく魔王の核に届いたよ。ありがとう。本当に、ありがとう。このままだと、勇者(かのじょ)は魔王を倒しても、命を失うところだった。やっぱり君は、勇者(かのじょ)の味方だった」

 

「え……? え……!?」

 

 どういうことか、わからない。

 

 ただただオロオロするだけの俺に代わり、勇者が始祖竜の肩をつかんだ。

 

「どういうこと!? なにが起きているの!?」

 

「えっ、えっ? なんで? なんで怒ってるの? へ、【編纂】はきちんと魔王退治の役に立ったよ? 君たちの攻撃を通して、魔王の中に権能を注ぎ込んだんだよ。だって、二つの災厄を兼ねる魔王は無敵だし━━」

 

「つまり、なにをしたの!」

 

「魔王の人生を編纂(・・)したんだよ。魔王にならなかったということにして。魔術王にもならなかったということにして。そもそも災厄にだってならなかったことにして━━」

 

 ……そこから続く言葉の残酷さを察することができたのは、俺が、過去の記憶をもった現在の視点からこの出来事を見ているからだろうか。

 

 それとも、この当時の俺の『魂の記憶』とでも呼ぶべきものが、うっすらとよみがえっているから、だろうか。

 

 ともかく【編纂】は、なぜ自分が責められているのかわからないというような、困惑したような、怯えたような顔をしていた。

 

 そして、実際に、【編纂】は責められるいわれなんてなかった。

 

 だって彼女は最初から魔王退治を宣言しており、そのために勇者を勧誘し、仲間まで集めさせ、魔王を殺すためにここまで来たのだ。

 

 しかも騙しうちもしていない。

 

 すべての仕掛けは俺が戦いを止めた時には終わっており……

 

 俺の介入が、ただ、始祖竜側にとって都合よく、時間を稼いだだけ、だったのだから。

 

 だから【編纂】は、詰め寄る勇者の剣幕に怯えたようにしながら、

 

「━━『魔王は魔術を知らない無力な子供として、誰にも救われずに人生を終えました』ということにしたん、だけど……」

 

 ……自分が手に入れたものの、なにもかもに【執着】していた魔王から。

 

 なにもかもを奪ったと、述べたのだ。

 

返せ(・・)……!」

 

 魔王の、長い長い長い、長い髪が、その先端から灰になるように崩れていく。

 

返せ(・・)…………!」

 

 成熟した女性の美しい顔が、だんだんと幼い丸みを帯びていく。

 

返せ(・・)!」

 

 魔王が始祖竜に向けて伸ばした手が縮み、骨ばり、真っ白かった肌が、汚れていく。

 

返せ(・・)!」

 

 大人の女性らしい豊満な曲線を描いていた体つきが、ガリガリの子供のようになっていき━━

 

「あたしの大事なもの、返してよ」

 

 声は幼く、か弱くなって。

 

 魔王だったものは、薄汚い子供のようになり、その場に倒れた。

 

 ……それも、幻だったように、空気に溶けるように消え去っていく。

 

 こうして魔王は、いなかったことになった、らしい。

 

 でも、魔王が作り上げた世界と、魔王のいた、ぼろぼろの居城だけは、そのまま、残っていた。

 

【編纂】は『来歴は変わったけど、この世界がこうなったのは変わらないんだよ』と述べていた。でも、それは俺の耳を滑ってどこかへ消えた。

 

 なにも言えなかった。

 ピクリとも動けなかった。

 すべての音が消えたかのようだった。

 

 ……この話はきっと、こう締め括るべき、なのだろう。

 

 世界を支配し、身勝手に人々を所有していた魔王は━━

 勇者に倒されました。

 

 めでたし、めでたし。

 

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