竜と呪いの千回紀   作:稲荷竜

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第68話 おしまい5

「【編纂】の言葉は大袈裟でも、比喩でもありません。

 

 世界は終わります」

 

 

 テーブルと酒杯を挟んだ向こうで【静謐】があまりに真剣な顔をしてそう言うものだから、俺はついつい笑ってしまった。

 

 学生時代、うちの妻は冷たい感じの美人として名を馳せていたのだが、同じ家庭に入ってからというもの、そういう世間で言われているような冷淡さを感じることもなかった。

 むしろたまにこうして真剣な顔をしていると普段とのギャップでかわいらしく思えてしまうぐらいであり、それが酒の席でトンデモ話をしているとなると、すぐに抱きしめて頬擦りしたくなるほどなのだった。

 

 

「世界は終わるんですー!」

 

 

 こうなるともう酔っ払いの繰り言にしか聞こえなくなってしまい、俺はついにこらえきれずに肩を震わせて笑ってしまう。

 

 しかしまあ、いくらアルコールが入っているとはいえ、こうも真剣に、まず通じないであろう嘘を言ってくるというのは、ちょっと理由が気になる。

 

 とりあえず『世界が終わる』とはどういうことなのか話を聞いてみようと、先を促した。

 

 すると妻は一瞬だけ酒杯に手を伸ばしかけ、その手をすぐに用意しておいた水へと進路変更し、一気にあおった。

 

 そうして表情を作る(・・)と、そこには始祖竜(オリジン)時代の彼女が戻っているように錯覚されて、ただの人間の俺は反射的に背筋を伸ばして真剣に聞く姿勢を作った。

 

 彼女は目を閉じ、開く。

 

 それだけで、冗談めいてふわふわしていた空気が、一瞬にして荘厳さを帯びた。

 

 

「六つの時代、五柱の竜が死に、六の災厄が発生しました。

 

【虚無】を除けば残るは【静謐】のみであり、この【静謐】も呪いを受け、今にも死にかけています。

 

 なので【虚無】は、こう判断しました。

 

『この世界(ワールド)は我々が管理(プレイ)するのに向かない』」

 

 

 物言いがあまりにもゲーム的すぎて、また笑いそうになってしまう。

 

 ……だが。

 

 彼女があえてゲームであるかのように世界のことを語ったのは。

 

 

「なので、【虚無】は、その世界を消して、また新しく世界を作り直すことに決めました」

 

 

 ━━リセット。

 

 その世界にどれだけの人が生きたのか、記憶をよみがえらせた俺は知っている。

 

 かつて俺だった彼らは別人であり、その友人だったり妻子だったりする彼女らもまた、今の俺とはなんの縁もゆかりもない人々だ。

 

 けれど、彼らは生きていた。

 

 それを、ゲームのようにリセットするだなんていうのは、悪い冗談か、言い過ぎたふかし(・・・)のようにしか、思われないけれど……

 

 

「……」

 

 

 ……ああ、本当、なんだな。

 

 

「我ら始祖竜は、世界を監視し、管理するための存在です。

 

 人と自然のバランサーであり、自然から人を守護する者という役目も負ってはいますが……

 

 それは、人に対して奉仕するのが自然だから、ではないのです。

 

 あくまでもそれは、我らが我らとして存在するためのリソースの確保のため、でしかないのです。

 

 つまり、優先されるのは我らの存続であり……

 

 始祖竜が死んだり。

 

 始祖竜の管理に対する災厄(文句)が出過ぎたり。

 

 そういう世界は、我らが管理するのに向いていないと判断されます。

 

 始祖竜【虚無】とは、姉妹たちの記憶を総括し、その世界での遊び(・・)を続けるか、新しい世界を作るかの判断をする機構なのです。

 

 そうして、その機構(きょむ)は、世界の作り直しを決定しました」

 

 

 簡単に消えるんだな、世界って。

 

 

「そうですよ。

 

 そうしてすべてが消え去りました。

 

 私たち始祖竜は記憶を引き継いでいましたが……

 

 ただ共有されただけの記憶と、体感した記憶とは、まったく違うものなのです。

 

 世界新生と同時に新しく生まれた我らは、前回の我らの記憶をあくまでも情報として処理し、次に活かすことしか考えませんでした。

 

 そうして、新しい世界では、反省を活かして、一つだけ、世界自体に前回との差異を生むことにしたのです。

 

 一つ目に加えられた差異は、文明の(・・・)分割(・・)でした。

 

 一つの大陸、一つの場所しかなかった世界。

 

 それをとりあえず、六つに分けたのです」

 

 

 ……【虚無】を除いた始祖竜の数と同じ……なの、かな。

 

 

「ええ。今度は時代ごとに順繰り目覚めるのではなく、それぞれが担当大陸を決めて、見守ることにしました。

 

 ただ、【虚無】がいるべき大陸がなかったので、私は……【静謐】は世界の北の極点に大きな大きな氷を浮かべ、そこを【虚無】の座と定めました。

 

 これを【露呈】がうらやましがったので、彼女のいた南の極点の大陸を氷で閉ざし、似たようなものにしました」

 

 

 規模、すっご。

 

 

「本来、始祖竜とはそのぐらいの存在なんですよ」

 

 

 しかし、プレゼントしたり、ねだったりするっていうのは、始祖竜同士、仲はいいのか?

 

【変貌】とか、【虚無】とか、【解析】も【露呈】も、わりとひどいことを言われてたような気がするんだけど。

 

 

「え、まあ、それは……

 

 本気で嫌いな相手の悪口なんて言うには、人生は短すぎるでしょう?」

 

 

 つまり、親しい相手だからこそ、らしい。

 

 なるほどたしかに、嫌いなやつのことなんか、そいつがいないのに考えたくもないもんな……

 

 人生は短すぎる。たしかに、そうだ。

 

 

「……とまあ、そうして新しい世界で観測を始めた我々ですが。

 

 結論から申し上げますと、この周回も失敗をしまして。

 

 また新しく作り直すことになります。

 

 作り直すごとに新しい制限を設けていくことになったのですが……」

 

 

 なんでそこで、俺にジトっとした目を向けるんですかねぇ。

 

 

「いえ」

 

 

 彼女は麗しい顔で笑った。

 

 ……それは【静謐】のふりと、現在の人間である彼女本来の感情が綺麗にマッチした、親しみがあるのに神々しくて、息づいているのに芸術品めいていて、天上にして家庭的という、素晴らしい笑顔だった。

 

 

「……さて、まずは、あなたと私にとって、一回目のやり直しについて語っていきましょうか。

 

 すべてが失われました。

 

 すべてがやり直しになりました。

 

 大陸は六つに分かたれ、勇者も魔王もおらず、私はあなたのことを記憶はしていても、あくまで情報としか捉えていません。

 

 けれど、我らのあいだには(のろい)があったのです。

 

 お待たせしました。ここからが、本題になります。

 

 六つの時代よりなお長い、現代(いま)に至る物語を始めましょう。

 

 (わたし)呪い(あなた)の千回の(たび)は、再び訪れた『静謐の時代』より始まるのです━━」

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