竜と呪いの千回紀   作:稲荷竜

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第73話 畏れ

 竜の遣いとなった俺は、竜に鍛え上げられた。

 

 とはいえ、始祖竜(オリジン)【静謐】は人に強い力を与えない。

 

 この大陸で最低限誰もが知っているレベルの生存術と、子供でも一時間ほど考えれば思いつくようなこと以外を教わることはなかった。

 

 けれど【静謐】のもとでの生活は、俺に自分の小ささを思い知らせ、『考え続けること』を学ばせた。

 

 つまるところ、俺のメッセンジャー活動は失敗続きだったのだ。

 

「竜の遣いだ。竜が話したがっている」

 

 初めてのメッセンジャー任務は、初めて会う相手にいきなりこんなふうに切り出し、きょとんとされ、笑われ、追い払われた。

 

「竜だぞ! 逆らうのか!?」

 

 こんなふうに竜の威をかってみれば相手も攻撃的な気配を察して攻撃的になり、争いになり、俺がボロボロになって死ぬ一歩手前ぐらいになるまで、【静謐】は助けに入ってくれなかった。

 

 ……それは争いが起きるたびに必ず『死ぬ一歩手前』で助けに入ってくれたということであり、【静謐】はかなり密に俺の様子を観察し、飛び出すタイミングを常にうかがっていたのだということが、今ならわかる。

 

 そんなふうに失敗するたび、【静謐】は失敗の原因を俺に考えさせた。

 

 もちろん自分の失敗を見つめ返して、その原因を探るというのは、この当時の俺にとって屈辱だった。

 

 時代性もあるだろう。

 

 誰もが失敗を許される時代というのは、豊かなのだ。

 

 しかしこの時代は多くが狩猟民族であり、集落の生活はどこもだいたいギリギリだった。

 

 失敗は恥━━というか、死に直結する。

 

 だから失敗は責められ、人が責められている様子を見て『絶対にああはならない』と思わされ、そうして成功を積み上げた者だけが生き残って集落の長になる、というような時代だったのだ。

 

 ところが、【静謐】の教育は違った。

 

「失敗から学びなさい。あなたは、私のそばに(はべ)ることを許された、たった一人の人間なのですから、他者の失敗から学ぶことなどできませんよ」

 

 それはそう、なのだった。

 

 啓蒙(けいもう)というのは、こういうことを言うのだろう。

 画一化された狭量な評価基準を嫌って集落を飛び出したはずの俺は、集落にいたころの基準でしか己を評価できていなかった。

 

 環境が変われば、やり方も変わる。

 

 俺は出来がよくなかったけれど、失敗して、助けられて、過去を振り返って、同じ失敗をしないように心がけた。

 心がけるだけでできれば苦労はしないので、同じような失敗を二度としなかったわけではないけれど……

【静謐】が俺を見捨てなかったから、俺は学び続けることができた。

 

 まず、人は竜を知らない。

 ならば、竜とはなにかを伝えなければならない。

 

 人は、大げさな話を信じない。

 ならば、信じられるように努力しなければならない。

 

 人は、語られた内容よりも、語った者が誰かで信用するかどうかを判断する。

 ならば俺が『おかしなことを言っても信用される人』になるべきだ。

 

 人は、というか集落は、よそものをなかなか受け入れない。

 ならば受け入れられる下地を作らなくてはならない。

 

 人は。人は。人は。人は━━

 

 学んだことは数多い。

 たぶん、もっと『最初からわかってる』かのように振る舞える、要領のいいやつがいくらでもいたことだろう。

 こんなふうにいちいち『人は』だなんて理論化しなくたって、いくらでも自然にやってのける天才だっていたに違いない。

 

 けれど、竜の遣いは俺だけだった。

 

【静謐】は、五年、十年と俺が出来の悪さをさらし続けても、俺以外を竜の遣いにすることはなかった。

 

「私の知名度が上がったおかげで、流れてくる感情の(あじ)が私好みになりました。これでこの大陸は、名実ともに私の地域と呼べるでしょう」

 

 どうにも始祖竜は【静謐】の他にいくらかいて、それぞれが違った大陸で活動しているというような話を聞いたのは、彼女に仕えて十年以上が経ってからだった。

 

 そうして彼女らは担当大陸を自分色に染めるというのを活動方針にしているようで、俺がやらされているのは、そういった活動の手伝いらしかった。

 

「……というか、あなたはもっと早くに、自分が使いっ走りにされている理由を質問すべきだったのでは?」

 

 語らなかった私も悪いかもしれないこともないと言い切ることにじゃっかんの迷いはありえざるわけもなし、ですが……

 

 などと出来の悪い早口言葉のようにまくしたてた彼女に、俺はこんなふうに応じた。

 

「あなたの命じることなら理由は問わない。俺はあなたに奉仕できるなら、それだけで嬉しいのだから」

 

「愚かなる人間め」

 

 照れ隠しだ。

 

 ……この当時の俺は彼女の『愚かなる人間(Dear my friend)』を正しく読み取れなかったので、『愚かだったか……まだまだ考えが足りないな』と馬鹿正直に受け取っていた。

 

『始祖竜の存在の周知活動』が年数を重ね範囲を拡大するにつれ、俺の下にも人がつき始めていた。

 

 その人たちは俺が一人ではまわりきれない範囲で竜の存在を知らしめた。

 

 竜は己の存在を認知した集落に『水』を与えた。

 

 それは寄生虫や細菌のいない水なのだった。

 そして『濾過』と『煮沸』をもたらした。

 自分たちでも『竜の水』を用意できるようにするためだ。

 

 ……振り返ってみれば、この時代に竜から与えられた(・・・・・)力は本当にこの『水』ぐらいなものだ。

 前回と違って魔石をもたらされることもない。

 

 それでも竜は人々に崇められた。

 

「……思えばこの程度の干渉で充分だったのです。魔石などと、前回の私はどうにもやりすぎたようですね。そもそも精霊の魔石化(パッケージング)などという、消費すべきリソースを自ら削る行為など、私はなんのためにそこまでしたのか……」

 

 その独り言で述べられている言葉の意味はちっともわからなかった。

 

 ただ、我らが始祖竜(かみ)がなにかを疑問に思っている気配だけが伝わってきて、『竜にもわからないことがあるのか』と、ひどく驚いたのを覚えている。

 

 この時の俺は、というか、俺たちこの大陸の人類は、【静謐】のことをいわゆる『全知全能』の存在だと思っていたのだ。

 

 彼女が『水』しかもたらさないのも、『これ以上をもたらす必要がないと思し召しだが、その気になれば、もっと恐るべき知識を開示し、我々など及びもつかない力を奮うに違いない』という迫力があり……

 人々は実際になにをされたわけでもなく、この『迫力』というやつに膝を屈して(こうべ)を垂れていたわけなのだった。

 

 ……だから、大陸が揺らぐのは、人々が始祖竜への畏れを和らげるなにかを発見してしまったということに他ならない。

 

 その『なにか』はある日、海岸に流れ着いた。

 

 そいつは『解析の地域』から流れ着いた、魔術師だった。

 

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