竜と呪いの千回紀   作:稲荷竜

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第83話 『超越存在』

 これから【静謐】を殺しに行く時の俺の葛藤は、同行者二名にはまったく理解されなかった。

 

 聖剣使いは、

 

「最終的に救われるために必要な工程では? そもそも、始祖竜(オリジン)は本質的には死なないんだろう? だったら貴重な一周で、【静謐(そこ)】だけ避けるほどの理由はないと思う。なにせ、消える周回(人命)は少ない方がいい」

 

 こちらの痛みに同情するような表情を作りつつも、断固としてそう述べた。

 

 魔術王は、

 

「あたしは竜とかいう存在が気持ち悪くてムカつくだけだ。お前らが殺さないならあたしが殺す。あたしの世界にあんな汚物はいらない」

 

 ……こいつは誰かが竜の話をするとものすごーく不機嫌になる。

 

 特に俺が【静謐】を話題に出した時の不機嫌さというのは半端ではなく、周囲の空気が軋むほどの怒気を放ちながら、竜を汚物扱いしたのだった。

 

 俺は。

 

 ……まあ、この二人の言いたいことも、わかるんだ。

 

 たしかに竜の多くを殺された周回は【虚無】によってなかったことになる。

 が、なかったことにされる世界にだって人は生きているし、世界の初期化とは、数多(あまた)の人命を殺す行為に他ならない。

 なので周回数は少ない方がよく、それはつまり、一周ごとの始祖竜殺害数を伸ばすということなのだ。

 

 ……たとえば。

 日和(ひよ)った俺は、『じゃあ、もしも、竜を一柱たりとも殺さず、今の世界で最後にできるよう、もっと平和的にアプローチすることも可能なのでは?』というようにも、思ってしまうわけだ。

 

 けれど、俺たちが竜殺しに挑まなくても、これまで世界は幾度となく繰り返されてきた。

 

 つまり、人はどうあっても、最後には竜を殺そうとするし、それを叶える。

 

 ならば周回数を重ねないようにするには、たしかに【虚無】を殺すしかないのだというのは、これまで何度も生きてきた俺にとって、考慮にも値しないことのはずなのだった。

 

 たとえば聖剣がなかったとしても、この周回にだって、竜を殺そうとし、竜殺しに届き得る者がいるのだ。

 魔術王とか。

 

 ……その魔術王の意見についても、あいつは言葉が汚いけれど、たしかに、汚物と呼ぶのは、まあ、なんだろう、その……

 あくまでね? あくまで竜経験のない人類の意見としてね?

 ……そう言いたい気持ちは、理解できなくもない。

 

 それは『人の魔術』と『竜の魔術』との差異のせいなのだった。

 

 魔術というのは精霊への働きかけによって不自然(・・・)を起こす方法だ。

 

 そして精霊というのは、人の感情から発して、基本的には世界に満ちているものだ。

 

 その精霊の気を惹いて、力を貸してもらう(・・・・・・)のが人の魔術だとすると……

 

 精霊を絞り殺して(・・・・・)エネルギーを抽出し奇跡を起こすのが竜の魔術になる。

 

 竜の魔術━━というか、竜の起こす奇跡は大体が、精霊の消費(・・)によるものなのだ。

 

 ……だから精霊を見るのに長けた者は……

『精霊の死体』まで見えてしまうぐらい精霊に近しい者は、竜が奇跡を起こすたび、真っ黒になって腐った精霊の死体が、奇跡を起こした場所に積み上がるのが見えるらしい。

 

 ……【変貌】の加護を受けた勇者を見て、のちの魔王がさんざん気持ち悪がったことがあった。

 あれはつまり、竜の加護というのが、『死体を体に塗りたくる行為』にしか見えなかった、ということなのだろう。

 

 ……祝福を受けて転生中だった俺の魂はどう見えてたんだろ。

『加護』と『祝福』は根本的に違ったりするのか……

 これはもう、答えを知る当時の『魔王』がいないので、聞けないことだ。

 

 で、ここで一つ気になることができた。

 

 魔術王さん、聖剣は気持ち悪くないの?

 これは始祖竜【変貌】自身が自分が人に与えた加護で変じたものである上に、【解析】によっていくらかの手が加えられているようだけれど……

 

「……使い手が気に食わないという話であれば、気に食わない。成立経緯についても、聞けば聞くほどおぞましい。でも、その剣自体は、ええ、綺麗だと思う。あたしが所有したいぐらいには」

 

 もうちょっと詳しい話を聞いてみたところ……

 

 そもそもこの剣が『超越存在殺し』などと呼ばれ、災厄はもちろん、『不変』の加護を受けた勇者や、始祖竜までもを斬れる━━という認識に誤りがあるようだ。

 

 この剣が斬るのは『超越存在』などというあやふやなものではない。

 

 たとえば災厄が災厄に成る時には、その時代を生きる人の感情のエネルギー、すなわち精霊を大量に吸収する。

 

 始祖竜は精霊のエネルギーを絞り尽くして奇跡を起こすが、奇跡を持続するのは始祖竜が殺した(のろった)精霊そのものらしい。

 現代知識で解釈すれば、死霊術(ネクロマンシー)が近そうだ。

 ……まあ、この時代、というかどの時代にも、そんなおぞましい術があったという記憶はないが。

 

 そして始祖竜自身もまた、人格や姿の維持に精霊を用いている。

 

 つまり、この剣は━━

 

精霊殺しの剣(・・・・・・)。だから、あたしは所有できない。それを所有してしまうと、怖がった精霊があたしに力を貸さなくなるから」

 

 とはいえ、『所有しただけで精霊が力を貸さなくなる』ほどになったのは、竜殺しマラソンを始めてからになるのだろう。

 でなければかつて『魔導王』がこの剣を所持しつつ魔術を使っていたことに説明がつかない。

 ……本当に、竜を殺せば殺すほど力を増していくのだ、この剣は。

 

 今は『手にしたという事実が一度でもあるだけで精霊が近寄らなくなる』ぐらいのものらしいが……

 

 いずれは、『一度でも斬られたなら、世界が初期化されようとも精霊が寄り付かなくなる』ぐらいにまで行くのだろう。

 

 そうじゃないと、世界初期化のたびに生き返る竜を完全に殺すことはできない。

 

 ……先の長い話だ。

 

 しかし、ちょっと興味本位だけれど。

 精霊殺し自体はいいのだろうか?

 ほら、精霊に愛された魔術の王的に……

 

「別に? ……ああ、なるほど。そいつで斬られた精霊は、かたち(・・・)が残らないから大丈夫。きっちり加工されてれば気にならない」

 

 まだ俺が困惑した様子だと見たのか、魔術王はちょっと嬉しそうに言葉を付け足す。

 

連中(せいれい)は基本的にうるさい羽虫だし。そんなものの死骸が積み上がってたり、そんなものの死骸を体に塗りたくる異常者は気持ち悪いと思うけれど、連中の命なんか惜しまないよ。っていうかむしろ、この世界は連中が多過ぎて視界が悪いぐらいだ。その剣の周りだけ世界が(・・・)見える(・・・)のは、好ましくすらある」

 

 俗に、あまりに自分と違う見地からものを見ている人を指して『見えている世界が違う』という比喩を用いたりするが……

 俺と魔術王の見えている世界は、本当に違うのだろう。

 

 たしかにこの時代の俺は光の粒みたいな精霊が宙にたくさんいる景色を見えてはいるのだが、魔術王はもっと解像度が高く……

 なんていうか、もっと邪魔(・・)に見えている、のかもしれない。

 

「で、君の葛藤に結論は出たのかな?」

 

 聖剣使いの声がかけられたころ、俺たちを乗せた()は、見覚えのあるような、ないような、そんな土地に差し掛かったところだった。

 

 潤沢な自然。静かでどこか荘厳な空気。

 

 ……竜というのは存在するだけで周辺環境に影響を与える。

 

【躍動】が存在する周辺は人々がどことなく活気づき、草木はなんていうか、どこか南国のような様相を帯びていく。

 

【変貌】が存在する周辺は……まあ、彼女に気に入られようと人々が躍起になるのは別として、人々がなんとなしに穏やかで暴力を好まない気風になり、空気は濃くなり、土や草もより瑞々しい感じになる。

 

 それはたぶん、『竜による感情の味わい(・・・)の調整』、みたいな機能の賜物なのだろう。

 

 始祖竜は完全に人前に姿を現さずに引っ込み続ける、ということをしない。

 

 姿を見せると人々はなんとなしに察して、始祖竜の好む味付け(・・・)の精霊を放つようになる。

 

 人は人の感情を察する力を持っているが。

 同時に、人は自分より強いもののご機嫌をうかがう機能も初期装備している。

 

 ……だからこの、静かで、それでいて草木が力強く繁茂し、ただそこにいるだけで背筋が伸びるような気持ちになる空気こそが、【静謐】の好みの()、ということになるのだろう。

 

 なにせ始祖竜は、その人格がある限り、人の感情を必要とするのだから━━

 

 ……と、ここらで、これまで現代の俺が感じていた、どうしても疑問に思うべきことについて、そろそろ形になり始めて来たのだけれど。

 

 当時の俺は、その疑問について、まだ抱ける段階にない。

 

 そもそも、【静謐】と会う緊張が並々ならぬものがある。

 

 これ以上魔術で進めば【静謐】を刺激するというほど気配の濃い場所に立って、静かに目を閉じて深呼吸を繰り返し、それでようやく、聖剣使いの問いかけに答えられたほど、この時の俺は平静ではなかった。

 

 葛藤に結論。

 出るわけない。

 

「……というかね、君を置いていくべきじゃないかと、僕は思ってるぐらいなんだけれど」

 

 そうもいかない。

【解析】は多くを語らなかったが、俺はどうにも始祖竜殺しの現場を目撃した方がいいようなのだ。

 

 なにせ聖剣使いと魔術王さえいれば移動も攻撃もできる。

 それでも俺が同行しているのは、そうすべきだという確信が……

 

 表情とか、口ぶりとか、そういうものを総合しての、明示できる根拠はないのに確信だけは可能という、そういう情報があるから、なのだった。

 

 そしてそれは、俺の勘違いというわけでもなく、聖剣使いもそう思っているようだったし、魔術王だって、足手まといなだけのはずの俺の同行を拒んだことがない。

 

 だからきっと、立ち会うべきなのだ。

 

 というか、ぐだぐだ言ってられる時間はすでにたっぷりもらっている。

 

 これまで(・・・・)の俺は、どうにも、煮え切らないまま、立ち位置もあやふや、心情もはっきりせず、ただ流されるまま時代の中心にかかわってきた、傍観者でしかなかったが……

 

【静謐】への愛を思い出した。

 それを成就させるため行動している。

 

 ならばこれは、もう、俺の物語だ。

 

『たまたま話の中心付近にいるやつ』ではなく。

 ここからは、俺が進めるべき物語だ。

 

「……で、僕らはどうしたらいい?」

 

 竜を殺す。

 

 でも、その前に話をさせてほしい。

 

 俺には聖剣を鍛え上げるのと同等以上に大事な使命があって、それを達成しないことには、世界の初期化を完全に止めても意味がないんだ。

 

「その使命っていうのは?」

 

 ……できれば言いたくないのだけれど、理由の一つも述べておかないと、聖剣使いと魔術王に待ってもらう必要性を説明できない。

 

 だから、ちょっと照れるけれど、言わざるを得ない。

 そう理解していても、やっぱり、改めて口にするのは恥ずかしいので、けっきょく、視線を逸らして、声をひそめて、唇をとがらせて、ため息三回、ようやく、口を開く。

 

「……口説かなきゃならないんだ」

 

「なんだって?」

 

「……【静謐】を口説かないと、世界が初期化されなくなっても、意味がない。なにせ、あいつと結ばれるために、俺は何度も転生してるんだから」

 

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