その生にハッピーエンドを望むなら 作:あしおと
「相変わらず本当にこんなところにいるんですか、と言いたくなるような環境ですね」
「全くです……ですが、怪談によればそろそろですよ」
「怪談系、ホントだった試しがスランピア以外ないんですが」
「1件でもホントだっただけ凄いレベルですよねぇ。アレに味しめてデスクが次もやろうとか言い出して大変なことになってるわけですが」
「「はぁ」」
よく晴れた空の下、愚痴りながら山の草をかき分けかき分け登っていく2人の少女。片方はハンディカメラを持っている。
クロノススクール、記者の風巻マイと、その後輩の灘海ヒメカ。彼女たちは、特大のネタを拾うべくこの登山に挑んでいた。
「『死そのものが百鬼夜行には住み着いている』なーんて。んなバカみたいな話あると思います?」
「なかなかないと思いますねぇ。けれどまあ、事実としてあの『死の行進』は起こった現象ですからねぇ」
数週間前のことだ。アビドス砂漠の方面から、百鬼夜行連合学院の学区内まで一直線に、生えていた植物性の物がすべて枯れ果て腐るという奇妙な現象が、数度の夜を跨いで発生したのは。
その現象を追った者たちは数多いた。されど、それらは共通して同じ言葉を漏らさざるを得なかったのだと言う。
科学の英知を誇るミレニアムが、宗教の観点から考察したトリニティが、人為的破壊の極限たるゲヘナが、みな一様に同じ結論にたどり着く。
「なにか、大いなる者がその道を歩いたのだ」と。
故にこそ、その現象は「死神の行進」と名付けられ、恐れられた。それ以上何も起こらなかったので、追うものは減って行く一方であったが。
だがしかし、それを追うものたちがまだキヴォトスには残っていた。どちらかというとそれは、知りたい、というよりは、見つけたい、の想い。
「うーん、もう八合目付近ですが……居ませんね。さすがに眉唾物でしたかね」
「わかりきったことでしょマイ先輩……っと! これっまずっ!?」
「っ! ヒメカ!!」
足場は岩場、生えた苔に足を取られた会話に勤しんだが故に不用心に過ぎた一人の少女が中空に身を取られ、落ちていく。下は森、されど遠く、良くて大怪我、悪くて死……それは間違いなかろうと思われる。そんなことが記者として培った経験から一瞬で思考できたマイは手を伸ばすも勿論届かず。
いよいよもって元より策があるわけでもなし、ヒメカの体が落ち……
「……ぶよーじん」
「「……えっ?」」
落ちない。その身が、何かにかすめ取られ、上に駆け上がる。舌足らずな発音と共に。
「なっ……!」
マイが驚いたのは、目視した何かの見た目と、その挙動。全身を白に染めあげるのはショートスカートとシャツ。
短い四肢は彼女が幼いことを示すとは限らない(何故かキヴォトスの学園最強格の発育があまり良くない傾向がある。マイはこの傾向に気付いて記事にしようとしたが後輩のシノンに止められた)が、幼気な印象を与えることにはなっている。
岩場を蹴りつけて人ひとりを姫抱きにし、凄まじいスピードで上まで登ったかと思えば、そこに優しくヒメカを降ろした。
少女はこちらを向き直って、一言。
「ほんと、ぶよーじん。岩のコケあぶない、よ?」
よ? と言いながら首を傾ける彼女。その仕草が力強い先程の動きと乖離してどうにも愛らしく見えた。
「……助かりましたぁ……ほんと、すいません」
「そう。ちゃんと気をつけるか、命綱つけて。ほんとに。今のは、幸せな終わりじゃないよ」
幸せな終わり、とはなんだろうか、という思いがふとマイの心に去来したことで、マイは今この山に来た目的を思い出した。
「まさか、あなたは……『死神』……?」
「え、なにそれ。わたしそんな……そんな感じなの?」
「あ、あぁと……失礼しました。私、クロノススクールの風巻マイと申します。よければ恩人のご芳名を頂戴したいのですが?」
彼女は首を傾げた。そのあと、あぁ! とばかりに頷くと、傾きを直して口を開く。
「試験番号16-C」
「……は? ……いえ、その……お名前は?」
「……強いて言うなら、16-Cって……あぁそうだ、黒い人は『有り得ざる神秘』とか『モルス』って言ってたっけ? でも名前じゃないと思うから……あそうだ。名前は『リコ』って呼んで欲しい」
名前を急に番号から変えてリコ、と名乗った彼女に思わずマイは口から零れそうになる「偽名ですよね?」という思いを飲み込んだ。
そして彼女も大して隠す気もないようで。
「まあ、仮に?」
と既に仮名を隠そうともしていなかった。
「とにかく、リコさん。ありがとうございました。おかげさまで後輩のヒメカも無事です……しかし、リコさんはこの山におひとりで来られたので?」
気を取り直しつつもマイは既に察している内容をあえて言葉にした。彼女は恐らく……
「んーん。この山に、ずっといる。誰も来ないし楽でいい……たまたま助けたのは見てられなかったから? ずっと見てたよ、山に入った時から」
「……そうですか。やはり、と言った所ですかね……あなたは本来、人にあまり関わりたくない?」
「それは違うの。関わっていたい、楽しく話したい。でも、私がいるとみんな不幸になって終わっちゃうから。我慢、我慢。ね?」
それに、とリコは申し訳なさげに言う。
「この山に来るまでに、いっぱいお花も木も終わらせちゃった。あの子たちに心はないから、簡単に終わってしまう……今は終わらせなくていいくらいには、なったけど……それでも、前の私がやっちゃったことだから」
やはり、とマイは確信した。この子が、死の行進を引き起こした張本人だと。植物や、植物性繊維で出来た紙などを腐食させて突き進んだ死神の正体がこの可愛らしい女の子なのだと。
「ふむ……そのようなことが」
「そう。マイさん、でいい?」
その問いにマイは頷いた。話してくれるなら呼び名はどうでもいいくらいではあったのだ。
「マイさんは、終わりたくなること、ある?」
「……終わりたくなること?」
「うん。生きるのを諦めること。言い換えると、死にたくなること」
話し始めた途端、彼女の言葉が滑らかに、流暢になっていく。舌足らずはどこへやらだ。
「それは、一度や二度はありますが……」
「でも、本心からそれをやろうと思ったことは?」
「ないですね」
「それならいい。私のこの身体には、黒い人曰く神様が降りてて、私は神様に体を半分だけ貸している、らしい。その神様は、私としか話せない。それで、人々に幸せな終わりを与えることを目的にしてて、私もそのお手伝いをしている。でも、幸せな終わりは本人の主観に過ぎない」
彼女はマイよりもはるか遠くを眺めるように目を細めた。
「だから、私と神様で決めてる。私はその人が本当に今終わりたいかを確かめる役割。神様は、その人に終われない理由がないか確かめる役割。どっちもおっけーなら、神様と一緒に終わらせる。そういうこと、らしい」
その言葉尻のらしい、にマイは疑問を呈した。
「らしい、ということはまだ終わらせた……人を、殺したということは」
「一度もない。動物は、ある。外傷なしで美味しいお肉を作るためによくやってるから……」
「神様、というのは……どちらに?」
その言葉に軽くリコは首を傾げて。
「見てみる? 言葉は話せないけど……えいっ」
力を込めて、背を曲げて。
「「ひいっ!!?」」
マイとヒメカの声が重なる。背骨が……恐らく胸椎の数と同じであろうか? 12本の、黒い骨が背から飛び出したかと思うと、周囲に浮遊し始め、首の後ろから飛び出した骨が彼女の頭上で小さな頭蓋を象る。
「これが神様。私の半身にして半神……いや半身だけに。完全な神様だから半分じゃあないよ?」
「こ、これは……!」
「な、骸骨……おば、おばけ!?」
むぅ、とリコが頬を膨らませて呟く。
「神様は神様だよ……」
「い、いえ。少し驚きすぎました」
「ひぃ……せ、先輩!」
「怖がらない。受け入れる。目の前の真実を真実以上のものと取らないで。現実として受け流して、ヒメカ。改めて、失礼しました」
リコは頷いた。いいよー、と軽快に声を鳴らすと、『神様』を体に引き戻して声と同じくらい軽やかに足を向け私たちに背を向け……こちらへ向き直る。
「ほら、こっち来る。安全に降りれるルート、あるから。送っていく」
手元のカメラが映していた映像を、ヒメカは如何にするか悩みに悩みながら、向き直った彼女の背を追ったのであった。
後日。シャーレ、オフィスにて。
「と、いうわけでして。……先生、あの子に私は記者として以前に、ひとりの人間として受けた恩は返したい。あの子は自分の居場所が暴かれることにこと敏感です。マイ先輩は私には止められず……! 記事を書いて、すでにデスクに送ってしまいましたが!! 先に先生のお力で、あの子を……!」
懇願するヒメカの姿があった。
その懇願に、すわ何事かとソファに座って空を見ていた様子はどこへやら、話す姿をソファの背もたれに手をかけて眺める少女。そして真剣な顔で聞き入るシャーレの『先生』。
「なるほど……わかったよ。悪いけど……手伝ってもらえるかな、ミサキ」
「……私、高いところも花粉もまとめてダメなのわかってて言ってる?」
「……ごめん」
呼ばれた少女……戒野ミサキは手元の端末を操作し、数度の電話をかけ、そうして顔をこちらに向けた。
「私は普通は行けない。……当番だし仕方ないから、薬を使うことにした。スクワッドのみんなも呼んでる」
「ありがとう、ミサキ」
「貸しにしとく」
やや顔を赤らめたミサキが、ふいとそっぽを向きながらそう言うと、支度をいそいそと始めたのを先生はニコニコと見送りながら、視線をヒメカへと戻す。
ヒメカは、心から嬉しそうにシャーレがそれを遂行してくれることを歓迎した顔をしていた。
「本来であれば私が向かうのが筋なんですけど……私もまだ、やるべきことも多いんです。私はもう少しだけ新刊の発行、発布に時間を稼ぐために戻ります!」
「うん。それじゃあ、あとは任せて」
「ありがとうございます。この恩は必ずや報いますので……」
「生徒が困っていれば、助けるのが私の役目だから。気にしないでね」
何度も頭を下げて立ち去るヒメカがシャーレからいなくなると同時に、愛用のロケットランチャーを携えたミサキが立ち上がる。
「行先は百鬼夜行、なんだよね? もう少ししてから向かえば薬の効果が出る時間ちょうどに着けるよ」
「分かった、すぐに支度するよ……スクワッドのみんなは?」
「途中道中で拾える。ヒヨリと姫は一緒にいて、リーダーは来れないけど代わりに頼れる助っ人を用意してる、らしい。車は?」
「任せて、下にある四輪なら動かせる」
ミサキは頷いて、時を待つ。端末に次から次へとスクワッド……彼女の所属する本来の部隊たる『アリウススクワッド』のメンバーから報が入るのに目を通しながら。
その時間は極めて短いものであったと言えた。先生が準備を整えるのに五分と掛からなかったのだから。かくして車に火が入る。
「それじゃ、行こうか」
「酔い止め、効き始めた……花粉症対策は大丈夫、
大型四輪の車が走り出し、街に消えていく。まだ日が昇ったばかりの朝に、先生の踏み込んだペダルの強さに比例するように車はアスファルトを蹴りつけた。
・灘海ヒメカ(オリジナル生徒)
クロノススクール所属1年生。現代には珍しい良識的ジャーナリズムの持ち主で、「知り得たことをそのまま伝える」が信念。
基本的に多数の幸福を優先するが、報道することで社会的立場が低い人物がさらに低くなるようなことがあってはならないと考えており、その結果ボツになったネタが数多ある。
没ネタ集は彼女の心の中に大切にしまわれており、墓まで持っていくと決めているが、今回『リコ』のネタを没ネタとして扱おうとした結果先にマイに記事を上げられてしまい、『リコ』を押し寄せてくるだろう一般人や危険な大人から守るべくシャーレに依頼をした。
憧れのメディア、クロノスに入学したもののメディアの現実を直視し、その中で自分の理想に沿うように出来ることを精一杯やる健気な少女である。
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