梔子ユメの最後の冒険 〜チョロアホガールとポンコツ詐欺師の復讐劇〜   作:外柴葡萄

11 / 15
血の色の意地

 広大なアビドス砂漠の只中、ワジ地区にある遺跡地帯の片隅に忽然と姿を現す、見るからに新品の資材を見せびらかして造られたばかりなのが一目で分かるチンケな建設現場のような場所の一角。突貫で建てられたのが丸わかりのプレハブ造りの作業用倉庫のような建屋のその入口で、歩哨に立った二人の機械化兵が暇していた。

 移動になってすぐの頃は物珍しさにテンションの上がった砂漠の光景も、すっかり慣れてしまった今となっては只々気力を奪われるだけの、忌々しい日々を象徴する憎むべき世界そのものだ。

 熱感を切っていれば不快を感じる事はない体であっても、人間の精神を宿す等身大の心はその煉獄めいた情景から幻肢痛のように苦痛を見出してしまう。

 

「あああクッソあっちーな。いつまでこんな罰ゲームやってなきゃなんねーんだよ」

「煩い。喋ると余計暑くなる。暇ならネットでも見てろよ。俺は小説読んでんだよ」

「あ、それお前ダウンロードしたやつだろ。くそ、良いな。俺も先に落としときゃ良かった」

「? なんで。今すりゃいいじゃん」

「あ? お前知らねーの? 今、ここらの回線死んでんだよ。さっきから街の支店とも連絡取れねんだと。通信科の奴がぼやいてた」

「うちの回線でか? どっかの基地局でも爆発したのか。温泉開発部?」

「知らねー。大方どっかのアホがメンテサボったんだろ」

 

 納得した相方が黙って読書に戻ろうとするが、何の変化もない風景を眺め続けるのに飽き飽きしているもう一人の兵士は、なんとかして会話を引き延ばそうとする。

 

「よお、そういやさあ。昨日会ったあの娘ら、元気してっかね」

「ああ、あの二人な。今どきこんな砂漠の中を冒険しようだなんて、良い趣味してたな。なんかの部活かね」

「お前結構気に入ってたもんな。古代文明の遺物がどうのって、興味もないのに話合わせてよ。このすけべ野郎」

「あほ。こんな体になって、今更すけべもクソもあるかよ。お前こそジープなんて貸しちゃって。どうすんだよ、返しに来たら。数合わねーぞ」

「別にいいだろ多い分には……なあ、なんか変な音しないか?」

「あん?……ほんとだ、なんだこの音……おい、あっちのあれ! なんだ?」

「おいおいおい、マジか。これ俺達まだ立ってなきゃいけねーのか? 勘弁してくれよ!」

 

 二人の兵士が見つめる先、砂漠の遥か彼方には、にわかに立ち上り始めた巨大な砂塵の壁が目に見えるまでに膨張しつつあった。

 地平線の先に遠く聳え立つ山並みにまで広がるはずの遠大な砂原を越えて、そのバカでかい壁はじりじりとこちらに向かって近づいて来ているように見えた。

 

 

 

 アビドスの晩夏、どんな事情を抱える者にも等しく平等に中断をもたらす、夏の終わりの砂嵐がやってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗い地下室のさらに奥深く、最奥の独房に押し込められて、他にすることもない羽沼マコトはひとり考えていた。

 当然のように持ち物は全て取り上げられて外部との連絡の手段などもちろん無い。状況はまさに絶望的と言ってよかった。

 

 あの後、二日酔いと冷え過ぎで異様に重い体を何とか駆ってはるか砂漠の果てからようやく人里に帰り着いてから、野暮用と言い訳したマコトはユメと二手に分かれた。

 途中の道程で事態が思った以上に酷い進行を見せているのに遅まきながら気づいてから、そのまま乗り込んだ情報部の拠点で抗議をかけたところをヒナの部下に取り押さえられてこの有り様だ。

 こういう事態に発展するのを全く想定しなかったわけでは無かったが、それでも何処かに甘えがあったのかもしれない。

 空崎ヒナという拙速の権化のような友人が本質的には真逆の性質を有している事を知るマコトとしては、彼女の決断がこうも果断であった事を何処かで信じ切れない思いがあった。あのクソ真面目に過ぎる少女が、日々忙殺される業務の内で溜め込んできた鬱屈の大きさを何処かで見落としていたのかもしれないと、今になって後悔したところで遅きに失する話であった。

 

 

 情報部の拠点に殴り込みをかける事はカヨコにだけは事前に伝えておいたが、救出が来る可能性はまずないだろう。

 潜入だけなら彼女のスキルを持ってすればなんとかなるかもしれないが、カヨコ側にそこまでするような理由がない。今のカヨコは別段情報部に義理立てするような立場でもないが、かといってマコトは自分がそこまで周りから好かれていると思うほど楽観主義者ではなかった。

 

 雷帝失権の煽りを受けて連座するようにして居場所を追われた元同僚を、無理やり付き合わせるようにして巻き込んだだけなのだ。能力はあるのに人付き合いが苦手で、政治的な立ち回りが下手な女がこれ幸いと濡れ衣を着せられていたのを見兼ねて、つい声をかけてしまっただけだ。

 もっとも、あちらの方がどう思っているのかは定かではない。

 マコトは気にしなかったし、カヨコもいちいち口に出したりはしなかった。精々、都合よく利用されているとでも思っているのかもしれない。その方が気楽になるのならそれで別に不満もない。

 ああいう、世に蔓延る些末事のいちいちを大袈裟に受け止めてしまう女がいずれ本心から信じられる居場所を見つけるまで、適度にちょっかいをかけてやって気晴らしにでもなればいいと思っただけだ。別に見返りを期待した訳では無い。

 そう思っていたはずが、こんな風に未練がましく考えてしまうのは、いよいよ追い詰められて後がなくなってきた証だろうか。やれやれ自分も所詮、俗物共の同類だったというわけか。

 

 自嘲的な笑みがマコトの顔に浮かぶ。

 その方が良い。表情など所詮、他者を操るための道具でしかない。表層に囚われて本質を見ようとしない愚か者を見分けるための絶好の試金石だ。

 己が人を見る目があると過信している者ほど実に容易くこの能面を誤読する。他人の内面が宇宙の果てより遠い場所にあるのを知らないのだ。他者などというものは所詮その定義の時点から本質的には理解不能なものだというのに、自分だけはその真奥に辿り着けると根拠もなしに思い込むどうしようもない似非賢者どもを嘲笑うための仮面。

 だから、ここにどんな感情が浮かんでいたところで、それは決して本心などではないのだ。

 

 

 

 

 結局のところ、羽沼マコトがあれほどまでにトリニティの羽付き共を憎悪するのは、同族嫌悪に過ぎないのかもしれない。

 彼女の根底にあるのは権力への嫌悪などよりもまず、他者への不信とその裏返しにある自信の欠如だ。

 常に自分を偽る事でしか他人とコミュニケーションを取れないという劣等意識こそがその根底にある。

 何より質が悪いのが、本人にその自覚が強烈にある事だろう。そこに気づきもしない鈍感ささえあれば、単に我が強いだけの傲慢女として幸せに生きられたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

「良い様ですね、羽沼担当官補。実によくお似合いです」

 

 そうして一人センチを囲うマコトのいる暗い牢獄の向かい側、外に通じる扉が急に開いたかと思うと、檻を挟んだその廊下に光とともに女が一人入って来ては愉悦感もたっぷりといった風情で嫌味たらしく話しかけてきた。

 眩しそうに顔を上げたマコトが相手を認めて反応する。

 

「なんだ、牛女ではないか……何の用だ?わざわざ笑いに来る程、暇なはずもなかろう」

「……相変わらず、可愛げのない人ですね。自分の立場が分かっていないのですか?」

 

 そこに立っていたのは天雨アコ。誰あろう空崎ヒナの腹心を自認して憚る事のない情報部の参謀官が、貼り付けたような完璧な微笑とともに囚人を見下ろしていた。

 

「立場も何も、こんな目に遭わされねばならんような事をした覚えはない。何の罪もない同僚を一方的に投獄するほど落ちぶれたのか、お前の愛しの君は」

「独断での作戦行動からの逸脱行為、要申請機器の無断持ち出し、報告義務の放棄、命令違反、上官への暴言、etc……何か申し開きは?」

 

 予め用意してきたカンペを読み上げるような模範通りの女の詰問を、だからマコトは腹の底から笑い飛ばした。これだからこの女は!

 

「ハッ!実にお行儀のよろしいことだ。雷帝時代に出世していなくて本当に良かったな、お前」

「黙りなさい!薄汚いペテン師風情がぬけぬけと……」

 

 怒鳴りつけられたマコトはすでになんということもない顔をしていた。

 本音を言えば、マコトはこの女が決して嫌いではない。当人がどう自認しているか知らないが、賢しらぶりながらもいちいち素直な反応を見せるアコという女は見ていて飽きることがない。ヒナが信頼を置く気持ちも分かる気がしていた。おかげで沈んでいた気持ちも、だいぶ持ち直してきた。

 今もまた、やにわにいきり立っていたアコは直ぐに我に返ると、咳払いを一つして笑顔を作り直し本題に入る。

 

「ゴホン。用件は一つです、羽沼マコト南部担当官補。アビドス高等学校の現生徒会長、梔子ユメの所在をご存知ありませんか」

 

「梔子ユメ……ああ、いたなそんな奴も。随分と間の抜けた女だった覚えがあるが、生徒会長になっていたとは、知らなかったな。行方不明なのか?」

 

 しらっとした声で答えるマコトの顔を疑り深い目でじっとり観察していたアコだったが、しばらくして何かに得心すると話題を変えた。

 

「まあいいでしょう……本作戦はもう間もなく終了します。正式な処分は追って通達されるでしょう。行方をくらませていた間に何をしていたのか、詳しい経緯は本国帰投後にじっくり聴かせて貰うことにしましょう。他にも折檻しなきゃならない馬鹿者がいますし、おっしゃる通り、今は時間がありませんから」

「待て、作戦終了だと?ヒナの奴は何をしている。戦闘はどうなったのだ」

 

 踵を返して牢を出ようとしていたアコは立ち止まると、慌てて問いかけてくるマコトの焦りように溜飲を下げたのか優越感を隠そうともせず答えを返す。

 

「畏れ多くもヒナ司令が、自ら陣頭に立たれたのですよ?アビドスの田舎猿如きが如何に粗暴に優れようとも、もはや決着は時間の問題です」

 

 言われたマコトは一瞬その意味を掴みかねたように表情を止める。自分の耳が信じられないように独りごちる。

 

「時間の問題……?あのヒナとホシノが直接ぶつかってか?馬鹿な……」

「何を驚く事があるのです。現にさっきから司令の邪魔にならないよう退避を命じた現場からは何の報告も……すぐにでも部隊の収容完了の連絡が──」

 

 二人のいる地下牢のある建造物全体を直接揺さぶるような凄まじい振動とともに雷鳴の如き轟音が響き渡ってきたのはまさにそんな瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いは泥沼化の様相を呈していた。

 

 さっきまで詰めていた本部を地下に持つ建物の地上部分が大音量を立てつつ無惨に倒壊していくのを聞きながら、空崎ヒナは臍を噛む。

 自ら撃ち込んだ機関銃弾のいくつかが弾薬庫に集積されていた軍需品に着弾し、誘爆を起こした火薬類は一瞬で巨大な熱量の塊と化して周囲の全てを手当たり次第に飲み込んで爆ぜた。

 異様な威力を与えられたヒナの弾丸によって蜂の巣にされ、ただでさえ経年劣化の進んでいたそのビルにもはやその衝撃波を吸収するだけの耐久力は遺されていなかった。体内で膨れ上がる爆風に為すすべもなく全身を嬲られた末に哀れな犠牲者は力尽き、全身を投げ出すようにして崩壊し倒れ伏す。

 崩れ落ちる建材が降り注ぐのも、巻き上がる砂塵があられとなるのも全て無視して、ヒナはじっとただ一点を、瓦礫の中心で一人立ち尽くす小さな少女(彼女の敵)を見据えていた。

 浅い呼吸を繰り返して背を向けていたその少女が、ゆらりとヒナに向き直る。その鼻先へと銃口を向けたヒナが、今度こそはと間合いを図る。

 

 

 閃光と見紛わんばかりの人外めいた軌道で暴れまわり続けていた少女が突如として動きを鈍らせたその絶好の隙を抜け目無く突いて、一切の容赦もなく撃ち込んだ必殺の零距離射撃が確かにその小さな体の中心に直撃したのをはっきりとこの目で見た。

 普通ならその一発が体の側を掠めただけで意識を根こそぎにする膂力を秘めたヒナの銃撃をまとめて叩き込まれて尚、目標は戦意を失わなかった。それどころか、ただでさえ鬼気迫る程の殺意に満ちた形相を一層に引き絞るようにして敢然とヒナの前に立ちはだかると、あろうことか反撃に転じようとまでしてきたのだ。

 ただですら一両日にも及んだ過酷に過ぎる戦場をたった一人戦い抜き、とっくの昔に精も根も尽き果てているはずのボロボロの体に痛恨の一撃を受けて、ふてぶてしい態度で虚勢を張る余裕さえも無くして尚、何故かその動きはただひたすらに鋭さを増していくように見えた。

 

 射程の差を考えれば圧倒的に有利なはずの中距離(ミドルレンジ)から得物の連射性能を存分に活かして弾幕を張るヒナの牽制が、何故か少女の動きについていけない(・・・・・・・)

 中長射程の火器を用いて陣形を組む集団戦が一般的であるキヴォトスに於いて今や殆ど省みられることがないような、それはいかなる合理からも導かれざる異形の発想。

 体重移動に伴う重心の変化さえもフェイントに変える変幻自在の歩法を用いた幻惑と、出鱈目に過ぎるその動きを紙一重で実現する超人的な身体操作。

 まるで見えないバリアがその身を守っているかの如くに、少女に当たったはずの弾丸が尽くねじ曲がっては虚空へと消えていく錯覚さえ起こす程の圧倒的な理不尽。

 相手の力量が高いほどに真価を発揮する理外の業は、さながら大昔の映画に出てくる剣術の達人のよう。

 組織戦術における基本理論の一切を超越したようなその動きから感じるのは、技術というよりはむしろ獣性めいた剥き出しの直観(センス)

 

 緻密な計算と年齢を考えれば不憫でしかない圧倒的な戦闘経験に基づいてヒナが形成した弾幕の織り成す盤石の防御網を理解不能の動きで潜り抜けて、薄まった血のような色をした髪の少女(バケモノ)が、無塗装の兵器の地金のような色をした髪の少女(かいぶつ)に肉薄する。

 竟に古典的物理観(素朴な認識論)を破壊せしめたφ運動もかくやとばかりに、たしかに見えている(在るはずの)対象に撃ち込まれた弾丸が尽く非実在を例証していくその不可解を前にして、肉体という牢獄に繋がれるヒナの脳髄(ゲシュタルト)は眼前に表象する現象(フェノメノン)怪物(フェノメノン)として抽象せずにはいられない。

 それでも、起死回生の一撃を成就せんと最大有効射程にまで接近してきたその瞬間こそが、最も的が大きくなる迎撃のまたとない機会だ。三流科学者が見れば新しい物理法則でも見出し兼ねないような異常な軌道を描いて接近して来たその血色の突撃が、すんでのところで現実に踏みとどまる(にび)色の迎撃に跳ね返される。

 そのまま失速しボロくずのように慄きながら瓦礫の上に倒れ伏した少女(バケモノ)断末魔(猿芝居)を確かめもせずに少女(かいぶつ)は再び距離を取った。

 

 ──浅いか……!

 

 懐の奥深く、限界を狙って呼び込んだ獲物にようやくで撃ち込んだ一撃にしかし手応えはない。

 もう一歩、せめてあと半歩。極限まで引きつけないことにはこの難敵には致命傷足り得ない。しかし大きな戦果(リターン)を求めればその分だけ危険(リスク)はいや増していくものだ。加減を過てば相応に手痛いしっぺ返しが来る事は分かりきっていた。

 

 砂煙渦巻く中三度ゆらりと立ち上がった血色の口元には薄い笑みさえ浮かんでいる。

 臭い演技(死んだふり)をあっさり見抜かれた事に照れてでもいるかのようなその佇まいに、却ってヒナの背筋が凍る。

 

 少女と少女が、ショットガンと機関銃で斬り結ぶ。

 

 耳を澄ましてみれば剣撃が響き合う音まで聞こえてきそうな二人の少女の殺し合いは拮抗し、さながら予定調和を極めた達人同士の剣舞のようにすら見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わからないわ」

 

 

 

 そうして何度目の鍔迫り合いを経た後だろうか。それまで黙りこくったままに、ひたすら鉄と硝煙に塗れた血なまぐさい舞踏に没頭していた(にび)色の少女が呟くように言葉を溢す。

 

「……?」

 

 今まさに死闘を演じている相手にしてはあまりに不釣り合いな、率直さの籠もった心情の吐露に、血色の少女も動きを変える。

 瓦礫と化した街の残骸に比較的無事に形を留めていた壁の裏に身を潜め、どういう風の吹き回しかそれまで頑として維持してきた寡黙の仮面を突然かなぐり捨てて来た相手の出方を窺う。

 何を企んでいるのかは知らないが、同じような押し引きを何度も繰り返していても埒が明かないのは確かだった。あちらの拠点は吹き飛んだとはいえ、こちらの弾薬も無尽蔵ではない。

 

「昨日からはや丸一日以上。仮眠を採る暇も与え無かった……体力も気力も限界が近いはず。それなのに、どうしてそうまで頑張るのかしら。こんな小さな学校が、そこまで大事?」

 

 ホシノの勘ぐりを敢えて無視するようにして、鈍色の少女は話しかけてくる。特段からかうような響きはないが、ホシノにしてみれば貧乏を馬鹿にされているようにしか聞こえない。

 

「……ふーん。それで君の方は、手下に任せてぐっすりだったわけだ?元気有り余ってそうだもんね?」

 

 フルフェイスの鏡面に隠された両の眼に、同じくらいに濃い隈が刻まれている事を知らないホシノが啖呵を切る。

 壁を挟んだ向かいに居るホシノの射程を超えないように気をつけながら、回り込むようにして歩くヒナは会話を続ける。 

 

「別に、揶揄して口先だけでも鼻を明かそうなんてつもりじゃないの。ただ、ちょっと気になって。貴方程の力があれば、他にもっと良い待遇で迎えてくれる学園なんていくらでもあるでしょうに」

 

 一瞬、そいつが何を言ってるのか、ホシノには理解できなかった。

 ユメ(アビドス)を見捨てて余所の学園に行く? そんなこと……なんで街のチンピラ如きに言われなければならない?

 部外者に図星を突かれる事ほど人の感情を逆撫でする事もない。動揺を悟らせまいと必死に声色を作りながらホシノは言葉を搾り出す。同時に逆流した血流が逆転の天啓を運んでくる。

 

「学校にも行ってない不良が、よく言うよ! それとも、勧誘でもしてるつもり? 君の舎弟にしてくれるって? お断りだね!」

 

 おしゃべりは終わりだと言わんばかりにホシノが仕掛ける。

 

 数少ないアドバンテージたる身軽さを存分に活かして一息に壁を駆け上がると、そのまま空中に身を躍らせ重力任せに矢のような速度で目標に接近する。意識の外側、がら空きの頭上をめがけた上からの奇襲。

 即座に看破したヒナは長い銃身の半分ぐらいの位置を支点にして旋回させるように振り回しながらバックステップを踏み、重い得物のウエイトを逆利用して生み出した遠心力をテコに回避しながら同時に反撃を企む。

 自由落下の浮遊感で血液が上がって、一瞬赤く染まる視界のぴったり中心に跳ね上がるようにして向けられてくる機関銃の銃口をホシノが目視で確認する前、決め打ちで放っていた左の蹴りがドンピシャでその軸先を蹴り上げる。

 蹴り足の勢いバランスを失う体を敢えてそのまま倒れ込むようにして落ち切ると、受け身の要領で着地の衝撃を逃がし転がりながら抱え込んでいたショットガンをそこにいるはずの敵に向かってぶっ放す。が、弾き飛ばされる得物を即座に手放し慣性から自由になっていたヒナは上体反らし(スウェー)一本でその一撃をやり過ごすと、化け物じみた腹筋で身を起こすとともにその勢いを利用して手首にかけたストラップを引き愛銃を再びマウントにかかる。

 拡散する散弾が鼻先すぐのところから降り掛かってくるが直撃はしていない。起き上がりながら視界に入れたホシノが追撃を図ってショットガンを引き絞るのが目に入る。どうする?決まっている、体で受ける! ショットガンの追撃能力などたかが知れている。一発位なら耐えられるはずだ。相手に出来てこちらに出来ない道理などあるものか。先に覚悟さえ決めていれば硬直時間は最小限に抑えられるはず。間に合うか、回避すべきか、二つに一つ。しかしホシノの構えるショットガンから弾丸が放たれる事はない。弾切れ。ヒナはそのまま引き寄せた機関銃の銃口をもはや目と鼻の先にいる敵の鼻先に向け、反撃を選択する。リロードの隙を与えるわけにはいかない。時間が圧縮されたように異様に長く感じられて焦れる思考の中、右手の人差し指がようやく銃のトリガーにかかる。

 

「早めに素直になっておいた方が、後から痛い目見ないで済むのに。だったかしら」

 

 どう発声したのかも分からないコンマの意識の中、ヒナは勝利宣言をする。オッドアイの中心に向けて弾丸が射出される、その刹那──

 

「馬鹿だって?

 

 そうかもね!」

 

 乾坤一擲のフェイントによってまんまと獲物を誘導せしめたホシノが懐から引き抜いた拳銃を握った左手が跳ね上がり、銃声がこだました。

 

 

 

 

 

 

 

 




今作におけるカイザーは癒やし枠。スター・ウォーズのバトル・ドロイド的な
会話文なんてフレーバーなんですよ。ホントか?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。