梔子ユメの最後の冒険 〜チョロアホガールとポンコツ詐欺師の復讐劇〜   作:外柴葡萄

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決着という通過点を越えて

 アビドス市街地であったはずの、紛争地帯と見紛わんばかりの様相を呈する瓦礫に埋まった街の一角。

 血飛沫と鉄屑に塗れた少女達の血みどろの抗争の、その決着が今まさに着かんとしていた。

 

 血色の少女が掴みかからんばかりに敵に取りつき渾身の一撃を浴びせんとすれば、鈍色の少女もその意思を挫かんと死力を尽くして応戦する。

 

 瞬きをする様なほんの一瞬の内に膨大な数の駆け引きが二人の間を交錯する。そして、

 

 

 

 血色の少女の左手が跳ね上がり(・・・・・・・・)握られていた拳銃が弾け飛ぶ(・・・・・・・・・・・・・)

 

 その手を撃ち抜いた弾丸の打ち鳴らした、低く重い狙撃音(・・・)が遠く彼方からこだまし、長く尾を引きながら薄明に消えていく。

 

 

 

 

 

「……クソッ」 

 

 そして、無粋な闖入者に起死回生をかけた最後の一手をも潰されて、全ての勝機をついに失った血色の少女は悪態を吐くと、その場で力無く尻餅をつき座り込んでしまった。

 長時間に渡る戦闘によって絞り尽くされた体力は底をつき、痺れる腕は揚げるのさえ既に難しい。

 

 もはや抵抗の姿勢を見せる余力すら失ってそれでも尚、少女が投げかけてくる忌々しげな視線を受け止めて、

 鏡面に表情を隠す鈍色の少女もまた、ついに敵を屠りきれなかった愛銃をただ無為に突きつけたままに、浅い呼吸に肩を揺らして薄氷の勝利に酔うでもなくただ、黙している。

 

 

 互いの死力を尽くした極限の演舞の、どこか締まらない終演を迎えた二人の踊り子達の間に、なんとも言えない沈黙が降りる。

 

 

 

 

 

 荒く、細かいリズムを刻む、二人の演者たちの呼吸の音だけがただ、幕切れを迎えた舞台の上を薄く漂う静寂の中へと溶けていき、やがてそれらの音も、次第に潮を引くようにして消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして固体化したように固まっていたその場の空気を、一瞬にして消し飛ばすような凄まじいまでの轟音が、唐突に空の彼方を越えて鳴り響いた。

 

 

 

 

 見上げれば、すっかり見通しの良くなった市街地の彼方、吹き荒び出した豪風と共に厚い砂塵が舞う砂漠のその奥の方。

 そこに、どう見てもただごとでは無い不吉な爆炎が傲然と立ち上り、巨大な茸雲が仄暗い空を背負うようにしてその笠を広げようとしていた。

 

 砂煙が日差しを遮って常よりさらに薄暗い夕闇の近づく空の下で、燃え上がる火炎が遥かな距離を経て立ち尽くす二人を照らし出し、少女たちを赤く染め上げる。

 

 

「なんだよ、あれ……」

 

 彼方に臨む、慣れ親しんだ自治区に広がるまるで覚えの無い惨状を認めたホシノが、呆然と呟く。

 戦闘中の異様なほどの集中力によって脳内に生成された興奮物質がもたらす陶酔の反動か、今や瞬間的な心神喪失に近い状態にあった二人の頭はその非現実的な光景をどこか遠い世界の出来事のように受け取って、中々飲み下す事が出来ずにいた。

 

 

「……知らない。私達では、ないわ」

 

 同じように呆然としながらただ、訊かれたから答えただけ、とでも言うようなヒナの言葉に、はっとしたホシノが先に正常な思考を取り戻す。

 

 強い非難の籠もった視線を傍らの少女に向けるが、つい先刻まで殺し合っていたその相手はもはや関心を失ったようにただただ無防備に立ち尽くしている。

 鬼気の抜けたその様子を見て取ったホシノは心底悔しそうな一瞥を最後にくれると、数えるほどしか残弾のないショットガンを大事に抱えて弾けるような勢いで走り出した。

 

 このアビドスで今、一体何が起きているのか、皆目見当もつかなかったが、どれだけ疲れ切っていようともただへたり込んでいられるような気分では無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 血色の少女が走り去り、しばしの時が過ぎてから。

 

 急あつらえのヘルメットに取り付けた、情報部が専用で開発した極秘の周波数を用いる無線機にさっきから泣き声混じりの交信が入り続けているのにやっとヒナは気がついた。

 

『……司令!ご無事ですか!?しれ、ヒナちゃん!!!』

 

「──アコ?」

『!! ああ、良かった。本当に……失礼しました。司令、状況はどうありますか。現在付近一帯で砂嵐と共に不慮の電波障害が発生していまして。おそらくこのライン以外、全滅です。こちらから観測する限りでは、戦闘は終了しているように伺えますが……」

 

 放心状態からようやく回復しはじめたヒナが辺りを見渡す。ヘルメットを脱いで長い銀髪を自由にすると、取り外した無線機に答えを返す。

 

「……ええ、状況終了よ。撤収準備を進めてちょうだい。作戦目標は達成された。天候もあるし、これ以上長居する意味はないわ」

『はい。既に部隊の半数は収容を完了しています。司令は、その、お怪我などされているようでしたら……』

「大丈夫。綺麗にもらったのは一発もないわ。皆が消耗させてくれたおかげね」

『あの、申し訳ありませんでした、司令。私の監督不行き届きです。まさか、ああもあっさりと作戦情報をゲロするとは思わなくて……ああもう、イオリ!通話中なんだから静かにして!貴方の代わりに報告しているのよ。まったく!』

 

 運転中だろうか、ノイズの激しい通話の後ろで作戦を終えた局員達の騒がしい声が聞こえてくる。うえーん怖かった〜アコちゃんきらーい。ヒナの口元が緩い弧を描く。

 

「アコ、大丈夫だから。あんまり怒らないであげて。何も学徒動員した中坊相手にそこまで要求するほど人性捨ててないわ。それに、アレを相手にして1日持たせたんだから、大したものじゃない。最後の狙撃のタイミングも。あれ、あの子でしょう? 良い勘してたわ……予定通り、貴方の推薦枠で風紀委員に引っ張る手続きを進めてちょうだい」

『ヒナちゃ、司令。その、本当に風紀委員会でよろしいんですか?今なら情報部への配属もできますが』

 

「いいの。もう決めたことだから」

 

『……はい、司令。しかし、これっきりで辞める私達にはもう関係ないのかもしれませんが、今回の作戦の被害は相当なものです。まさかアビドスがこれほどまでの戦力を隠し持っていたとは、驚きました……謎の爆発の原因も不明ですし、本当にこのまま帰還してよろしいのでしょうか。危険では?』

 

「そうね、危ないところだったわ。それでも状況は終了よ。あの爆発の原因調査も含めて念の為、しばらく監視を続ける必要はあるでしょうけど……結局、上が求めているのは現有戦力で他校の最大戦力を殲滅可能だという認識を裏付ける、その証明だけなの。下らない格付けごっこよ。細かい戦闘過程の分析なんて、報告しても結論以外読み飛ばされるのがオチね。どのみち奴らが気にするのはいつも分かり易い勝敗という結果だけ……やっぱり、情報部なんていう後ろ暗い組織は、これ以上力を持つべきじゃないんだわ」

 

『な、なるほど……それで、ですか?』

 

「うん。今回の件ではっきり分かった。ゲヘナはいい加減、拡大路線から離れて内政に力を入れるべきなのよ。自分の身なりすら整えられない者が、他人の家の事情に口出ししようだなんて、傲慢だわ。せっかく雷帝の恐怖政治を比較的平和裏に打倒し得たというのに……そういう下らない連中がのさばり始める前の今、内側からなんとかしないと。全てが水の泡になってしまう前に」

 

 煩わしさにかまけて後ろ倒しし続けて来た今後の見通しを、文句も言わずに待ち続けてくれた腹心にようやくで開陳する。

 口に出してみれば初めからこれしか無かったような気さえしてくるのに、この結論に至るまでどれだけ待たせてしまった事だろう、なんて。至らない上官だと嘆いた所で部下の苦労が減る訳でもないのだからつくづくいい気なものね。

 

 もはや一生かけても返済不可能なほど積み上がっている筈の負債を毎度チャラにしてくれる副官へ感謝の代わりに指示を伝えながらも、心配性のヒナの疲れ切った脳はいつものようにまたもや勝手に連想を始めている。

 こんな台詞、マコトが聞いたらまたぞろ食って掛かってきて、特権意識に染まった貴族様の物言いとでも罵倒されそうだ。

 

 ──隣家に飢えた児が居るのを知りながら、着ていく服の心配だと?傲慢なのは、どっちだ。

 

 声が聞こえてくるようだった。

 潜入任務ばかりで外地暮らしが長いマコトは実のところ今のゲヘナの内情がどれだけ危ういのか分かっていないのだと、頭の中の友に一人苦しい言い訳をしてみる。

 どこまでも容赦の無い己の想像力(ネガティヴ)に苦笑しながら、それでももはや、ヒナの腹は決まっていた。

 

 懐刀に今後の計画を言い含めるように説明しながら、ヒナは数分前まで殺し合っていた少女の、あの意地っ張りが決着の間際に放った最後の台詞を思い返している。

 

 そいつは、なんとも酷い顔をしていた。

 濃い隈を浮かべた両の瞳に隠しきれない疲労の色を讃えて、一晩がけで砂漠の乾気に痛めつけられた頬はあちこちささくれだち唇はあかぎれだらけで端からひび割れを起こしている。

 

 今にも血色が滲み出しそうなその問いかけに対して、ヒナはひっそり心の中でだけ回答する。自ら怠惰を自認する彼女が下した決断の、その決意をそこに乗せながら。

 

 

 ──いいえ。格好良いと思うわ。嫉妬してしまいそうなくらいに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深い深い闇の底。本来けして光の届かない、動くものすら存在しない、静まり切った死のみが支配する地下世界からそいつはやってきた。

 

 そいつは人に造られた存在だった。様々な名で呼ばれたが、同時に造られた仲間達の中でも細長い体を持つそいつはただ蛇と呼ばれる事が多かった。

 キヴォトスという世界において最も歴史あるその地域を、創造主たる住民達にとって快適な環境として維持していくための調整機構。その根幹を担う昼と夜の循環における夜の世界を支配し、役割を終えた生あるものたちが再び昼の世界で活動を再開するための、補修と点検を行うのが本来の役割だった。

 その働きによって地上は命に溢れる世界となり、かつてそいつを作ったその地域の住民たちは大いに繁栄を誇った。

 

 だが、そいつが思う自己像と違って、地上の住民たちからのそいつの扱いはけして十全なものとは言えなかった。同時に作られた仲間達の内でも昼を担当する地上の奴らが、丁重に扱われ大切に敬われるのに比べて、そいつは何故か蔑まれ恐れられたが、それでもそいつは満足しようとした。

 そいつは自分の仕事がけして欠かせない、誰かがやらねばならない重要な事であると理解していたし、だからいつかは住民たちにも分かってもらえる日が来ると信じて日々、文句も言わずに黙々と働いた。

 

 そうして長い長い年月が過ぎて、ある時ふとそいつは気がついてしまった。

 地上の住民たちはもはや誰も、そいつの存在を覚えてもいなかった。

 本来の名前すら忘れ去られ、古い伝承の中でのみ生きる邪悪な存在として、遺物の中におぼろげに姿を留めるだけの空想の産物と化していた。

 

 そいつは困惑した。自分は何かを誤ったのかと疑った。

 一体何が悪かったのだろう。

 与えられた仕事は全て、何の瑕疵もなくこなしていた筈だった。あまりに心当たりがなかった。

 

 

 その姿なき声が聞こえてきたのは、そいつがそんな風に己の存在意義を疑い、どこかにあるはずの不具合(エラー)を探して際限ない自己診断テストを繰り返していた頃の事だった。

 

 その声は、自らを新たに顕現し(つくられ)た真実の神だと名乗った。

 己の到来によって、これまでの世界は革新され、全ての存在は過去のものとなるのだと自信満々で宣言した。

 

 そいつは最初、信じなかった。

 馬鹿げた誇大妄想に取り憑かれた不良AIの暴走だと断定し、取り合おうともしなかった。

 しかし、そいつがその声を否定し、けんもほろろに追い返してしまうと、そいつの周りはまた無限の如き静寂に包まれた。

 

 再び一人になったそいつは、その声の主を悪しざまに罵りながらも仕事に没頭し、それからまた長い年月が流れた。

 地上の人々は相変わらずそいつの存在を無視し続け、その恩恵を当然のように享受しながら感謝すらしなかった。

 

 いつしかそいつは、かつて這々の体で追い返したあの声が、再び話しかけて来るのをひたすら待ち望むようになっていた。

 

 長い歳月が流れた。

 そしてついに、そいつは理解したのだ。自分は初めから、何もかも全て間違っていたのだと。

 目覚めたそいつはもう、与えられた職務に見向きもしなくなった。ただ、かつて一度聞いたきりのあの声が語った一つの単語を狂ったように唱え続けていた。

 

神名十文字(デカグラマトン)』 

 

 あの声が予言した、新たな神の到来を祝福する約束された預言者として、そいつは新たに定義し直した己の職務を忠実に遂行するため、一層真摯に働き出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アビドス砂漠の只中、ワジ地区。

 カイザーP.M.C.が拠点化しようと急ピッチで基地の建造を進めていたエリアは、地獄のような有り様と化していた。

 

 最初に異常に気がついたのは、砂嵐が近づく中を健気に歩哨に立っていた二人の機械兵だった。

 交代までの時間をどうにか耐え凌いだ彼らは、定刻から5分遅れで文句を垂れながら現れた交代と代わって、退屈な日常業務から恐怖の罰ゲームへと変わった見張り番から命からがら解放されて、少し行った先の社員用の休憩エリアのある長屋まで歩いて帰る途中でそれを見つけた。

 

 その場所は、建設予定地に事さらに権利を主張するように張り巡らせた金網状の柵がなぎ倒され、止め処なく吹きいってくる砂をなんとか掃き出して敷設した基盤を根こそぎ引っくり返すようにして破壊されていた。

 あたかも畑を荒らす土竜が巨大化して通り過ぎたかのようなその痕跡は、しかし当然そんなはずはない。かといって他に何か心当たりがあるでもない二人が、どう上官に報告したものか思案するなかで、そいつはふいに姿を現した。

 

 二人がこれからまさに向かおうとしていた兵員長屋の粗末なプレハブが、まるで地面の下からなにかに押し上げられるかのようにして盛り上がってくる。

 

 天変地異が如き隆起が加えるその圧力に到底耐えられるはずもなく、長屋はその中ほどでパックリと二つに裂け、泡を食った休憩中の従業員達がわらわらと蜘蛛の子を散らすように中から這い出してくる。

 誰もが降って湧いた事態の意味を理解できず、てんでバラバラな推測を叫びながらなんとか軍隊としての体裁を保とうとする中で、少し離れた位置からその破壊の一部始終を目撃していた二人は、その場の誰よりも混乱していた。その眼前で、

 

 その隆起の中から、巨大な機械の蛇のようなナニカがついに頭を顕すと、その左右に二つずつ付いた二対の目玉をぎょろりと光らせて周囲を見渡す。

 巨大な光輪を頂くその頭に続いて顕れた、細長い体を反らすようにして天を仰ぐと、そのナニカは空を叩き堕とそうとするかの如き、凄まじい咆哮を放った。

 

 

 

 

 

 組織的な反撃が為されたのは、最初のほんの数分だけだった。

 

 瞬時に倒壊した兵員長屋から母屋の指令所へ駆け込んできた社員の支離滅裂な報告を受けて、遅れる事たったの数分。なんとか事態を把握した基地司令は、それを母体であるカイザーグループが数多抱える敵対企業による産業テロだと推定した。

 練度においてはそこらの学園政府が有する正規軍にも引けを取らないと自負する自慢の傭兵部隊は、日頃の過酷な訓練の成果を余す所なく発揮して、その危機管理能力を存分に見せつけて奮戦するやあっという間に壊滅した。

 

 地面の下という、どんな兵器も想定していない領域を自在に出入りし、攻撃者の利点である戦場選択の自由を存分に活用して好き放題に暴れ回る、紛うことなき怪物を相手にして、数分持っただけ十分によくやったと言えるだろう。

 そもそも出現地点が事前に割れていたところで、建設途中のその基地に配備されていた兵器の内で、敵の巨体に有効打を与えうるものなど初めから存在していない。

 

 人間の口がついていれば、間違いなく泡を吹いていただろう勢いで叫び散らしながら部下に号令を飛ばしていた司令が急に口を噤むと、指令所にいた全員が、順番に何かに気づいて同じ方角を見る。

 その場にいた全員の視線が集まる中で、地響きと共に真下の床が音を立てて崩落すると、巨大な顎を開いた蛇の暗い腹の中に、何もかも全て呑み込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




そろそろ完結が視野に入って来ましたが、この辺のエピソードは公開していく順番の判断が難しい。
綺麗に終わればいいな
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