梔子ユメの最後の冒険 〜チョロアホガールとポンコツ詐欺師の復讐劇〜   作:外柴葡萄

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冒険のはじまり

 翌日、ユメとマコトはアビドス砂漠のド真ん中で死にそうになっていた。

 

 視界に映る限り建物一つ無い砂漠の上をどこまでも無限に続くかのように伸びる線路の上を二人、遮二無二辿り始めてからかれこれもう三時間になろうか。

 この不毛の地に生まれつき砂漠を生活の一部として生きてきたアビドスの住民である以上、これでも周囲のイメージに比べれば思いの外タフなのだが、そんなユメをしても日中のアビドス砂漠の只中を徒歩のみで横断するというのは随分な難事に違いなかった。

 

「マコトちゃーん……こひゅー……。そろそろ休もうよー……かひゅー……。喉乾いちゃったよう」

「し、辛抱しろ先輩。さっき休んだばかりだ……グヘァッ。ええい、どうしてこうも歩きづらいのだ!」

「ひぃぃいん……」

 

 体面もなく顔中の穴という穴から水分を無駄にしているユメの泣き言を白目を剥きながらマコトが切り捨てる。

 

 結局開通することのないまま打ち捨てられたその路線は敷設されてからまだそれほど年月を経ていないはずだったが、飽きることもなく広がり続ける砂海のただ中にあっては早晩砂に溺れてしまうに違いなく、ところどころ途切れた枕木を足場にして無計画な二人はどうにかこうにか足を前に進めていく。

 

 

 

 

 昨夜、ヒナという少女が去ってから、ユメとマコトは柴関の大将に見送られてアビドスの校舎に戻った。

 ヒナと物別れして帰りづらいマコトが泊まる宿を求めたのだった。

 

 保健室で狭い簡易ベッドを二つ並べ、二人隣り合って寝るのはなんだが秘密の合宿でもしているようで、ユメはドキドキしてなかなか寝付けなかったのだが、マコトの方は疲れが溜まっていたのだろうか、床に入るとスマホで何処かへ幾つかの連絡をして、ユメと二、三言会話をするやすぐさま寝息を立て始めた。

 うれし恥ずかしのガールズトークが繰り広げられるのを期待していたユメは少しがっかりしながら、高ぶってしまった神経を宥めようといつも肌身放さず持ち歩いている手帳を取り出す。

 

 ユメに生徒会長手帳と名付けられたその手帳は、表紙に「たのしいバナナとり」という文字とともに謎のキャラクターが描かれたお気に入りで、ユメはとってもかわいいと思っているのだが自慢してみせたホシノの反応は散々だった。

 最近のユメはこの手帳に、その日あったことや学校の備品の管理記録、周辺住民から寄せられた要望といった生徒会業務の記録に収まらず、晩ごはんのおかずからアビドスのあちこちの風景のスケッチといった暇つぶしの落書きまで、とにかく暇さえあれば何くれとなく書きつけている。

 

 布団の中で器用にうつ伏せになってしばらくその日の日記を付けていたユメはふと思いつくと、隣のベッドで妙に綺麗な姿勢のまま鼻提灯を作っていびきを掻いているマコトの顔をちまちま素描し出したのだった。

 

 

 

 そうして朝が来て、元来寝坊助なユメはマコトに文字通り叩き起こされた。

 半分以上寝ぼけながらマコトに急かされたユメはえっちらおっちら遠出の準備をする。

 

「マコトちゃーん……そんな荷物持って、どこ行くのぉ?ふぁ」

 

 髪はボサボサ、口の下にはよだれの跡、おまけに何故か右手の底は鉛筆汚れで黒ずんでいる。

 年長者の威厳もクソもない醜態にも文句一つ言わず、マコトは実に慣れた様子でユメの身支度を整える。

 髪にはブラシを通し、顔を洗わせている間にユメの分の鞄に荷物を詰める。

 

「見せておかねばならんものがある。足がないから早めに出ねば今日中に帰りつけんぞ」

「???」

「『生徒会の谷』だよ。我々前生徒会が解散した、その理由を教えよう」

「!……」

 

 

 

 学校からすぐの「アビドス高校前」駅から終点の「砂祭り会場特設」駅に電車で移動し、マコトの記憶に従って穴だらけの金網を乗り越え閉鎖地区に入り込んだ。

 そこから『生徒会の谷』にまで続く廃線を辿って元気一杯歩き始めてすぐの頃は二人ともまだ余裕だった。

 

 歩きながらユメとマコトは様々な話をした。

 新しい校舎に移ってからの学校の事。

 ユメの積み上げたやらかしとイケメンホシノの武勇伝。

 マコトが各地で見聞きした他校の怪しげな噂話……。

 なんでもD.U.の片隅、連邦生徒会所有のおかしな形をしたビルの一室には長年封印されている“開かずの間”が存在し、その地下室にはクラフトチェンバーなる用途不明の怪しげな施設があるのだという。

 ある晩、生徒会の用事で偶然近くを通りがかった女学生は聞いたのだ、動くはずのない機械がひとりでに動き出し誰もいないはずの部屋の中から幼女の寝言のような声が響いてくるのを……!!!

 嬉しそうにきゃーきゃー言いながら逃げ回るユメを迫真の演技で驚かそうとマコトが追い回す。どーしてにげるんですかせんせーいちごみるくはのーかんですよー。

 

 二人はまだ気づいていなかった。

 閉鎖地区内だとはいえ市街地からまだそれほど離れていないその一帯は、砂漠化が進行し放棄された空き家が立ち並んでいるとはいえ地面があるだけまだマシだったのだ。

 昼前、辿り着いた4つ目の廃駅、少し前にホシノとともに探検したアビドス砂漠閉鎖地区セクター35−9からその先の道程を展望して二人は絶句した。

 

 見渡す限り砂、砂、砂。

 それ以外には何も無い無限地獄のような世界の中にただ一筋、鈍く輝く線路が何処までも続いている光景は現実のものとは思えなかった。

 

 

 

 

 相談した二人は一旦ここで休息し、昼食を摂ることにした。

 

 ユメが勝手に学校に持ってきては冷蔵庫に備蓄していた作り置きのおかずを詰めた弁当箱を広げ、マコトは携帯用コンロで湯を沸かす。

 広げた独特なセンスのピクニックシートの上で昼食に舌鼓を打ち、マコトが淹れたインスタントのコーヒーを苦い苦いと言いながら飲み終えた後、ユメは一人お花を摘みに行った。

 

 無人のまま放置されているとはいえ開業すらしていなかった駅舎のトイレは存外綺麗なものでホッとする。

 スッキリしたユメは駅舎から出て向かいにある、砂海の中から一部だけ顔を覗かせる岩礁のような一帯に人工物と思しき物体があるのに気がついた。

 何か惹かれるものを感じてユメは近くまで行って観察する。

 

 やっぱり。

 

 それはアビドス自治区内の至る所で見られる素朴な作りの彫像だった。しかもこれは珍しい装飾、ユメが動物壺と呼んでいる変な意匠つきのアタリだ。

 ポケットからいそいそと例の「生徒会長手帳」を取り出すと、ユメはその図像をスケッチし始める。趣味なだけあってなかなか手慣れている。

 

 ユメがアビドス各地で見つけた像の内で動物壺を持つものはこれで4つ目になる。いつか全部見つけ出して地図に起こすのは誰にも言ってない密かな楽しみだ。

 壺というのはそれぞれ違う動物の顔をモチーフにした蓋がついた変わったデザインのもので、それまでに見つけたものはワンちゃんみたいなのとお猿さんみたいなのと鳥さんっぽいのだった。

 新しく見つけたこれはなんだろう。一見すると普通の人間に見えるが、よく分からなかった。

 ひょっとすると神様かもしれない。

 

 没頭したユメは結局マコトが探しに来るまでしばらく時間を忘れていて叱られてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 そんなわけでユメとマコトの二人は今、こうして広大なアビドスの砂漠の上を半ば遭難するようにしながら歩いているのだった。

 

 砂漠の上を途切れ途切れに続く廃線を頼りに歩く二人組を、少し離れた小高い砂丘の上から見つめる視線がある。

 

 今、その二人は長い長い旅路の果てにようやっと安息の地を見つけようとしていた。

 砂漠の只中、忽然と現れる長大なコンクリート製の四角い長方形の板が見える。傍らには小屋のようなものもくっついている。

 一体誰が利用することを想定していたのか今となっては知る由もないが、それはいわゆる鉄道駅のプラットホームと駅舎であった。

 二人の旅人は命からがらといった体でその一端にたどり着き、数時間ぶりにありついた日陰の中にへたり込んでいる。

 

 そんな二人がいるのとは反対側、これまた用途不明なほどに大きな駅舎の側になにやら蠢く一団がある。

 砂漠用の大型のホイールを取り付けたジープやトラックに何やら荷物を積み降ろす、全身が機械化された兵士達。

 トラックのコンテナに描かれた社章の下の文字列はこう読み取れる。

 

 

『   KAISER P.M.C.   』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 羽沼マコトは苛立っていた。

 

 別に同行者のユメが愚図るからではない。

 そんな事はいつものことだったし、数ヶ月ぶりに会ったかつての先輩の変わらなさにむしろ救われたような気さえしている。

 マコトが気にしているのはもっと別な事だった。

 

 さっきからずっと、誰かに見られている気がする。

 

 知り合って間もない者はたいてい誤解するのだが、羽沼マコトという生徒は実はとても繊細な感覚の持ち主である。

 その鋭敏な感覚と類まれな分析力を見込まれて、一年生ながらにゲヘナの情報部内において特例的な単独行動権を勝ち取っている。別に型にはめようと指導すると十倍の語彙を持って反論してくるのが面倒くさくて放って置かれている訳では無い。たぶん。

 

 陽炎立ち昇る砂漠の中からどうにか生還してたどり着いた廃駅で、だからマコトは特に慎重に安全確認を行った。

 プラットホームの影で一息ついてからも不用意には駅舎に近づかない。

 バテきって倒れ込んでいるユメを一人残して、細心の注意を払いながら情報を集めに行く。

 

 間違いない、誰かがいる。

 

 実に困った事に、出会ってすぐの者はこれまたたいてい誤解するのだが、そしてなかなかその認識が覆される機会もないのだが、羽沼マコトは基本的にはきわめて優秀な生徒である。

 天下のマンモス高校たるゲヘナの中にあっても総合力の高さには疑いを挟む余地が無い。

 その力量は序盤、中盤共に隙がない。柔軟な発想力、その構想を実現する行動力、周囲を巻き込む影響力。どれを取っても一端である。

 にも関わらず彼女がなぜ情報部の末端の席などに甘んじているのかといえば、本人に言わせれば敢えてそうしているのだと答えそうだが、その答はきわめて単純な彼女の一つの欠点に集約できる。

 

 つまり、羽沼マコトは詰めが甘いのだ。

 

 

 プラットホームの地下を繋ぐ通路の影に身を潜め、得物に取りつけたスコープを器用に使ってマコトは相手の様子を伺う。

 相手はどうやら集団だ。特に隠れる風でもなく、堂々と乗り付けたトラックに駅舎から何かを積み込んでいる。

 コンテナには見覚えのあるマーク。作業をする機械の兵士が二人。奥の倉庫内に更に多くの人の気配。ふと視界にもう一人の女が登場し先の二人の方へ駆けていく。どことなくさっきまで横にいた先輩に似た女が叫ぶ。

 

「おーい。おーい。良かったぁ、人がいたよぉ。すいませ~ん、助けてくださいー」

 

 似ているも何も女はマコトの同行者、梔子ユメその人であった。

 

 ひっくり返ったマコトを尻目にユメは人馴れした大型犬のような懐っこさで二人の兵士に話しかける。

 

「止まれ。なんだお前、こんなとこで何してる?」

「あ。私、アビドス高校の生徒ですー。線路を辿ってきたんですけど、もう喉がカラカラで」

「アビドス?ってどこだっけ。お前知ってる?」

「あほ。この辺全部その高校の自治区だよ。学生がなんでまたこんなとこに。遭難したのか?」

「友達と一緒に来たんですけどーなんかどっか行っちゃってー」

「置いてかれたのか。ひどい奴だなー」

 

 

 

 

 

 話してみれば、機械の兵士たちは実に気の良い奴らだった。

 

 なんでも皆最近になってこの近くに出来た新しい拠点に転属になったのだという。

 任務の概要も知らされぬまま駆り出されて、砂漠のあちこちからあれこれ資材を運ばされているらしい。

 

 近くに隠れていたマコトはあっさりユメに見つかってそのままなしくずしで合流して「こら、友達を置いていったりしたら可哀想だろ」なんて言葉とともにトラックの荷代に乗せて運んでもらう事になってしまった。

 

 気を利かせた兵士に貰ったアイスキャンディーを噛じりながら何が嬉しいのかニコニコしているユメの隣で揺られながら、さっきからずっと目が点になったままのマコトが零す。溶けたアイスがスカートに染みをつくっている。

 

「なんというか……先輩は凄いな。」

「?」

 

 結局二人は目的地近くの廃駅まで送ってもらった上に、帰りの足に使えと予備のジープまで押し付けられてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 




というわけで4話です。種まきの回です。
とにかく書くのに時間がかかった。

さて、次回はついに羽沼マコトの隠された陰謀が明らかになる予定。
ここからマコトちゃんの逆襲が始まる……!
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