梔子ユメの最後の冒険 〜チョロアホガールとポンコツ詐欺師の復讐劇〜   作:外柴葡萄

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羽沼マコトの深淵にして偉大なる計画

 その物体は列車と言うにはあまりに巨大過ぎた。

 

 『生徒会の谷』のその奥深く、砂漠の果てから続く線路のどん詰まりの終点に威容を誇るそれはあった。

 一見すれば単なる対空砲台にも見間違いかねないそれを正しく認識しようとするなら、まずその周囲に見えるミニチュアのような作業クレーンや車庫といったものが一般的なサイズのそれである事を理解する必要がある。まるで半端に透視図法を学んだ画家が適当に配置した背景のような違和感の先にその兵器がいかに馬鹿げた大きさをしているかがようやく分かってくる。

 なんせ主砲の上におまけのように乗っかっている副砲がもうそのへんの重戦車の主砲並みの口径なのだ。その副砲が爪楊枝なら箸一本分くらいの比率に見えるふざけた主砲が果たして何口径あるのかなど考えるのも恐ろしかった。

 到底まともな規格に収まると思えないその本体の両脇に固定脚のように並ぶ二つの牽引車両が、本来往復用であろう線路の二車線を丸ごと全て占有して連結した土台の上に辛うじてその巨体を支えている様は、もはや何かの悪い冗談にしか思えない。

 

 理解の範疇を超えたその存在を前にしてユメはただただ口を開いて驚くことしか出来ないでいる。

 

「あれが『列車砲シェマタ』だ。前アビドス生徒会とセイント・ネフティス社の共同出資の下、ゲヘナの前議長、雷帝の設計を基にして造られた、非対称戦力兵器。」

 

 傍らに立つマコトは苦々しい記憶を掘り起こすようにして告げる。

 

「その性能、カタログ上のスペックは既存の同系技術を遥か凌駕する。理論上は1トンを超す砲弾を500km先まで届かせるという、過剰としか思えん性能を秘めた超長距離砲だ。」

 

 淡々とただ事実のみを読み上げるように話すマコトの口調にいつもの嘲るような響きはまるでない。

 

「どうだ先輩、笑ってくれ。これこそが我々前生徒会があなたに隠れて建造し、所詮机上の空論に全アビドスの希望を賭けて、挙げ句に結局失敗してその命脈にとどめを刺した、見果てぬ夢の、その成れの果てだよ」

 

 かつての過ちの、その決定的な結末を今再び眼前にして語るマコトの顔にはもはや悟りを得た僧侶の如き雰囲気すらある。

 

「今思えば、みんなどうかしていたのだろうな」

 

長く胸の底に秘めて抱えてきた悔恨をついに荷解く機会を得た者特有の放心。待ち望んだ懺悔の時。

 

「こんな下らない玩具に、よくもまああれだけ夢中になれたものだ」

 

 いっそ晴れやかなほど清々とした表情でマコトはひとつの学校の、その終焉の物語を語り上げる。

 

「第一、一体何に使うつもりだったのか。設計した雷帝からして計画があったか怪しいものだ。だいたいどんな強大な兵器を持っていようと所詮戦争の趨勢を決めるのは歩兵の数、国力の差だ。領域を抑える数の力無くばどれだけ火力で勝ろうが何ほどの価値もない。そんなものに自治区の土地まで質に入れて資金を捻出して……何一つ成せず投げ出した。詐欺師の才能もここまでくれば天賦の才か。それともそれだけ追い詰められていたのかな」

 

 そんなマコトの告白を口を挟むこともなく聞いていたユメが、ぽつりと呟くように告げる。

 

「仕方ないよ」

 

 最悪の裏切りの告白を受けているはずのユメが、あべこべに何故か今にも泣き出しそうな顔をして必死で言い募る。

 

「みんなそれだけ必死だったんだよ。本気でどうすればアビドスを守れるか考えて、そのために努力したんでしょう?そんなのもう、仕方ないよ。何にも出来なかった私には何も言えない。ホシノちゃんだって、きっと許してくれるよ……!」

 

 予想通りの、そして期待通りでもあったユメの言葉に、しかしマコトはただ疲れたような顔で微笑んだ。

 

「ありがとう、先輩は優しいな」

 

 告白の相手にユメを選んだのも、そこにホシノを立ち会わせなかったのも、全ては計算づくではあったが、だからといってそれで気持ちが楽になるわけもなかった。

 

 

 

 

 

 

 そして、しおらしかったのもそこまでだった。

 

 懺悔の時を惜しみこそすれ、次の瞬間にはマコトの目には力が戻っている。それまでの消沈が嘘だったかのように勢い込んで話し出すマコトの顔にはある種の異様な迫力が漲っていた。

 

「だがな、先輩。こんなものをいつまでも、こうしてこのまま眠らして置くわけにはいかんのだ。仮に先輩や、ホシノが私を許しても、それでは私が私を許せない(・・・・・・・・)。こともあろうにあの女の口車に乗せられて、こんなものを造る片棒を担がされたこの私を」

 

 マコトの急な変節に戸惑いを隠せないユメが疑問を口にする。

 

「──でもマコトちゃん、この列車は失敗したって今……」

 

「そうとも、こいつは不良品だ。なんせ機関部(エンジン)一つまともに動かん。でなければこんなヤバい物、あの女がみすみす放って置くものか!」

 

「じゃ、じゃあどうして……」

 

 そしてマコトは、再会以来初めて見せるような心底意地の悪い会心の顔で嘲笑って見せた。

 

「兵器の使い道というのはな、何も武力としてだけではないぞ、先輩。クキキッ」

 

 

 砂漠の天候は変わりやすい。

 さっきまで己が秘密の全てを曝け出すように晴れ渡っていた空に突然砂煙が混じり始める。巻き上げられた砂塵が薄煙となって舞い上がり、動くはずもない列車砲の巨体が一瞬まるで身じろぎでもしたかのように錯覚する。

 

 

「こいつはな、先輩。証拠(・・)なのだよ……。あの雷帝が我々アビドス生徒会を詐欺(ペテン)にかけたという、まさに文字通りの動かぬ証拠」

 

 

 唖然としているユメに向かってマコトは温めてきた渾身の策を開陳する。復讐者の愉悦に歪んだその顔はさながら悪魔の王そのものだ。

 

「考えても見ろ、この特大の粗大ゴミを作るために、我々(アビドス)はあまりにも重い負担を強いられた。その損害はもはや天文学的数値に上るだろう。カイザーへの借金もこれがなければあそこまで悪化することも無かったはずだ。そうまでして造ったものがこの有り様だぞ。施主であるアビドス生徒会には当然その損害を請求する権利がある(・・・・・・・・・・・・)とは思わんか?」

 

「──で、でもマコトちゃん。私達みたいな小さな学校がゲヘナの偉い人を訴えたって、勝ち目なんて……」

 

 混乱しながらもユメはなんとか反駁しようとする。

 とっさに思いついたにしてはなかなかの指摘だと思ったのに、マコトは当然のように答えを用意していた。

 

「先輩、先輩、ユメ先輩よ。いやはや全くまだまだだな先輩。一体この私、羽沼マコトが何のためにゲヘナに転校し、今日まで一体何をして来たと思っている? 既に大まかな道筋はつけてある。専制政治のトリニティと違ってゲヘナはれっきとした法治国家だ。証拠さえ揃えれば必ず悪は裁かれる。まして元アビドス生徒会会計にして現ゲヘナ学園情報部所属のこの私が証言台に立つのだ、敗北なんぞ億に一つもあるものかよキーキッキッキッキ!」

 

 長く溜め込んだ鬱憤をついに晴らさんとするマコトの興奮はいまやその頂点に達し、獲物を見つけた蛇の如く滑り出した長口舌はもはや留まる事を知らない。

 勢いのままにその計画の全容を暴露し調子に乗ったマコトはついに高笑いまで始めてしまう。

 

「それにだ先輩、かの悪名高き雷帝その人はしばらく前にクーデターで失脚し、以来ゲヘナにおけるその支持基盤は当人もろとも悉く弾劾されている。もはやゲヘナ内部にあれの凶行を擁護する勢力など残っておらん。

 それにも増して重要なのがこのシェマタが、とてつもない性能を秘めた兵器だということだ。その設計は欠陥だったとはいえ、この破格のスペックと万に一つの可能性を思えば、その存在が明るみに出た暁にはあの口煩い連邦生徒会が、その尖兵たるS.R.T.が、動き出さないわけがない!その危険性を考慮すればただでさえ脛に傷だらけのゲヘナ上層部が、そうそう我々に手出しなど出来るものか。

 奴ら何が何でもあれの負の遺産を秘密裏に処分したがっているが、なんせ現物は我々が抑えているのだからな。ブツと交換にキツネ共の圧力を生かして交渉し、大手を振って存分に賠償金をふんだくってやれば良い。

 そして奴らは思い知ることになるのだ、溺れるものに藁をも差し出さぬ狭量に、追い詰められた鼠が最後にどんな手段に訴えるのかという条理の答えをなぁ!!

 悪魔の曲に契約の一つも守れん痴れ者めが、いつまでも泣き寝入りしていると思ったら大間違いだ!キーキッキッキックハーッハッハッハッハッハッハーーーーーーーーーー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、計画したまでは良かったのだがな」

 

 思う存分に暴れまわった挙げ句にテンションに任せて列車砲の鋼鉄の装甲に蹴りまでくれて足の痛みに一通り転げ回った後、ようやく冷静になったマコトは仰向けに体を投げ出して天を仰いだ。

 身の置きどころに困ったユメもなんとなく隣に寝そべり、二人してしばらく空を見上げる。

 

「……ねえマコトちゃん、一つ聞いても良い?」

「ん、なんだ先輩」

 

「結局マコトちゃんてゲヘナの人なの?それともアビドスの人?」

 

「ふ。愚問だな。どこにいようが、何をしていようが、私の主人は常に私だけだ。それ以上でも以下でもないさ」

 

「……そっかあ」

 

 答えを得たユメの顔はどこか晴れ晴れとしていた。

 結局はそういうことなのかもしれない。マコトの他の役員達だって、きっと今もどこかで己のために足掻いているのだろう。

 

「それでマコトちゃん、これから結局どうするの?」

 

「うむ……まずは列車砲の状態確認だな。雷帝はもはや死に体とはいえ、万一列車砲の機能不全がこちらの落ち度などということになれば水の泡だ。できれば外部の信用できる機関に調査を依頼して物証を集めたい。ミレニアムあたりのどこかの部活に話がつけばいいのだが。それと」

 

「それと?」

 

「なんというかまあ、この計画にはちょっとした問題がある。そっちもなるべく早く解決せねばならん」

 

「問題って?」

 

「うん。実はな、この列車砲、現在の所有権は我々……アビドス生徒会にはないらしいのだ」

 

「え。じゃあ?」

 

「どうも建造計画が破綻した直後、膨れ上がった債務の返済に困った当時の会計が、列車砲の権利ごと砂漠横断鉄道の権利を全て、共同保有していたネフティス社に二束三文で売り払ってしまっていたんだな、これが」

 

「? 生徒会の会計ってたしか──」

 

「……まあ、終わった話はもう良いではないか。問題はその権利をどう取り戻すかだが」

 

「う、うん……どうするの?」

 

「どうやらネフティスも列車砲の件で相当経営状態が悪化したらしくてな、近い内に何処かに売りに出すつもりらしい」

 

「じゃあ、その交渉に割り込めれば」

 

「そうだ。しかしどうも最近カイザーの動きが怪しい」

 

「カイザーってさっき会った人たちのこと?確かに最近良く見るよねえ」

 

「……あれは系列の民間軍事会社だったはずだが、現在アビドスが抱えている負債の債権者も同グループのカイザーローンだ」

 

「へー!おっきい会社なんだねえ……」

 

「……そこがどうやら鉄道の権利の買い取りにも絡んで来そうなのだ。早ければ明日中にでも商談が始まるだろう」

 

「……へー」

 

 そこでユメがガバっと起き上がる。居ても立っても居られないというように

 

「じゃ、じゃあマコトちゃん、カイザーの人に買われちゃう前に急いで鉄道を取り戻さなきゃ!」

 

 寝そべったままのマコトが答える。

 

「そう思ってな。今、伝手を頼ってなんとか交渉の席を用意してもらっているのだが……お?」

 

 マコトが大義そうに起き上がり、ポケットから震えるスマホを取り出してニヤッとする。

 

「キキッ噂をすればだ……もしもし、私だ。ああ、待っていたぞカヨコよ、首尾はどうだ?……何?なんだそれは、知らんぞ私は……ヒナの奴め、何を考えている……?」

 

 電話するマコトをヤキモキしながらユメが見守る。

 カヨコって誰だろう。ヒナというのは確か昨日会ったマコトの友達だったろうか。やっぱりマコトちゃんって友達多いなあ。

 

「ああ……ああ、了解した。世話を掛けたな、また何か動きがあれば頼む。……ああ、埋め合わせは出世払いでいいか?……そう怒るな、冗談だ。うむ、ではまたな」

 

 通話を終えてマコトが立ち上がる。脇で今か今かとマコトの言葉を待っているユメに得意げに笑いかける。

 

「朗報だ、ネフティスとの交渉の話が通ったぞ。明日の正午にアビドス旧市街のネフティス本社で、だそうだ。交渉さえうまくやれば権利再購入はなんとかなりそうだな」

 

「ほんと?すごい!流石マコトちゃん!」

 

「キキッなんだこの程度で」

 

 ユメの素直な称賛に元来調子に乗りやすいマコトは容易く良い気になる。この二人存外相性が良いのかもしれない。

 さっきまで休止していたマコトの頭が燃料を得てむぐむぎ音を立てて稼働しはじめる。ニタニタ笑って歩きながらブツブツ喋る。

 

「とはいえ列車砲の状態も一度確認しておかねばならん。どこぞに調査を依頼するにしても、できればその前に現物の状態を伝える資料写真くらいは必要だしな……正直思っていたよりだいぶ移動に時間を使ってしまった。諸々の作業量を考えるととてもではないがまた学校まで戻る時間は作れん。というわけで、一つものは相談なのだが」

 

 いきなりぐるっと向き直ったマコトは追突しかけたユメの眼前に指を立て問いかける。

 

「今夜はここで一泊していく、というのはどうだろう。いや、一度口にした言葉を覆すのは本意では無いのだが、如何せんこの基地は広いし、列車砲については正直私も把握し切れていない点が多くてだな……」

 

 やたら厳つい角に顔をぶつけかけてたたらを踏んだユメがマコトの人差し指を見て目を丸くする。

 と、同時に何か思いついたのかその目が次第に光量を増していき、ついには飛び上がらんばかりに勢いづいてマコトに言いかける。

 

「そっか、そうだね……そうだよね、マコトちゃん……!そうなんだよ!」

 

 唐突に沸点を超えて興奮しだしたユメは、一転して話が見えず目を白黒させているマコトをおいてそのまま走り出してしまう。

 雪の日の犬が如くはしゃぐユメは抑えきれない興奮を全身で表現するようにしてぐるぐる回り出したかと思うと、最後にマコトに向き直るなりとびきりの笑顔でこう言った。

 

「宝探しだよ!だってここは『生徒会の谷』!百年も昔の生徒会が作った、アビドス中の貴重なものをたくさん集めた展示場で、宝物の山なんだから!」

 

 

 

 

 

 

 

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