梔子ユメの最後の冒険 〜チョロアホガールとポンコツ詐欺師の復讐劇〜   作:外柴葡萄

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小鳥遊ホシノ包囲網

 

『エコー3N5より本部へ、応答願います』

 

 

 予備作戦の発令から1484分、本作戦開始から数えるなら15分が過ぎた頃だった。

 

 部隊配置はとうの昔に完了しているはずの予備隊支援要員から無線が入る。

 優先順位に迷うかのような躊躇いがちな連絡。

 事前情報から見て対象の情報戦能力は警戒水準に満たないと判断されたとはいえ、作戦行動中の不要な通信は原則として禁じている。

 だからというわけではないが、空崎ヒナはその通信の用件を瞬時に理解した。そうでなくともさっきから個人用端末の着信ランプがうるさい。

 

「本部よりエコー3、トラブルか?」

 

『エコー3。いえ、それが作戦エリア内で不審人物に遭遇しまして……司令への連絡を要求しております。工作局所属を名乗っていますが』

 

 応答する本部付きの通信士の肩に手を置き、代わりに返答する。

 

「本部司令よりエコー3、了解したわ。状況はだいたい把握してる。構わないから本部まで連行して。別に丁寧でなくて良い」

 

『エコー3了解。連行します』

 

 

 

 

 程なくして偽装兵装の局員に連れられてきた不審者は、入ってきてヒナの顔を見つけるや否や大爆発した。

 

「おいコラ!ヒナお前、どういうつもりだ!イタタ、やめろ離せ貴様、階級を名乗れ!8級以下ならタダじゃ於かんぞ!」

「連行ご苦労。戻っていいわ。大丈夫、噛み付かさせたりしないから」

 

 ヒナに詰め寄ろうとして途端に押さえつけられたマコトが喚く。

 指示を受けた局員は即座に不審者を解放すると敬礼を残して戻って行った。

 

「まったく、部下にどういう教育をしているんだ。上官の程度が知れるな!」

 

 ブツクサ言いながら立ち上がったマコトが嫌味を言うのを涼しい顔で無視したヒナが問いかける。

 

「それで?だいたい察しはつくけど何の用かしら、羽沼マコト南部担当官補。見ての通りウチは今作戦行動中(いそがしい)のだけど、手短にお願い。」

 

「忙しいだと? どういうことだ、なぜアビドス自治区内でゲヘナの特殊部隊が作戦展開している。S.R.T.(きつねども)にでも嗅ぎつけられたら外交問題じゃ済まんぞ」

 

 ヒナはすぐには応えない。

 部屋の壁の一面を埋めるドでかいモニターに表示される戦況図を眺めながら、じっと何事かに考えを巡らせている。

 周囲を埋める局員達の動きがやにわに慌ただしくなっていく。

 

「シエラ2!応答せよ、シエラ2!……駄目です、通信途絶(シグナルロスト)

「対象誘導任務を引き継がせます。エコー1は直ちに対応を、現着次第状況を報告せよ」

「対象はアビドス大通りを南下中。速い……!すぐにもデルタ1と接触します!」

 

 通信士達の報告が飛び交う中でもマコトは動じない。座して動かないヒナに向かって再度問いかける。

 

「おい、ヒナ」

 

苛立ちを隠そうともしないマコトの焦れた問いかけに、しかしヒナはどこまでも落ち着き払った態度でようやく返事をする。

 

「──アビドス自治区じゃないわ」

「……何?」

 

「作戦エリアはアビドス自治区じゃない。半年だか前に当時の生徒会が、カイザーの系列会社に土地の権利を全て売却している。あそこは今アビドスの自治権の外にあるの。報告をまとめたのは、確かあなただったはずだけど?」

 

 まるで何度か予行練習でもしていたかのように淀みない調子ですらすら答弁を返すヒナの顔は実につまらなそうだった。

 

「何を馬鹿な。仮に自治権の外だとしても、ここは本校舎から目と鼻の先だぞ。どう言い繕ったところで学園自治区近郊での戦闘部隊の展開など挑発行為以外の何物でもない。責任逃れの言い訳にしても──」 

「だからあなたは自覚が足りないのよ」

「何だと?」

「分からないの? 私達は風紀委員会じゃない。ゲヘナ学園情報部よ」

「……」

 

「あちらがゲヘナ自治区内の治安維持防衛を職務とする、いわば正規軍なら、私達は自治区外での情報工作破壊諜報が仕事よ。そして情報部は公的な書類上では戦闘部隊など保有してはいない(・・・・・・・・・・・・・・)わ。言ってる意味、分かるわよね」

 

「……っ!」

 

 二人が会話する合間にも画面に映る戦況図は刻々と変化し続けている。部隊リストに並ぶ隊員名は次々とMIAを示す赤に塗り替わっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今回の敵は最初から何かがおかしかった。

 

 

 

 昨日、ついにたった二人きりになった学校の唯一人残された先輩とつまらないことで喧嘩をしてから、小鳥遊ホシノは一晩じっくり考えた。

 

 自分から先に謝るべきなのだろうか。

 

 そんな馬鹿な話はない。そもそも自分が昨日言った事は基本的には全て正論だったはずだ。

 生徒会長などとは名ばかりのあの頼りない先輩は、その名の通りの世迷言ばかり口にしていつまで経っても目を覚まさない。まったくとんでもない眠り姫もいたものだ。

 

 だが、いくらそうして論理武装を固めてみた所で、せっかく見つけてきたあの綺麗なポスターを破り捨てるような権利が果たして自分にあったのだろうか、という思いはホシノの中で消えない重しとなって、今もまだその小さな胸の奥でじくじくと罪悪感をすり潰している。

 

 砂祭りのポスターを見せてきた時の、まばゆいほどに輝いていたあの人懐っこい琥珀色の瞳。

 無惨に破られた宝物の残骸を見つめて、今にも決壊しそうだった細い肩。

 

 最初言った瞬間にはついに言ってやったぞという喜びの方が強かった。正直言ってスッキリしたし、ざまあみろとさえ口にしかけた。

 だが一晩経って、今度は逆にどうやって謝るかばかりを考えている。

 

 こんな理不尽な話があるだろうか。

 

 一体、自分がこんな目に合わねばならないような悪事を何かしでかしただろうか。

 前世の自分はきっと銀行強盗や営利誘拐も辞さないような極悪人だったに違いない。いや、こうなる位ならいっそそっちの方が今よりいくらかマシだったかもしれない。

 

 一睡も出来ないままに、まんじりとした夜を過ごした末にホシノが出した結論は果たして、次の日学校で会って先にユメが謝ってきたら黙って許す、というなんとも根性のない実にふわっとした仲直りの計画であった。

 だいたいにして、あの先輩がこの手の喧嘩の後にはしつこいくらいに謝り倒す性分なのを嫌になるほど知っているホシノなのだから、賭けのオッズも立たない程の実に分の良い勝負なのだった。

 

 睡眠不足で黄色く見える太陽を背にびくびくしながら学校に向かう。元来夜型な上に重ねて徹夜明けのホシノにとって、この時間は一日で一番辛い。

 覚束ない足取りでふらふらしながら正門をくぐり、見上げた校舎の時計は9時を少し回っていた。正規の時間割ならとっくに授業中だが、たった二人の学校でそんな事を気にする方がおかしな話だ。それでもあの先輩はたいてい毎日律儀に時間通り登校してくるのだ。

 規則通り昇降口で上履きに履き替え、しょぼつく目を擦りながら廊下を進んでいる間に一瞬、ここで全部投げ捨てて帰ってしまおうかという思いが過る。そうだ、今更まさか出席日数もクソもあるものか。顔を合わせづらいのならいっそ二、三日フケてしまって、ほとぼりが冷めてから改めて仲直りすればいい話ではないか。

 考えている間に辿り着いてしまった扉の前で深呼吸を一息、震える手を生徒会室の戸にかけてホシノは破れかぶれで覚悟を決める。背中を冷たい汗が流れ落ちるのを感じながら、ゆっくりと戸を開く。

 

 果たして、室内は未だ無人のもぬけの殻であった。

 

 

 一気に気が抜けたホシノはそのままどこかへ行く気にもなれず、いつもの指定席に座ってユメを待つことにする。

 

 そのうち波のようにやってきた眠気に抗えなくなってきて、机の上に突っ伏してホシノはついに居眠りし出した。

 

 頭の何処かで誰かが、今ユメがやってきてこんな姿を見つかったらこれまで必死で守ってきた優等生のイメージが台無しだと訴える声がしたが、疲れ切った頭にべっとりと張り付く眠気と冷たい机の誘惑に抗えず、抵抗も虚しくホシノは意識を手放した。

 

 

 

 

 

 気がついた時には既に太陽は高くなっていた。

 

 黒板の上の時計の針は11:32を指している。

 

 開け放しておいた窓から入り込んだ風を孕んで白いカーテンがはためき、角度を変えた日光がジリジリと頬を焼いている。

 

 しばし呆然としていたホシノだったが、はたと我に返り教室の中を見回す。

 

 室内には、何の変化もない。

 

 

 

 

 

 念の為、下駄箱まで行って確かめたが、ここまで来るともう間違いなかった。

 

 ユメはどうやら、今日は学校に来ないらしい。

 

 処刑を猶予された死刑囚のような心境でホッとしたのもつかの間に、ホシノは次第にムカムカしてきた。

 

 こっちがこれほどまでに気を揉んでいるというのに、結局あのお気楽娘にとっての自分は所詮その程度の存在でしかないのだ。

 

 だいたいあの脳内お花畑は、大切な母校が今まさに絶体絶命の危機に瀕しているというのに、二言目にはやれ思い出がどーだの財宝がどーだのと言い出して、大事な仕事に取り掛かろうとするホシノを誘惑しては一銭にもならない現実逃避(ボランティア)に連れ出すのだ。

 その無茶苦茶な冒険の中で、ホシノが一体どれだけ努力してついつい緩みそうになる頬を隠して軌道修正に躍起になってきたか、あの人はまるで分かっていないのだ。

 ただでさえ無防備なあのお人好しは、自分がこのアビドスにおいてどれだけ重要な存在なのかをまるで理解していない。今彼女を失えばそこでアビドスは終わりだというのに。

 自身の安全などまるで頓着せず、事あるごとに危険に首を突っ込んでいく先輩の信念(やさしさ)を傷つけないために、どれほどホシノが苦心してきたことか、一度くらい痛い目を見て理解すべきなのだ。

 

 だって卑怯ではないか。

 いくらなんでもあんまりだと思う。

 

 ホシノは知っている。

 どれだけ子供じみて見えたとしても、所詮ユメは三年生で、ホシノは一年生なのだ。

 

 もう半年もしない内に、あの先輩はアビドスから旅立っていく。

 他にもはや誰もいないこの寂しい校舎に、ホシノただ一人を残して。

 

 そうなった時、果たして自分はいったいいつまでここで踏み留まる事が出来るのだろう。

 考えただけで、頭がおかしくなりそうだった。

 

 今にして思う、こうなる前に出ていった奴らは自分などより遥かに賢かったのだと。

 一時の同情心などに拘泥して情など持ってしまえば、それだけ後にしわ寄せが来る事など分かりきっていたはずなのに。

 一度そんなものを抱え込んでしまえば最後、どれだけ苦しむ事になるか想像できそうなものなのに。

 日に日に迫ってくるその瞬間がやってきてしまう前に、何としてもこの学校(思い出)をせめて形だけでも、どうにか残るようにしなければならないのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうにも腹の虫が収まらないホシノは何時までも校舎で待っているのも嫌になってきて、いつものようにアビドスの町へと繰り出した。

 

 通常業務(パトロール)を始めて程なくして、ホシノは違和感を覚える。

 

 何かがおかしかった。

 

 ホシノの後方、今曲がったばかりの交差点の影から誰かがこちらを見ている気がする。

 進路から見て右側、小さな公園で屯する不良たちは不自然なほどにホシノを無視する。

 やがて進行方向正面に同じような格好の一団が現れる。上下揃いのガラの悪いジャージにフルフェイスのヘルメット。全員が得物を片手にホシノが近づいて来るのをじっと待っている。

 

 間違いない、なんたらヘルメット団の連中だ。

 

 頭につく擬音によっていくつかグループが分かれていて詳しい者なら判別がつくらしいが、ホシノはよく知らない。不良に詳しくなっても仕方が無い。

 だから、目の前の奴らがそうだとは断言出来ないのだが、ちょうど昨日、性懲りもなくユメに絡んでいたこいつらの同類を半殺しにしたばかりだ。

 

 ホシノの片頬が好戦的に吊り上がる。

 上等だ。

 

 ただでさえこちらは最高に機嫌が悪いのだ、路上喧嘩(ストレス発散)なら望むところだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アビドス市街地某所の地下、ゲヘナ情報部の外部秘密拠点(セーフハウス)

 

 

 追い詰められたような顔をしたマコトがヒナに問いかける。

 

「しかし、何故だ。たかがアビドスではないか。こんないつ潰れてもおかしくない弱小校相手に、ここまでする必要がどこに──」

「冷酷非情のマコト様も、身内のことになると意外と視野が狭いのね。そういうところ、嫌いじゃないけれど」

「あ?」

 

「あなたがどう思っているか知らないけど、少なくとも上層部はあなたよりずっとあの子を危険視してるわ。強い動機が見当たらないとはいえ、今回の調査の結果だけを踏まえればそこについては私もだいたい同意見。たった一人で一校の正規軍を叩き潰せるような存在にこんな辺境でフラフラされてちゃ、おちおち昼寝もできやしないと言われれば反論しようがないわ。……どこで油売ってたか知らないけど、だからあれほど早く報告書を上げろと言ったのに。」

 

「それは、つまり」

「そう、今回の任務の主目的は小鳥遊ホシノ。その思想的背景の調査と戦闘能力の実戦的確認」

 

「ブラボー4全隊員が沈黙!戦闘可能残存戦力は0です。司令、間もなく本部(ここ)に!」

 

 通信士が悲鳴にも似た報告を上げるのを聞きながら空崎ヒナは立ち上がった。

 

 その衣装はいつもの色気のない情報部制服ではなく上下揃いの真っ赤なジャージ(・・・・・・・・)

 

 足下に転がしていたフルフェイスのヘルメットを手に取りながらヒナがマコトに告げる。

 

「つまりは、威力偵察よ」

 

 物騒な名前を与えられた得物(終幕:デストロイヤー)を準備するヒナに向かってマコトが叫ぶ。

 

「おい、待て。ヒナお前まさか、前線に出る気か?正気か貴様!そんな事をしたらこんな町──」

「本部保守班!そこの馬鹿を今すぐ引っ捕らえて営倉にぶち込みなさい!しばらく留守にするわ、作戦終了まで絶対に外に出さないこと。いいわね!」

 

 ボスの命を受けた局員が今度こそ逃さんと不審者を取り囲む。地べたに押さえつけられながら馬鹿が叫ぶ。

 

「グガッ……ふざけるな!何が威力偵察だ、貴様の相手などして真っ当な人間が無事で済むものか!……アビドスを地図から消す気か!?」

 

「……情報部なんて本当、割に合わないわ。散々不躾に他人の腹の中を漁っておいて、それでも完全な安全性とやらを証明できなきゃ最後には結局いつもこれ。仕置人として身内に恨まれる方がどれだけマシか……あなたにはきっと分からない。」

 

 暗い地下の底に羽沼マコトの咆哮が響き渡る。

 

「遅すぎたのよ、マコト。本気であの子を守りたいなら、あなたはもっと早く動くべきだった。こうなったらもう、私にもどうにも出来ない。」 

 

 ヒナはもう振り返らない。連行される友の声を背にエレベーターの扉が閉じる。

 悲痛な慟哭が閉められた扉の先へ届くこともなく、仄暗い闇の中へとただ消えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ちょいややこしいので解説
この話では時系列が前後しています
マコトがヒナに怒鳴り込んだのはホシノが昼寝してた日の次の日。砂漠から帰った後になります
ホシノがキレてた頃のユメとマコトは砂漠でピクニック中でしょうか

次話からなんとバトルパート、最強決定戦の前哨戦
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