魔女の楽園   作:志生野柱

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 神聖騎士団は複数の魔女が共に行動していたり、不意の遭遇で同時に相手取らなくてはならない状況が想定される場合、必ず同数の白騎士を用意する。

 その合流に時間を要し、その間に何人もの犠牲が出ることを承知の上で。

 

 それは、白騎士は魔女と自分たちの戦力比を、概ね1:1で考えているからだ。

 一対一なら勝てる、という意味でもあり、複数の魔女を同時に相手取ってはならない、という意味でもある。

 

 白騎士側の戦略は二対二、もしくは一対一を二つ。

 

 では魔女側の対抗戦術は何か。

 簡単だ。

 

 二対一に決まっている。

 

 シャルルは予め、二人の魔女と作戦を立てていた。

 

 『まずはジャンヌが片方の白騎士を遠ざける。ジャンヌの魔術の方が派手で、目晦ましをして逃げるのに向いてるから。それと、戦場が市街地なら建物を壊さないように戦って。相手に奇襲や潜伏を警戒させて、更に時間を稼げるはず』

 

 ──まあ全部が完璧に作戦通りとはいかないが、予定通り陽動と分断には成功した。

 というか、白騎士は陽動と分かっていても追うしかない。魔女が移動すれば一般人に見つかる可能性や巻き込む可能性が跳ね上がる。

 

 “人類の守護者”である白騎士としては、それを放置するわけにはいかないだろうとシャルルは予想したし、現に予想の通りだった。

 

 作戦会議当時はダウナー期だったジャンヌは、「それで、その後は?」と尋ねたが、ウルスラはとっくに分かっていて、「あんた喧嘩とかしたことないの?」と揶揄っていた。

 実際、シャルルは子供の喧嘩のように単純な答えを提示した。

 

 『個人の武力が同等なら、勝負を決めるのは──数の暴力だよ』

 

 

 ◇

 

 

 黒い波が地面を覆う。

 乱雑に並んだ漆黒の杭は瞬く間にその数を増やし、ヴォルフ卿は大袈裟に跳躍して躱した。

 

 そのまま民家の屋根に飛び乗ろうとした白騎士だが、一瞬で足場が消失し、やむを得ず再び地面に着地する。

 ぼこぼことオレンジ色に泡立った、元は建物があったはずの場所に。

 

 「──ッ!」

 

 息を吸うだけで致命傷になりかねない高温を肌に感じ、彼は即座に飛び上がった。

 

 白騎士はそれぞれ性能が違う。

 リチャード・エインハウゼンが“焚刑の魔女”を殺すために作られたように、ヴォルフ・シュルーダーは“磔刑の魔女”を殺すために作られている。

 

 リチャード卿は赤熱した鎧を着たまま平然と動けるが、彼にはそこまでの耐熱性が与えられていないのだ。

 一見して揃いに見える鎧だって、素材レベルで別物だ。勿論、ヴォルフ卿の鎧だって、そこいらの金属とは比にならない耐熱性や硬度を持つ特殊金属ではある。が、それでも防御能力に関してはリチャード卿が傑出している。

 

 その代わり、彼には無類の機動力がある。

 ヘルム込みで40キロもあるプレートアーマーで全身を覆い、その上で一足10メートルも跳躍し、至近距離では人間の動体視力を振り切るほどの速さで動く。

 

 他の白騎士にも、平地でなら同じ動きが出来る者はいる。

 しかし“磔刑”の魔術で生成される、地面から勢いよく突き出てくる杭の上でそれが出来るのは彼だけだ。

 

 故に彼は“磔刑の魔女”の担当で──“焚刑の魔女”のように広範囲無差別攻撃が可能な魔女は天敵だった。

 

 「“磔刑”以外のイレギュラーに遭うのは初めてだが、やはり面倒だな。しかも君は頭がいい」

 「誰が馬鹿だって!?」

 

 頭がよくない方の魔女、もといウルスラが吼える。

 再び黒い波濤が地面を呑み、白騎士は一度跳躍して波を避けた後、その上に立った。槍の穂先のように鋭い突端に。

 

 避けるということは当たれば効くのだろうが、その推論も疑わしくなるような軽業だ。

 

 「おいおい。避けられると分かり切った攻撃を繰り返すお前を、馬鹿と言わずに何と言うんだ?」

 

 殺し合いの最中とは思えない、友人を揶揄うような声。

 禍々しい杭の上、本来は死体が飾られているはずの場所に立っていることも相俟って、爽やかな態度なのに粘つくような怖気が走る。

 

 「クッソ……!」

 

 余裕綽々の態度に激昂しかけたウルスラだが、怒りに任せて魔術をぶっ放す前に、腕を引いて止める者がいた。

 

 「──ウルスラ、落ち着いて」

 

 ウルスラの手を掴んだのはジャンヌだ。

 彼女がつい先ほどまで浮かべていた好戦的な笑みは鳴りを潜め、むしろ戦うことが億劫で、この世の全てが面倒臭くて堪らないような顔をしていた。

 

 「っ! おぉう……そういうあんたは、いきなり落ち着かないでくれる? ビックリするから」

 「薬のせいなんだから、仕方ないでしょ。それより、もう少しあっち側に移動しよう。ここだとシャルルを巻き込んじゃうかもしれない」

 

 ジャンヌもウルスラも、なるべくシャルルから離れるように戦っていたつもりだ。

 だが言われて漸く、ウルスラは自分たちが伯爵邸跡地から程近い位置に戻っていることに気が付いた。

 

 白騎士の攻撃を避けたり、逆に魔術を避けた白騎士を追ったり、攻撃を受けて吹っ飛んだりしているうちに、位置や移動の意識まで吹っ飛ばしてしまったらしい。

 

 だがジャンヌが冷静になって引き戻してくれたおかげで、白騎士の挑発にも乗らずに済んだ。

 

 「……イレギュラーが二体もいると、本当に面倒だな。凄く困る」

 「──シュルーダー卿、ご無事か」

 

 困る、と言うなら魔女たちも同じだ。

 ジャンヌが誘導したリチャード卿が再び合流してしまった。

 

 シャルルの想定通り二対一なら()()()()な手応えがあったが、殺し切るには時間が足りなかった。

 純白の鎧を纏う騎士たちは、片や先鋭な杭の穂先に立ち、片やオレンジ色に沸き立った地面に立っている。二人の魔女は自分たちを棚上げして、化け物を見るような目だった。

 

 「えぇ。でも不味いですよ」

 

 ヴォルフ卿はヘルムの下で、忌々しそうに顔を顰める。

 明るい声を取り繕ってはいるが、隠しきれない怒りや嫌厭が滲んでいた。

 

 あの陽動作戦は、一度使ったら二度目は効かない類の奇策ではない。

 白騎士の勝利条件は魔女を殺すこと。敗北条件は殺し損ねること──延いては、魔女の手にかかる犠牲者が徒に増えること。

 

 陽動を見抜いて誘いに乗らなかった場合、魔女は逃亡し、またどこかで殺戮を楽しむだろう。そうなっては負けなのだ。

 それに、今回は巻き添えとなった犠牲者の中に伯爵家の者がいる。夫人や後嗣である長男の不在は確認済みだが、伯爵本人と次女は邸内に居たはず。

 

 神聖騎士団は一神教の秘密組織であり、教会や一部の貴族などを通じ、どの国でも殆ど無制限の捜査および戦闘が認可されている。だが、それは偏に魔女に対抗するためだ。

 

 「民間人と貴族を巻き込んでおきながら魔女を取り逃がしました」では申し訳が立たない。

 

 だから片方が離れたら白騎士は必ず追わなければならないし、人口の多い市街地などで隠れられたら絶対に探し出さなくてはならない。

 戦術的な囮と分かり切っていても、「追って来ないの? じゃあ」と逃げられたり、民間人の虐殺に向かわれたら、その時点で負けなのだから。

 

 「伯爵邸って後ろ?」

 「うん。一旦、あいつらを押し退けて、それから分断しよう」

 

 二人の魔女が同時に掌を向け、それぞれの魔術を放つ。

 リチャード卿に黒い波が、ヴォルフ卿に紅蓮の波が襲い掛かるが、二人の連携は魔女たちより洗練されていた。

 

 炎の大波はリチャード卿が切り払い、道を作り出す。

 オレンジ色に変色した石畳は即座に黒く染まり、光を殆ど反射しない無数の杭で埋まる。攻撃直後のリチャード卿を串刺しにするかに思えた第二の波濤は、しかし、その上を走るヴォルフ卿によって勢いを失った。

 

 改造されているとはいえ人間の脚力なんかで抑え込まれるわけはないが、魔女たちにとって距離は重要だ。

 白兵戦の距離まで近づかれてしまえば、本職の軍人である白騎士に成す術がない。

 

 ウルスラはリチャード卿を諦め、ヴォルフ卿の接近阻止に切り替えた。

 両の横腹を刺すハサミのように杭を出現させ、同時に足元から脳幹を狙う。足止めと同時にトドメまで狙う殺意の高さは、流石魔女と言ったところか。

 

 だが駄目だ。

 理のない殺意(カン)頼りの攻撃は、白騎士にとって最も馴染み深いもの。感情(いきおい)任せの攻撃を繰り返す魔女を、彼らはこれまでに何人も闇の中に葬り去っている。

 

 「ふ、──ッ!」

 

 白騎士は自らの命を目掛けて伸びた槍先を掴み、足を胸につけるように畳んで跳躍する。そのまま足を投げ出すように、手首のバネも使って加速すると、足元から生えたはずの杭が遥か後方に流れるほどの速度で攻撃を()()()()()

 

 所謂、モンキー・ヴォルト。

 単純な動作だが、プレートアーマーを着たまま、ああも素早く洗練された動作で出来るものかと、ウルスラは苦々しくも感心の笑みを浮かべてしまった。

 

 白騎士はそのまま空中で抜刀し、ウルスラに斬りかかる。

 首を狙った一撃は腕で防がれ、鉄柱でも打ったような甲高い音と共に弾かれる。しかし反動を利用して鳩尾を狙った突きは綺麗に当たり、刺さったと錯覚するほどの手応えを返した。

 

 「うっ──!?」

 「ウルスラ!」

 

 そのまま掴んで顎に一撃、と振りかぶる白騎士だったが、横合いから凄まじい熱気を感じて飛び退る。

 直後、今まで経っていた位置が紅蓮の炎に薙ぎ払われた。

 

 「大丈夫?」

 「っ……あぁ、助かった」

 

 自身の相対する白騎士から目を離さず、少し離れた位置から安否を問うジャンヌ。ウルスラもそちらに目を向けることなく、サムズアップと共に感謝を伝える。

 

 二人の白騎士は言葉を交わすことなく、同じことを考えていた。

 

 ──この二人、想定以上に面倒だと。

 

 “焚刑”担当、防御力に長けたリチャード卿としては、鎧も肉も関係なく貫き通す“磔刑”の杭が脅威だ。あの魔術は展開速度も速く、炎を切り裂く要領で杭の波を切り開いても、その後隙に追撃が刺さる。

 

 “磔刑”担当、回避能力に長けたヴォルフ卿には、逆に“焚刑”が脅威だ。炎が迫る熱気に反応して避ければ問題ない攻撃速度ではあるが、面攻撃、三次元的な空間制圧攻撃に巻き込まれたら終わりだろう。

 

 「エインハウゼン卿。これ以上時間をかけるのは得策ではありませんよ」

 

 言葉だけ聞けば、「速攻をかけよう」とか、「奥の手を使おう」と言っているようにも取れる。

 だが、彼らはそもそも全力で戦っているし、可及的速やかに魔女を鎮圧すべく動いている。初めから速攻を心掛けているし、切り札とか必殺技みたいなものがあるなら、さっさと使って決着を付けている。

 

 伯爵邸を文字通り切り崩した“斬撃飛ばし”は、物理法則を無視するような超絶技巧だが、姿勢を作って放つのに二秒ほどかかり、その間は殆ど動けない。

 見るからに「今から大技を撃ちます」という姿勢で二秒も止まっていたら、串焼きにされるのがオチだ。

 

 一応、「「奥の手」と言えないこともない」程度の隠し玉はあるものの、戦闘を速やかに終わらせるために使えるような代物ではない。

 

 だが勿論、ヴォルフ卿の言葉は単なる愚痴や意味のない状況確認ではない。

 

 彼の目には、リチャード卿の動きが鈍いように見えていた。

 そして彼の感覚は正しい。リチャード卿は今一つ、戦闘に専念できていなかった。

 

 「分かっています。ですが、街中に妙に人気が無いのも気がかりですし、まだ何か仕掛けがある想定で動くべきかと」

 「──随分と余裕だね!」 

 

 会話を妨げるように、地面から無数の杭が伸び襲い掛かる。

 ヴォルフ卿が飛び退くと、その背中を焼こうと炎が手を伸ばすが、割って入ったリチャード卿に切り払われた。

 

 リチャード卿には懸念があった。

 以前にシャルルに一杯食わされ、気化麻酔で眠らされて逃げられかけた経験から、この町の異様な状況をずっと警戒している。

 

 例えば、何かの薬物が街中に充満しており、街の人間は全員昏睡していて、白騎士(自分たち)も耐性限界が来た瞬間に昏倒するのではないか……とか。

 

 屋外でも長時間滞留して、風や“焚刑”の炎などで効果が薄れない薬物を、リチャード卿は知らない。だが“ライヒハート”なら、という懸念は捨てきれない。

 

 「……ですね。奴らの動きも魔女()の本能じゃない、人間の知恵(悪意)だ。ライヒハート殿の策でしょうか?」

 

 乱立した杭の上に立ち、ヴォルフ卿は相変わらず気楽そうな声で問いかける。

 だが訊かれたところで、リチャード卿とて答えを持ってはいない。

 

 「……陽動作戦については恐らく。街の方については……もしかしたら、街の人間を巻き込まないよう、予め避難させていたのかもしれません」

 

 シャルルの性格を考えるなら、町全体を巻き込んだ化学攻撃よりは、そちらの可能性の方が高そうだ。

 だが、いくら医者が信用を得やすく、また伯爵家の権力があったとはいえ、流石に徹底しすぎている。出来過ぎている。

 

 「どうやって? 教皇聖下の印璽付きの書簡があっても、従わない奴はいるでしょうに」

 

 人間は愚かだ。

 医者の要請だろうと、伯爵の命令だろうと、たとえ自らの信仰する宗教の頂点による言葉でも、感情的に否定する。

 

 「家や財産を捨てるような真似はしたくない」なんて理由で避難勧告を蹴るならまだマシで、「なんで駄目なんだろう?」という好奇心や、「命令されるとなんかイヤ」なんて理屈のない理由で無視をする。

 

 災害でも戦争でも“魔女”でも、そういう馬鹿は死ぬし、死ぬ寸前に「助けてくれ」とか抜かすし、死んだあとに遺族から「どうして助けてくれなかった」と責められる。

 白騎士の二人にはそんな経験があるし、だからこそ、この町の現状が避難勧告によるものだとは思えなかった。

 

 「……まあいいです。直接ご本人にお尋ねしましょう」

 

 ヴォルフ卿は気持ちを切り替えるように、ぱちりと手を叩いた。

 何をするつもりなのか一瞬で理解した魔女たちは、伯爵邸跡地に向かう道を封鎖するように立ちはだかる。

 

 「……シュルーダー卿?」

 

 リチャード卿が咎めるような声を上げたときには、彼は自らの獲物──ウルスラに向かって一直線に距離を詰めていた。

 

 

 

 

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