冒険と探検と日常と ~のびのびTRPG~   作:混沌野郎

27 / 70
 先輩さんに届いた荷物はカメラだった。
 上機嫌で写真を撮り始めるけど、面白い写真はなかなか撮れない。
 写真を撮って楽しい被写体を思いついた先輩さん。
 先輩さんは魅力的な写真を撮るんだけど……、そんなお話。

 本作は今野隼史(辺境紳士社交場)・アークライトの『のびのびTRPGスチームパンク』の二次創作です。
 ソロプレイのルール「カードをもとに物語を書く」に従って記した世界観を使って記した二次創作です。

本作は第15話『プールと写真とスタートライン (日常回)』につながる話です。こちらもお読み頂けると幸いです。

 『のびのびTRPGスチームパンク』のプレイヤーキャラクターの「名前」を「キャラクターの名前」にしているので、
PC「機械屋」→「機械屋さん」
PC「少女」→「少女ちゃん」
等々となっています。

先に記しとく設定、
 機械屋(主人公)と先輩は女性、
 作中の「ダリル」は通貨単位、1ダリル=1円くらい、
 と言うことで。

クレジット
ゲーム名:のびのびTRPG
ゲームデザイン:今野隼史
発売元:株式会社アークライト
© 2021 FRONTIERPUB / Arclight, inc.


第18話 ヒミツの撮影会 (日常回)

 アタイは機械屋。先輩の工房で仕事をしてる。

 「先輩」って呼んでるけど、アタイは先輩の「後輩」じゃない。

 雇ってもらった時に、「先輩」と呼べ、と言われた。だから先輩。

 それと、アタイは先輩とため口で話をする。先輩は工房長だし、アタイより年上だ。

 けど、先輩が、ため口で話せ、と言った。変に敬語で話されるのは嫌、だそうだ。

 ぱっと見、先輩はのんきで気楽そうに見える。だけど、それは本当の先輩じゃない。

 本当の先輩は正反対。重い何かを背負って、鋭い目つきで前だけを見てる。

 先輩が背負ってる「何か」。それが何なのか先輩は言わない。

 アタイは何となく分かってる。でも言わない、と言うか言えない。

 先輩が背負ってるのはそれくらい重い。

 

 今日も朝から作業だ。

 大型機械の冷却水のタンクから水が漏れてる。ちょっと前に気づいた。

 早いうちに修理した方が良いだろう。

 そんな訳でアタイは作業をしてる。

 水が漏れてる場所はだいたい分かってるし、原因もだいたいの見当はついてる。

 だからさっさと作業を終わらせたい。

 今は年度末。税金の書類を作らなきゃなんねぇ。

 冷却水のタンクは大型機械の後ろにある。

 手順は、タンクを固定してるボルトを外して、クレーンで持ち上げる、大型機械の前に動かす、作業スペースに用意してある台に降ろす、だ。

 ボルトは外した。クレーンでタンクを持ち上げた。大型機械の前に動かす。

 作業スペースに降ろそうとしたところで、声をかけられた。

「お届け物ですー」

 声の方を見る。宅配便らしい。

 工房のおもてに小型トラックが止まってる。その前に宅配便のドライバーがいた。

「悪い、ちょっと待ってくれ」

 そう言ってからタンクを台の上に降ろした。

 荷物を受け取りに行く。右手の軍手を脱いで、ポケットからインフォメーション端末を取り出す。

 宅配便のドライバーが手にしているインフォメーション端末に、アタイのインフォメーション端末を同期させる。

 ピッ、と音がする。

 次に荷物、小さい箱だ、のタグにインフォメーション端末を同期させる。

 ピッ、と鳴った。

 荷物を受け取った。

「ありがとですー」

 アタイがとりあえずの礼を言うと、ドライバーは軽く頭を下げて小型トラックに戻った。

 受け取った小さい箱、宛先は先輩だった。

 何だこれ?

 先輩に渡そうと思ったが、先輩は精密作業室で作業してる。

 集中力がいる作業だろうから今は声をかけない方が良いだろう。

 昼メシの時に渡そう。食堂に入ってテーブルの上に箱を置いた。

 さて、タンクの修理だ。

 水が漏れていたところを見た。やっぱりだ。タンクの角の溶接してあるところ。溶接が甘かったらしい。

 修理は……、上からもう一回溶接をするのがいちばん確実だし作業が楽だ。

 時計を見る。

 今から溶接の準備をして、そのまま溶接に入ると昼メシの時間に合わなくなる。

 準備だけして、溶接は昼からにしよう。

 溶接用の機材はタンクからちょっとばかり離れたところにあった。

 台車を持ってきて溶接用の機材を運ぶ。

 タンクのすぐ横に降ろした。

 溶接の準備はこれでよし。

 まだかなり早いが昼メシの準備をしよう。

 今日は何を作ろうか。考えながら食堂に入った。

 

 冷蔵庫の中を見る。

 冷凍食品も含めて食料が寂しい。夕方、マーケットに行くか。

 とりあえず相性の良い食材を取り出して料理に取り掛かろうとしたところで、先輩が入ってきた。

 料理から一旦離れて先輩の方を向く。

「タンクの水漏れ、やっぱ溶接だった」

「あー、やっぱりかー」

 先輩の見立ても同じだった。

「昼から溶接し直す。

 それからその箱、先輩にって……」

 先輩の声がアタイの声をさえぎった。

「届いたの? 届いたんだねー!」

 先輩はにこにこして小さい箱を開ける。

 中には梱包材で包まれた箱が入ってた。

 入っていた箱を取り出す。

「?

 先輩、それ何だ?」

「ん?

 カメラだよ、カメラ」

 先輩はテンションが上がってる。

「前から欲しかったんだよねー」

 ?

 カメラならインフォメーション端末にあるが?

「なあ先輩、

 インフォメーション端末のじゃだめなのか?」

「んと、

 端末のカメラは『とりあえず』のカメラだからね。

 ちゃんとしたカメラが欲しかったのだよ。

 でね、どうせなら最新モデルにしよう、って発売されるの待ってた」

 箱からカメラを取り出しながら、先輩の笑顔は止まらない。

「このカメラはすごいんだよー。

 撮った写真、カメラに保存しながら、リアルタイムでインフォメーション端末にも保存できるんだよ」

 先輩はカメラと取説を手にして、カメラの初期設定を始めた。

 先輩、すごく嬉しそうだ。

 と、アタイは料理に戻った。材料を切って、フライパンに油をひいて。

「機械屋ちゃん、機械屋ちゃん」

「ん? 何だ?」

 先輩を振り向いた。

 パシャッ

 カメラのシャッター音。

「何だ、いきなり」

「一枚目の写真は機械屋ちゃん!

 うーん、良い感じ。

 ほら見て、見て!」

 カメラの上に写真が宙に浮かんで見える。

 先輩に促されて見る。

 アタイの間抜けな顔だ。

「……先輩、それ消してくれ。

 何か恥ずかしい」

「だめだめ、記念すべき一枚目なんだから。

 大事に取っとこう」

 アタイが昼メシを作ってる間、先輩はずっと取説を見ながらカメラをいろいろといじってた。

 メシができあがった。先輩の前とアタイの席の前に皿を置いた。

「二枚目はこれだね」

 パシャッ

 先輩はメシの写真を撮った。

「メシの写真なんかどうすんだ?

 いつも似たようなもんだ」

「そんなことないよ。

 機械屋ちゃんのメシはいつも美味いし、

 それに、私が記録したメシなんだから」

 どんな理由なんだ?

 まあ、先輩は喜んでいる。それは良いことだ。

 だけど、

「先輩、一旦カメラ置いて、メシ食え」

「あ、そだね、

 続きは食ってからにしよう」

 先輩はにっこにこな笑顔で昼メシを食った。

 メシを食い終えて、アタイはメシの後片付け。先輩は食堂を出て工房のあちこちの写真を撮ってる。

 片付けが終わったところに、ちょうど先輩が戻ってきた。

 笑顔が消えていた。テンションも下がってる。

「?

 どうしたんだ?」

「面白くない」

 どう言うことだ? あんなに喜んでたのに。

 思ったそのままを言葉にする。

「何が面白くないんだ?

 あんなに喜んでたのに」

「だってさ、変化がない」

 なるほど、一理ある。

 工房の写真を撮る。機械は動かさないと何も変わらない。

 ふと思った。

「空の写真、撮ったらどうだ?

 晴れてるけど雲がでてる。

 雲だったら流れて行くし形も変わる」

「んー、

 確かにそうだけど、面白そうじゃない」

 そう言ってから、先輩は何かを考え始めた。

「よし、今日の写真はここまで!

 明日から本番!」

 何か吹っ切れたみたいだった。

 先輩はカメラをテーブルに置いて、精密作業室に向かった。

 にしても……、まあ、先輩は先輩だ。

 アタイはアタイの仕事をしよう。

 食堂から出て作業スペースに置いたタンクに行く。

 溶接されているところに10cmくらい、亀裂ができていた。

 溶接をするために、作業着の上に耐熱服を着て、フェイスガードを被って、完全装備になる。

 トーチに火をつけて、火の具合を調節する。

 いよいよ溶接。亀裂の部分を溶かしていく。

 作業はゆっくりと。急ぐ必要はない。むしろ、ゆっくりと作業をしないといけねぇ。

 亀裂の溶接のやり直しが終わった。

 あとは十分に冷えてから水が漏れないか確認すればそれで良しだ。

 タンクは確認が済むまでここに置いとくとして……。

 溶接の機材はきちんと片付けよう。

 機材を台車に乗せて「本来置いておく場所」に運んだ。

 タンクの件はひとまず終わった。

 まだ昼をそれなりにすぎた時間。夕方までの方が長い。

 ……税金の書類を作ろう。気が重いがしなきゃなんねぇ。

 事務室に入る。事務室の端末を起動させる。税金の書類作成ソフトを立ち上げる。

 税金の書類、工房のと、先輩のと、アタイのと、3件作る必要がある。

 まずは工房のから。いちばん厄介だからだ。

 金の動きのデータ、領収書の類。

 インフォメーション端末に入ってるのは、事務室の端末に同期させればソフトがだいたいの仕分けをしてくれる。

 先輩のもアタイのも、インフォメーション端末のデータはもう同期を済ませてある。

 こいつらは細かいところを修正してやれば終わりだ。

 厄介なのはここから。

 紙の領収書。

 端末に一枚一枚読み込ませて仕分けをしなきゃなんねぇ。これが面倒だ。とは言えする必要がある。

 アタイは粛々と作業を進める。

 半年分くらいの入力が終わったところで夕方になっていた。

 今日はここまでにしよう。

 それに……、そう、マーケットだ。

 事務室の端末をシャットダウンして部屋を出た。

 うーん、と伸びをする。

 さて、マーケットに行こう。

 食堂に入る。冷蔵庫の中を見て買うものを考える。

 ……だいたい分かった。

 工房を出る前に先輩に声をかけておくべきか。

 食堂を出て精密作業室を窓越しに見る。

 先輩はこっち向きで作業をしていた。

 先輩の「本当の」表情だった。声はかけない方が良いだろう。

 食堂のテーブルに「マーケットに行ってくる」と書き置きをして工房を出た。

 

 買い物を済ませた。

 思ってた食い物を買ったらそれなりの量になった。

 大きいレジ袋をふたつ、両手でひとつずつ持って帰ってきた。

「ただいまー」

 声を出しつつ工房に入る。食堂から先輩が飛び出してきた。

「おかえりーっ!」

 先輩は最高の笑顔に戻っていた。

 何があったんだ?

 食堂に入ってテーブルにレジ袋を置いた。

 にこにこで先輩が言った。

「あのね、明日、少女ちゃん来るから!」

「ん、少女ちゃん来るのか?」

 何の用事だろう? いや、何もなくても来てくれれば嬉しい。

「何か用事でもあるのか?」

 いちおう聞いてみる。

「そうじゃなくて違うくて、

 私が誘ったの、工房に遊びに来てって」

 先輩が少女ちゃんを誘ったのか。

「で、何時くらいに来るんだ?

 昼メシ、少女ちゃんのもあった方が良いよな?」

「昼すぎに来るって、何か午前中は予定が入ってるんだって」

 ちょっと残念。

「先輩さ、何でまた少女ちゃん誘ったんだ?」

「ん?

 写真のモデルになってもらおうかなーって」

 先輩の言葉に何とも言えない不安が心をよぎる。

 先輩と少女ちゃん、この組み合わせは悪くない、むしろ良い。

 でもここに「カメラ」が入ったら? 何かが起こる気がする。

 

 晩メシ、先輩はまたメシの写真を撮るのかな、と思ったが撮らなかった。

 メシを食いながら、

「少女ちゃんモデルにするって、どんな写真撮るんだ?」

「もちろん少女ちゃんのかわいい姿!

 少女ちゃんくらいってさ、どんどん大人になってくっしょ、

 だから『今の少女ちゃん』を記録しとかないと」

 なるほど、良い答えだ。

 ひとこと言おうかと思ったがやめた。

 先輩は純粋に楽しみにしてる。わざわざ楽しみを削ぐのは無粋だ。

 

 翌日。

 朝いちばんの仕事。昨日溶接したタンクの様子を見た。

 見た感じ、亀裂はなくなってた。水を入れてみる。漏れはなかった。

 これで良し。タンクを元の場所に戻す。

 クレーンでつり上げて大型機械の後ろに動かす。

 土台の上にゆっくりと降ろす。ボルトの穴ぴったりにタンクを置けた。ちょっと嬉しい。

 タンクをボルトでしっかりと固定した。

 確認のためにタンクに水を入れる。十分に入ったので水を止める。

 溶接したところを見た。水漏れはない。これでこの作業は完了!

 昼までは十分に時間がある。税金の書類を再開しよう。

 事務室の端末を立ち上げて紙の領収書を読み込ませる。

 何かを考えると退屈だと感じてしまう。だから何も考えずに粛々と作業を進める。

 途中で思いついた。

 紙の領収書、工房のも、先輩のも、アタイのも、先に全部まとめて読み込ませた方が後が楽になりそうだ。

 そうすることにした。

 三ヶ月分くらい読み込ませたところで昼、良い時間になった。

 座りっぱなしで作業してた。全身の筋肉が固まってるように感じる。

 事務室を出て伸びをする。加えて、両腕をぐるぐる回してみたり、屈伸してみたり。

 ちょっとすっきりした。

 食堂に入ると先輩がメシを待っていた。

 先輩の手にはカメラがある。やっぱり嬉しいんだ。

「悪い、すぐメシ作る」

「機械屋ちゃん、急がなくても大丈夫だって。

 今日の私は待ちたい人なんだから」

 何を言いたいんだ? 少女ちゃんを待ってるってことか?

 ……何か分からないけど、メシ食わせたら治るかな?

 先輩は急いでないようだが、今日の昼メシは手早く作った。

 メシを食う先輩。幸せに満ちあふれてる。

 何がどうなってるんだ?

 メシを食い終えて、後片付けをする。

 先輩はカメラを手に笑顔で座ったまま。

 ……このままおいとくか。

 

 事務室に移動。また領収書を読み込ませる。

 少しして、少女ちゃんが来た。

 少女ちゃんは小さいドアの横の呼び鈴を押す。間をおいてもう一度押す。

 あの呼び鈴、また壊れてたっけ。

 事務室の窓を開けて呼んだ。

「少女ちゃんー」

 少女ちゃんはアタイに気づいた。アタイの前に来る。

「こんにちは」

 少女ちゃんはぺこりとおじぎをした。

「今日は先輩に誘われたんだって?」

「はい、先輩さんが私にモデルになって欲しい、だそうです。

 モデルってどんなことするのか分からないからドキドキします」

 少女ちゃんも心の底から楽しみにしてるっぽい。

 事務室から出て少女ちゃんを迎える。

 今日の少女ちゃんは、淡い水色のブラウスと青いスカート。似合ってる。

 食堂、隣の部屋にふたりで入った。

「先輩、少女ちゃん来たぞ」

「こんにちは」

 少女ちゃんはぺこり、とおじぎをした

 その瞬間、先輩は立ち上がった。

「少女ちゃん、本当に来てくれたんだ!

 私、嬉しいよ!」

 先輩は少女ちゃんの手を握って喜びを爆発させた。

「じゃあさ、写真撮ろ、写真!」

 先輩はカメラを手に全身で嬉しさを表現してる。

 ふと気になることが考えをよぎった。

 いちおう言っとくか。

 すぐにでも写真を撮ろうとしている先輩にとりあえず言う。

「あのさ、先輩。

 無茶なことはするなよ」

「ん?

 無茶なことって?」

 先輩の考えに「無茶なこと」はないらしい。

「具体的に言った方が良いか?」

「聞かなくても大丈夫だよ」

 先輩は純粋に少女ちゃんの写真を撮りたいだけらしい。なら大丈夫だ。

 少女ちゃんにも……、言っとくか。

「少女ちゃん、分かってると思うけど、嫌なことは嫌ってはっきり言えよ。

 もし言えないんだったら、隣にいるからアタイのところに逃げて来い」

「あの……、先輩さんだから大丈夫です」

 少女ちゃんは先輩を信頼しきってる。少女ちゃんらしい良いことなんだけど、それが不安になる。

 とは言え、少女ちゃんはともかくとして先輩が大丈夫そうだ。なら大丈夫だろう。

「んじゃ、隣にいるから、何かあったら呼んでくれ」

 アタイは事務室に戻った。

 さて続きだ。何も考えずに心を無にして、領収書を端末に読み込ませる。

 

『じゃあ、さっそく、

 撮影始めよー!』

 先輩の声が聞こえる。少女ちゃんの声はちょっと聞こえない。

『最初は立ってるとこ撮ろうか』

 立ったポーズで撮影か。

『もうちょっと横向いて』

 先輩がポーズを指示してる。少女ちゃんはその通りにしてるらしい。

 いろいろと話をしながら写真を撮ってるみたいだ。

 領収書を読み込ませていると、先輩が言ってた話を思い出した。

 作業着は経費にできる、普段着は通るのもある、下着はだめだった、だそうだ。

 下着を経費に入れようとする先輩はすごいと思う。試したのもすごい。

 何でも試してみる。先輩の良いところだ。

『今度は座ってみよっか』

 少女ちゃんをイスに座らせて写真を撮るのか。

『うんうん、そんな感じ』

 少女ちゃんは素直だ。それは少女ちゃんの良いところなんだけど、危うくもある。

『ちょっと視線こっちにくれる?

 そうそう、良い感じ』

 先輩と少女ちゃんはふたりして楽しく写真を撮ってる。

 アタイは考えすぎてた。アタイの方が悪いことを考えてたか。

 領収書を順番に読み込ませる。

 ?

 何だ、これ?

 映画の半券が二枚とメモ用紙がクリップで留められてる。前に先輩と観に行った映画だ。

 メモ用紙には「従業員研修(感情発露訓練)」と書かれていた。もちろん先輩の字。

 これ、経費にできるのか? どう考えてもさすがに無理だと思う。

 けど……、先輩が行けると踏んだんだ、入れておこう。

 一枚一枚、領収書を読み込ませる。

『じゃ、次はね……』

 先輩はノリノリだ。

 それは良いんだが、少女ちゃんへのお願いが少しずつ大胆になってるように感じる。

 違う、そう感じてしまうアタイの心が汚れてるんだ。

『ブラウスのいちばん上のボタン、外してみよっか』

 ん?

 大丈夫だ。少女ちゃんのブラウスにはボタンは5つあった。ちょっと外しただけだ。

『いいねー、

 今度はスカート、ちょっとまくり上げてみて』

 大丈夫、大丈夫だ。自分に言い聞かせる。

『ボタン、もうひとつお願いできるかな?

 あ、無理しなくて良いんだよ』

 先輩は少女ちゃんに無理なことを押し付けてはいないようだ。

 少女ちゃんの様子を見ながら写真を撮ってる。

『そだ、ブラウスの胸元押さえる感じできないかな?

 うんうん、そう、それ良いね』

 少女ちゃんをほめながら。

『じゃあさ、ボタンもう一個行ってみる?』

 間を置いて。

『あー、そんな感じ、そんな感じ』

 少女ちゃんがボタンを外したらしい。

 ふたつ目か。大丈夫、まだあと3つある。

『んーと、次はね……、

 そだ、テーブルの上に座ってみよっか?』

 先輩、どんな写真を撮るつもりだ?

『じゃ、とんび座り、できる?』

 先輩の声が続く。少女ちゃんの声は聞こえない。

 でも、少女ちゃんも楽しくモデルしてるんだろう。

 嫌なら嫌と言え、と釘を刺しておいた。

 先輩はともかく、少女ちゃんはアタイの言うことを聞いてくれてるだろう。

『んー、

 思い切ったこと、言っても良いかな?』

 少女ちゃんが何か言ってるっぽいのだが、残念ながら聞こえない。

『んじゃ、言っちゃうよ?

 ブラウスのボタン全部!』

 少女ちゃんの声が聞こえないのがもどかしい。

『うん、そだね、

 だめだよね、やめとこうね』

 ここでアタイははっとした。先輩と少女ちゃんの様子をうかがっていても仕方ない。

 領収書の読み込みを再開する。

 時々、こんな支払い経費にできるのか? てのが出てくる。

 まあ、できなかったらその時はその時、修正して出し直せば良い。

 作業に集中しよう、と思うが、やはり先輩と少女ちゃんが気になる。

 先輩の楽しそうな声が聞こえる。この感じだと少女ちゃんも楽しんでるだろう。

 先輩は少女ちゃんが嫌がることは絶対にしない。少女ちゃんを大事にしてる。それは間違いない。

『ボタンもうひとつ、お願いしていいかな?』

 またボタンを話題に出した。

『え!? 良いの? 嬉しいよー!』

 3つ目、あとふたつ。いくら先輩でもこれ以上はないだろう。

『次は……、

 んーと、さんかく座りしてみよか?』

 少しの間。

『あ、これはだめかな。大胆すぎるね。

 もうちょっと大人しくしなきゃ、ね』

 少女ちゃんは先輩の言うことを素直に聞いてるみたいだ。

『とんび座りで……、ちょっとスカートまくってみる?』

 先輩の言う通りにしてる、絶対。

『そうそう、少女ちゃん上手いね。良い感じだよ』

 少女ちゃんをほめながら撮ってる。少女ちゃんも悪い気はしてないだろう。

『もう一回さんかく座りお願いできるかな?

 良い? 本当に?

 ほんと! 嬉しいなー!』

 先輩はきっと笑顔の頂点だろう。

『次はね、次はね、

 ボタンあとふたつ、良いかな?』

 少女ちゃん、困ってるのかな?

『え!? 良いの?

 少女ちゃん、もしかして大胆なのも良いのかな?』

 ボタン全部外したか……。

 そろそろ止めどきか、とも思うが、せっかく楽しんでるんだ、まだ大丈夫、かな? と思う。

『次はね……、

 んと、ひざつけたまま、足、開けるかな?』

 ん?

『そう、そんな感じ』

 今までの先輩の言葉から少女ちゃんの姿を想像する。

 止めるべきか、まだ止めなくて良いか、悩む。

『じゃ、次はブラウス。

 はだけさせる感じかな?』

 少女ちゃんは嫌がってないようだ。

『次は……、ひざ、開いても良いかな?』

 そろそろ止めるべきか。

『じゃあ、

 スカートもうちょっと、ひざが見えるくらいで、ね』

 止めどきだな。

 

 事務室を出て食堂へ。

 中の様子は、笑顔で撮ってる先輩と、ちょっと恥ずかしそうにしてる少女ちゃん。

 少女ちゃんの姿は……。

 テーブルの上でブラウスをはだけさせて、さんかく座りから足を開いて、スカートは完全にまくれ上がってる。

 ブラジャーもパンツもしっかり見えてる。

 あ、少女ちゃんはジュニアブラか。パンツはちょっと背伸びしてる感じ。いや、それはどうでも良い。

 アタイは食堂に入った。

「先輩、写真撮るの、終わりだ」

 先輩はアタイを見て固まった。

「……えと、……機械屋ちゃん、

 どうして……、かな?」

「ったく」

 少女ちゃんを見る。

 少女ちゃんは我に返ってた。

 我に返って自分の姿を把握した。

 一気に顔が真っ赤になる。耳まで真っ赤になってる。

 少女ちゃんを抱えてテーブルから降ろした。

「少女ちゃん、ほら、服、ちゃんと着な」

 少女ちゃんはあわてて服を整え始める。顔は真っ赤なまま。

 次は先輩だ。

 先輩の顔には冷や汗が浮かんでる。

 先輩の手からカメラを取り上げた。

 さて、ちゃんと話を聞こう。

「先輩さ、どこまで行くつもりだったんだ?」

「それは……、その……、生まれたままの姿まで?」

 まったく、先輩は何考えてんだ。

「ふぅ」

 ため息をついた。

 少女ちゃんに向き直る。少女ちゃんの目を見て話し始める。

「な、少女ちゃん、少女ちゃんは素直だから先輩の言うこと聞いてたみたいだけど、

 あのままだったら素っ裸にされてたんだぞ」

 少し落ち着いていた少女ちゃんの顔が改めて真っ赤になった。

「『素直』ってのはすっごく良いことだけど、嫌だな、って思ったらはっきりと言わないと」

「……えと、あの……、嫌だなって思わなくって……」

 ……やっぱりか、先輩相手じゃ少女ちゃんは安心しきれるよな。

「じゃあ、先輩じゃなかったら『いや』って言えるか?」

「んと……、

 先輩さんじゃなかったら言えます!」

 少女ちゃんは強い声で言った。

「そう言えるんなら大丈夫だな」

 アタイは笑顔で少女ちゃんを見て、肩をぽんぽんと叩いた。

 少女ちゃんは話がついた。改めて先輩だ。

「先輩、少女ちゃんはすっごく魅力的だ。アタイもそう思う。

 写真に残したい、てのも分かる。

 でもさ、分かってると思うけど、何事にも程度ってのがあるよな?」

「それは……、うん、あるね」

 先輩をしっかりとにらんで言う。先輩は視線が泳いでる。

「はぁ」

 もう一度ため息をついた。

「先輩の気持ちは分かるし……、

 そうだな、アタイが見張ってても良いんなら、撮影再開だ」

「えっ!?」

 少女ちゃんは困惑したようだった。

「えと……、あの……、

 その……、何と言いますか……」

 少女ちゃんははわはわしてる。

 とりあえず少女ちゃんを安心させよう。

「心配しなくても大丈夫だ。

 少女ちゃんの写真を撮るのは、先輩の写真を撮った後だ」

「え?」

 今度は先輩が困惑する。

 先輩を見る。顔色がちょっと悪いようにも見える。

「えっと、機械屋ちゃん、どこまで行くのかな?

 やっぱり生まれたままの姿まで?」

 先輩の言葉に答えずに少女ちゃんに言う。

「少女ちゃん、部屋出たところにロープあるから取ってきてくれ」

「ロープ? ですか?」

 アタイが言ったことを素直に聞いて、少女ちゃんはロープを持ってきてくれた。

 少女ちゃんからロープを受け取ってから先輩の問いに答えた。

「生まれたままの姿が折り返しだ。

 そこから縛りながら撮っていく。

 縛り上げて終わりだ」

「いやー、それは厳しいねー」

 先輩はまだ視線が泳いでる。

 少女ちゃんはロープの意味が分からなかったみたいだったけど、先輩とアタイのやり取りで意味が分かったらしい。また顔が真っ赤になった。

「あのさ、先輩、

 少女ちゃんの写真、撮るか、やめるか、

 先輩の好きな方を選んだら良いんだ」

「んと、そうだね、

 今日はやめよう、ね」

 これで収まったか。

 あ、いや、もうひとつ大事なことがある。

「先輩、データ全部消せ」

「やっぱり?」

 アタイは何も言わずにうなずく。

 取り上げていたカメラを先輩に返した。

 先輩は渋々と言った感じでカメラを操作する。

 一枚ずつデータを消してるらしい。

 ちょっとの間、先輩は操作を繰り返した。

 先輩の手が止まった。

「少女ちゃん……、

 せっかく撮ったんだから一枚だけ、少女ちゃんにあげる。

 良いよね、機械屋ちゃん」

 沈んだ声で先輩が言った。

 一枚だけ。少女ちゃんはせっかくモデルになったんだ。それくらいは良いだろう。

「ああ、少女ちゃん、せっかくモデルしたんだ。その記念な」

「少女ちゃん、インフォメーション端末出して」

 先輩のカメラと少女ちゃんのインフォメーション端末を同期させた。

 データが少女ちゃんの端末にコピーされる。

 少女ちゃんはすぐにその写真を見て……、また真っ赤になった。

 最後に撮った写真、いちばんインパクトのある写真だった。

 顔を真っ赤にして固まってる少女ちゃんに声をかけた。

「何てのかな、その写真、少女ちゃんには良いかもしんねぇな」

 え!? と少女ちゃんがアタイを見る。

「甘い言葉に誘われたときにそれ見りゃ良い。

 そしたら、落ち着いて判断できるだろ?」

「あの……、はい。

 それに、先輩さんに撮ってもらった写真ですし……」

 少女ちゃんはちょっと嬉しそうだったけど、ちょっと悲しそうだった。

 ちょっと悪いことしたかな?

 いや、変な写真で少女ちゃんを喜ばせるのは間違ってる。これで良い、そう思いなおした。

 データを全部消した先輩に言った。

「先輩もさ、適当なところでやめとかないと『謎の男』に狩られるぞ」

 言った後で思った。「謎の男」なら本当に狩り兼ねない。

 先輩の表情もちょっと引きつってた。

「それ……、本当にありそうだね。

 ……うん、少女ちゃんの写真はほどほどにしよう」

 先輩は納得してくれた。

 けど、ここで折れないのが先輩だ。

「じゃあさ、機械屋ちゃんがモデルになって!」

 やっぱりだ。

「先輩の写真撮ってからだったらいつでもいいぞ」

「……ロープ使う?」

 その言葉に心の底から言った。

「もちろんだ!」

 先輩はうなだれた。

 そんな先輩を見て少女ちゃんが言った。

「あの、今度、脱ぐのはなしで撮ってください」

 先輩にぺこり、とおじぎをした。

 少女ちゃんは優しい子だ。

 先輩にも見習ってもらいたい。

 

 そんなことをしてるうちに夕方になっていた。

 工房を後にする少女ちゃんはすごく楽しかったようで、ちょっとだけ残念そうだった。

「少女ちゃんの写真、消さない方が良かったかな?」

いまさらになってアタイは言った。

「ううん、

 機械屋ちゃんが正解だよ。

 私、調子に乗りすぎた」

 先輩もちょっと悲しげだった。

 

 でもすぐに前向きになる。それが先輩だ。

 晩メシをテーブルに置く。

 先輩は嬉々としてメシの写真を撮った。

「メシの写真なんか撮って楽しいか?」

「ん? もちろんだよ。

 だってさ、毎日何食ったか記録できるんだよ。

 何食ったっけ、って悩まなくて良いんだよ。

 これってすごいよ」

 結局、先輩のカメラは、メシの記録と、仕事の作業の記録と、遊びに出たときの写真を撮るカメラになりそうだ。

 先輩は堂々と間抜けな写真は撮らなくなった。

 けど、こっそりとは撮ってるみたいだ。それくらいなら良いだろう。

 

 何日か後。

「機械屋ちゃん、機械屋ちゃん!」

 作業スペースで仕事をしてるアタイのところに、カメラを持った先輩が来た。

 先輩はアタイと肩を組む。

 カメラをこっちに向ける。

 パシャッ

 撮られた写真には笑顔の先輩と、状況を飲み込めてないアタイ。

 照れくさいような恥ずかしいような。

 でも、嬉しいのは間違いなかった。

 

 




 作中の『ロープ』の釈明。
 作者の都合上、『冒険と探検と日常と』シリーズの設定は『どきどきな冒険の日常で』シリーズに反映されますが、逆には反映されない、としているので大丈夫です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。