仕事の初日は良いスタートで。
昼メシを作ることになって。
その昼メシが波乱? を呼んで?
工房での機械屋さんはどうなるのか……、そんなお話。
本作は今野隼史(辺境紳士社交場)・アークライトの『のびのびTRPGスチームパンク』の二次創作です。
ソロプレイのルール「カードをもとに物語を書く」に従って記した世界観を使って記した二次創作です。
本作は、第9話『出会い』の続きです。
『のびのびTRPGスチームパンク』のプレイヤーキャラクターの「名前」を「キャラクターの名前」にしているので、
PC「機械屋」→「機械屋さん」
PC「少女」→「少女ちゃん」
等々となっています。
先に記しとく設定、
機械屋(主人公)と先輩は女性、
作中の「ダリル」は通貨単位、1ダリル=1円くらい、
と言うことで。
クレジット
ゲーム名:のびのびTRPG
ゲームデザイン:今野隼史
発売元:株式会社アークライト
© 2021 FRONTIERPUB / Arclight, inc.
アタイは機械屋。ついこの間まで、大型飛行機械のメンテナンスがアタイの仕事だった。飛行機械、船の名前は『ビッグブラスト』、ブラスト盗賊団の船だ。だから堂々と名乗れる仕事じゃなかった。
おやっさん、盗賊団の団長に「船を降りろ」と言われてアタイはビッグブラストから降りることになった。正直、降りたくなかった。けど、おやっさんが言うにはアタイは『でかいことをやる』んだそうだ。だから降りた。
船を後にしてアタイは王都に来た。新しい仕事を探すために。
王都の労働ギルドで求人を探して、
応募、不採用、応募、不採用、応募、不採用、……
の末に先輩の工房に雇ってもらえた。
アタイの引越しが終わったときにはもう、夕暮れを迎えてた。
「あー、もう夕方か……」
外を見て先輩がそう言った。
先輩はそう言った後、アタイのところへ来た。
「よろしくね、機械屋ちゃん」
先輩が右手を出した。
「ああ、先輩、よろしく」
アタイも右手を出した。
二人で握手した。
握った手を解いてひと呼吸。
「あ、そだ、
手続き済ませとこっか?」
雇用契約の手続き。急がなくても良いけどできれば早い方が良い。
「ああ、頼む」
二人で事務室に入る。
テーブルをはさんで座った。
アタイと先輩、それぞれインフォメーション端末を取り出す。
テーブルに置いてふたつの端末をリンクさせる。
「えと、まずは……」
先輩が端末を操作する。
アタイの端末にデータが送られてくる。
データを全部受け取ったら次はアタイの番。
端末に入ってるアタイのデータを先輩の端末に送る。
データを送り終えると端末に『同意』と『取り消し』の文字が現れた。
もちろん「同意」だ。
『同意』の表示に触れる。
先輩の方にも同じ表示が出てるはず。
で、「同意」してくれるはずだ。
端末の表示が変わった。『合意しました』、そう表示された。
これで決まり。雇用契約成立だ。
「先輩、よろしく」
今度はアタイから手を出した。
すぐに先輩も手を伸ばしてくれた。
「うん、こちらこそ」
改めて握手した。
ぐう。
腹が鳴った。
「あ、機械屋ちゃん、腹減ってる?」
「あの……、ああ」
隠せない。
ぐう。
先輩の腹も鳴った。
「私もだ。
じゃあさ、メシにしよう」
先輩が立ち上がった。アタイも立ち上がる。
先輩について事務室から出た。
そのまま工房の外へ向かう。
日が暮れて夜の早めになってた。
「?
先輩、メシって?」
先輩の後を追いかけつつ尋ねる。
アタイを振り向いて答えてくれた。
「ちょっと歩いたとこにすっごい美味いラーメン屋があってね。
機械屋ちゃんの仕事が決まった記念」
「ああ、食いに行くのか」
二人、工房の外に出た。
先輩がインフォメーション端末を操作する。
シャッターが下り始めて、下がり続けて、ガシャンと下がりきった。
次にシャッターの左側の横にあった小さいドアの鍵を確かめた。
ドアはきちんと閉まってる。
「じゃ、行こっか」
アタイを向いて先輩が言った。
ラーメン屋に向けて歩き始めた。
アタイは先輩に遅れないように歩く。
並んで歩くけど、何となく話が出ない。何か話した方が良いかな? とか思う。
先輩を見ると、そう言うことは特に気にしてないようで、あと、笑顔だった。
工房は倉庫街にある。倉庫街には街灯が少ないらしく日が沈むと明るいところでも薄暗い。
そんな道を歩く。
少しして、道の先に明かりが見えてきた。
「あれか?」
「ん、そう。
すっごい美味いんだよー」
そう答えてくれた。
すぐに明かりの前、店の前に着いた。
店の中から何とも言えない良い匂いが漂ってくる。
ガラガラと引き戸を開けて先輩が店に入った。アタイは先輩に続く。
「らっしゃーい!」
カウンターの向こうにいたおっちゃんの景気の良い声が響いた。
店の中、席はカウンターだけだった。
席の半分くらいが客で埋まってる。
二つ並んで空いてる席についた。
さて、何を頼むか……。
変に高いのも何だし、変に安いのも……。
ちらりと先輩を見る。
先輩はもう決まってるっぽい。
「おっちゃん、
『大盛り全部乗せ』ふたつ」
さらっと言った。
「あいよっ!」
おっちゃんの景気の良い声。
『え?』と思った。
心を落ち着かせる。
「あのさ、先輩、
何かすごいの頼んだんじゃ……」
「うん、機械屋ちゃんの就職祝いだからね」
先輩はにっこにこしてる。
その笑顔に不安を感じる。
「良いのか?
その、何て言うか、
アタイが使いもんになんない、ってなるかもしんねぇし、
アタイがやっぱ無理、って言うかもしんねぇし……」
直球で言ってみる。
「ん?
私は機械屋ちゃん手放す気ぜんぜんないよ。
何かおもしろそうだからね。
んで、機械屋ちゃんは無理って言わないっしょ」
「あ、ああ、絶対言わねぇ」
やっとつかんだ仕事だ、辞められる訳がない。
「じゃ、問題ないね」
そこで話は終わった。
「へい、お待ち!」
先輩とアタイの前にでかいどんぶりばちが、どんっ、と置かれた。
正直驚いた。予想以上だった。
普通のどんぶりばちのひとまわりか……、ふたまわりは大きい。
たぶん麺が『大盛り』なんだろうけど、てんこ盛りの具で麺が見えない。
具は……、ラーメンに乗ってそうなのが全部乗ってて山になってる。
「はい、機械屋ちゃん」
先輩が割り箸を取ってくれた。
割り箸を受け取る。
「んじゃ、いただきます」
先輩が手を合わせた。
アタイもあわてて手を合わせた。
割り箸を割って、ラーメンの攻略に取り掛かる。
まず具を減らそう。麺が見えるくらいまで。
食い始めてからは、先輩もアタイも何も言わない。
黙々と食う。
食うに徹する。
麺が見えてきた。
ここからは麺を食いつつ具を食いつつ。
どれくらい食ったか。
食い切った。
残りはスープだけ。
スープは残した方が良いと言うが……。
やっぱり残せない。
全部飲んだ。
「ふう」
腹いっぱい。贅沢な、いや、贅沢すぎるメシが食えた。満足するしかない。
ちょっとの後、先輩も食い終えた。
先輩のどんぶりばちも何も残ってない。
きちんとスープを飲んでた。
先輩がアタイを見た。
にこっとする。
でもって、手を合わせて『ごちそうさま』をした。
「さて……、出よっか?」
立ち上がった先輩を追う。
会計。
先輩がインフォメーション端末で支払ってくれた。
「良いのか?」
「大丈夫、大丈夫。
工房の経費だから」
さらっと言われた。
けど、先輩が大丈夫って言ってるんだ、大丈夫なんだろう。
店を出て工房へ。のんびりと歩く。
「ね、美味かったでしょ」
先輩に尋ねられる。
「だな、確かに美味かった。
久しぶりに大当たりが食えた」
「うんうん」
アタイの言葉に先輩がこくこくとうなずいた。
のんびりと、てろてろと歩いて工房に帰ってきた。
工房の前に立つ。
ちょうど良いくらいに腹が落ち着いてた。
先輩が建物の左はし、小さなドアを開けて中に入った。アタイも続く。
アタイが中に入った後、先輩はドアの鍵を閉めた。
常夜灯の光で、工房の中はわずかに明るい。
先輩が立ち止まった。
「?
どうしたんだ?」
とりあえず聞いてみる。
「んと、
どうしよかな、って」
どう言うことだ?
「何てのかな、
今までは私ひとりだったから生活のリズムとか考えたことなかったけど、
これからは機械屋ちゃんと一緒だから考えた方が良いかな、って」
なるほど。
先輩はちょっと考える。
「……明日考えたら良いか。
今日はこれで終わり!」
そう言い切った。
「じゃあ、解散!」
「了解!」
先輩が笑顔になった。アタイも笑顔になってる。
先輩は自分の部屋に向かった。
アタイも自分の部屋に向かう。
部屋に入って思った。
アタイには立派で贅沢な部屋だ。
さて、……まだ寝るには早すぎる。
荷物の整理、するか。
でかいリュックから荷物を取り出していく。
半分は服の類だ。順番にタンスに入れる。
服が片付いて、残りはアタイの大切な工具、技術書とかの本、最後にお気に入りの目覚まし時計。
工具はとりあえずデスクに置いた。本は本棚に並べる。時計はベッドの枕元の棚に置いた。
これで良し。
今日のうちにできそうなことは全部した。
あとはどうするか……。
……寝るか。
寝ることにした。
部屋の明かりを消してベッドへ。
靴を脱いでベッドにダイブ。そのまま毛布で身を包んだ。
すぐに眠りに引き込まれた。
深い眠りから意識が少しずつ浮かび上がる。
目が覚めてくる。
目が覚めた。
まぶたを開くとそれなりに明るい。
体を起こす。
工房のスペースから窓を通って光が部屋に入ってる。
靴をはいてベッドから立ち上がる。
んーっと伸びをして体を目覚めさせる。
部屋から出る。
いろんな物が置かれてる広いスペースは十分に明るかった。
光が来る方、上を見上げて理由が分かった。
天井、じゃない、屋根のパネル、規則正しく並んでるパネルの半分くらいが透明だった。
なるほど、上手くできてる。
ぐう。
腹がなった。
昨日あんなラーメンを食ったのに、腹はもう空らしい。
朝メシ、どうするか。
勝手に漁るのは良くないと思う。と言うか、そもそもどこを漁れば良いか分からない。
とりあえず先輩が起きるのを待つか。
工房の表の方へ向かう。
アタイの部屋の隣は先輩の部屋。
その隣は中が暗くて何の部屋か分からない。
もうひとつ隣、事務室。
ここにならいても良いだろう。
ドアを開けて中に入る。入ってすぐの壁にスイッチがある。
スイッチを押すと明かりがついた。
さて、どうするか。
部屋に入ったのは良いけど、することがない。
イスに座る。
昨日、面接をして、就職の手続きをした部屋だ。
部屋の中をぐるりと見回す。
昨日は部屋の様子を見る余裕はなかった。
改めて見回す。
ドアから入った先、壁際にキャビネットがふたつ。書類とかが入ってるんだろう。
部屋の奥には窓がある。けど、光は入ってきてない。
ああ、窓の外はすぐに隣の建物だ。
そのまま見ていく。
窓の左半分をふさぐように棚がある。これにも色々入ってるんだろう。
さらに視線を動かす。
工房の表側から広いスペースの方へ、部屋の2辺にはカウンターが続いてて、それぞれの方向に窓があった。
カウンターの上には据え置き型のインフォメーション端末が2台、並んでる。
……先輩が起きるのを待つしかない。
何回か部屋の中を見回した。
カチャン、と音がした。
音の方を見ると、先輩がドアを開けて入ってきた。
「機械屋ちゃん、おはよ」
「ああ、おはよう」
朝の挨拶をかわす。
挨拶の後、アタイの本題。
「えっと、朝メシ食いたいんだけど……」
「ん? 朝メシ?
朝メシか……、こっちこっち」
先輩は部屋を出た。アタイは先輩に続く。
隣の部屋、暗くて何の部屋だか分からなかった部屋。
先輩はドアを開けて中に入る。
明かりがつけられた。
中に入ってすぐに分かった。
メシの部屋だ。
部屋の真ん中にテーブルがある。
壁に沿って冷蔵庫、シンク、コンロが並んでる。
どう見てもメシの部屋だ。
あとは、それほど高くない棚があって、その上にテレビがあった。
先輩がアタイを振り向いた。
「食堂ね」
「なるほど」
先輩が話を続ける。
「んと、メシは……、
冷蔵庫とかそっちの棚とかに食い物入ってるから、適当に食って」
「ああ、分かった」
と、ここで疑問。
「先輩は食わないのか?」
「そだね、
私ひとりだったから、腹減ったら適当に食って、また腹減ったら適当に食って、ってメシの時間決まってなかったから……、
どうしよ?」
『どうしよ?』と言われても何と答えれば良いのか……。
「とりあえず何だね、
後で考えよう」
先輩はそう言ってから棚の戸のひとつを開けた。
食パンが取り出された。
「これで良いかな?」
尋ねられる。
「ありがたい」
「えっと、それから……」
次はシンクの下。
トースターが出てきた。
「焼いた方が良いよね?」
「だな」
アタイの言葉を確認して、先輩はトースターを電源につなぐ。
「1枚で良いかな?」
「十分だ」
先輩は食パン1枚をトースターにセットしてスイッチを入れた。
アタイひとりだけ食うのは何か悪い気がするけど、先輩は食う気じゃないらしいから良いことにする。
「あ、そだそだ」
そう言いつつ先輩は冷蔵庫を開ける。
「えっと……、
あ、あった」
今度はバター。
テーブルに置かれた。
タイミング良く、チンッ、とトースターの音がした。
先輩が棚から皿を取り出す。
そこに焼き上がったトーストを置いて、皿をテーブルに。
「じゃ、食べちゃって」
「あ、ありがと」
アタイに気を使ってくれたのか、先輩はテレビをつけた。
朝のニュースが始まったところだった。
先輩に悪いかな、と思いつつ、トーストにバターを塗って食い始めた。
急がなくても良いんだろうけど、ちょっと急いで食う。
すぐに食い終わった。
席を立ってシンクへ。
皿を洗って布巾で拭いて……。
皿があった棚の前に先輩がいる。
「あの、先輩……」
「ん? なに?」
先輩がこっちを見る。
すぐに状況を把握してくれた。
「あ、皿ね」
アタイは先輩に皿を渡す。
先輩は皿を棚に戻した。
「さて」
そう言って先輩はテレビを消した。
「機械屋ちゃん、そっちに座って」
声のトーンが変わった。
何か真剣そうな声。
アタイはテーブルを挟んで先輩の正面に座る。
先輩は真剣な表情だった。
アタイも表情を引き締める。
先輩が口を開いた。
「工房のルール、決めるね」
アタイはこくり、とうなずいた。
「まず、お互いを尊重する」
どう言うことだろ? 漠然としてる。
先輩が言葉を続ける。
「具体的にはプライバシー。
私は機械屋ちゃんの部屋に入らないし、機械屋ちゃんは私の部屋に入らない。
いいよね?」
「ああ」
プライバシーか、当たり前と言えば当たり前だ。
「次は生活。
規則正しい生活をする」
アタイはまたこくり、とうなずく。
「機械屋ちゃんは大丈夫だけど……、これは私の問題だね」
先輩はそう言うけど、アタイもがんばらないと。
「んで、メシも規則正しく」
うん、うなずく。
「そんな感じだね」
「ああ、分かった」
先輩の顔つきがちょっと緩んだ。
けど、すぐに真面目な顔に戻った。
「次は仕事の話」
話が新しくなった。
「仕事の時間は、8時45分から朝礼。
9時に仕事スタート。
12時から1時まで昼休み。
3時から15分休憩して、5時に仕事終わり。
で良いかな?
私、ちゃんと時間決めて働いたことないから良く分かんないけど、こんな感じで良いよね」
アタイも時間の決まった仕事はしたことがない。
けど、先輩が言った感じだと思う。
「分かった、その通りにする」
先輩に答えた。
「あとは……」
先輩は考え込む。
「あ、いちばん大事なこと忘れてた。
給料!」
とてつもなく大事なことだ。
「えっと、完全歩合制なんだろ」
労働ギルドの求人にそう書かれてた。
「うん、基本そのつもりなんだけど、仕事ないときもあるから、
そのときは『特別手当』とか出すね」
異論はない、どころか万歳だ。
アタイは全力でうなずいた。
「こんなとこかな。
機械屋ちゃん、他にはないかな?」
「そうだな……、今のところはない」
答える。
「じゃあ、あとはその時その時で決めよう」
「OK」
これで決まった。
先輩は時計、壁にかけられてる時計を見た。
アタイも見る。
ちょうど8時45分だった。
「うん、朝礼の時間だね。
朝礼か……、特に言うことないね。
機械屋ちゃんは?」
「アタイもない」
事実を正直に言う。
「……仕事始めよっか?」
「ああ、そうだな」
先輩のあとについて食堂から出た。
広いスペースにいろんな物が置かれてる。
「で、何をしたら良いんだ?」
「そだね……、
機械屋ちゃん、高圧材の溶接、できる?」
高圧材の溶接、基本的な作業だ。
「できる、十分のつもりだ」
「おけ、
じゃあこれお願いするね」
先輩が指した先には蒸気自動車用の融合炉。
「横のカバーにひびがあるから、溶かして固めてくれないかな」
ちょっと考えてから先輩に質問。
「これ、見た感じはちょっとだけど、バラしたら中が酷いってことはねぇか?
カバー替えた方が無難だと思うけど……」
すぐに先輩から言葉が帰ってきた。
「私もそう思うんだけどね。
できる限り安くしてくれ、って言われちゃってさ。
だから溶かすしかないかなって」
「分かった、どうにかする」
これは仕事だ。全力で取り掛からないと。
「じゃあ、私あっちにいるから。
何かあったら声かけて」
「了解!」
話が終わった。
先輩は工房の奥に行った。
さて、アタイはこいつの修理だ。
こいつを修理するには……、とりあえずバラすか。
ぐるりと周りを見ると、作業台と小さいクレーン、溶接機もあった。
作業にとりかかる。
まず、クレーンで融合炉を持ち上げて作業台に乗せる。
カバーを固めてるボルトを外してカバーを外した。
カバーの内側は……、ぜんぜん酷くなかった。どころか傷ひとつない。
外側をしっかり固めたら大丈夫だ。
溶接機を運んできてトーチに点火。炎が安定したのを確認。
カバーのひびとその周りに炎を当てて溶かす。
溶けた高圧材でひびが埋まって平らになった。
これで冷えた後に後処理と仕上げをしたらできあがりだ。
だから後は冷えるのを待つしかない。
広いスペースの壁、大型機械が並んでる上にかかってる時計を見た。
11時半。
十分に冷えるには1時間とちょっとかかる。
あと30分、どうするか……。
……先輩に聞こう。
工房の奥に行く。
先輩は何かの金属材を磨いてた。
「先輩、ちょっと良いか?」
「ん? 何?」
先輩がこちらを向いた。
「ひびは埋めたけど、後処理まで時間かかるから、何したら良い?」
先輩も時計を見る。
「あ、そっか。
……昼メシの用意とかどうかな?」
仕事なのか?
そう思うけど、先輩が言うんだからメシの用意で良いんだろう。
「分かった、そうする」
先輩は作業に戻った。
アタイは食堂に向かう。
食堂に入る。
まず食材の確認だ。
冷蔵庫の中身を確認。
次に棚の中を見る。
最後にシンクの下。
確認した結論。
食材はそれなりにあった。
棚にはかなりの種類のスパイスとハーブがそろってた。
調理器具も十分すぎた。
この条件で作れる料理……。
いくつか思いつく。
昼メシだ、軽めが良いだろう。あとコスパも重要。
思いついたレシピから候補を絞り込む。
ちょっと考えて、決まった。
メシを作りに入る。
食材をそろえて、切ったり、茹でたり、炒めたり。
ボリュームはあるけど腹には軽い。そんなのを二品作った。
できあがったところで時計を見る。
ちょうど12時だった。
棚から皿を4枚、先輩の2枚とアタイの2枚、を取り出した。
さて盛り付けよう。
としたところで先輩が食堂に入ってきた。
「あー、良い匂いだー」
先輩はてろーっとしてた。
「あ、先輩、ちょうどできたとこだ。
今出すから」
皿にメシを取り分けてテーブルにならべた。
先輩がメシをじーっと見た。
「……え?
こんなすごいの食って良いの?」
「そんなすごいか?」
アタイは普通だと思う。
けど、先輩にはすごいらしい。
「食お! 早く食お!」
先輩が席に着いたからアタイも着く。
『いただきます』をして食いにかかった。
食い始めてちょっとばかりの後、先輩が顔を伏せた。
?
どうしたんだ?
肩が震えてる。
「先輩?
どうしたんだ?」
先輩をじっと見る。
伏せてる顔、涙が流れてた。
「えぐっ、えぐっ」
先輩は本格的に泣き始めた。
こらえようとしてるけど、こらえられない感じだ。
やっぱアタイはダメだ、そう思った。
「先輩、わりぃ、
変なモン食わせちまって」
けど、帰ってきた言葉に驚いた。
「そうじゃなくて……、違うくて……、
こんな美味いメシ食ったの、最後はいつだったっけ、って思い出せなくて……」
アタイのメシはそんなに美味いのか?
いや、そんなことを考えてる場合じゃない。
今は先輩が優先だ。
席を立ってシンクのところに引っ掛けてあったタオルを取る。
先輩にタオルを渡した。
顔を伏せたままで、先輩はタオルで顔を押さえた。
少しして、深呼吸を始めると肩の震えが治まった。
顔を上げてタオルで涙をぬぐって、落ち着いた。
「ごめんね、恥ずかしいとこ見せちゃって」
顔をちょっと伏せて言った。
「気にすんなって。
けど、そんなに美味いか?」
アタイには分からない。
「美味いよ! すっごく美味い!」
先輩は笑顔になってた。
「そっか」
何か照れくさい。
「ね、ひとつお願い良いかな?」
「ん? 何だ?」
先輩のお願い、何だろ?
「あのさ、機械屋ちゃん、メシ係してくれないかな?」
「えっと、アタイで良いのか?
これくらいのしか作れないぞ?」
アタイの言葉に先輩の表情がちょっと不機嫌っぽくなった。
「機械屋ちゃん、謙遜もほどほどにしなきゃ」
先輩の言う通りだ。
……アタイで良いなら。
「分かった、アタイがメシ作る!」
「よしっ!」
先輩の表情、今度は笑顔がマックスになった。
先輩が落ち着いて、アタイも落ち着いて、二人でメシの残りを食った。
先輩の笑顔はメシを食い終わっても変わらなかった。
メシの後、先輩はテレビをつけた。
アタイはメシの後片付け。
片付けが終わった後は先輩と一緒にテレビを見た。
1時になった。
午後の仕事、スタートだ。
食堂を出て、先輩は工房の奥に。アタイは作業台に。
一旦溶かしてひびを固めたカバーの後処理と仕上げに取り掛かる。
溶かしたところに後処理用の薬品を塗りつける。
少し時間をおいた後、きれいに拭き取る。
最後に仕上げ、仕上げ用のオイルでしっかり磨いた。
溶かしたあとが分からなくなった。
これで良いだろう。
……先輩に報告、だな。
工房の奥、先輩のところに行く。
作業が終わったと報告して、二人で作業台に戻ってきた。
できあがったカバーを見てもらった。
「うおっ! すごいっ!」
できあがりを見た先輩の言葉。
「ひびは外だけだった。中は問題なし。
けど、不安だったからちょっと強めに溶かした。
……これで良いか?」
アタイの初めての仕事。
先輩に何て言われるか、ちょっと不安だ。
「良い良い!
これ、十分すぎるよ!
機械屋ちゃん、かなりのスキル持ってるね」
思いっきり褒めてくれた。
初めての仕事が終わった。
次の仕事を尋ねる。
先輩はちょっと困り顔になりつつ、次の仕事をくれた。
「ぜんぜん急がない仕事なんだけど……」
先輩の視線の先に汚れきった小型の融合炉があった。
ぱっと見た感じ、3世代前のヤツだ。
「これ、レストアして欲しいって。
行けそう?」
行けそう、とかじゃねぇ。アタイのいちばんの得意だ。
「大丈夫だ!」
「うん、じゃ、お願いね」
アタイの言葉で笑顔になって、先輩は自分の作業に戻って行った。
融合炉の作業に取り掛かる。
ちらっと時計を見て、仕事の段取りを考える。
今日は全部バラして終わり。
明日の朝からパーツをチェックして、死んでるパーツの洗い出し。
替わりのパーツが工房にあるんならそれで。なかったら発注。
そう見立てて作業を始めた。
5時になった。
今日の仕事は終わり。
先輩がアタイのところに来た。
「機械屋ちゃん、晩メシは何かな?」
明らかに嬉しそうなトーンの声で尋ねられた。
「とりあえず……、あるモンで作る。
ちょっと贅沢しても良いか?」
「良い! 良い!」
先輩のテンションが上がった。
「スパイスとハーブそろってるから、
けっこういろいろ作れそうだ」
「じゃあ、毎日美味いってこと?」
期待に満ちた質問。
「んー、まあ、できるだけのことはする」
二人で食堂に入る。
アタイは晩メシに取り掛かった。
先輩はテレビを見始めたけど、テレビに意識は向いてない。アタイに向いてる。
昼メシは軽めにしたけど、今度は晩メシだ。それにちょっと豪華だ。
だから三品作った。
できあがった。
先輩はもうテーブルに向かってスタンバイしてた。
先輩の前に、先輩の向かいのアタイが座る席に、メシを盛った皿を3つずつ置いた。
『いただきます』をしてメシを食いにかかる。
食い始めて少しした。
先輩が顔を伏せた。
肩が震えてる。
「えぐっ、えぐっ」
涙をこらえてる。
作業着の袖でぐしぐしと涙を拭って、また、
「えぐっ、えぐっ」
と涙をこらえる。
先輩の感覚だと、今度もすごい美味かったらしい。
何も言わずにタオルを渡した。
少しの後、先輩は落ち着いた。
メシの続きを食い始めて、笑顔で食い終えた。
次の日の昼メシでも先輩は涙を流した。
晩メシでも流した。
とは言え毎日のメシだ。さすがの先輩もちょっとずつ慣れてきた。
けど、泣かなくなるのには2週間かかった。
その後、アタイのメシに慣れてからも、感動してるっぽい笑顔は続いた。
先輩が喜んでくれるとアタイも嬉しい。
先輩の工房で働けるようになって良かった。
心底そう思った。
了
機械屋さんが工房で働くのが決まって……、と言うことで第9話『出会い』からの続きです。
先輩さんが独りだったときから、機械屋さんとふたりになるときの「つなぎ」的な話です。
機械屋さんと先輩さんの「ふたりの話」はここから始まる訳でして。
書いた当人が言うのも何ですが、重要な話だと思ってます。
さて、次回は『インターミッション7:王都を語る』です。
次回もご贔屓いただけると幸いです。