ゴブリンスレイヤー×ブラッドボーン 聖杯ダンジョン探索 作:まるっぷ
石畳を叩く不快な音が続く。
赤いもやを纏った巨大な蜘蛛の群れは、ただ殺すべき対象のもとへと向かう。
やがて、上へと伸びる螺旋階段のある空間へと辿り着いた。獲物はもう近くにいる。後方にいた蜘蛛たちもそれを感じ取っているのか、我先にとこの空間に殺到する。
その時であった。
螺旋階段の上から、炎に包まれた何かが落ちてくる。
それは蜘蛛たちの周囲に無造作に置かれた火薬の詰まった木箱にぶつかり、轟音と共に大爆発を引き起こした。
断末魔すら許されず、蜘蛛の群れはそれに巻き込まれ、呆気なく死んだ。
それを起こした張本人である狩人は、螺旋階段の上から冷たい眼差しをくれてやるのみだった。
「良し」
「良し、じゃない……!」
獣の亡骸に油をかけ、松明の火をつけて下の火薬樽を目掛けて落とす。
無策で集まってくる蜘蛛の群れを一網打尽にするこの策を、狩人は緊急時である事を理由に何も言わずに強行したのだ。
すんでのところで耳をふさいだ一党の鼓膜はどうにか無事だが、それでも耳の良い妖精弓手には強烈だったのだろう。その長い耳を震わせ、盛大に顔をしかめている。
「やるならやるって先に言いなさいよ……!」
「すまない。時間がなかったものでな」
基本的には一党の考えを汲んでくれる狩人であるが、緊急時にはそうでもないようだ。
彼は謝罪こそすれ、行動そのものは間違っていないと言わんばかりに彼らに向き直り、次なる行動を示す。
「粗方は消し飛ばしたが、すぐに次が押し寄せてくる。音からして、目的地までは一本道だろう」
狩人のその言葉に女神官が耳を押さえていた手を離せば、確かに微かに、鐘の音が聞こえる。
つまり、只人である彼女が感じ取れるほどの距離に『鐘を鳴らす女』がいるのだ。
「先頭は俺が行こう。君たちはその後に続いてくれ」
「奴らは群れで来るのだろう。大丈夫か?」
「なに、考えはある」
ゴブリンスレイヤーからの問いに、狩人は松明を手渡しつつ、問題ないとばかりに言ってのけた。
なれば一党が言うべきことは何もない。狩人の言う通り先頭は彼に任せ、打ち漏らしや奇襲があれば即座に反応できるよう陣を整える。
「では、行こう」
狩人と一党は螺旋階段を駆け降りる。
降りきった先には、先の爆発の痕跡が生々しく残っていた。焦げた床や壁、そして大小の塊となった蜘蛛たちの成れの果て。
それらを無視し、彼らはこの空間に唯一ある横穴へと身を躍らせる。
内部は土壁が剥き出しとなった洞窟といった様相で、酷く暗い。狩人に追従するゴブリンスレイヤーが掲げる松明がなければ、ろくに周囲を確認する事も難しかっただろう。
「っ、来るわよ!」
妖精弓手の声が響く。
薄暗い一本道の奥から、気味の悪い足音がやってくる。
先ほどの同じか、或いはそれ以上の蜘蛛の群れが、狩人と一党を貫き、引き裂かんと殺到してくる。
が、この事態を想定していた狩人は、無手であったはずの左手に携えていた武器を構える。
「良い的だ」
直後。
ゴブリンスレイヤーたちの鼓膜に、聞いた事もない轟音が叩き付けられた。
「GII!?」
「GYAGI!!」
「GI、GYA!?」
少なくとも、今の彼らの住まう四方世界では確立していない技術。複数の銃身を環状に並べ、引き金を引くだけで機械的に銃弾を発射する事を可能とする飛び道具。
名を、ガトリング銃と言う。
「きゃあっ!?」
人生初となる連続する火薬の炸裂音に、女神官は反射的に目を閉じ、両耳を押さえた。
他の武に優れるゴブリンスレイヤーたちは面食らうも、その足を止めなかった。蜥蜴僧侶が彼女を抱きかかえなければ、その場に蹲っていた事だろう。
だからこそ、女神官は蜘蛛たちの肉塊を見ずに済んだのであるが。
「ふ、はは」
そして、ゴブリンスレイヤーは見た。
マスクに覆われた狩人の口元。
輪郭にぴったりと覆われたそれが、狂気的な笑みの形に歪んでいる光景を。
「……」
蜘蛛たちの絶叫。轟く銃声。
その果てに、彼らは人工的な作りの部屋へと足を踏み入れた。
「ふっ!」
同時に狩人は弾切れとなったガトリング銃をその手から消し去り、獣狩りの斧を振るう。
頭部を切り落とされた蜘蛛はびくりと身体を硬直させ、動きが止まる。その身体を踏み潰した狩人は即座に周囲を見渡し、鋭く言い放つ。
「下だ!」
狩人の視線が示す先は、彼らの踏み入れた場所から見て左下。
下へと伸びる階段の先に『鐘を鳴らす女』はいた。
「OOA……」
黒いフードを目深に被ったそれは、それが決められた動きであるのように手にある鐘を鳴らす。
すると、その足元が怪しく揺らめき、次なる蜘蛛を召喚した。
それを見たゴブリンスレイヤーの行動は早かった。
腰に収めた奇怪な形の剣、顔馴染みの鍛冶屋がこさえた南洋式の投げナイフを引き抜くや否や、『鐘を鳴らす女』の右手目掛けて投擲する。
「GYA、AA!!」
彼の狙い通り、寸分違わぬ軌跡を描き投擲されたそれは、見事に右手首を切り落とした。
絶叫する女を無視し、召喚物たる蜘蛛はゴブリンスレイヤーへと突貫する。が、それを許す妖精弓手ではなく、彼女の放った一射がその頭部に突き刺さった。
「GII!?」
動きを止めた蜘蛛。その身体に影が差す。
殺意に満ちた狩人の振るった斧が、蜘蛛を両断する。
石で出来た地面を割るほどの膂力で振るわれた獣狩りの斧を、狩人は引き抜かなかった
その必要がなかったからである。
「GA……!」
斧を振り抜いた姿勢から、狩人が顔を上げる。
すでに、事態は収拾していた。
「すまない。助かった」
ゴブリンスレイヤーは妖精弓手と狩人へ礼を述べる。
その足元には、剣により急所を貫かれた『鐘を鳴らす女』が転がっていた。
§
「あれが先へと進む為の仕掛けだ」
『鐘を鳴らす女』を倒した狩人と一党は、目の前にあるその仕掛けに視線を集中させる。
取っ手を回す事により閉ざされた道が開かれるという、四方世界においても馴染みのある定番の仕掛け。正確な仕組みこそ分からないが、定番とも言える仕掛けに彼らはようやく一息をついた。
「これで先へ進めるの」
「第一層?じゃあ、この仕掛けを無視して、扉をぶち壊してたけど」
「あれは俺も初めて見たが……まぁ、作動させるに越したことはないだろう」
第一層の番人。
それよりも、ある意味では警戒すべき事がある。
仕掛けの手前に置かれた棺である。
「また棺か」
「先は君の武器が入っていたが、次もそうとは限らん。俺が開けよう」
警戒するゴブリンスレイヤーの意図を汲み取り、狩人が率先して蓋に手をかけた。
手慣れた様子で、狩人は棺の蓋をこじ開ける。警戒する一党と、唯一その行いに慣れない女神官は、ぎゅっと錫杖を握り締めた。
棺の蓋が地面に転がり、腐臭が吹き出す。
もはや嗅ぎ慣れたその匂いに顔色一つ変えなかった狩人は、別の意味で怪訝な表情を浮かべる。
「これは……?」
警戒しつつ、狩人はそれを手に取った。
それは一冊の本だった。質素ながらも丁重に扱われてきたであろう、読み込まれた形跡のある手垢以外の汚れは見られない。
「……あっ」
「どうした」
一党に見えるように狩人が掲げたその本を見て、女神官は思わず声を漏らした。同時に、ゴブリンスレイヤーは彼女に質問を投げかける。
「見覚えがあるか」
「はいっ、地母神さまの経典です!懐かしい……」
「地母神?」
女神官が発した『地母神』という言葉に反応するのは、狩人である。
『獣の病』が蔓延る彼の地では聞いた事もない単語。察するに女神官たちの世界における信仰の対象であろうと、狩人は当たりをつけた。
「ということは、君はそこに仕える巫女なのか」
「はい。えっと……なので、その……」
狩人からの問いかけに女神官は最初こそ元気に答えるも、徐々にその声は萎んでゆく。
(……無理もない)
彼女は狩人たる者の“狩り”を間近で見たのだ。価値観も何もかもが異なる世界の、それも神職に身を置く者からすれば、自身の姿は異様に映って然るべきだ。
狩人は自身の中でそう判断し、彼女の意図を汲み、言葉の代わりに経典を差し出した。
「君が持ちたまえ」
「……良いんですか?」
「無論だとも」
戸惑う女神官に、狩人はマスクの内で笑みを浮かべ、言う。
「彼の剣と同じく、これは君に縁のあるものなのだろう。であれば、俺ではなく君が持っているべきだ」
「……はい。ありがとうございます」
差し出された地母神の経典を、女神官は確かに受け取る。
その口元には、どこか安堵にも似た微笑みが浮かんでいた。
「では、仕掛けを解こう」
かくして狩人は、第二層の番人が待っているであろう先へと通じる仕掛けを解いた。
がこん、という重々しい振動と共に、どこか遠くで何かが解除される音が響き渡る。
「今のところは順調ね!」
「はん。爆発で涙目になっとった奴が何を言っちょる」
「はっは。確かにあの時の野伏殿は、いささか小さく見えましたな」
「大きい音は苦手か。それは済まなかった」
「なんっ……う、うるさいわね!」
「ふむ……俺も気を付けよう」
「~~~っ、オルクボルグ!」
「ふ、ふふっ……」
敵は倒した。仕掛けも解除した。
張り詰めていた糸が僅かに弛緩し、狩人と一党の間に軽快な口調が戻る。
通常とは異なる状況であっても、いつまでも気を張り詰めてはいられない。彼らの間に漂うこの雰囲気は、最も若輩である女神官の緊張も緩やかに解きほぐしていた。
彼女が胸に抱いた経典も、その一助となったのだろう。
(どうか私たちをお導き下さい、地母神様……)
感謝と共に、女神官は経典に指を滑らせる。
狩人の言う通りであれば、これは地母神の神官として生きる道を決めた自分が、最初に与えられた知識の源泉である。
もちろん西の辺境という片田舎ゆえ、経典も写し書きである。しかしその知識に偽りはなく、当時共に勉学に励んだ少女たちとの思い出とも言える手垢は、女神官にとって懐かしき日々の記憶を思い起こさせるものだ。
(懐かしい……)
一
ああ、ここを習った時にはうたた寝して怒られたな、とか、この章は難解で神官長様に何度も聞いたな、とか。
他愛のない記憶が次々と蘇る。
そうして
(あれ?)
そこに記されていた一節に、女神官は小さな疑問を覚えた。
しかしそれも、それも彼女を呼ぶ仲間の声に、すぐにかき消された。
「ほら、行くわよ」
「あっ、はい!」
そうだ。今は冒険の最中なのだ。思い出に浸るのは後だ。
そう気を取り直した女神官は、雑嚢へと経典を仕舞った。
その時には女神官の抱いた疑問は、すでに消えていた。
―――己の神を信じよ。例え、姿なくとも―――
彼女の眼が捉えた一節には、確かにそう記されていた。
§
「開けるぞ」
狩人は言葉とともに、閉ざされていた扉へと手をかける。
仕掛けを解かれた扉は難なく開き、待ち受けているであろう第二層の番人へと挑む道が開かれた。
「それにしても奇怪な迷宮じゃの」
「ね。まさかあそこから、最初の部屋に繋がってるなんて」
鉱人道士と妖精弓手の声が響く。
『鐘を鳴らす女』を始末し、先へと進む為の仕掛けがあった空間。狩人と一党が乗り込んだ部屋から見て真正面にあった扉の先はなんと、最初の玄室に見えた梯子のあった場所へと繋がっていたのだ。
「いよいよ魔窟じみてきましたな。よもや上下の空間すらねじ曲がっていようとは」
「だが引き返す手間は省けた。無駄に体力を減らさずに済んだのは僥倖だろう」
開かれた扉を進みつつ、蜥蜴僧侶とゴブリンスレイヤーが言葉を交わす。
それを聞いた狩人は、しかし更に警戒を深めていた。
「聖杯ダンジョンは複雑な構造が常だが、それでもこのような事はなかった。獣だけではなく、今後は空間そのものにも注意するべきだろう」
「空間そのもの、ですか?」
「ああ。地形がねじ曲がった以上、俺の知らない空間も形となって現れるかも知れない、という事だ」
背後の女神官の言葉に返答する狩人。
松明を掲げ先を行くその姿は変わらず、しかし警戒の度合を上げている事は、彼女にも分かった。
「だが、やるべき事は何も変わらない。獣も、ゴブリンも、立ちふさがる者は何であれ殺し尽くせば良い」
獣狩りを己が使命とする狩人が漂わせる異様な雰囲気が、更に色濃くなった。そのように女神官は感じた。
その変化に、彼女は仲間に向けるべきではない感情を抱いた―――それは確かに『恐怖』であった。
「……っ」
意図せず、錫杖を握る手に力がこもる。
なぜそう感じたのか。なぜこうも彼を恐れてしまったのか。
今の女神官には、分からなかった。
そうしている内に、狩人と一党は閉ざされた扉の奥へと辿り着いた。
そこにあったのは、またしても扉。短い一本道の先にあるこの扉の先にいるのは、恐らくは第一層と同じく、変異したゴブリンであろう。
覚悟を決め、彼らは扉を開く。
その先に広がるのは、これまでの閉鎖的な部屋とは真逆の、広大な空間。
石材で整えられた壁も床もない。あるのは所々に油が溜まった地面と、土が剥き出しとなった行き止まりの空間である。
何もない広大な空間。その真ん中に、巨大な影があった。
身の丈はおよそ、狩人やゴブリンスレイヤーの倍ほど。人らしきその形は
中でも異質なのは、肘から先が巨大な剣と一体化しているその右腕だ。
「GOOUU……」
その巨大な影は彼らの存在に気が付いたのか、ゆらりと緩慢な動きで狩人と一党へと視線を向ける。
その頭部は、人のそれを極限まで醜くしたかのようであった。
それこそが、第二層の番人であった。