日常生活に戻った雨宮桜子の前に、隈取をした闇の戦士が襲い掛かる
これはまだ、伝説の戦士が覚醒するよりも前の話になる。
白滝高校に通う女子高生、雨宮桜子は、病院に通うことが日課になっていた。
入院しているのは同級生の夜科アゲハ。
あと半年近くは目覚めることはないとしってはいたが、顔を見ずにはいられなかった。
・・・・
ある日、雨宮が済む街に、ドツクゾーンからの使者が現れた。
ドツクゾーンとは闇の世界と呼ばれる、いわゆる異世界である。
ドツクゾーンの王 "ジャアクキング" の命を受けて、その先兵であるピーサードが街に訪れたのだ。
ピーサードの目的はプリズムストーンという石だった。
「このあたりにそれらしい反応があったはずだがな」
潜伏のため普通の人間の格好をしたピーサードは町中を歩き回る。
だが、三日三晩歩き回ってもプリズムストーンは見つからなかった。
「情報が不確かだったか」
四日目になるとさすがのピーサードも諦めようかと考え始めていた。
それというのも、元々この街にあるという話自体が不確かなものだったからだ。
ピーサードは同じドツクゾーン幹部 "ダークファイブ" の一人、イルクーボが感じた強い力、それだけを頼りにやってきた。
一度引き返してイルクーボを連れてくるべきかと悩むが、小言を言われたくないと踏ん切りがつかない。
諦めかけていたピーサードだったが、ついにその力の元を発見した。
・・・・
その日の雨宮は一振りの日本刀を持ち歩いていた。
それは心鬼紅骨という名の妖刀だった。
元の持ち主が言うに、超能力者が鍛えたものだという。
「チャオ、アゲハ」
夜科アゲハの病室には二人の雨宮がいた。そのうちの褐色肌の雨宮がアゲハに声をかける。
看護婦は仲のいい双子で、一人の少年を取り合う仲なのかと生暖かい目で見つめていたのだが、真実はそうではなかった。
褐色肌の雨宮は名を "アビス" といい、心鬼紅骨の力を借りて具現化したもう一人の雨宮だったからだ。
二人の雨宮は目を覚ますことのないアゲハに日が沈むまで語り掛け続ける。
それはもう、お局様な看護婦長のイライラも目に入らないほどのイチャツキ具合だった。
日が沈み、家路につく雨宮の前に一人の男が現れた。
「見つけたぞ! 娘、それを渡せ!」
それはピーサードだった。
心鬼紅骨から放たれる強い力をプリズムストーンのものと勘違いしたピーサードは雨宮に詰め寄る。
「あんた何をいっているの?」
「それはお前の方だ!」
雨宮の言い分も正しいのだが、ピーサードは聞く耳を持たない。
そして実力行使の手段をとる。
「出でよ、ザケンナー!」
ピーサードは近くにあったロープを使い、大型のザケンナーを呼び出す。
か弱い小娘一人が相手なら、ザケンナーで縛り上げてしまえば一気に方が付く。
ピーサードの思惑通り、ザケンナーの先制により雨宮は羽交い絞めにされてしまう。
「く・・・」
雨宮は "ドジふんじゃった" と心の中でつぶやいた。
荒事自体が久々ということもあり、まさか相手が異能の力で襲ってくるとは考えていなかったのだ。
だが雨宮とて相手が星将クラスであろうと早々に負けるつもりなどない。
星将とはかつて雨宮が戦ったサイキッカー集団 "
実際に雨宮はその中の一人と戦い、勝利した経験もあった。
油断で先手を取られたとはいえ、相手の目的が殺しではなく心鬼紅骨である以上、勝機は充分だった。
ピーサードは身動きのとれない雨宮から心鬼紅骨を奪い取る。
ピーサードは興味本位で鞘から引き抜き、その力と刀身の美しさに酔いしれる。
だが、しばらく眺めて誤解に気がついた。
「なんだこれは! プリズムストーンではないではないか」
本物のプリズムストーンは伝説の戦士に付き従う勇者が持っている。
心鬼紅骨がプリズムストーンであるわけなどないのだ。
うろたえるピーサードを見て、雨宮はそろそろ頃合いかとその力を発動させた。
「な、なんだ?」
心鬼紅骨から煙が立ち込める。その様子にピーサードは驚き、思わず手を放してしまう。
心鬼紅骨が地面に刺さろうとした瞬間、煙の影から現れたアビスが柄をつかんで落下を止めた。
「貴様、邪魔をするのか?」
ピーサードは激高し、アビスに殴り掛かるが、アビスは難なく攻撃を躱す。
サイキッカーの基準でいえば、ピーサードの身体能力はさほど高くはないのだ。
「可愛いアタシを苛めるアナタこそ、何者よ」
「私はドツクゾーンの使者ピーサードだ。プリズムストーンではなかったがその刀は興味深い、それを寄越せ!」
ピーサードは先ほどの雨宮の動きなどまぐれとしか思っていない。
再び殴り掛かるが、虚空より現れた黒い鞭に殴られ、吹き飛ばされる。
「アタシだって怒っているんだから、手加減はしないよ」
ピーサードを吹き飛ばした鞭は、アビスのお尻から伸びていた。
アビスの宣言に合わせ、先端に鎌が形成される。
「なんだと?」
ピーサードはうろたえた。
鞭の先端が鎌に変化したと思うや否や、まるで精密なマニピュレータのように動く鎌つき鞭の動きにより、雨宮を縛っていたザケンナーが切り刻まれたからだ。
ピーサードの常識にはザケンナーを倒せる存在など一つしかない。
「まさか貴様・・・貴様が伝説の戦士だというのか?」
「ソウネ・・・まあ、ある意味」
もちろんピーサードがいう伝説の戦士の戦士ではないのだが、サイレンゲームの末に崩壊の未来を止めた戦士の一人である雨宮は伝説の戦士に匹敵する存在といえる活躍をしていた。
ブラフ半分のアビスの受け答えに、ピーサードも困惑する。彼の知識と一つ食い違っていたからだ。
「嘘だ! 伝説の戦士は二人一組のはず」
「あら、あなたにはわからないの? 私たちは二人でひとつよ」
雨宮はアビスから受け取った心鬼紅骨を構えていた。
今のピーサードにはザケンナーを呼ぶ準備はない。
「はあああ」
覚悟を決めたピーサードは気合を込める。
ピーサードの息吹に呼応して、周囲の闇が集まっていく。
闇を吸収したピーサードの筋肉は膨れ上がり、その力も増大する。
先ほどまでの数倍の力を得たピーサードは、雨宮に突進する。
「よし」
ピーサードの拳は雨宮の顔面を捕えた。
だがその瞬間、雨宮は虚空に消え失せた。
「思念体よ」
アビスは答える。
アビスを実体化させた状態の雨宮桜子は、表の人格である桜子と裏の人格であるアビス、二人がともに本体であり思念体である。
この状態の雨宮桜子に危害を加えるには双方を同時に攻撃する以外に手段はない。
「死なない程度で勘弁してあげる」
雨宮はピーサードの言葉を信用してはいない。
大方、心鬼紅骨に見惚れてバカを起こした正体不明のサイキッカーであろうと思っていた。
雨宮のみねうちとアビスの鞭打が同時に決まる。
「お、おぼえていろ!」
ピーサードは闇の中に消えていった。
・・・・
ドツクゾーンに戻ったピーサードは傷を癒すために闇の温泉に漬かっていた。
その場に今日も一汗かいたし風呂でも浴びるかと言わんばかりの顔でイルクーボが現れた。
「まったく、おまえのせいで大変な目にあったぞ」
「何のことだ? それより久々だなピーサード」
イルクーボは覚えていなかった。自分でピーサードを焚き付けたことを。
「とぼけるな。おまえがプリズムストーンらしきものを見つけたという場所に行ったらこのザマだ」
ピーサードは胸の十字傷を見せつける。
「なんだその傷は? 伝説の戦士も目覚めてはいないというのに、大方ドジを踏んだか?」
「今、何と言った」
ピーサードは耳を疑った。
「伝説の戦士は目覚めていないのか」
「ああ、俺には分かる。伝説の戦士プリキュアの力は依然感じられない」
「じゃあ、あの娘は何者だったんだ」
ピーサードにはやはり伝説の戦士並みの強さを持った只の人間など信じられなかった。
こののち、ピーサードが雨宮桜子の前に姿を現すことはなかった。