シルヴァリオラグナロク Flowers on the Asgard   作:ズレス

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第零章 銀雷の篇
黄泉還る雷鳴《Return the Gospel》


 絆とは、何だ?

 

 繋がりとは、何だ?

 

 それがあれば、幸福になれるのだろうか。

 

 救われるのか、何かを手に入れられるのか、本当に、何も失わずにすむのだろうか。

 問いは切実。なぜなら、成功というものはとても恐ろしいものだから。それが甘い蜜で薄められた猛毒の雫だと、自分は誰よりも痛感している。

 人間社会というものの中において、他人との繋がりによって手に入るものの中には、とても凡人の手には負えないものが少なからず混じっている。身の丈を超えた地位、制御しきれない強大すぎる立場の隣人、極端に美化された大衆からの自己へのイメージ……そういったものは、手に入れた者自身を何より翻弄する。

 つまりは、暴走してしまう。

 わかりやすいところでは鍍金(メッキ)の中身に勘付いた者からの侮蔑や攻撃。または他者からの純粋な憧憬に対する罪悪感、限度を超えた期待を押し付けられることへの恐怖と素の自分が露呈することへの恐怖。最も救いがたいものであれば……自分の力でそれらを十全に成し遂げられる、真の強者への嫉妬心。

 己自身の心の弱さか。または他人の怒りゆえか。どちらにしても恐ろしいことに変わりなく。

 それは時として単純な零落を上回る激痛と化し、さらなる破滅の呼び水となる。

 大それた特権を手に入れたはいいが、それを恨んだ者の悪意で愛する家族にさえ累が及んでは本末転倒。それと同じだ。

 時として分をわきまえた振る舞いに徹するとか、敢えて低い地位に甘んじるとか、そういった我慢(・・)が必要な瞬間は間違いなく存在している。全知全能の存在(かみさま)に選ばれたらハッピーエンドとは早々いかない。

 無論、だからといって成功するな、誰かに選ばれようとするなと言っているわけでもないのだ。そんなことを真剣に語るやつは心底バカだし、目が曇っているというほかない。

 人間社会では誰しも、いいやどんな生物であろうと例外なく成功という結果を目指す。そのためには、社会でも野生でも、誰かから選ばれなくては始まらない(・・・・・・・・・・・・・・・・)。それが自然で、当たり前の行動原理だ。野生動物とて、羽や踊りの美しさ、牙の大きさを磨くことで異性から選ばれようとするものだろう。群れを為す動物ならば、そもそも誰にも選ばれず拒絶されてばかりでどんな群れにも属せないとあっては生きることさえ難しくなる。孤狼は絶対強者どころか典型的弱者、すぐに野垂れ死ぬのがこの世の現実(リアル)。人間という猿の進化系が作り上げた社会(むれ)の形もまた、例外なくそういうものだ。

 だからそいつの器に見合った者との勝利(つながり)と、妥協できる程度の敗北(たいりつ)。その一線を見極めて行動するのが充実した人生を送るコツではなかろうかと、思わざるを得ないのだ。

 それこそ神様みたいな大それすぎた誰かに選ばれるもそれについて行けなくなって惨めに途中で諦めてしまうくらいなら、最初から自分に釣り合う様な相手と一緒になって何かをしようとするのが最も賢い選択肢。死神が如き相手とは、そもそも出会わない様に努めるべきだ……と。

 反吐の出そうな弱者の論理展開だがこれを口にしているやつは存外多く、かくいう俺もその一人。

 卑小? 凡人? そうだな、指摘されてもその通り。自分自身でよく分かっているよ。何かに失敗した時、出会い運のなさのせいにするための予防線を張っているだけだろうと誹られても、まったく、ぐうの音も出ない。

 そうだとも。自分は小物だ。

 人としても男としても、小さな器しか持っていない。

 大した理想や信念もなく、その日その日を幸福に平穏に過ごせさえすれば満足という、魂レベルの一般人(パンピー)

 受動的、かつ依存的。ただ一言、情けない。

 けれどーー。

 それでもただ一つ、言い訳をさせてもらうなら、悟ったまでの人生について具申したい。

 自分は何も誰にも選ばれなかったからこうなったのではなく、求めてもいない、否、求めたものと比べて、極端に大きすぎる成功(・・)のせいでこうなってしまったのだから。

 そうーー自分の成功は、満足(・・)には繋がらなかった。

 どんなに幸福を手にしても、それは全て誰かのお膳立て。神様がくれたものしか、自分にはない。

 それは冗談みたいな言葉だが俺にとっては紛うことなく真実だった。

 本当に、ああ本当に、どれもこれも、どれもこれもどれもこれも……。

 力を、衣服を、邸宅を、金銭を、手に入れたところで自分という人間が一向に改善されない。それよって、自分自身というものの惨めさが、際限なく浮き彫りとなり劣等感が増幅していくような事態が連続するという始末。まったく訳が分からない。

 自分が満足するために何かを手に入れた途端、そんなものは何の価値もないんだと思い知らせてくる様な何かが必ず目に前に現れる。これでやっとと思った途端、それの価値がぶち壊される。

 まるで宿業というパンドラの箱をぶちまけでもしたかのように。際限なく湧き出てくる次の課題、次の飢え、次の次の次の次のーー成功者が負わねばならない義務(・・・・・・・・・・・・・・)

 おまえは見事に人生の成功を得たのだから、栄光を手にしたのだから、次のステージに進むのは当然でさらなる闘争に身を投じなければならないとでも?

 それが勝者の宿命だから? ふざけろよ、こんな馬鹿げた話があるか。

 誰しもみな幸せになりたいから勝利や栄光を願うのに、なぜか俺に限ってはそれが自らの首を絞めていくのだから、不条理という他ないだろう。

 そして当然、凡人なのだから失敗もする。いいやむしろ、何も出来ずに、天に坐す神におんぶ抱っこになるが多いくらいだ。

 それが嫌だから研鑽を積み、慣れない努力に手を伸ばしたこともある。

 けれどどれも、長続きせぬまま終わってしまう。永遠に脱出不能の蟻地獄。頭がどうにかなりそうだった。

 そんな状態に置かれて、尚不屈の意志を保てるほど、人の心は強くない。

 だから、俺はもう十分だと疲れ果てて。

 このまま、ただ流されて生きることを選択し。

 自分が屑だということを、嫌になるほど受け入れたのに。

 けれどーーそれでも、叶えてみたい夢が出来たから。

 この夢を叶えるために、このちっぽけな命を懸けると誓った。ゆえに後もう一度だけと奮い立たせて、再起する。

 一世一代、最後の博打。そして自分は、それまで怠惰に過ごしてきた自分は、当然の因果として負けてしまい(・・・・・・)……。

 どうしようもなく、”敗北”を刻み込まれてしまったのだ。

 

 受信器、強制接続。改造(クラック)開始。

「それで。君は諦めるのか」

 ーー……あきら、める?

「そうだ。諦めるのか? 死を受け入れるのか?」

 ーー否、諦めてはいない。諦めたくはない。だが、どうしようもないではないか。自分は負けた。もう、死んだのだ。やられたのだ。負けたのだ。もう終わりなんだ。意志が残っているからどうなんだ? 指一本とて、もう動かせない。

「笑止。意志が残っているからどうなんだ、だと? 馬鹿馬鹿しい。意志さえ残っているならどうとでもなる。それがこの時代の真理だと、何故まだ気付くことが出来ないのだ」

 ーー……何?

「君の意志次第で、未来は変えられる。君がまだ諦めていないなら。芽吹いてすぐに手折られた、その夢の続きを見たいなら。……私は、その願いを叶えよう」

 ーー夢を……願いを、叶える? ……なるほど。アンタが俺を救ってくれると? 死の淵から蘇生してくれると?

「そういうことになる」

 ーーそうか。嘘を吐く理由も見当たらないし、死者と会話するなんて真似をしてる以上、アンタが想像を絶するなにかなのも確かなんだろう。なら一応は信じるとするさ。

「話が早くて助かる。君は想像したより賢明な男なのだな」

 ーー最期にいい勉強をしたからな。で、代償(・・)は?

「代償?」

 ーー前にも似たような契約をしたことがあったから分かる。この手のことには、必ず相応の代償が必要だ。生命だの特殊能力だのを、無償でくれてやろうという話はそうそうない。お前になにかくれてやると言うやつは、必ず何かの、それを施してやるに相応しい代償を求めてる。何かをさせたいから何かを渡す。前の時は、充実感とでも言うべきものが代償だった。俺に、永遠にそれを手に入れられぬ人生を送れ、というのが彼らの望む対価だった。今回はどうだ? アンタは、俺に何を求める? 何をさせたい? アンタの手を取ったなら、俺は何をさせられる? いや違うな。アンタは、一体何をどうやって、俺に自分の望むことをさせるつもりなんだ? 俺の魂を、どういう手段で服従させるつもりでいると? どうやって俺を自分の飼い犬にするつもりなんだ?

「服従? 私が、君を? 冗談はよせ。私は君を服従させようと等とは思ってない。君は、君の魂に服従するのだ。君が最期に願ったその夢に服従するのだ。私が君に、願うことは唯一つ。死んでも夢をあきらめるな(・・・・・・・・・・・・)。それだけだ。それさえ誓えるのなら、君はきっと、私と同じ道を歩いてくれると信じてる」

 ーーそうか。……そうか。死んでも、か。

「そうだ。……死んでもだ。絶対に、自分の夢を裏切るな」

 ーー……ならば。

「いいだろう。その契約、結んでやる! 俺に夢の続きを見せろ! ルーファス・ザンブレイブに、一度は朽ちた屍に、もう一度道を寄越しやがれッ!!」

 吠えるのは、冥府に去ったはずの雷鳴福音。

 此処に、使徒だった男は、新たなる契約を結んだのだった。

「分かった。では、君を新たな器に迎えよう。ああ、先に言っておく。恐らくだが、死ぬより痛いぞ」

 瞬間ーールーファスの魂は、嘗ての洗礼を遥かに超絶した激痛とともに、現世へと引きずり戻されていった。

 バキバキという音を立て、周囲に割れた灰色(・・)の結晶が飛び散る中、全裸の青年が木目の床に倒れ込んだ。

「がふ、ァァッ……!!」

 その口から漏れたのは、声にならない呻きだった。それが耳朶を打つ感触を以て、ルーファス・ザンブレイブは自分が現世にいることを確認した。

「いき、て、る……のかッ……!」

 痙攣する声帯に、微かな喜び、希望の色が宿る。それは、彼が一度は死んだ男だったからだ。

 ルーファス・ザンブレイブの記憶の中、彼の寸前までのエピソード記憶はこうだ。

 黒髪の男に、真紅の杭を体に叩き込まれーー死んだ。

 死。そう、死である。不死の肉体を持つはずの自分(しと)が滅ぶ実感を、確かにルーファスは味わっていた。あれは、死だ。間違いなく死の感触だった。これまでの、再生を許す単なる破壊とはまるで異なる何かだった。

 だが、結果はこの通り。自分はまだ生きている。あの絶対確実な死の影を、自分はどうにか乗り越えたらしい。

「……ああ。君は、生きている」

「あんた、は……」

 上方から降り掛かってきた声に、顎を床への梃子として、無理矢理顔を上げて見る。

 果たして、そこにいたのは車椅子に乗った人影だった。全身を覆うのは、灰色のローブ。それと一体化したフードに包まれ、顔は見えない。だがその声は間違いなく、先程自分に掛かった声。……老いた男の声だった。

「私は、ミカエル。……君と共に、歩む者だ」

 

 斯くして、第一の男は、その運命を取り戻した。

 

 ーー彼の物語の続きが語られるのは、此処から、暫くあとのこととなる。

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