シルヴァリオラグナロク Flowers on the Asgard   作:ズレス

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いきなりカンタベリーの過去編です。
オリジナル設定祭りです。

具体的に言うと、スメラギくんのトラウマことエドワードに兄貴を生やしてしまいました。しかもオウカの恋人という属性までくっつけてます。


第零章 銀眼の篇
第二使徒《Brother of light》1


 新西暦。

 それが、今の時代の呼称である。

 西暦2578年、かつての世界は一変した。

 エネルギー問題に端を発する第五次世界大戦の最中、日本で開発されていた新型核融合炉が爆発。日本を爆心地とし、地球という惑星の誇る巨大大陸、ユーラシア大陸の東側半分ほどまでをも巻き込み削り取るほどの圧倒的破壊ーー大破壊(カタストロフ)が発生。地球の姿は一変した。

 これは、地球上に、スプーンでくり抜いた様な凹みが出来たという意味だけではない。物理法則が一変した、ということである。

 星辰体。大破壊発生以前には存在しなかった未知の粒子が、地球上を満たした。この粒子には、これまでの物理法則を完全に変えてしまう様々な特性が存在していたのだ。

 

 大雑把に分けて、その特性とは3つ。

 

 ひとつ。燃料類の低燃費・高出力化。これによって、少量の燃料で、大きなエネルギーを得ることが可能となったため、西暦の時代で続いていたエネルギー問題は解消された。

 

 ふたつ。金属抵抗値の一律排除。すなわち、常温超電導の一般化ーーというより、それしか起きないという変化。これにより、電気抵抗を利用した半導体は世界に存在できなくなり、必然的にコンピューターの類は全て使用不可能となった。

 

 みっつ。空気抵抗の増大。これにより、航空機の類は存在できなくなった。

 

 これらの変化により、必然的に地球人類の文明は大幅に後退。精々が18世紀後半の産業革命レベルまでの退行を余儀なくされた。

 そして、この新西暦1036年ーー大破壊発生より千年後の、かつてヨーロッパと呼ばれた地域。そこでは三つの国が覇を競っていた。

 

 軍事帝国アドラー。

 アンタルヤ商業連合国。

 カンタベリー聖教皇国。

 

 価値観からして根底から異なる、三つの国。

 ーーそして、この物語は、カンタベリー聖教皇国で起きたある物語。新西暦の未来を決める戦い、その三度目の物語。

 そこで起きた物語の、IFの話。

 

 そして。

 

  ーーこれは、地獄の先に花を咲かせることを望んだ、男たちの戦記でもある。

 

 第零章:第二使徒(Brother of light)

 

 聖教皇国と呼ばれる国にて大乱(・・)が起きる、その千年前。

 西暦2581年ーー後の時代の数え方にして、新西暦3年。大破壊と呼ばれることになる現象が起きてからまだ数年しか経たぬ時期。

 イギリス、首都ロンドン。

「い゛ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ァああああああああああ!!!!!!!!!! うぎ、ひ、いいあァァがあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」

「アレックスさん!! アレックスさぁん!!!」

 セント・ポール大聖堂の地下の一室にて、二つの絶叫が木霊していた。一つに宿るのは苦痛、ただ只管の苦痛。もう一つはそれを直視したことによる、狂乱と悲痛。前者は青年のもの、後者は少年のものだった。

 ベッドの上に横たわる青年は、プラチナブロンドの短髪を振り乱し、転がりまわりながら悶え苦しんでいた。

 その苦痛の源泉は、心臓から生える、植物の芽の様な何かだった。

 それは、植物のようでいて、しかし絶対に植物ではありえなかった。なぜならそれには、金属光沢があったからだ。メタリックグリーンの植物。或いは、植物の形をした蠢く液体金属。そう呼ばれるべき代物。

 それが、青年の肉体を蝕んでいた。その植物が青年と一体化しようとし、それを青年の肉体の免疫機能が拒絶している。

 結果、起きるのはコンフリクト。その代償は、青年が味わう、地獄の如き激痛だった。

「駄目だ悠也! 一旦止めよう!! 摘出するんだ!!!」

「でも、でも、今摘出したらアレックスさんは!??!」

「明白なのはこのままいけばどうなるかだけよッ!!! いいから取り出しなさい、早くッ!!!」

 次いで鳴り響くのは、理性の叫びと混乱の叫び、そしてそれら両方をまとめて蹴散らす怒号。己の混乱をその怒号によって押し切られ、少年……皇悠也は、倒れ伏し悶え苦しむ青年、アレックス・ヘイルウッドの心臓から、翠色に光る金属結晶を引き抜いた。

「ァ……あ、ああ、は、っは、っは、っは」

 それにより、苦痛から解放されたアレックスの呼吸は次第に安定しだす。それを見たスメラギは安堵し、そして、たまらずアレックスに覆い被さった。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……ごめんなさい……!」

 自分の胸板に顔を埋め、しゃくり泣くスメラギ。倒れ伏す男は力が抜けきった自分の身体にそれでも活を入れ、小さな子供の頭を後ろから撫で付けた。

「君の……せいじゃ、ないさ。ユウヤ」

 整った細い顔立ちを青褪めさせ、それでも精一杯の微笑みを浮かべながら、アレックスはそう言った。そして、その顔を、銀色の虹彩の眼を横に向ける。その先にいる、一組の男女の方へと。

「……ハルトにオウカも、すまない」

「君が謝ることではないだろう、アレックス……! 君が如何に根性のある人間なのかは、実験に協力をしてもらっている我々全員がよく知ってる!」

「ええ。見てみれば分かるわ。……砕け散った所から出た星辰体(アストラル)の量から見て、これは間違いなく星辰体密度の調整ミスよ。翠星結晶(アキシオン)を作った悠也に問題と責任があるわ。能力の出力が高すぎたのよ」

 男……ハルトはまっすぐアレックスの方を向きながらそう言い、女……オウカは、摘出された後アレックスの許に飛び込む際にスメラギの手から零れ落ち、今正に砕けていく結晶体を見ながらそう断じた。

「ゔぅ」

 それを聞き、スメラギは涙ぐんだ。これは自分のせいだ。自分のせいなのだ。自分はまた(・・)人に迷惑をかけている。大多数の人間だけでなく、身近な大切な人間にさえ。

 それを見て、アレックスは困ったように笑う。

「……泣くなよ、ユウヤ。次を頑張ればいいだけじゃないか」

「でも……でも……もしまた同じことなったらアレックスさんが……ひょっとしたら今度こそ……」

 もごもごと口ごもるスメラギ。

 無理もない。

 この失敗は、すでに何度も繰り返されてきたことだったのだ。

 これまで何度も、アレックスの肉体は、拒絶反応によって蝕まれた。

 これからも、ずっとこんなことが続くのか、繰り返されるのか。そしてその果てに、最悪の事態が待っているとしたらーー。

 その嫌な想像は、確実にスメラギに恐怖を与えていた。

 アレックスが、そんな彼に、どうにか励ましの言葉をかけようとしたところで。

「無理をするな兄者(・・)。ユウヤの使徒ならば既に俺がいる」

 部屋の外から、そんな堂々とした声と、一歩一歩に力強さが宿る靴音が聞こえてきた。

 その声を聞き、スメラギは悲しみから一転、ぱぁと顔を明るくした。

「エドワード!」

 スメラギが名を呼ぶと同時、男が扉を開け、部屋の中に入ってきた。

 髪型は刈り上げたブラウンヘア。ダークスーツに身を包み、顔に眼鏡を掛け、その奥に金色の眼光を湛えた大柄の男だった。

 威風堂々。

 男の纏うオーラについて言葉を用いるなら、そう表現するのが最適だろう。

 その態度は冷静そのもの。だがそれでいて、どこか内側に情熱を感じさせる。それは、一言でいえば、ダンディズムを体現するものだった。

 細めの体つきであるアレックスと比較すれば、そのオーラは一層顕著なものと映ったことだろう。

 そんな彼へと視線を移しーーアレックスは、苦々しげに言った。

「……やあ、(エド)。ご覧の通り、俺はまたしてもお前に遅れを取っているよ」 

「当然だろう。俺のほうが気合も根性も格段にあるのだからな。そして……ふっ、愛もだが」

 くい、と、眼鏡を指先で押し上げながら、そう宣うエドワード。

 普通ならば痛々しいとしか感じられない言葉だったが、しかし、エドワードが口にしてしまっては、この男ならば仕方ないという気持ちさえ湧き上がりかねない、そんな言葉。

 それに対し、アレックスは思いっきり吐き捨てた。

「浮気性をひけらかすなよマジキモイなお前」

「俺の愛の大きさが分からんとかマジウザイな兄者」

 バチバチ。と、ぶつかりあう視線。銀色の瞳と金色の瞳。

 その間に割って入る様に、スメラギが飛び跳ねながら叫ぶ。

「もうっ、二人共止めてよっ! 何でいつも喧嘩ばっかするのさっ!」

 頬を膨らませ、ぷんぷん、と擬音語が聞こえてきそうな表情を作るスメラギ。

 その様は、いっそ、二人の弟のようにさえ見えた。

 その姿に、ベッドの上に寝そべるアレックスは、思わず破顔していた。いっそ実弟より弟らしい、愛らしいその少年の姿に。

 彼は、アレックス・ヘイルウッド。

 後に神祖と呼ばれることになる四人の超越者たちの、今この場で佇み微笑む青年と女性と少年たちとこの場にはいないもうひとりの、最初期(にんげんのころ)の協力者だった男である。

 

 ーーヘイルウッド伯爵家。

 それは、旧西暦におけるヨーロッパ最大のコングロマリット、ネクストヴァンガードグループ(NVG)の代表を務める一族だった。

 グループの経済力による影響はヨーロッパ全土に渡り、特にその膝下たるイングランドでの影響力は内閣府に匹敵するとまで言われていた。

 セント・ポール大聖堂の地下に存在し、スメラギたちが利用している実験施設も、NVGが所有しているものだ。

 そしてその一族の現当主たる存在こそが、NVG前代表チャールズ・ヘイルウッドの長男、つまりはアレックスだった。

 そんなアレックスが、何故、人体実験のモルモット等を務める事態となっていたのか?

 それは、この実験の内容が極めて秘匿性が高く、かつ、下手なヤツで成功するわけにはいかない類の実験だったからだ。

 そんな彼と、彼の親しい友人たちであるハルト、オウカ、スメラギ。四名は場所を変え、大聖堂の一角に備えられた応接室で話し合っていた。

「超能力者の開発。旧時代にビデオゲームで何度も語られていた様な話を、現実にするプロジェクト」

 実験の目的をあらためて口にし、アレックスは意気込んだ。

「星辰体……君たちが研究していた、そして今この世界を満たしている微粒子を結晶化させ、それを肉体に打ち込むことで、君たちと同様の超能力を得る計画……。その鍵を握るのが、ユウヤ。君の力だ」

「……はい」

「この計画がうまく行けば、この微粒子の性質に深く迫れるかも知れない。そうなれば、もとの世界と同じような環境へとこの星を戻す道筋や、或いは全く別な技術系統の開発にすら手が届くかも知れない!」

「……はい……」

「まだまだ課題は山積してる! 被験者の数だって多くはないっていうか、今の所エドワードと俺以外じゃ、現状じゃ予定段階な数人の候補者がいるだけだ! けど仕方ない、これはもうトップシークレットなんだから! 何よりも機密性を重視だ!!」

「…………はい……」

「あと何より! 単純に、超能力者ってカッコいいだろう!? 研究のテーマとしてこんなに浪漫あるものがあるか!?」

「…………はぃ…………」

「だから、気落ちするなってば。俺ならほら、もう大丈夫だから!!」

 むんっと腕を折り曲げて力こぶを作るアレックス。……最も、その力こぶは、そこまで巨大なものではなかったが。

 そして案の定、そんな彼の姿は、エドワードが退出してから、またも消沈し始めたスメラギを元気づけるには至っていなかった。

「けど、やっぱり、実験の被験者は他の者に代わらせたほうがいいんじゃないのかしら?」

 と、そこで横合いから女の声がかかった。

「貴方は私達の協力者の中でも、一番大切な人だもの。そうでしょ? NVG総帥さま。万が一の事故、という可能性は常にある。貴方を失うなんてのは、正直、想像もしたくない事態なのよ?」

「……リスクであれ、俺の価値であれ、過大評価だよ、オウカ。現状のデータを見る限り、この施術だけで死ぬなんてことは考えづらい。それに極論、俺がいきなり居なくなったって、悔しいけど(エド)さえいればそこまでの大事には至らないさ。内部の纏まりは保てるし、外部に至っちゃNVGの影響力自体だって、例の日本消滅現象のせい(・・・・・・・・・)で今じゃそこまではーー」

 と、言いかけた瞬間。横合いから、男……ハルトこと、九条榛士の慌てた声がかかる。

「アレックス、それは!」

「あっ」

 やっべえという顔を浮かべるアレックス。

「ぅ……っ、うっ、う、うっ」

 その瞬間ーー子供の泣き声が響き渡った。

「びええええええんん!!! ごめ゛んなざあああああい!!!!」

「あああああ、ユウヤ! 悪い悪い悪かったって! 君は、君たちは悪くないから!!! な! な! なッッ!!!」

 号泣するスメラギこと、皇悠也に対し、思わず謝罪をしながら抱きしめ頭をガシガシ撫でるアレックス。

 この話題は、地雷であった。

 ーーそう。地雷。スメラギにとって……否、彼だけではない。苦い顔を浮かべているのは、ハルトも、残り一人の女のオウカ……木花鳳華も同じだ。この話題は、この場にいる、アレックス以外の全員にとっての最大の地雷だったのだ。

 何せ。彼の言った日本消滅現象……後の世には大破壊と呼ばれることになる……を引き起こしたのは、ここにいる彼らでもあったからだ。

 正確には、彼らのせいではない。彼らの行っていた研究を妨害した者たちのせいだ。

 

 第五次世界大戦。日本が消滅する直前に起きていた、現時点における世界最後の世界大戦。

 それを引き起こしたのはーースメラギやハルト、オウカ達研究チームが開発した、次元間相転移式核融合炉だった。

 端的に言えば、彼らは永久機関を開発したのだ。全世界の抱えるエネルギー問題を、一挙に解決する夢の技術を。2000年代初頭から問題視され、2500年代となっては深刻を極めていた、その問題を解決する技術を。

 だがしかし、世界は……これを認めなかった。何故なら、これを認めるということは、日本が世界に対し主導権を獲得するということだったからだ。

 あとは、冒頭に述べたとおりである。それを良しとしない国家が多数を占めた結果、待っていたのが世界大戦。日本に対し、貴様らが発明した技術をわれらに無償で公開せよと迫った国家達による侵略が始まったのだ。

 そして、そのさなか……彼ら研究チームの膝下にあった、次元間相転移式核融合炉の一番機、すなわちオリジンが、侵略を始めた国家達による工作によって、暴走。

 この暴走によって引き起こされた現象こそが、大破壊。

 その大破壊の結果、日本は完全に消滅。それだけでなく、ユーラシア大陸もまた、その半分以上が消し飛ぶという、未曾有の大惨事となっていた。しかもそれと同時で、世界中の幾らかの建物や技術的資産、人物までもが、地球上の別な場所にアトランダムに飛び散るというオマケ付きで、である。それこそ、スメラギたちもそうやって英国(ここ)まで来た口だった。

 大破壊後の世界は、惨憺たる有様だった。

 これまた前述のとおりだが、世界の物理法則は一変していた。燃料効率の上昇、金属抵抗の消滅、そして空気抵抗の増大ーーこのうち二つが、特に人間にとって致命的だった。

 何せこれは、電子機器のほぼ全てが使用不可能になった上に、航空機も使えないということだからだ。必然、金融資産と呼ぶべきものは全て実質消滅したし、パソコン類も携帯端末も尽く使えなくなったせいで、全ての作業を人力で賄う必要まで生じた。

 それが、これまで技術文明に支えられて生きてきた人間にとってどれほど文字通り致命的であるかなど論じるまでもない。

 大半の食料工場は壊滅したし、薬品工場、研究所など論外。当然、冷蔵庫や冷凍庫もオシャカ。食料も医薬品も、大半のものがダメになった。

 この時点で、地獄は確定したようなものだ。食料品や医薬品の奪い合い。他者を無理矢理にでも従えて食糧生産に励もうとする者……つまりは農奴にしようということである……の出現。他人に危害を加えられてたまるかと過激な行動に出る防衛者。

 泥沼、泥沼、泥沼である。人々は完全に、己が明日生きるため、奪い合いをせざるを得ない有様だった。

 ーーだが、彼らが今いるこの場所……英国は、比較的マシな方だった。

 理由はいくつかある。まず第一に、この国が、単純に、四方を海に囲まれた島国だったからだ。つまりこれは、単純に、侵略をしようとしてもそれが困難だということである。飛行機の類は当然使えないし、船にしても大半のものが当時は既に電子制御に頼っていたためほぼ全滅。ドーバー海峡を泳いで渡ろうという者も居るには居たが、単身でそんなことを可能とするものがまさか北欧の過半数であるはずもない……というか、普通に極少数であった……し、仮に居てもイギリスに在住している者たちにすぐに補足され、危険と見なされた者はすぐに逮捕された。まして集団で遠泳してからテロを行うなど、論外であった。

 もう一つは、ここが、世界最大のコングロマリットの膝下であったことだ。

 NVGは特に、インプラント技術や、生体改造技術に注力していた会社だった。そしてその影響が強く残るこの国家においては、そういった改造を受けている者や、その発明品の使用者までが多かったのだ。

 ーー例えば。

「な、ほら。落ち着けってば。ジュース飲むだろ?」

「……うん」

 今アレックスが開いて、中から缶ジュースを取り出した、生体型冷蔵庫などがそうだった。

 一見すればそれは20世紀初頭の、一般家庭に浸透していたような冷蔵庫だったが、じつは違う。何しろ、プラグが刺さっていない(・・・・・・・・・・・)のに動いている。

 これは、NVGが開発した製品の一つだ。魚のウロコ等のエナメル質を参考に開発された完全生分解性プラスチックの外表と、クローン技術によって作られた人口骨と人工神経によるフレーム。そしてその外表とフレームの間に内包させられた、強力に熱を吸収する作用を持った人工細菌。それらによって構築された、完全生物型の冷蔵庫だ。耐久保証年数は、百年を超える。

 大破壊による機械類の機能停止、その最大の抜け穴は生物に直接的に影響を及ぼすことだけは無かったことだ。結果、こういうものだけは、まだ使える家電として生き残っていた。或いは、こういったものまでもが一挙に全て壊滅していれば、人類がここから長い時間をかけて新環境に順応していく余地すらも残らなかったかも知れない。

 そして、ここがマシな状況である理由その三は。

「俺たちイギリス人は、君ら日本人の友じゃないか。分かってくれ。君を傷つけたいわけじゃなかったんだ」

 このイギリスが、旧暦において、日本と極めて友好的な国家だったということだ。というより、第五次大戦において、主戦場から極めて遠かったからだ。

 第五次世界大戦は、日本こそが主戦場。そしてイギリスは、単純に日本からとても遠い場所にある。

 そのうえイギリスは、2200年ごろから日本と急速に接近しており、第五次大戦勃発前後においてもそのスタンスを崩さなかった。当然ながら、中国やアメリカの日本への派兵にも協力はしなかった。むしろ、ヨーロッパ各国やアフリカ諸国に対しロビー活動を積極的に……或いはときに強引に……展開。日本への攻撃をやめるように訴え、それは一定の効果を上げた。つまり、日本の敵を減らすという後方からのサポートをしていたのだ。

 だが、日本に敵対していた国家、つまり中国は、だからといってイギリスを攻撃する余裕などなかった。理由は単純。距離がありすぎたからだ。無論散発的な海戦こそあったものの、主力となるような戦車部隊同士の交戦はなかった。中国からイギリスまで行こうとすれば、それこそ、ユーラシア大陸を縦断しなければならない。そしてその間にある国家は、ある者は中立、ある者はイギリス寄りと、中国からすれば潜在的な敵が半数またはそれ以上を占めていた。そもそも中国にとっての主目的は、日本にある次元間相転移式核融合炉であり、それの一刻も早い奪取。イギリスを攻略したとしても、それはあくまで間接的な成果に過ぎない。何より二正面作戦を行うほどの余力が、当時の中国にはもはや遺されては居なかった。

 イギリスが直接攻撃をほとんど加えなかったこともあって、中国もまた、イギリスを無視して日本に戦力を集中させていたのだ。

 結果、イギリスは、第五次世界大戦をほぼ無傷で乗り切ったのだ。

 それがためにこの国は、まだ辛うじて平和の中にあった。

 と、そこで、オウカが眼鏡をくいと直し、話を再開した。

「……今回の適合実験の失敗からして、やはり悠也の"異能"で生み出される結晶の融合現象が肉体にかける負荷の強さは、結晶の密度に正比例したものなのは間違いないわね。ただしこれは、濃度が薄ければ、たちまち霧散する。体から分離させ、人間の肉体に融合させ、施術が完了するまでの時間、結晶を保たせるだけの密度が絶対に必要。そこに足りなければ、そもそも施術までこぎつけられない。……どうやら私達も、その結晶を生み出すだけなら出来るみたいだけどね」

 と、そこまで言って、オウカは指先を空中へ向ける。

 そしてーーその指から。まるで種子から若葉が芽吹くかの如く、翠緑の結晶が、伸びてくる。それは、先程アレックスに埋め込まれようとしていたものと、全く同一のものだった。が、しかし。

 それは、僅か数秒でパキリと音を立ててひび割れると、次の瞬間には粉微塵になり。まるで幻だったかのように、オウカの指先から消え去っていた。

「……現状、それを維持することもままならない。人の体に埋め込むだなんてことは、悠也以外には不可能だわ」

 その光景にハルトは頷き、オウカの言葉を継いだ。

「……そして、痛みを伴うレベルの負荷がかかるのはあくまでこの結晶をそのまま融合させる場合だけ。欠片だけで済ませるなら、大した負荷はかからない。それはこれまでの被験者たちのデータが示してる。……ただ」

「その場合、エドのように独自の”異能”までは発現せず、身体機能と再生能力の強化だけが行われるのみ……だよなあ。それだけじゃ、意味がない」

 はあ、とため息をついて俯くアレックス。

 次第に暗くなっていく、部屋の雰囲気。それを振り払うように、バッと俯かせていた顔を上げて、アレックスは言った。

「その。もし上手く行っていたら、エドの力が、俺にも使えるってことなんだろうか?」

「それはまだ分からないわね……。ただ、多分違うんじゃないかしら? エドワードに発現した異能は、結晶の大本の悠也はもちろん、私達の他の誰とも違うものだった。である以上、この力には、再現性がないと考えたほうがいい。昔のコミックの異能者みたいに、大本になるものが同じであっても、一人ひとり違う力が備わるんじゃない?」

「同じ道具を使い、同じ術式を経ても、体得できる能力はバラバラってことか。科学者泣かせの現象だな……興味深いっちゃ興味深いが……」

 アレックスはうーんうーんと唸った。

「……まあ、今は、貴方の体力が回復するのを待つべきかしらね、アレックス。貴方の言う通り、この実験の情報は可能な限り秘匿されるべきなのだから」

 そして、そんな彼の肩を叩き、オウカは一つ微笑んだ。

「今夜は皆、もうそろそろ眠りましょう。反省は次以降に活かせばいいわ」

「そうだな、そうしよう。特に悠也は、まだまだ子供だからな」

「……そう、ですね……」

 ハルトの声に、力なく返事するスメラギ。

 そうして、その晩のミーティングは終了となった。

 

 そして、その直後。応接室を出た廊下にて。

「ね、アレックス」

「ん? どうした?」

 オウカは、アレックスの背へと声をかけていた。彼女の顔は、先程までの真剣な顔とは一転。何処か浮ついた……楽しげな表情をしていた。

「休息がてら、明日は一緒に出かけましょう? リージェント・ストリートの前行った店で、フィッシュアンドチップスの新しい味が出たらしいわ」

「ああ、いいね。一緒に行こう」

「ええ。……ふふ。明日の夜は、寝かさないわよ?」

 ちゅ、と、オウカの唇がアレックスの頬に落ちる。 

 ーー日本政府重鎮の令嬢にして天才科学者たる木花鳳華と、NVG総裁にしてイギリスの伯爵たるアレックス・ヘイルウッドは、交際十年のカップルだった。当然、大破壊が起こるよりも七年前からの付き合いである。お互いの立場が立場であるため、ネットニュースやゴシップの標的にならぬよう、関係を可能な限り秘したものだったが。それさえなければ、或いは既に結婚していたかもしれないような仲だ。

 オウカがイギリスの大学に留学した際に知り合い、それ以降の付き合いだった。アレックスが彼らを受け入れてこの場所を提供したことも、彼が実験の被検体を務めることになったのも、彼の弟であるエドワードが実験に参加しているのも、総てはそこが理由なのである。

 そう。

 彼は、アレックス・ヘイルウッド。

 後に神祖と呼ばれる者たちの一人の、恋人である男だった。

 

 そして、大聖堂より出て、その近郊にある自宅……ヘイルウッド家の邸宅に戻ったアレックス。彼が自室に戻ると、そこには、彼の家族の姿があった。

「……エド」

「帰ったか、兄者」

 部屋の中にある椅子に腰掛けていたのは、彼の弟……エドワード・ヘイルウッドだった。既に時刻は夜。アンティークなガスランプ……イギリスには今なおこういうものが残っており、またNVGの製品として、旧世紀のこういった品物のコピー品があった……によって部屋の中は照らされているが、それでも薄暗くはあった。

 そんな、闇と光の間のような場所で、兄と弟は再び顔を合わせていた。

「彼らとの相談は済んだのか?」

「ああ、明日はとりあえずオウカと一緒に過ごすことになったよ。お前の方は予定通りか?」

「うむ。朝からイギリス政府の者と会食だ。残念ながら俺好みの女は居らず全員ジジイだが、な」

 エドワードのその言葉に、アレックスは深くため息をつく。

 コンプライアンスというものが特に厳格だった時代なら一発アウト。そうでなくても、眉をひそめられるくらいの物言いだ。

 アレックス自身が認めるほど、兄以上の能力を持つはずのエドワードがしかし当主として選ばれていないのは、こういった物言いが多いことも理由だった。

「……ほんと、お前ってそこだけは変わらないよなあ。そこさえどうにかなれば、お前、マジで完璧超人なんだぞ? 俺みたいなお飾りの当主なんか目じゃなかったろうに」

「お飾り等とは自虐が過ぎよう。兄者は良くやっている。NVGとて、兄者の発明や特許によって得た利益も多かろう? それに、銃の腕前も俺より良いであろうが。ピストル世界選手権優勝者殿?」

 ちらりと部屋の片隅に目をやるエドワード。そこには、アレックスが優勝した大会のトロフィーがあった。世界的にはそれなりに権威のある大会だった。アレックスはその大会に出場し、優勝していた。それは彼の会社に一定の()をもたらし、会社の製品の売れ行きに貢献していた。

 だが、それは少なくとも、アレックスのエドワードへの劣等感を解消するのには、そこまでの貢献はしていなかった。故にこそ彼は、またため息をついて、弟に愚痴るしかなかった。

「……そりゃ、発明家とか技術者、それにガンマンとしちゃある程度はやれるけどさ。当主として求められてんのは、人の上に立つ素質ってやつだろ。そこに関して、お前と張り合えるだなんてそもそも俺は思っちゃいない。政府筋との会談だって、先方は最初からお前をご指名だ。俺じゃなくてな」

「だがそのかわり、兄者は日本政府の要人とのハニートラップ合戦をこなすのだろうに」

 その言葉に、アレックスは思わず即座に怒気を込めた声をあげていた。

「撤回しろ。そこだけはマジで。……俺とオウカとの関係はそんなんじゃねえよ」

 兄のその真剣さに、弟は素直にひとつ、頭を下げた。

「そうか。スマンな。だが俺は、彼らと渡りをつけ、その技術を取り込めたのは兄者の存在が大きいことは確かだと言いたいのだ」

 そうして、彼は懐に手をやると、一本の細長いもの……刀身を鞘に包んだ短刀を取り出した。

「このダガーもな。これも、兄者のアイディアによって生まれたものだった」

「ああ。と言っても、偶然の産物みたいなもんだけどな」

 それを見て、二人の兄弟は、少し前に行った実験の経緯を思い出す。

「非生物への改造手術……。ユウヤの異能を、物質に使えばどうなるかという実験、だったな」

「そうだ。それでお前がコレクションしてた何本かのダガーにそれをやってもらって……結果はご覧の通り。うちの一本を手にした瞬間、お前の異能は拡張された。具体的には、ユウヤが普段のときから手術をやるときみたいな、出力の向上……或いは、基準状態から、異能を本格的に発動した状態へと移行するのが確認された」

「異能の本格的発動の鍵……言うなれば、発動体だな。これは」

 そして、エドワードは懐へとその短刀をしまうと、アレックスの眼を見据えた。

「そして兄者は歴史に名を残すべき、発動体という概念の発明家というわけだ」

「止せよ。この情報はまだまだ表に出ない。……ひょっとしたら、俺らが生きている内はずっとそうかもな」

 そして、アレックスは弟の肩に手を乗せる。

「まあ、とにかく、今日は疲れた。そろそろ休ませてもらうよ。お前もそろそろ寝たほうが良い。寝不足ごときで参っちまうお前じゃないだろうが、だからって寝ない方が良いなんてこともないだろう?」

「そうだな」

 そうして、エドワードは椅子から立ち上がり、部屋の外へと歩んでいく。

 そして扉に手をかけ。

「兄者」

 ……刹那、振り向いて、アレックスに問うた。

「兄者は、ユウヤや他の三人のことを、信じているのだな?」

 その問いに、アレックスは考えるまでもない(・・・・・・・・)という顔で答える。

「ああ。もちろんだ。彼らとなら、この世界を少しずつ、マシな方向に持っていけると信じてる」

「……。そうか」

 それを最後に、エドワードは今度こそ部屋から出ていった。

 そして、アレックスはガスランプの灯を消す。

 部屋から、光は消えていった。

 

 ……彼は、アレックス・ヘイルウッド。

 後に呪怨継ぎと呼ばれる家系を生んだ男の、兄であった。




神祖を信じエドワードを特に警戒もしてない精神的凡人なアレックスさんがこのあとどういう末路を辿るかは、まあ、概ねの人がお察しかと思います。
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